54.準備期間
鳴神月、六雫の日。
今日は早朝から小雨が降り出し、空には分厚い雨雲が覆っていてお天道様が見えなかった。
「オネットさん、無茶しないといいんですが」
「オネはやるって言ったら突っ走っちゃう所があるから…」
昨晩に雨でずぶ濡れになったオネットさんは、雨合羽と馬をしっかり調達して日の出と共に北の方角にある狩り場へ駆けて行った。
俺と一緒に純魔石回収依頼をこなせば魔物狩りで稼がなくていいのに。 天候の影響があるとはいえ、羊型の魔物しか狩れなかったのが地味に悔しかったようだ。
「でも、オネは剣を持ったらとっても慎重になるの。 だからきっと大丈夫」
「…そうですね」
イケメン女子はフィエルさんに信頼されている。 ぐっとくる関係性だなぁと心のメモ帳に記録した。
「どちらかというと私はサクマの事が心配だわ! 魔道具を沢山作るんでしょう? あんまり夢中になりすぎて時間忘れちゃダメだからね?」
「…うぇっ!? は、はい…」
「ちゃんと休憩もお昼ご飯も食べるのよ?」
「き、気をつけます…」
反論できないぐらいに痛い所を突かれた。
俺は一旦集中すると、休憩や飲食がどうでも良くなる時がたしかにある。 正直フラーウさん達に注意できる説得力はなかったりするのだ。
しかし、フィエルさんのこのお姉ちゃんが妹に…違う。 弟をお世話を焼く構図が板についている。 俺の方が中身が年上なのに!
そんなこんなでフィエルさんをいつものように東支部の狩人組合へ送り届け、俺は一人お城へと向かった。
フラーウさんの話では仮許可が下りている筈だ。 その仮許可書を受け取れば魔道具作成の段階に移行できるのだ。
「おはよう、サクマくん! 仮許可書は用意させたわよ!」
「お、おはようございます、フラーウさん…」
技師塔へ案内されるとニッコニコのフラーウさんが出迎えてくれた。 昨日より疲労が滲む顔ではないが、相変わらずテンションは高い気配がする。
「これ、仮許可書七つ分ね」
「たしかに受け取りました。 ありがとうございます」
俺の両手に乗せられたのは小さな銀製のプレートが七つ。 このプレートが魔道具仮許可書だ。 宮廷の書庫閲覧特別許可書と少し似ている。
この仮許可書のプレートを魔道具の外装のどこかに付属し、プレートにオルディナ王国の国花である印が押されれば、それでやっと国が認めた
とはいえ、仮許可書を受け取ったのはいいが…。
「あの…昨日より魔道具と赤魔石の箱が増えてませんか…?」
「あらぁ~気が付いたぁ? うふふっ」
生き生きというより、ギラギラな瞳でフラーウさんは大きな胸を張った。
技師塔の地下の作業場には、昨日よりも更に修理待ちの箱と赤魔石の箱がこれでもかと積みあがっている。
「サクマくんが効率よくしてくれるっていうから、張り切って倉庫から順番待ちしてた箱持ち出したの!」
フラーウさんの巨乳がダプンと揺れるのを横目に、俺は積みあがった箱を見上げて思った。
(これは…ものすごい期待されている…!)
