40.就職活動編

 


「うん? 最近の噂が知りたいだって?」


 オゾンさんが手綱を握りながら素っ頓狂な声を上げた。

 畑の合間に伸びる道を、俺とオゾンさんを乗せた荷馬車は軽快に進む。 カボさんは大通りの店にいるようで馬車にはいなかった。

 青々とした畑をよくよく見ればまるまるっとした作物が緑色の葉の合間から覗いている。 収穫はそろそろだろうか。


「はい、この間も話しましたが…。来たばかりでどこで何が起こったかもよく知らないんです」

「ああ、北と南じゃかなり違うもんなぁ…」

「姉さん達も仕事で忙しいですし、姉の一人は狩人なので情報は耳に入れておいた方が無難かなと…。 商売関係のお仕事をしているオゾンさんなら世情に詳しいんじゃないかって」

「なぁるほど、賢いなぁ坊主!」

「あはは…どうも…あてっ」


 オゾンさんがガハハと笑いながら背を叩いてきた。 太い腕で叩かれると前に吹っ飛びそうになる。


「と言っても、俺っちはただの御者だからなぁ。 よく聞く話しか知らねぇぞ?」

「いいえ、教えてもらえるだけでも助かります」

「そうだなぁ…最近よく聞く話は――」


 大陸全体の話でもあるが、特にカタルシルア大森林での魔物の増加、その森林付近にある街や村が魔物の被害が増えているという事。 これは道中でふんわり耳にしていた話だ。

 予想してはいたが、森林にある街のモンテボスケが狩人達の良い稼ぎ場だとか。

 狩人達が荒稼ぎしているからこそ、魔物の肉や毛皮、薬品の素材が安定して流通するようになり、魔物から獲れる赤魔石の量も増えているのだという。


 一方で、増加する魔物を討伐することに集中しすぎて純魔石の採掘量が減っている問題もあるようだ。

 オルディナ領では王宮を中心に、平民にも生活魔道具が普及している。 魔道具の使用率があがれば同時に魔石不足も起こるようで、国は純魔石や赤魔石の安定した量の確保を模索している。

 以前、デウチ村でイロアス隊長が赤魔石を高額値段で買った理由もここからきているのかもしれない。

 しかし、赤魔石は純魔石と比べると魔力の量の質も劣ってしまう。 長い目でみれば純魔石の方が断然コスパはいい筈だ。


 ともあれ、国の防衛、魔物退治、魔石採掘と引っ張りだこの狩人ゴールドラッシュ状態だが、年に死んでしまう狩人も多い。

 だからこそ、モンテボスケにある狩人組合の本部や王都、他の大きな街や村も次世代の狩人育成に力を入れているのだという。


「…そいや、モンテボスケには大陸外からきた竜人族の二人組が、討伐賞金やら総なめしてるって一時期すげぇ話題だったなぁ。 そのせいで新人狩人の育成が滞るとか、上級狩人からは稼ぎが減ったとか不満が出て大変だとか…人族と竜人族じゃ力の差がありすぎるから仕方ねぇわな」


 その竜人族の二人組って、十中八九テセラちゃんとあの竜人族の兄ちゃんのことだろうか。

 テセラちゃんが絡まれた理由もそれが原因なのかもしれない。


「けど、数か月前からか…その竜人族の二人組が王都へ拠点を移したってさ。 今は北か…南だったか、どっかの支部にいるって聞いたが、あんまり活躍してる話は聞かねぇなぁ。 坊主の姉ちゃんも腕がいいのなら、今のうちにモンテボスケで稼ぐのも手だぞ。 …竜人族がいないって言っても、他の狩人も多いから競争率が激しいことに変わりねぇけどさ」

