18.検査と修理と短期観光編

 

「「「やだーっ、かわいいぃ~!」」」

「うむ、貴殿は本当に男児なのか?」

「レフィナド副隊長、失礼よ。…あら、本当に愛らしいわね」

「キエトお姉様!わたし!ミーティだってかわいいのですよ!」

「ふん、そんなお子様どうでもいいわ」

「た、大陸外から来たって…ホ、ホント…?」

「あ!アルル、大陸外のこと興味ある!教えて教えて!」

「森人族ってぇ、みんな美人って聞くけどぉ、それ本当ぉ~? 」

「…………」


 ここは女子会か何かか? 会話の情報量が多すぎ。


 正統派王子様カラーのイロアスの後を追いかけた先にある一室。その部屋で待ち構えていたのは七人の個性豊かな女騎士達だった。イロアスを隊長としたオルディナ王国の特殊精鋭部隊らしい。

 二十代半ばから十代後半のスタイル抜群な美人揃い。とんだハーレム部隊である。

 その七人の女騎士に囲まれ見下ろされ、俺は身動きが出来ないでいた。

 先ほどまでむっさい男どもに囲まれていたよりも緊張感を感じる。なんだかいい匂いすらした。香水ではない、石鹸とかハーブのような自然な良い香りだった。

 誰だかわからないが死角から頬や頭をツンツンされている。おいやめろ髪を弄るんじゃあない。


「私語をする為に連れて来た訳ではないぞ」

「「「はっ!失礼しました、イロアス隊長!」」」

「………」


 鶴の一声。六人の女騎士達は一糸乱れない敬礼をイロアス隊長へ向ける。調教…もとい、訓練されているのが垣間見えた。

 表情ひとつも変えないイロアス隊長は、壁に背を預けて余裕そうにこちらを見据えてらっしゃる。どっかの飲料水みたいな名前しやがって。


「ソレを念入りに調べろ」

「「はっ!」」


 念入り、とは。何を調べるというのだ。


「し、身体検査、ですか?」

「魔道具がある場所は、治外法権という建前で森人族からオルディナ王国を管理を任されてる重要な場所だ。そんな重要な所に危険な物は持ち込めないだろう?」

「はあ…それもそうですが…」

「サクマくんだっけぇ?パッと両腕あげてねぇ~」


 亜麻色のふわふわ髪とうす茶の瞳の女騎士が笑顔で俺に話しかけてきた。素直に従って両腕を上げた瞬間、着ていた白いシャツが目にもとまらぬ速さで脱げた。


「?!?」

「はーい、次はベルト外すねぇ~」


 どんな早業だっ!?瞬き数回する間にベルト鞄とブーツ、ズボンまで脱がされた。残るはパンツのみ。


「あ、まってくださ、うわっ、下着を引っ張らないでっ!中身!中身が!」

「きゃ~っ!サクマくん色白っ!肌綺麗~!羨ましい~!」

「何が綺麗よ、貧相な子供体系じゃない!」

「あら、かわいいお尻。スベスベモチモチで赤ちゃんみたい。妹が赤ちゃんの時を思い出すわぁ」

「キエトお姉様!ミーティのお尻ならいつでも見せて差し上げるのです!」

「ふ、副隊長ぉ、この鞄に施されてる術式…すっごい貴重…」

「ううむ、これは見事なものだな…。ネーヴェ、そちらはどうだ?」

「ちょ、信じらんない!杖についてるこの魔石、純魔石の中でも特級レベルの純度じゃない!なんだって国宝級の物をこんなちびっこが持ってるのよっ!?」


 聞いちゃいねぇ!情報量多いわ!シスコン妹はどこの誰だ?!


「うわっそこは触らないでくうぇ!?なんでそんな所を触って!?ひぇぁ引っ張らないで、ぁ、ぁ、や、※※※やめろ※※※※※※※ツンツンするな!」

「え~?何言ってるかわかんなぁい」

※※※※※※※※こんなのぜったい※※※※※おかしいぞ!?≫


 無情にもパンツは奪われてた。

 あらぬところを触られてはこねられ、俺は年若い女騎士七名に辱めを受けたのだった。逆セクハラでオルディナ王国を訴えたい。


「「「総意で怪しいものは所持してないと判断いたします」」」

「そうか。他に気になることはあったか」

「…………」


 辱めを受けて数分。それはそれは念入りに調べられた結果、俺の生身は危険物を所持していないと判断された。どっと疲れた。


「ううん…不思議と鑑定術式が効かないのよねぇ…サクマ君の身体にあるっていう術式が弾いてしまうのかしら。今、こちらに向かってるサブラージ技師ならわかるだろうけど…」


