第三章 亡命組でぶらり旅 検査と修理と短期観光編
17.検査と修理と短期観光編
「35歳で…まだ若いのに孤独死だなんてねぇ」
「マンガの仕事してたんだって?作家は早死にするってよく聞くわよねぇ」
ひそひそと囁く声が聞こえた。そちらを振り向くと、見覚えのある光景が飛び込んでくる。
(…ああ、火葬場、か)
一度、祖父が亡くなった時に来たことがある。
落ち着きのある色合いの壁沿いに長方形の箱が横たわり、その箱を中心に八人の喪服姿の中高年が集まっていた。見知った親戚連中一同だ。
兄や姉、妹の姿は見えない。そりゃそうだ、苗字も違えば父親も家も違うのだ。俺の葬儀に来る訳がない。
「…バカな子よ」
喪服姿の中の一人がぼそりと呟いた。
(母さん、老けたなぁ…)
何年ぶりかに見た母の姿は随分と小さく見えた。たしか六十歳だったか、そうだよな老けるよな。
小じわと白髪が増えた母のその横顔からは何の感情も読み取れなかった。
「体を粗末にして。…ホント、バカな子」
ごもっともな意見だ。
母から事あるごとに言われていた言葉がある。
頭を使え、賢く生きろ、強く生きてほしい。だった。 その言葉の次にくるのは「私は弱いから」という言葉で括られる。
俺から言うと母の方がとても逞しいと思っていた。 ただ、依存する男がいなければ生きていけなかっただけで。そして、反面こうも言われていた。
お前はあのろくでなしの父親と同じだ。冷たくて思いやりのない人間だ、と。
名前も顔も記憶にない遺伝子上の父だった人物と比較されてもコメントのしようがない。覚えていることといえば、箸の持ち方が下手だと叱られた記憶がうすらぼんやりあるぐらいだ。
(…DNAを受け継いでるんだからどっかしら似るだろうけど)
その言葉を言われる度、俺自身も借金をして浮気をする男になるのかと考えた時もある。浮気する前に付き合う女の子すらできなかったけど。
もちろん借金だってしちゃいない。親やどこかから金を借りるぐらいなら道端で野たれ死んだほうがマシだ。と、考えていたら孤独死になったんだがな。
しかしこれは過去の映像なのだろうか。それとも二度目の死亡で魂が時空を超えて里帰りでもしたのだろうか。 よくわからないが生々しい夢だ。
俺の元身体が入っている棺桶が壁へと吸い込まれていく。これから高温で焼かれて骨になるのだろう。
…俺、また死んだのか?
いや、
傷?…俺は怪我をして死んだ?
まだ死んではいない。生きているよ。
…この光景は?なんでこんな光景を見てるんだ。
それは俺が
怪我も小さなものだ。時間はかかるが自然に直る。望めば自身で直せる筈だ。
…ええと?
やり方はもう知ってるだろ。
ほら、あっちの二人が心配している。早く戻らないと。
…誰が、俺を心配してるんだよ。
目を覚ませばわかる、さあ、
「――ぁ」
肺に空気が一気に満ち、身体がびくりと震えて硬直した。
「……?」
はっと息を吐き目蓋をぱちりと動かす。見えるのは見覚えのない石建築の天井だった。
(二度目の見知らぬ天井…)
どうやら自分はベッドの上に寝かされているようだ。
白いシーツ、ベッドの脇には小さな窓が見える。その窓のカーテンからは夜明け前のようなぼんやりとした明るさが窺えた。
(…あれからどうなったんだ?)