赤魔石自動精製機をさっさと作って渡さねば、フラーウさんか、もしくはエレガテイスさんが潰れてしまう。
「…出来る限りは早めに魔道具を作って渡せるよう努めますね」
「ほんと!? 特別報酬追加で五百万出しちゃおうかしら!」
「サクマ様、神様女神様! お待ち申し上げてます!」
大袈裟だな!? 技師塔組のフラーウさんとエレガテイスさんが浮かれ状態。 ランナーズハイならぬ仕事ハイになっているんじゃねえかな。
「まあ! サクマ様、今日から魔道具をお作りになられるのですか?」
「! あ、アリェーニ様…!?」
鈴のなるような声に振り返ると、金髪美少女のアリェーニ姫殿下が階段を下りてきた。 その彼女の手にはトレーが握られ、そのトレーの上には紅茶が入ったカップが四つ。
「作業に取り掛かる前に今度こそお茶を飲んでくださいな」
「えっ!?」
「あらあら、アニー姫殿下お心遣い嬉しいですわ」
「あ゛~、ありがとうございます、殿下。 作業前の一杯…これが無いと始まらないんですよねぇ、ん~いい香り~っ」
フラーウさんとエレガテイスさんが、いそいそと部屋の隅に置いてある小さな丸いテーブルの側の椅子に着席した。 作業前のコーヒータイムのようなもんだろうか。
「さあさあ、サクマ様。 こちらにお座りになって」
「…うぐっ…」
「どうなさったのです? 遠慮なさらずに」
「いえ、あの……おれ……そのですね…」
にこにこと眩しいばかりの笑顔を向けられる。 フラーウさんもエレガテイスさんも何突っ立ってんの? みたいな顔でこちらを見ていた。
想像してほしい、女子に囲まれてのお茶会もどきを。 場違い感すごくて俺のメンタルが息してない。
「あら、サクマくんもしかして…紅茶苦手?」
「えっ!?」
「まあ、大変! それなら別の茶葉を…」
「いっいえっ! むしろ紅茶好きですっ!?」
別のお茶を入れますわ!とばなりに立ち上がりそうな姫殿下を止めるために椅子に座った。 …座ってしまったんじゃよ…。
「うふふ、もしかして緊張してる?サクマくん」
「…………」
隣のフラーウさんがくすりと小声で耳打ちしてくる。 察してるなら逃げ道を作ってほしかったなあ!
「はぁ~~おいしい…目が覚めるゥ…」
「春摘み茶葉かしら? 味がきりっとした味わいね」
「まあ、お師匠おわかりになりまして? 森人族の大陸で採れる
フラーウさん、エレガテイスさん、そして姫殿下が優雅に世間話をしながらお紅茶を飲む。 仕草にはやはり皆上品なオーラがあった。 一方、
(はやくこの場から脱出したい…!)
その一心である。
逃げられる手段は一つ。 お行儀が悪かろうが紅茶を出来る限り早めに飲み干す! そして飲み終わった直後に、魔道具を作るためにそろそろお暇しますねとさり気無い言葉を添えて退室する!
完璧すぎる…! むしろそれしか俺に残されていない!
「――そ、そろそろおれはお暇いたしますね、魔道具を急いで作らなければ…」
「まあまあ、サクマ様もうお飲みになって? もう一杯ご用意を…」
「いいえ!十分ですっ!」
三分かけてあっつあつの紅茶を飲み干して魔法の言葉を切り出した。 …のだが、俺の思惑とは反し、アリェーニ様がこちらを気遣うようにおかわりを進めて来た。 よ、予想外…!!
「もしかして…お口に合いませんでしたか…?」
「いいえめっそうもありません大変美味しゅうございましたァ! おかわりくださァい!」
「はい! 今淹れになりますわ!」
金髪美少女の綺麗な眉毛が八の字になった瞬間、流れるようにおかわりの言葉を出してしまった。 アリェーニ様はそれはそれは嬉しそうに俺のカップへお紅茶を淹れ始める。 し、しまった! ふりだしに戻った…!
そんな水面下のやり取りをしている最中、フラーウさんがカップ片手に小首をかしげた。
「そういえばサクマくん、魔道具はどこで作るつもりなの? 寝泊りしてる寄宿舎で作るのかしら」
「へっ? あ、いえ…西地区に部屋を一室借りてるので…そこで集中して作ってしまおうかと」
「…いっそのこと、
「は、はいっ!?」
な ん で そ う な る ?
「まあまあ!素敵! フラーウお師匠、サクマ様の魔道具作成の様子を拝見してもよろしいですかっ? わたくし是非立ち会いたいですわ!」
「ん~、サクマくんがいいなら…。 むしろアニー姫殿下の勉強にもなるだろうからお願いしたいぐらいなんだけど…」
「……っ!?」
ちらりとフラーウさんの視線が俺に向けられた。 ブンブンと勢いよく首を横に振る、なんてあからさまことはしなかったが、それはご遠慮してくださいとばかりに目を避けた。 伝われ! この俺の想い!