 長い黒茶色の髪が印象的なお姉さん、キエトさんが困ったように呟いた。デバフ耐性がある俺に術式をかけようと挑戦していたが全て弾かれてしまったのだ。

 大賢者クデウさんが手がけたボディだ、力負けしてしまうのは仕方が無かろう。


「あの…二つほど持っていきたいものがあるんですが…いいでしょうか?」


 七人の女騎士と一人の野郎騎士に向けて挙手をすると、総勢十六個の目が一斉に俺に集まった。不審な点がないかどうか見極めようとする鋭い目。

 そんな彼女らに見せたのは浮島から持ってきた杖に付属している大きな純魔石。この魔石には魔力増強効果がある術式が刻まれているものだ。

 魔道具の修理には相当の魔力量と質のいい純度の高い魔石が必要になる。

 俺には魔力量に余裕があるから結局は使わずにいた物だ。他に持ってきた魔石の殆どはドミニス公爵に渡してしまったし、手持ちの魔石は残りわずか。使うのならこれが一番質が良くて大きいから丁度いいだろう。


「杖についていた純魔石です。修理に必要になるかもしれないので…あと、一枚だけ羊皮紙を持ち込んでもいいですか」

「使用目的は?」

「魔道具を修理して再起動した時、一時的に効果を防ぐ為に。…直した瞬間、仮死状態にはなりたくないので」

「…わかった。その術式は後で私やキエト達が確認するがいいな?」

「ええ、構いません」


 この念の入りよう、疲れるわー。ワンアクションする度に説明をしなきゃいけない雰囲気だ。

 言われるまま無用な所持品と装備は女騎士達に預け、シャツとズボンとブーツ、片手に魔石と羊皮紙をもった軽装少年となった。

 肌身離さず身に着けていたクデウさんの認識阻害マシマシ首飾りも装備していない。が、周りの反応をみるに魅了テロが発生するという心配もなさそうだった。

 オルディナ領の人々にも髪や瞳の色素が薄い人もいるようだし、白銀色の髪や朱色の瞳の色を変えなくても良さそうだ。俺の杞憂に終わりそうで一安心。


 イロアス隊長の案内で一室から通路へ出ると、真後ろから俺を呼ぶ声が耳に届いた。


「サクマ!結界の魔道具を修理するって本当?」

「随分ヨレた面してるな。拷問でもされたか」


 オネットさんとフィエルさんだ。後ろにアルクダさんの姿もみえ、やれやれお嬢さん方にゃあ敵わんな~みたいな顔してやがる。呑気な顔しやがって。


「よってたかって全裸にされて辱めを受けました…」

「「ああ…」」


 ああって、その顔は二人もされたということか…。


「うふふ、サクマくん人聞きが悪いわ。あれは必要な検査だからね?」


 女騎士集団の一人、黒茶髪の美女キエトさんがにこにことしているが、確実に途中から皆寄ってたかって遊んでいただろう俺で。


「と、ともかく…結界の魔道具を修理してきます」

「…わかったわ。無理そうなら素直に諦めるのよ?サクマは無茶するから…」

「そうだぞ、タダでやることじゃないだろ。高い料金ふっかけりゃいいのに」


 オネットさんのメンタル強い。むしろ、俺自身に高額な賠償金が発生する可能性が高いのではなかろうか。


「…おれのせいで壊れたのは事実ですから。じゃ、行ってきます」


 イロアス隊長が背を追いかけようとした瞬間、俺はすらりとした腕に抱き寄せられた。


「オ、オネットさん?」

「言うタイミングがなかったから今言う。…ありがとうな、サクマ」


 そう言ってオネットさんにすっぽりと抱きかかえられてしまっていた。

 俺との身長差は三十㎝はあるだろう、それゆえに赤毛美女の胸元から見上げる形になってしまうのは自然なのだ。下心はない、決して。

 密着した身体から体温が薄着越しに伝わって大変に居た堪れなかった。


「フィーとあたしだけじゃ北門は突破できなかった」

「ど、どうしたんですか、いきなり…」

「…まともに言葉にしてなかったと思ってね」


 見上げたオネットさんの顔は一仕事を終えたような、どこか安心した表情をしていた。

 彼女にとって、フィエルさんを連れて亡命する事は命がけの大仕事だったのだろう。


「ドミナシオン領にいればフィーもあたしもいずれ死んでた。どうにか足掻いて脱出したが…サクマがいなければ…結局は魔道具であたし達は捕まってただろ」


 そう言うなりオネットさんは片膝をついて双剣の片方の柄を俺へと向けた。

 思わずぎょっとして腰が引けてしまうが、この動作ってまさか。


「片方の剣はフィーに捧げた。もう片方はサクマに捧げる」


 なんというイケメン女子。片膝をつく様はまるで騎士のよう――いや、ちょっとまってくれ!


