黒猫、孤独な旅の序曲


 林の中を抜ける道は広くて、時々でっかい馬に乗った獣人さんとすれ違った。

 馬、すっごいでっかいの。蹴られたらゼッタイ死ぬ。黒猫は二度死ぬ。


 道に沿って建っているのは、ログハウス風の建物が多い。丸太のかわいいおうち。

 お店もあった。

 トランプを三枚広げたようなマークがあるのは、魔法札屋って書かれたお店だ。窓の向こうには、大きなタロットカードみたいなのとか、忍者の巻物みたいなのとかが並んでいる。楽しそう。


 調合屋と書いてあるお店には、瓶と葉っぱが並んでいた。もしかして薬草? ポーション?

 腕も足も痛いけど、お金ないもんなぁ。歩けないわけじゃないしガマンガマン。


 人通りも増えさらに賑やかになった道は、とうとう大きな壁へと着いた。

 近くで見ると、首を曲げて見上げるほど背の高い壁だ。それが左右にずっと続いている。

 そして頑丈そうな門の向こうには、レンガや木の建物が建ち並んだ都会的な町があった。


 え? こんな林の中にこんな大きい町? まばたきして二度見する。


「どうした? 猫の嬢ちゃん。領都に来たのは初めてか?」


 ひゃ!


 突然声をかけないでほしい!!

 ビクッとしてそちらを見ると、門番のおじさんがニコニコしている。

 頭には立派な黄色と黒の虎耳! タイガー、カッコイイなぁ!


「……あの、中に入ってもいいですニャ……むぐ?!」


「……かわいいなぁ」


 ニャってなんだ! ニャって!

 勝手に口から出た言葉に慌てて口を押えた。

 ニャなんて許されるのは国民的アイドルか千年に一度の美少女だけだよ!

 門番の虎耳のおじさんはニコニコして少しかがんだ。


「ああ、入っていいぞ。怪しい者や荷でなければ、通って大丈夫だからな。猫の嬢ちゃんは一人か? 父ちゃんと母ちゃんはいないのか?」


 こく。とうなずく。

 おじさんは眉を下げて「孤児か……かわいそうに」と小さく言った。


「それじゃこの通りをもう少しいったところに領都の管理局があるから、そこへ行くといい。新しい住人はいいものがもらえるらしいぞ。右側にある赤い大きい建物だからな」


「ありがとう……むぐ」


 ニャの前に片手で口を押える。ふぅ、セーフ。

 手を振っているおじさんに大きく手を振り返して、歩き出した。

 おじさん、領都って言ってたっけ。領の都、県庁所在地的な町ってことかな。

 建物はたくさん建っているけど大きな木が並んでいたり、草の広場があったり、自然が多いいい感じの都だ。街路樹はほんのり色づいている。秋ってこと? 日本も秋だったけど似てるのかな。


 ――それにしても、ニャって言っちゃうの、困るなぁ。

 小さくこんにちはと言ってみると、こんにちニャとなってしまう。今度はガマンしてみよう。こんにちー……ナァっ……ぐるじい……。でもガマンはできなくもないみたい。こんにち……ナァ。こんにち……ガー。こんにち……バー。うん、マシか?


 口の中でごにょごにょしているうちに、右手に赤レンガの建物が見えてきた。

 二階建ての立派な建物には『マルーニャデン管理局』と看板がかかっている。

 開けっぱなしの入り口を恐る恐る入ってみると、中はゆったりとしたホテルのロビーのようだった。


「こんにちは。マルーニャデン管理局へようこそ」


 ひゃっ!

 耳としっぽがビクっとなった!


「こ、こんにちニャ……むぐ」


「……かわいい」


 慌てて手で押さえたけど突然はダメ! 間に合わない!

 声をかけてきたのは茶色の三角耳のお姉さん。


「驚かせてごめんね。猫のお嬢ちゃんは今日はどうしたの?」


「この町に初めて来て、門のおじさんがここを教えてくれて……むぐ」


 よし、ニャの前に止められた。これだ。


「そう、外から来たのね。お父さんかお母さんはいる? 身分証明具って持ってる?」


 身分証明具……? 学生証もないし、なんにもない。

 よく考えれば、私にはホントになんにもなかった。持ってるのは、今着ている服と変なリュックだけ。家もない、家族も友達もいない……。

 異世界に浮かれてたけど、こんななんにもなくて生きていけるのかな……。


 不安になって、泣きそうになったけど、ふるふると首を振った。


「ああー、ごめんね。なくても大丈夫よ。身分証明具は今から作れるからね。あなたお名前は?」


甘利あまり実結菜みゆな……実結菜ですニャ……」


「ミュナね。あたしはフォリリア。受付に行こうか。終わったらごはん食べようね」


 お姉さんが優しく頭をなでてくれて、もっと泣きそうになった。

 けど、ガマンした。異世界から降臨した黒猫はそんな簡単に泣いちゃいけない。

 強く孤高に生きていくのだ。





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