「サクマくん、良いって!」
「!?!??」
「まあ! 嬉しいですわ、サクマ様!」
ねぇねぇ今俺OKって言った!? 言ってないんですけど!?
アリェーニ様はワクワクといった眼差しで俺を見つめてくる。 それは輝かしいほどの期待の色が浮かんだ眼差しだった。
「…フラーウさん、ちょっとよろしいですか? 魔道具についてちょっと確認したい素材がありまして」
「あら、何かしら?」
「お茶の席で広げてしまうのも無粋なので…あちらの方で…」
俺は茶会テーブルから離れた場所へフラーウさんを誘導した。 アリェーニ様とエレガテイスさんの視界から遠ざかったのを確認してから小声で詰め寄る。
「おれ、ハイって言ってませんよね!?」
「えっ? けどダメって言わなかったじゃない」
「あの場で言える勇気がある訳ないじゃないですか察してくださいよ! こっちはただの庶民であちらは王族なんですよ!? そもそも集中しなきゃいけない魔道具作成で手が滑って失敗したらどうするんです!」
「ええ~~? あんな澄ました顔で察しろだなんて難しい事言わないでよぉ~。 アニー姫殿下は王族でいらっしゃるけど、身分に重んじる方ではないわ。 普通に接していればいいじゃない」
「普通ってどこまでの普通なんです…!? というか、そういう問題ではなくてですね…!?」
「アニー姫殿下の授業料として追加で五百万オーロ、どう?」
「…そっ…………」
そういう問題じゃねぇんだ! そういう問題じゃ――前金で一千万、完成で三千万、早期納品で五百万、見学で追加報酬五百万。 合計五千万オーロ。 ………………。
「……今回だけ、です」
「ええ、わかったわ。 …もちろん、今回だけじゃなくてもサクマくんならいつでも技師塔で作業していいのよ?」
「遠慮しておきます」
俺の小さな抵抗も空しく、技師塔にて魔道具を作ることになったのだった。
「アリェーニ様、おれが作業中は…」
「心得ておりますわ。 作業を中断するような大きな物音は立てない、声を掛けてはいけない、ですわね?」
「はい。 生意気な事を言って申し訳ありませんが…」
「いいえ! こんな貴重な場面に立ち会えるのです、サクマ様には感謝するばかりで…よろしくお願いいたしますわ」
そう言いながらアリェーニ様が大真面目な顔で壁際へと身を引いた。 気づけばフラーウさんやレガテイスさんも見学しに来ている。 おいおい仕事はいいんか仕事は。
「あ、わたし達のことは気にしないでねぇ! お手並みをちょっと見たら仕事に戻るから」
「赤魔石自動精製機がサクマ様の手から誕生する瞬間をこの目で見るだけなんで!」
…さいですか。 さっさと作ってしまおう。
俺は首に下げてる認識阻害モリモリの魔道具をそっと強めに起動させた。 魔道具を作る過程で魔術式が見えないようにだ。 術式を見せてしまったら契約違反だからな。
(さて、まずは…素材を鞄から取り出してっと)
魔道具の鞄から大きな壺と一回り小さい壺を取り出した。 大きな壺の方は俺一人余裕で入ってしまえるぐらいの大きさで、大小両方とも水瓶用に作られた壺だ。
他には大きな蓋、複数の金属板、仮許可書のプレート、テスト用の赤魔石に直筆用の特殊インク。
そして、主役の西のセグレートの森で採ってきた大きな純魔石を一つ。
便利で応用が幅広く聞く魔術文字ではあるけど、無から有を生み出すことはできない。
例えば、道端に転がる小石を強度の高い物質に変質することはできるが、何もない空間から物質を作り出すことはできないのだ。
魔術文字で出来ることは現象の再現、物質の変質と変換、分離、破壊、再構築ぐらいだろうか。
ぐらい、という表現になったが、応用の幅がかなりできるのだから侮ってはならない。
(赤魔石自動精製魔道具の最重要事項は、魔道具の起動するための消費魔力は最小にすること)
省エネで動くようにしなければ本末転倒になる。 その方法も色々考えては来たので巧く行く筈…結局は脳内辞書に頼りっきりなんだけど。
(最初にやることは…壺の加工だな)
大小の水瓶を横に並べて置き、両方の壺の底に短縮術式で直筆術式を刻む。 効果はより強固な容器になるように、だ。