自分は死んではいないらしい。ぺちりと片手で頬に触れると体温が感じられた。
ゆっくりと上半身を起こそうともう片方の手を動かそうとした瞬間、誰かが俺の手を握っている事に気が付いた。
ぎょっとして手の先を見ると、シーツに沈みこんでいる白髪混じりのヘーゼルナッツ色の頭が見える。
(…フィエルさん)
椅子に下半身を預け、彼女は幼い顔で寝ていた。どれぐらい寝ていたのかはわからないが、彼女はずっと側にいてくれたのだろうか。
(心配かけたかな…)
申し訳なさと照れでなんとも言えない気分になる。ふと、足元の先の壁には鮮やかな赤い頭も見えた。
(オネットさんも、いてくれたのか…)
器用なことに腕組みをしながら椅子で寝ている。鮮やかな赤い癖っ毛の隙間からのぞく寝顔を見つめると、緑色の瞳がぱっと開いて視線があってしまった。 声も無くどきりと硬直してしてしまう俺。
「(…フィーが起きるから、静かにな)」
「……」
彼女の指先が唇へと寄せられ、静かにしろよというジェスチャー。俺も天使の安眠を邪魔したくはないのでこくりと頷いた。
「(どっか痛い所は?)」
「(…とくに感じないです)」
物音ひとつ立てずにオネットさんがベッドの側へと歩み寄る。やはり忍びの者か。
オネットさんの指が俺の額やら首やらを触れてきた。熱でも測っているのだろうがくすぐったいからやめてほしい。
「(サクマ、どこまで覚えてる?)」
「(ええと…無事に用事が済んだので国境門を越えて…不可侵結界のど真ん中で倒れた…ような…)」
意識が途切れる瞬間、視界を過った赤い何かを思い出した。オネットさんの鮮やかな赤毛だった気もする。
「(…もしかして、オネットさんがおれを…?)」
「(ああ、お前を抱えてオルディナ領に引っ張り込んだんだ)」
「(それはまた…お手数おかけしました…)」
来るなと言いながら彼女に助けられる形になってしまったのか。うわ、なっさけなっ。
「(寝れるならもう少し寝とけ、あとで質問大会ひらくぞ)」
「(うぇ…)」
「(そんな顔しても駄目だ。オルディナ側にも説明してもらうからな?)」
「(わ、わかりました…)」
嵐の前の静けさということか。あまり柔らかくない枕に頭を押し付けて全身から力を抜いた。
(これはヤバい事をしたのではなかろうか)
なんだか気が重い。
「(…フィーが起きたら笑ってやれよ、心配してたんだぞ)」
オネットさんがわしゃりと俺の頭をひと撫でして部屋を出て行った。
どこかへ報告にでも行くのだろうか、相変わらずのイケメン系美少女ぶり。
(…傷って…どこ怪我したんだ…?)
そっと胸に片手を当てるが、見当がつかない。
だが、確かにどこかが破損しているのだろうと確信がある。何故だかわからないけれど。
それから太陽が空に上がって明るくなった二時間後。目を覚ましたフィエルさんに熱烈なハグを味わうことになった。
「ほんっっとに驚いたんだからね」
「…はい」
「私、サクマにお願いしたわよね?自分を1番に優先してって」
「…はい、その…調子に乗って暴れまわっったら罰があたりまひふぁ、ひはあぃえう」
「誤魔化さないで」
「ふぁい…」
フィエルさんに頬をムニッと引っ張られた。適当なことを言い並べて誤魔化そうとしたが失敗作に終わった。フィエルさんの胸で全力ハグはすごかったなあ…。
ドミナシオンの北門から南門のオルディナ領へと亡命した一件から丸一日も経っていた。
亡命三人衆である俺達はオルディナ南門側の砦に匿ってもらっているらしい。
何処からか暖かい飲み物を持って来てくれたオネットさんも、ベッドサイドに椅子を寄せて真面目な顔でこちらを見つめている。
「結界内から担いで来た前後、お前、死んだみたいになってたんだぞ」