「お、大げさですって…!」

「大げさなもんか。…最初は利用してやろうって考えてたんだぞ?そんなあたしらをサクマは助けてくれた」

「…それは言わないお約束では」

「ほんとそういう所は子供らしくないな、お前」


 とん、と剣の柄が俺の心臓の上に当たり、はっと気づくと鼻が密着するばかりにオネットさんの顔が近場にあった。彼女の吐息が唇を掠めてどきりとする。


「二人分の命を救ったんだ。サクマに心から感謝と誓いを」

「ぁ、ぅ、」

「この恩に答えたいんだ。――許しを」


 俺はただ、自己満足でほんの少し手助けをしたにすぎない。借り物の身体と借り物の知識と力を使ってだ。


「サクマが困ったことがあれば、あたしに言え。何が何でも助けてやる。剣が必要ならあたしが剣になる」

「オ、オネットさん…」

「それは私もよ、私をあの地獄から助けてくれた。サクマも、オネットも私の恩人だからね!」


 ぼふりとオネットさんと俺がまるごとフィエルさんに抱きしめられる。

 大小の胸に挟まれる俺。弾力の格差を感じる。


 ――恩人。


 そんな言葉を言われたのは初めてだった。

 俺は、二人に嘘を沢山ついているというのに。


「…お、お二人に、隠している事があっても、ですか」


 むぎゅむぎゅとサンドイッチになりながら呟くと、二人は俺の耳元でささやき返してくれた。


「…話せない理由があるんでしょ?それがなんなのかは知らないけど…それでも、私達が助けられた事には変わりないわ」

「どこが敵にまわったとしても、あたしもフィーもサクマの味方だ」


 そういって、二人は俺を強く抱きしめた。

 ほんとやめて。かっこいいこと言わないでくれ、惚れてまうやろ。なんだかむず痒い両目をぐしりと手の甲で隠して笑った。


「わ、わかりました!わかりましたから…!なんだって人前でこんな告白大会になってるんですかっ」

「いいんだよ、お前にはちゃんとがいるってことになるだろ?」


 サクマに変な真似してみろ、許さないからな。


 そうオネットさんの口元がそう動くのを俺は目撃してしまった。その彼女の鋭い緑色の目線は俺の斜め後ろへと向かっている。

 ちらりと後ろを窺うと、金髪ゆるふわイケメン隊長がこちらを無感動に眺めていた。

 なるほど。俺の為のオルディナ側へのけん制か。イロアス隊長とオネットさんの静かな睨み合いが交わされている。


「…オネもね、サクマが倒れた時とっても心配してたのよ。あんな顔のオネは久々に見たわ。あの一件でオネは反省したんじゃないかしら?」

「フ、フィー!?」

「だってそうでしょう?」

「………」


 オネットさんは見たこともない顔をしていた。

 ああ、コレ、照れてる顔か。これがデレというやつなのか。イケメン女子の不意打ちデレ。

 かわいいとか思ってない。おもってないからな!かわいいなもう!こっちもつられて赤くなるわ!


「…もういいでしょう、離してください。俺は抱き枕じゃないですよ」

「お前ちっさいからついな。…フィーの胸がよかったか?」

「そういうことは言わない方がいいと思います」

「そうよ、オネ、一言余計よ」


 このイケメン女子め。フィエルさんも横からオネットさんの脇を小突いている。いいぞ、もっとやってください。


「…もういいか?ついてこい」

「は、はい!」


 待つのも飽きたとばかりに、イロアス隊長様が先へとズカズカ歩き始めてしまった。俺はまた慌てて追いかける。


「…じゃ、おれ行ってきます」

「ああ、待ってる」

「気を付けてね」


 オネットさんとフィエルさんやアルクダさんに見送られ、俺は砦の奥に隠された階段へと進んだ。

 更に石畳の長い階段を下っていくと厳重な扉の前には屈強な兵士二人、そしてランプを持った中華っぽい雰囲気の服装の男女が待っていた。


「…この子が森人と人族の混血児、ですか?…本当にあの魔道具を直せると…?」

「ここはやはり、サブラージ師匠を待った方が…今日の夜には到着する筈ですし…」


 魔道具のメンテ担当の技術者らしい。事前に連絡は済んでいたのか、何やら不満げにこちらを見つめながらイロアス隊長に訴えている。本当に触れさせていいのかと言わんばかりの目だ。