【材質】※【変換】※※【強度】※【強化】※【百】※
【内部】※【表面】※【魔力結界】※【付与】
ずるりと手先から魔力が流れ出した。
輝く術式の光と共に、壺の底には機械で削ったかのように綺麗な術式の文字が刻まれる。 手動も味があるが、やっぱり短縮術式で刻んだ方が正確で速い。
(――よし、綺麗に変質と加工付与ができたな)
壺の表面を片手で叩くとカンッと良い音が鳴った。
ぱっと見でわかるほど、表面のざらつきがツルリとしたものに変化している。 さらに変質した壺に魔力を外に漏らさないよう、内側に加工付与をした。
(そして、刻んだ魔術文字に更にひと手間加える)
壺の底に刻まれた術式をなぞるように特殊インクで魔力を上乗せコーティング。 これをするしないでは魔道具の寿命に差が出るのだ。
(次は…壺と壺同士を繋げよう)
大きな壺の方に赤魔石を投入すための口と、赤魔石を砕いて溶かして不純物を分離させるための層を設ける。 溶かして精錬された魔液を隣の壺へ流し込み、最後は固めて魔石の再成形する流れ。
穴が無いよう丁寧に壺を改良していく。 足りない部分は買ってきた鉄板で補強して繋げ、各部位に魔術文字を刻んでいった。
(――うん、それなりの形になったかな)
外側の見えやすい位置に仮許可書の銀製のプレートを埋め込み、全体を点検しながら俺は一息つく。
(最後は…メインの純魔石の加工だな………ん?)
ふと、突き刺さる視線が気になって振り返ると――アリェーニ姫殿下、フラーウさん、エレガテイスさんが目を真ん丸にして硬直して立っていた。
姫殿下はいいとして。 フラーウさんとエレガテイスさんまだいたんかい。 仕事はどうした仕事は! 俺が作り始めて一時間ぐらいは経ってるぞ!
「…あの、フラーウさん、エレガテイスさん、お仕事の方は大丈夫です?」
「――はっ!」
「…あ、えっ、……そ、そうね…。 そろそろ作業に戻りましょうか、エレガテイス…」
「なっ!? せ、先輩!? 見届けなくていいんですか!? あんな凄いのを見せられたら…! 自分も完成するまで見届けたいですッ!」
「わたしだって見てたいわよ! けど、今日中に収めなきゃいけない魔道具あるでしょ、間に合わなくなるわよ! ほらっシャキシャキ働いてっ!」
「イ゛ヤ゛ァァァッ!自分だって見たい! もう少し! せめて純魔石の加工を五分間だけでも!!」
「はいはい仕事優先っ!」
ばたん! と、フラーウさんとエレガテイスさんの二人は、ぎゃんぎゃんと言い合いしながら扉の向こうの作業場へと戻っていった。
(…なんであんなに興奮してんだ? …魔道具作る工程なんて地味なだけだろうに)
魔道具を作る時の術者はとにかく集中しなければならない。 繊細な魔力操作に念入りな微調整を重ね、ドバドバ魔力を練って練って捏ねてるだけの地味な作業だ。 が、あの二人はなんだか興奮していたようだった。
「――凄まじいですわ」
「へ?」
額に滲む汗をぬぐっていると、壁際に立っていたアリェーニ様がぽつりと呟いた。
「ヴィオお兄様から伺っていましたが……サクマ様はとても大きな魔力をその身に秘めてらっしゃるのですね…とても驚きました…」
柳色の瞳を真ん丸とさせ、アリェーニ様が額に汗を浮かべている。
「へっ? 第二王子…イズロヴィオ殿下がそうおっしゃってたんですか」
「ええ、ヴィオお兄様の治療時にもサクマ様は魔術をお使いになられてたのでしょう? 震えるほどの魔力を感じたと…」
「……そう、なんですか」
このハイスペックボディの内なる魔力は阿保ほどあるのだ。 魔術を連発しても魔力切れを感じた事も息切れしたこともない。
あるとすれば、内にある大量の魔力がぐつぐつ煮えて爆発しそうだ! という感覚だけ。
他と比較したことがないからピンと来ていないのが本音。 多分かなり桁違いに俺の魔力値は高い…のだろう。 多分、きっと。
分かりやすく数値化できる魔力量を測る魔道具があるにはあるのだが…たしか、強、中、弱、の三段階でしか測れないはずだ。 by脳内辞書より。
(とはいえ、魔道具を作る時に魔力が駄々洩れになっているのかもしれないな…)
だからこそ、あのフラーウさんとエレガテイスさんの反応だとしたら…。