「えっ」
「そうよ。心臓だって止まってたのよ。死んじゃったのかと思ったわ」
「フィーが懸命に治癒の力を使ってたけど効果があるようにも見えなかったしな。結界を出てから数十分後ぐらいだったか…サクマの心臓は動き始めたんだ。…一体、何があったんだ?それともドミナシオンで何かされたのか」
結界魔道具の術式に押し負けて心肺停止してたってことなのだろうか。
「その…ドミナシオンの方は何も問題はありませんでした。何一つ怪我を負いませんでしたし、用事も終わってから南門に向かって歩いたんですが…た、倒れたのは…おれもよくわからなくて…」
「サクマ…」
「…あたし達に言えないことか?」
青い目と緑の目が俺にグサグサと突き刺さる。
その瞳は俺の事を心配しているんだぞという感情が見て取れた。申し訳なさでいっぱいになりそう。
ふと、フィエルさんがそっと俺の髪の毛や頬を撫でた。優しげな指先がなんともくすぐったい。
「この白銀の髪も朱色の瞳も隠していたものね」
「ぅえ?」
オネットさんさんの不意打ちな言葉に変な声が漏れる。
慌てて服の下からネックレス型の認識阻害の魔道具を引っ張り出すと、常に発動しているようにしていたのが停止していた。結界魔道具の影響だろう。
ということは、黒髪黒目の地味カラーではなく元の色素ゼロカラーに見えているということか。
「も、素の色だと目立つと思ったので…魔道具で変えてました…驚きましたか…?」
恐る恐る二人を見ると、今更とばかりに微笑んでいた。
「最初はたしかに驚いたけど…。エーベネの街から抜け出した最初の野宿の時に見たから」
「えぇっ」
「あたしもテントの中から見てた。短縮術式だっけ?魔術使う時に髪と瞳の色が元に戻るっぽいな。…気づいてなかったのか?」
「ぇぇ…」
短縮術式を使っている時の自身の姿なんぞ、隠密術式以外は確認した事がない。
つまりは短縮術式を使う度に髪の毛の色が変わってたってことか? 何処かの戦闘民族とかスーパーなんとか人みたいじゃん、かっこいい!じゃなくて。
認識阻害の魔道具の弱点かもしれない。その案件については後で考えよう。
「まあ、たしかにな。その顔でその髪と瞳のままドミナシオン領は歩けないよな。隠して正解だ」
「デスヨネ…」
「黒髪のサクマも可愛かったけど、今の髪の色も綺麗よ。精霊様みたいでありがたみがあるわね」
精霊は仏か何かかな?
「となると、結界内で何かあったってことか」
「そう、ですね…はい…」
話が逸れるのをオネットさんが戻してくれた。やはり言わなければならないらしい。
「おれ自身も結界内を歩くのは初めての事だったので…身体にある術式の影響かもしれません」
「術式の影響?…お前、身体に入れ墨なんて無かったじゃないか」
そいや彼女達には全裸を見られていた。
「…見えないところにあるんですよ。身体の
そっと胸に手を寄せると、フィエルさんとオネットさんの瞳が驚きに揺らいだ。
気乗りしないが致し方がない、苦肉の策だ。
「今のおれの体は至って健康なんですが…それは父が施してくれた禁忌の術式のおかげなんです」
元々心臓や体が弱く気軽に外へ飛び出せる体ではなかった。それ故に父は過保護になり、人里離れた小島で二人きりの生活をしていた。それと同時に体を丈夫にする秘術や禁忌に関わる術式の研究をひっそりとしていたのだと説明した。
「禁忌の術式が刻まれているなんて事、堂々と言えないじゃないですか」
「…そう…だったの」
「……」
あ、うまくいきそう。フィエルさんが寝ている横で悶々と言い訳を考えた設定内容がコレだ。
嘘も含まれているが本当のことも交じっている。ここまでが説明できる限度のライン。苦肉の病弱キャラ設定というかっこわるさ。