「私がすべての責任を負うと言った筈だ。早く扉を開けろ」

「は、はい…わかりました…」

「もう!どうなっても知りませんよ!」


 そんな不満げな技術者たちの目線をものの見事にスルーし、イロアス隊長は分厚い扉の向こうへと足を進めた。 扉の先は随分と細く長い通路と階段が更に続いているようだった。丁度、この真上が不可侵領域になるのだろう。


「…今、ドミナシオンの北門はどうなってるかご存じですか?」

「ああ、北門は随分と派手に崩壊し、扉ひとつない強度の高い外壁となっているようだな。見張りの話じゃドミナシオンの兵士達が懸命に穴を開けようとしているそうだ。…誰かのせいでな」


 俺のせいですね、わかります。


「…では、暫くの間は交易や検問はできないというか…そっちの方に気がとられて結界が切れているのはバレてないってことですか」

「今のところは、な」


 技術者が持ってきたランプを片手にイロアス隊長が薄暗く細い通路を進む。俺の後ろには技術者二人、最後尾にはイロアス部隊の女騎士のキエトさんもついてきている筈だ。

 イロアス隊長、キエトさん、そして技術者の男女二人の合計四人の監視の元、俺は魔道具に触れるのを許された訳である。


「…本来ならば、オルディナ王家の血筋にあたる者しか結界魔道具には触れられない。そう説明したな」

「はい」

「魔道具を修理できるということは、短縮術式や魔術文字、魔石への効果付与に長けた者だということ。大陸外では当たり前のことかもしれないが、このオルディナ王国にとっては驚異的だ」

「ええと…?」

「…稀なほど、貴重な逸材ということだ」

「はあ…」

「いずれ、その身でわかる」


 嫌なフラグを立てないでほしい。

 イロアス隊長の口調だと魔道具を扱える技術者はかなり少ないという事だろうか。目立つような行動は慎みたいが今回は俺の失態だ。悪目立ちするだろうが仕方がない。


「アルクダも言っていたが、結界魔道具はオルディナ王国が契約に従い代理で管理している重要な物だ。心して掛かれ」

「それはもう…はい…」


 ほどなくして通路の奥へと行きついた。これまた分厚い扉がどどんと立ちふさがっている。

 技術者二人が扉の両サイドに立ち、がちゃがちゃと手元を動かし扉に向かって両手を掲げた。


「我、クゥス・ルルゴス。解除、開閉を求む」

「我、カンテロ・ムジャン。解除、開閉を求む」


 二人がそれぞれ名と手をかざした瞬間、扉の施された術式が起動しどこからかガチャンと鍵が外れる音が鳴り響いた。特定の二人がいなければ開かない仕様らしい。

 分厚い扉がゆっくりと開かれ、大きな空間が目の前に広がった。


「…うわ…おおきい…」


 扉の先は円状に石畳でできた空間だった。

 四メートルはありそうな天井に、届きそう程の大きな魔石がど真ん中に鎮座している。浮島にあったポータル魔石よりも更に大きな魔石だ。

 その大きな魔石を支えるよう、五つの細長い魔石が放射線上に並べられている。これが大陸を横断する程の結界魔道具。

 よく見れば、その中央の結界魔道具を覆うようにドームのような結界があった。


「…我々が触れるのはこの外側の結界だけです。中の魔道具には指一本触れられません」


 クゥスさんと言ったか、魔道具メンテ担当のお姉さんが悔しそうな声でお手上げ宣言。

 この外側の術式は半壊程度に収まっているらしく、結界は維持されているが他の機能が死んでしまったらしい。


「この外側の結界は中心の魔道具を守るだけでなく、調整したりする機能もあるんですね」


 外側の結界を見ると、特定人物のみ動かせる術式が施されてあるようだ。なかなかの厳重仕様。


「中心の魔道具に触れるには外側の結界を解かなければならない」


 イロアス隊長がそう言うなり、部屋の端に設置してある土台へと近づいた。赤と黒色で出来たガントレットを外し、指先を台座の中心へと翳す。途端、外側の結界が霧散したのを感じた。