国境門での魔道具の修繕の時にも監視役の技師の人たちやイロアス隊長や隊員が変な顔をしていたのも頷ける。
魔道具作る度に驚かれたら面倒だ。 今度から魔力量も誤魔化せるように魔道具の調整しておいた方がいいかもしれない。
「…おれは森人族の血を引てるからでしょうね。 森人族は他種族と比べると魔力量が多いので…」
「まあ…! …外の世界はとても未知にあふれてそうですわね…!」
「そうですね…」
正直他の大陸は知らんけど。 摩訶不思議なことは森人族の血と混血児のせいだってことで済ませておこう作戦。
その後、俺は時間をかけて純魔石の圧縮加工に加工を重ね掛け、赤魔石を自動精製するための術式を懇切丁寧に施した。 有した時間は二時間ほどで、気づけば昼過ぎになっていた。
「――で、ここをこうすれば……」
「「「…す、すごい…! 赤魔石が魔石に…!」」」
「無事に精製されましたね。 魔道具も問題なく動いてるようですし…これで赤魔石自動精製機の完成です」
精製機側の取り出し口から出て来たのは、精製された親指程の魔石。 精製に無事に成功したようだ。
この赤魔石自動精製機は大きな壺側で赤魔石をまとめて砕いて溶かし、三層の結界フェルターで不純物を除去。 右隣の小さい壺で溶かした魔石液を再成型する流れだ。 イメージ的にはウィンナー製造機に近いのかも。
テスト起動の為に一箱分の赤魔石五百個を精製機にぶち込んでみると、ニ十分ぐらいで大人の親指程のサイズ二個分の魔石になった。 うむ、我ながら満点な出来栄えじゃないか?
「す、素晴らしいわ、サクマくん…!!」
「一箱をたったニ十分で精製するなんて…すごい…! 見てくださいよ、先輩! この不純物が一切含まれてない透明度の高い魔石を…!」
「ええ…素晴らしいわ…! 私達で一箱を消化するのに丸一日はかかるっていうのに…!」
一箱に丸一日…それは苦行でしかない作業だな…。
「ここから不純物の塊が出るので数日に一度は確認して取り除いてくださいね。 ええと…それから…」
口頭で説明をしつつ、羊皮紙に簡易取説を走り書きしていく。
一度にどれぐらいの量の赤魔石を処理ができ、どれぐらいの時間で精製するか、不純物の取り除き方に整備の仕方、手入れ等々。
「この両方の壺の底に核である純魔石が埋め込まれてます。 少ない魔力消費になるように調節しましたので、連日動かしていてもかなりの長期間……うーん、三十年から五十年ぐらいは動き続けられるんじゃないですかね?」
「!!こ、こんな大規模な魔道具が数十年も!?」
「はい、この核の純魔石の内包されている魔力量はかなり多いですから。 もし燃料切れになったとしても外部から魔力を補充すれば使えるようになります。 術式が破損してしまった場合だと、核の純魔石の総取り換えになりますが…少量の魔力で動くよう術式を刻んで頑丈に加工したので、ある程度蹴飛ばしても大丈夫ですよ」
この魔道具の味噌は念入りに仕込んだ最小の魔力で起動させる術式だ。
発案元は俺の体を作った大賢者のクデウさん。 俺が身に着けている魔道具もしかり、あの浮島にあった家のいたるところに仕込まれてあった術式の一部でもある。
流石は人生を魔道具と術式について溶かした偉人。 俺の脳内辞書にも効率のいい術式の組み方がインプットされているのだ。
「蹴るだなんてそんな罰当たりなことしないわ、サクマくん…! 大事に…大事に使わせてもらうわね…!」
「こ、これで……これであの作業をしなくてすむんですね…赤魔石の数を数えながら捏ねて練って精錬する作業を…悪夢を見るほどしてきた作業から解放されるんですね…!? う゛う゛う゛っ!」
さめざめとフラーウさんとエレガテイスさんが泣き始める。 まさかここまで感激されるとは驚きであった。
とまあ、依頼の魔道具は作ったのだから俺はさっさとお暇しよう。
「まあ、もう出てしまうのですか? せっかくなのです、これからお師匠とご一緒に昼食でも…」
「いっ! いいえ…! おれはまだ他にも作らなきゃいけない魔道具がありますので…!」
サクマ は にげだした! しかし、アリェーニさまにまわりこまれてしまった!
