黒猫、逃避行


 深夜二時。

 夜行性の獣人さんたちも多いこの町は、昼も夜もなく人通りがある。

 人の流れに紛れて気配を消しながら、町の門まできた。


 どうしよう。

 さすがにこの夜中に、町の外に出るのは思いとどまったけど。


 門のすぐ近くには城壁にはバスの停留所のような小屋があり、中にはベンチが並び何人かが座っている。

 よく見ると看板に『馬車駅 マルーニャデン北門』と書いてあった。

 とりあえず、ここで休ませてもらおう。

 私はベンチの空いていたところへ座った。


 あぁびっくりした怖かった……。


『――――獣人のくせに』


 微かにだけど、確かにそう聞こえた。

 ……やっぱり、獣人差別みたいなのがあるのかな。

 獣人のくせになんだってんだ。

 いい気持ちはしない。でも、日本でだって差別はあった。いろんな種族がいれば、そういうことは起こってしまうものなのかもしれない。


 ふと顔を上げると、ちょっと離れたところに座っていた大柄なおじいちゃんが心配そうに見ていた。

 私はへへと笑って大丈夫をアピール。そんくらいのことで、ぐじゃぐじゃ言わない。異世界の黒猫は強く生きるって決めたのだ。




 まだ朝にはならない時間に、大きな幌を被った馬車が一台きた。

 狐耳っぽいかっこいいお姉さんが、御者台から降りて小屋の中へ声をかけた。


「デガロン砦行きの馬車だけど乗るヤツいるかい? 王都行きに間に合う時間に着くよ。途中テブラレルニャで駅泊して、砦までは二千レト、テブラまでは千レトだよ」


 砦と王都という言葉で地図のどの場所かが分かった瞬間、立ち上がっていた。


「乗りますニャ!」


「……お、かわいいねぇ。あたしはミネルバ。デガロン三叉さんさに住んでる荷物の運び屋さ。あんたは?」


「ミュナです。旅人です……」


 言っちゃったけど旅人って怪しい? 魔書師見習いの方がよかった?

 ミネルバさんは気にした風でもなく笑った。


「ミュナだね、よろしく。アンタ、飲み物あるかい? 次の無人販売庫はお昼の駅までないからね。しっかりそこの販売庫で買っておきな」


「はい!」


 言われた通りにビン詰めの果実水と、パンを買う。

 その間、うしろで何やらやりとりをしているのが聞こえていた。


「ミネルバ、わしも乗って行こうかな」


「じいさん、いいのかい? まぁ他に乗るヤツもいないみたいだし、バサリトニャで降ろしてやるけどさ」


「そりゃありがたいな。じゃ、わしも飲み物でも買うか」


 さっき心配そうに見ていた大きいおじいちゃんが横に来た。かがみこんで、飲み物を物色している。

 あ、丸っぽい耳がある。……熊? ぴったり過ぎる。


「嬢ちゃんは何買った? このはちみつビルベリー水は美味うまいぞ」


 ビルベリーがわからないけど、はちみつだしベリーだしおいしそうな気配がする。


「じゃ、私もそれ買おうかニャ……」


 手を伸ばそうとしたところ、熊のおじいちゃんはビンを一つ私の手に乗せた。


「これはお近づきの印に嬢ちゃんに。御者の嬢ちゃんにもやるし、遠慮せずにもらってくれな」


 おじいちゃんの小さい目がニコリとした。


「あっ、ありがとうございます……」


「アタシにもかい。ありがとよ、トムじい。さぁ、支度はできたかい? できたら馬車を出すよ」


 幌がかかった荷車の中にうしろから乗り込むと、奥には動かないようにロープで固定された箱が積まれていた。


 その手前の外が見えるところへ座る。椅子とかはなかったけど、クッションがいっぱいあったのでそれをおしりに敷かせてもらった。


 その向かいにおじいちゃんが腰を下ろしている。足が悪いみたいで、平なところに座るのはちょっと大変そうだった。

 お手伝いしたかったけど、どうしたらいいかわからなくておろおろしていたら「大丈夫だ」と笑われたよ。ミネルバさんにも笑われた。


「よし、二人とも座ったね。じゃ、出るよ」


 まだ暗い中、馬車は走り出した。


 ――――もっと長くこの町にいるものかと思っていたんだけどなぁ…………。


 すぐに門を出た馬車は、町の灯りからどんどんと遠ざかっていった。

 こうして私と御者のミネルバさんと乗客のトムじいとの、馬車旅が始まったのだった。





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