 解除には更に特定の血筋を引く血液が鍵になってるようだ。たしか王族の血筋がどうとか言っていたな。つまりはイロアス隊長は王族の血筋ということ。見目を裏切らない人ですね、ぺっ。


「ほら、解除したぞ。修理できるのならしてみせるといい」

「…それはどうも」


 アルカイックスマイル俺。


「禁止事項は三つ。術式を複製することを禁じ、術式を別の物に書き換えない事。余計な小細工や術式を加えない事、ですね」


 そして魔術式に詳しい四人。イロアス隊長、クゥス、カンテロ、キエトさんの監視の視線を一気に引き受けながらの修理タイム。ちょっとでもヘマするとそら見たことか!と見下されそう。


「もし不穏な動きがあれば無理やりにでも中断して拘束する。わかったか?」

「お、お好きにどうぞ…」


 撤回。指を刺されて見下される方が良かったわ。


「やっぱりできるわけがない…!こんな複雑な魔道具を直すなど…。万が一、修理ができるとしても何日もかかる筈だ!今日の夜には師匠が到着するんです。何も子供に触らせなくとも…!」

「カンテロ、黙って」

「ですが、クゥス先輩!ぼく悔しくって…!ぼくだってクゥス先輩も…師匠さえ直接魔道具に触れたことがないっていうのに…!」


 後ろのメンテ技術者二人がなんか言ってるけどスルー。


「…おれが触れていいのは中心の魔道具だけでいいんですか。この外側の魔道具もおれが修理しましょうか?」


 冷静に大人な対応をする俺、エライ。誰も褒めないけど自分で褒めたるわ。

 イロアス隊長がカンテロ君たちに視線を投げた。直せれるのならこいつに直させようかとばかりに。


「…お前たちで外側のコレは修理できるのか?」

「なっ、できますよ!ぼくたちだっで師匠の元で学んだんです!に、二週間以内に直してみせますよ!」

「カンテロ熱くなりすぎ、ちょっと落ち着いて!下手したら一ヶ月以上はかかるでしょうが!」


 あー、これは外側の結界には触れない方がいいな。承知の助。


「では、中心の結界魔道具に触らせてもらいますね」


 そう宣言して円状にある結界をまたぎ、中央へとゆっくり近づいた。

 中心の魔石はとても大きくて見上げる形になる。注意深く見ると、魔石には微かな繋ぎ目がわかる色合いをしていた。


(ここまで大きな魔石なんて早々自然界には出来ないだろうし、ある程度の大きな魔石をつなぎ合わせて大きくしたのか。なるほどなぁ)


 繋ぎ合わせた大きな魔石には複雑な術式が込められていた。


(大陸を横断する程の結界を、最小限の魔力消費で抑える術式が組み上げられてる)


 距離指定、座標、結界の維持の他、結界内部を行きかう人々を瞬時に識別、魔道具や魔術式の判別が同時に行われる仕組み。そして、その魔術式の攻撃性、殺傷能力があるかないかの判断。それらが複雑に組まれ、魔石に納められている情報量は膨大なものだった。


(――あ、あった、破損個所。…うわぁ、穴あいてらぁ)


 中核にある大きな魔石の下腹部、俺の片手がすっぽり入る程の亀裂が生じている。


(…魔道具の停止を働きかける術式が、俺の身体の術式に押し負けて弾けたんだ)


 俺の身体のどこかも傷がついているが、ここまで派手な穴や亀裂はできていない。クデウさん様々ということか。

 その大きな亀裂は中枢まで伸び、他の術式に影響が出ているようだった。更には亀裂箇所から魔石の魔力が漏れ出ている。これでは一週間もすれば魔石内部にある燃料魔力が尽きてしまうだろう。