という例のテロップが脳を駆け巡る。
報酬を受け取って技師塔を飛び出そうとしたのだが、出入り口前のホールでアリェーニ様に引き留められてしまった訳で。
フラーウさん早く書類と報酬をもってきてくれー! このままでは俺は王族の昼食の席にお呼ばれされてしまうー!
「…では、今度はちゃんとしたお茶会でもいかがでしょうか、サクマ様。 甘いものを用意しますから、ゆっくり二人でお茶を飲みながらお話しませんか?」
「へっ!? いや、あの、おれはそんな…っ!?」
「まあ、サクマ様。 わたくしとお話するのは嫌ですか?」
「ぐぅ……い、嫌ではありません、嫌ではありませんが…っ!」
「なら、いいですわね! いつ頃がいいでしょうか? 出来れば晴れの日がいいですわ!」
フラーウさんんんはやくぅうう! これでは姫殿下とお茶会になってしまうううう!
「あら! いいじゃない、サクマくん。 アリー姫殿下も招待状書いて送ってあげてくださいな」
「まあ! 素敵ね! そうするわ、お師匠」
「………っ!」
後ろからするりと出て来たフラーウさんの止めの一言。 なんでや…!! けど、けどこれだけは言わせてくれ…!
「…お、おれは暫く魔道具作成や依頼に忙しいので…ええと…」
「わかりましたわ。 その依頼が無事に終わったら、是非お茶会に来てくださいませ。 約束ですわよ!」
断られるなど微塵に思ってないかのようにアリェーニ様はにっこり微笑む。 うっ、笑顔が眩しい! そこまで言われてしまったら断ることもままならない。
「わ、わかりました………ぜひに……」
「楽しみにしていますわ! サクマ様!」
「あら~、すっかり仲良くなっちゃってぇ~!」
横からフラーウさんが茶化してくるのを俺はスルーした。
「はあぁあぁ……えらい目にあった…」
依頼完了の書類と報酬の小金貨五枚の五千万オーロをきっちり受け取り、俺はそそくさと城から逃げ出した。
城下町の大通りには番傘を差した人々が行き交ってはいるが、いつもより人は少ない気がする。 その合間を縫うように俺も傘を片手に歩くと、ぱしゃりぱしゃりと水たまりが靴やズボンを濡らしてちょっと不快感。
(変に緊張したなあ…けど…)
泣かれたのは予想外だったが、あれだけ喜ばれたなら作ってよかった。
…だが、アリェーニ姫殿下の距離感がおかしいと思うのは俺だけだろうか? やっぱ俺がちみっこい子供だからか? これで元の冴えないおっさんだったら…だったら――絶対に不審者で不敬罪発動してる自信がある。 …なんか悲しくなるから考えるのやめとこ。
(さて、残りの魔道具六つ。 今日と明日…遅くて明後日までに作ろう)
切り替えが肝心である。
俺は小雨が降る道を西地区にある寄宿舎へと向かって走り出した。
その後、俺は二日間で魔道具を六つを作り上げて無事に本許可証の印をもらった。 これでやっと俺とオネットさんは純魔石の回収任務に取り掛かれる。
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