フィエルさんは素直に信じてくれたようで、俺を気遣うように心臓の上にかざした手をそっと握ってくれた。優しい。その優しさが心に刺さる。ほんとごめん、フィエルさん。
しかし、オネットさんは何か考えているのかジッと俺を見つめて無言であった。
「全身にナダフロスを塗れば倒れなかったのかもしれませんが…その…身体の術式のことを忘れてまして…」
「早い話、お前のうっかりで仮死状態に陥ったって事でいいのか?」
「…そんな感じです」
「ばーか」
「あたっ」
そういう事にしといてやるよとばかりに、オネットさんの渾身のデコピンが俺の額にクリティカルヒットした。痛い。
「ともかく、ドミナシオンの事や身体の事もオルディナ側に説明してもらうぞ。今かなり騒がしくなってるからな」
「…おれらが亡命したからですか?」
そうオネットさんに問うと、彼女はケロッとした顔で言い放った。
「大陸を横断してる不可侵の結界な。あれ、消えたんだぞ」
「へ?」
「結界の魔道具、壊れてしまったらしいの」
どうやら術式が押し負けたのは俺ではなく、結界魔道具の方だった。
「で?何処までが本当で何処までが嘘なんだ?森人族のお嬢ちゃん」
「今説明した全てが事実です。あと、お嬢ちゃんではありません。おれは男です」
軽く朝食を済ませたお昼前。俺は砦の一室に呼び出され、屈強なオルディナ兵士達の前に生贄の如く座らされていた。
このゲシュンク大陸に来た理由、移動方法、国境門から結界領域での出来事から説明した。
勿論、浮島の事や転移ポータル、ドミナシオンのドミニス公爵とのやり取りや俺の出自の肝心な事は曖昧にしたり誤魔化したりと真実は隠したままで。
しかし、オルディナ側の彼らは胡散臭そうに聞いていた。
(まあ、結界内に突如現れた鎖国種族の森人って言われても警戒するわな。しっかし、そこまで頭っから疑わなくてもいいんじゃないか?)
「その白銀の髪も森人族に近い色らしいっちゃらしいが…耳も尖ってる訳でもないし…混血児ねぇ…」
目の前の熊っぽい大柄な男、アルクダと名乗っていたか。
赤褐色の髪に赤茶の瞳は屈強な隊長らしい風貌の男が無遠慮にじろじろと俺を眺めている。
その目線にイラっときたが、表情には出さないように俺は潔白ですよと堂々さを意識した。
アルクダさんの横にいた男がひょいと前へ出てくる。青色の短髪に水色の瞳がなんとも涼やかさを感じるがっしり系渋イケオジだ。
「森人、竜人、人族の血を引くとは…あまり聞いたことがない話だが…竜人族には紅い瞳を持つ者もいると聞く。たしかに耳は尖ってないな、父親が森人族と竜人族と言ったか?お嬢さ…サクマ君?」
渋イケオジことラーストチカさんが訂正してくれたが、揃いも揃ってここの兵士達は俺をお嬢ちゃん呼びをしてくるのだ。その度に性別は男だと真顔で否定する身にもなってほしい。
「…そうです。この瞳の色は隔世遺伝かもしれません。この身に施された術式もお見せできる方法はありませんし…それとも切り裂いて
やけくそ気味に言い捨てると、図体のデカい男どもはそれぞれ複雑そうな顔をして目をそらした。年端もいかない少年にそんな物騒な事はしないとアルクダさんが苦笑する。
「ただ、この国で保護する以上、その人物が安全かどうか判断しなきゃならん。ドミナシオンからの亡命者となればなおさらな」
「…もしかして、おれがドミナシオンの刺客ではと疑ってるんですか?」
「まぁ、そうなるなぁ」
「はあ…」
ドミナシオンの刺客ねぇ。そんな訳あるかい。多少は手を貸してしまった所はあるが。ありゃノーカンだノーカン。
「実際、お前のせいで結界の魔道具がぶっ壊れてオルディナ側にとっては大損だしな?」