 俺がやるべきことは穴埋めと破損した術式の修繕、漏れた魔力の補充。そんなところか。


「破損個所はわかりました。おれでも直せそうです」

「時間はどれほどかかる?」

「…長くて一時間ぐらいですかね」

「な、そんなバカなことあるか!嘘ですよ!そんな!」


 イロアスの質問に答えた途端、カンテロさんが瞬間湯沸かし器みたいに真っ赤な顔になって怒鳴り始めた。うっかりびくついてしまう俺。


「やっぱり出任せうそだ!ただ魔道具の術式が見たいだけで我々を騙してるんだ!この結界の魔道具は、森人族や山人族の中でも特殊な魔術士が…!」

「カンテロ・ムジャンと言ったか、貴様は黙って見ていろ」

「…っ!」


 イロアス隊長の冷たい視線がカンテロ君にぶち刺さる。


「嘘だの偽りだの、これから見ればはっきりすることだ。お前は十歳以下の子供か?喚き立てるなら出ていけ」


 こっわ。イロアス隊長こっわ。庇ってくれたことはありがたいが。

 案の定、カンテロ君が瞬間湯沸かし器から震える小動物のようになり果てた。


「…ぁ、あ、す、すみません、でした…イロアス様…」

「カンテロ!アンタほんといい加減にして!」

「いたっ、クゥスさん、蹴らないで!あたたっ」

「ご、ごめんなさいね、さ、サクマ君だっけ?進めてどうぞ!」

「は、はい…」


 カンテロ君がクゥスさんに足蹴にされているのを横目に魔道具へと向き直った。

 若き技術者のカンテロ君よ、強く生きてくれ。君の仕事とか誇りとか触れられたくない領域を奪ってしまう形になってしまうが、どうか今だけ許してほしい。俺も譲れない所があるんだ、堪忍な。


「まずはこの羊皮紙に一時的な回避の術式を組みますね」


 そう宣言して持ってきた羊皮紙をイロアス隊長たちへとかざす。

 中央の魔術式を暫く眺め、羊皮紙に向けて魔力を集める。インクがなくとも直筆魔術として魔力を可視化して紙に転写することはできる。 魔力消費量は短縮術式より跳ね上がるが。

 この部屋に施された術式を少し参考にしよう。

 結界内部で起動と発動を許されているのが、ドアの鍵の術式と結界魔道具を保護している外側の結界術式だ。その術式には結界魔道具の効果を無効化する仕組みが施されてあった。


(クデウさんに負けず劣らず器用な事するなぁ)


 ゲシュンク大陸のほか、他の大陸に行ける機会があればその技術を拝見したい所ではある。未知の大陸すぎて行くのに勇気が入りそうだが。

 ものの数十秒で防ぐ術式を組み上あげ、その術式を転写した羊皮紙をイロアス隊長に見せる。その鉄仮面のような表情がぴくりと動いた気がした。


「これは…外側の結界術式を応用したのか」

「はい、効果は十分程で最低限抑えた術式です。ここでしか使わないと誓います。なんなら後で血の契約書に署名しても構いません」

「血の契約書…随分と古い仕来たりを知っているな」

「…そこまで真剣ってことですよ」

「お前の心構えの程はわかった。…修理を始めてくれ」

「はい」


 血の契約書とは、その名の通り否が応でも従わざる得ない契約書だ。契約を結ぶ者同士、偽りなく大きな約束事をする際に使われる古い契約書。

 契約内容によりけりだが、それは魂、真名、血を持ち出して交わす強力な契約書だ。それを破れば色々と手酷い仕打ちを受けるとかなんとか。

 まぁ、おれのデバフ耐性のあるボディには破ったってなんてことはならないだろうが。それは言わないでおこう。


「で、でたらめだ!こんな簡単に術式を組みんがごっ」

「カンテロ君、その口に帯ぶち込むわよ!」

「もがもがもがっ!」


 カンテロ君、とうとう猿轡をかまされるの巻。何やら俺が組み上げた術式を見て驚愕しているらしい。参考にした程度なんだけどな、何驚いてんだ。

 クゥスさんから羊皮紙を受け取ると、中心の持ち場へと舞い戻る。


「…まず、おれが持ってきたこの魔石を素材にして空いた箇所を持ってきた魔石で繋いで補強します。砕けた魔石は使い物にならなさそうですから。その前にこの魔石に刻まれた術式を削除して真っ新な状態にしますね」


 元は杖に付属していた魔石を使えるようにリセット作業。なかなか面倒な作業だが、やり方は脳みそが知っている。


「これでよしっと…」


 するすると固まった糸の塊を解くように刻まれた術式を丁寧に解体していく。ほどなくして手からはみ出るぐらいに大きな純魔石に刻まれた術式は綺麗に消えた。

 杖にハマっていた魔石は術式が刻まれる前の真っ新な状態に戻っている。回避の術式を胸元に忍ばせれば準備万端だ。


「では、修理を始めます」


 そう言い放ち、俺は魔道具へと魔力を集中させた。



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