「………」
そこは大変に申し訳ない。俺のうっかりミスである。
「その魔道具…修理することはできないんですか?」
「ああ…多少弄れる技術を持ってるのはこの砦にはいるが…そいつらの話だと修理できる話じゃないとお手上げでな。王都にいる魔道具の技術者…サブラージ氏ならもしかしたらと呼んではいるが…その師匠でも直せるかどうかわからんとさ。まったく、まだドミナシオン側には悟られてはいないだろうが困ったもんだよ」
オルディナ国には魔道具をメンテする技術者はいるらしい。
ドミナシオンよりは魔術や魔道具に関して知識はあると聞いてはいたが、どれぐらいまでなのか。
「元々は森人族や山人族が合作と聞きました。手がけた関係者…大陸外の技術者にお願いすることはできないんですか」
「王都が伝手がある森人族に連絡してる筈だ。だが、いつ頃くるかどうかだな。一年先か二年先か…。早々に人族のお願いごとを聞くような奴らじゃ…っと、すまんな、お嬢ちゃ…坊主」
アルクダさんがふいっと俺から視線を外す。なんとなくだが、森人族と人族の関係が薄らぼんやり見えてきた。
「構いませんよ。先ほども説明しましたが、父とおれは森人族や竜人族とも縁が切れています。顔見知りな森人もいませんので安心して愚痴ってください」
「…はあ…森人族は一族の結束は強いって聞くんだが…一体、どんな暮らししてたんだ?」
「人里離れた孤島暮らしです」
「へぇ、森人らしいっちゃーらしいが。森人族って大森林の奥の大樹の上に家立てて住んでるんだろ?」
「残念ながら、森人族についてはおれはよく知らないのでわかりません」
アルクダさんが腕を組んで、そんなもんなのかいと首をかしげた。
仕方がないだろう、おれだって森人族についてはよくわからないのだ。精霊や神、神竜への信仰が強く、僧侶とか仙人のような生活をずっと続けている。とか、あとちょっとしたことぐらいの基本情報しか知らない。
「どこの種族にもはみ出し者もいるんだな。まあ結局のところ、大陸外の他種族には手助けしてもらえんだろうがなぁ」
その言葉には諦めと確信の感情が含まれていた。疑問になって首をかしげると、アルクダさんが無精ひげを顎に指を滑らせてた。
「大陸中央を横断する結界が消失したんだ、いつ戦争になってもおかしくはないんだよ」
「……っ」
戦争。ドミナシオンとオルディナが?
どくりと心臓が妙な鼓動を鳴らす。俺のうっかりミスで戦争に?そんな、
「血が流れる争いごとを嫌うからなぁ、森人族は」
「で、ですがっ…結界が消えただけで…そんな大事に…」
「お、顔色が変わったな、坊主」
「……っ」
アルクダさんの赤茶の瞳が細まる。それは嫌な目だった。こちらの腹を見極めようとしている目だ。なんとも居心地が悪い。
「アルクダ隊長、相手は子供ですよ、何脅かしてるんですか。大人気ない」
「え~、まぁ今の顔で多少はつかめたか。本当に予想外だったんだな」
一体、今の動揺した俺の顔で何がわかったというのか。兵士こわ。
「そもそも、彼は死にかけましたがこうして生きている。そんな彼が命を捨ててまで北と南、戦争を起こすために
ラーストチカさんがアルクダさんを責めるようにフォローに回ってくれたが、言っていることがかなり物騒。しかし実際にありそうな手法でもある。国民感情を煽ったり、大義名分を作るのは案外簡単だったりするものだ。
「……実際どうなんですか。戦争は起きると?」
「まあ、確実だな。結界が消えているのがバレれば…遅くて一年先…早くて数ヶ月から半年、ドミナシオンの奴らは鼻息荒くして軍を国境へ集結させるだろうさ。 それでなくとも、オルディナに年単位で喧嘩吹っかけるぐらいには血気盛んだしな」
「……っ、」
嫌な汗が手のひらをジワリと濡らす。
今、ドミナシオンではドミニスさんが動き始める重要な時期だ。そんな時期に戦争だなんて起こったら魔石を渡した意味もなくなる。
それにフィエルさんやオネットさんはどうなる? 彼女達は必至に亡命してきたというのに、戦火に巻き込まれるだなんてあんまりだ。
いかん!いけない。その大事な時に俺のうっかりミスで戦争とか。俺のメンタルが申し訳なさで死んでしまう。
「…その魔道具、おれが直してもいいですか」
「は?」
「ん?」
アルクダさんとラーストチカさんがきょとりとする。
「魔道具に関する知識と技術は父から教えられました。どれほどの魔道具なのかは見てみないとわかりませんが…。おれにチャンスを頂けませんか」
俺が壊したのならば、俺が
「坊主…サクマ、だったな。 ここにある結界魔道具はオルディナ王国の中でも最重要に位置する物だ。それ大陸外から来た奴に触れさせると思うか?」
「…っ、そ、そこをどうか、お願いします…!」
「坊主に頭下げられてもなぁ…俺の一存じゃあ決められない」
他種族も関わってる大規模な魔道具だ。オルディナ側にとったら、森人族や山人族との種族間の約束事やら契約が複雑に絡んでくるのだろう。当たり前な反応だった。
だが、俺の手で直せるならば直したい。出来る限り早い段階で。戦争を回避できるのならば頭だって下げたるわ。
「サクマ君、君の腕がどれほどのなのかはわからないが…君はあの魔道具と相性が悪いだろう?また、ここに運ばれた時のような仮死状態にでもなったらどうするんだい」
ラーストチカさんが思惑顔で問うてくる。たしかに魔道具が正常に起動した途端、また俺はぶっ倒れるか魔道具がぶっ壊れるかしてしまうだろう。だが、魔道具の術式さえ解読すれば回避することは可能な筈だ。
「そこは…魔道具の術式を見て…一時的に俺自身だけ無効化するようにすれば…」
「無効化する術式を組める組めないはどうかとして。結界の魔道具の術式の情報を第三者に流す、なんてこともできてしまうね」
「そ、そんなことはしません!」
あかん、風向きが一気に悪い方に流れ始めた。汗と動悸が止まらない。
どうすればいい、どうすれば信じてもらえる? ああ、俺ってば設定盛りすぎて怪しいんだった。
身元がはっきりすれば彼らも信じてもらえるのだろうけど、大賢者が作った人工生命体だなんて誰も信じてもらえないだろうな!
「――やらせればいい」
「へ」
アルクダさんとラーストチカさんの後ろにいる兵士達の後方から、凛とした声が響いた。
「修理ができるというのなら、ソレにさせればいい」
兵の間から、長身の若い男が姿を見せた。
深紅と黒の甲冑、ゆるふわ金髪にきりっとした碧眼。乙女ゲーに出てくるような正統派王子様フェイスのような男だった。
女子がきゃーきゃー言いそうな碧眼を細め、その男は俺を一瞥するなりアルクダさんへと目線を向ける。
「それでどうなるか、ソレの立ち位置ははっきりするだろう?」
「…だが、イロアス殿」
「構わない、私が責任を取る。…おい、ついてこい」
「は、はい…!」
イロアスと呼ばれた金髪の男が部屋を出ていき、俺は慌ててその背を追った。
後ろからラーストチカさんの止める声が耳に届いたが、彼はそれを無視して石畳の通路をズカズカと進んでいく。こっちは足が短いというのに遠慮のないスピードだ。
(…こいつとは仲良くなりたくないな)
直す機会をくれたことには感謝するが。俺の中の心のアンテナが苦手と判断を下した。イケメンは滅んでどうぞ。
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