「…そうですね…。 姉は今のところ東支部で満足してるみたいなので」

「そーだなぁ、ほどほどが何事も一番だわなぁ!」


 コツコツ稼ぐのが一番いい!と、オゾンさんがガハハと笑う。 しかし、俺が聞きたいのは狩人周りの話ではない。


「他には…狩人以外…商人とか農夫の間で珍しい出来事はありませんでしたか?」

「珍しい出来事ォ?…珍しい話…あー…あれだ、聖女様だな!」

「聖女様、ですか?」


 ――それです、それが聞きたかったんです。

 俺はさも今初めて聞きましたわーみたいな顔を作るのに必死になった。


「ドミナシオン帝国にいた聖女様がオルディナ領にいるって話さ! …けどよ…聖女様の話は坊主たちのほうが詳しいんじゃないかい?」

「…そうでもないですよ。 帝国は…平民には隠してしまうので…」

「ああ…奇跡のお力を持った聖女様だもんな。 帝国なら…大事に隠しちまうか」


 大事に扱わなかったから逃れてきたんですけどね。


「ちょっと前にデウチ村が魔物に襲われて怪我人が出たんだと。 そんな時に旅の途中だった聖女様が村人の怪我を奇跡のお力で治したってさ、ありがたいわなぁ!」

「へぇ…聖女様…どんな人なんでしょうね…」

「なんでも若い娘っ子らしいぞぉ! 村人の怪我を治す姿はまるで女神様のようで、白銀の長い髪に瞳が青い目の若い綺麗な娘だって噂だ」


 ――うん???


「白銀の…髪…?」

「……ちょうど坊主の髪の色に近いんじゃないか? …ほんの十歳ぐらいの子供だって話を聞けば、十五歳ぐらいの娘だーって話もあってな。 人伝で話がごっちゃになってんだろうよ。 大きな黒猪の魔物すら聖女様の聖なるお力で倒したって話も流れてきてる。 実際、市場で黒猪の肉や毛皮がすごい高値で出回ってたしな! それに、聖女様の側には王都の騎士がいたそうだぞ、噂じゃ王宮に招かれて保護されてるんじゃないかって」

「……そう、なんですね…初めて聞きました…」


 俺の乾いた声が喉から響く。

 なんてことだ、俺の特徴とかフィエルさんの特徴が混ざってる!

 俺が一緒に村人の怪我を治す手伝いをしたせいだろうか、話に尾びれ背びれがついて歪曲してしまったのかもしれない。

 いや、逆にこれはこれでよかったのか? あまりに一致した特徴が出回ってしまったら、フィエルさんが聖女様バレしてしまう可能性が高くなるし。


「最近の話題はこんなもんか。 俺っちは二日に一回は東支部に備品を届ける仕事もしてんだ、またなんか聞きたかったら声かけてくれよ」

「あ、はい、わかりました。 ありがとうございます、オゾンさん」

「なあに、これぐらいお安い御用よ!」


 オゾンさんが豪快に笑いながら俺の背をバンバンと叩き、その反動で俺は荷馬車から落ちそうになった。 オゾンさんにめっちゃ謝られた。


 そんな話題をしながら荷馬車に揺られて二十分。 オルディナの中心街にある大通りの入口付近で降ろしてもらい、オゾンさんの視界からしっかり離れた所で俺は城へと向かった。


 相変わらず、大きな湖の側にある王城は一枚の絵のようで建築美フェチがくすぐられる佇まいだ。 その城を目指して緩やかな坂道を登り、大きな門を数回くぐって上の区画へと進む。

 門番の兵士に何度か足止めされてしまったが、名前と目的、書庫閲覧許可書を見せるとすんなりと通らせてくれた。 事前に俺のことは門番たちに知らせてあったのだろう。 書庫閲覧許可書は身分証の効果もあるようで便利だった。

 えっちらおっちらと階段を上がり切れば、城の中核である宮廷の入り口へと辿り着いた。


(書庫ってたしか…フラーウさんの仕事場の隣にあったような…)


 宮廷内部には入らず、城の壁伝いを回り込んで進めば見覚えのある塔と大きな建物が見えてくる。

 手前の塔が宮廷技師の職場で、奥の建物が宮廷書庫だ。

 塔にいる筈のフラーウさんに挨拶でもするべきかと頭をよぎったが、仕事の邪魔かと思ってやめておいた。 気を遣わせてしまうかもしれない。 とくにもかくにも、午前中の俺の予定は情報収集なのだ。


(同郷人探しだ、頼むから痕跡を残しておいてくれよー!)


 書庫を警備している兵士に閲覧許可書を見せ、俺は気合を入れて書庫の中へと入っていった。


 ――じれったい前置きはやめて結果だけ言おう。


 本日の収穫は、無し!ゼロです!


「…何百年分の書籍の中から手がかりを探すのって途方もないな…」


 俺は分厚い本を抱えながら積み重ねた本の間に倒れこんだ。 インクと羊皮紙の独特の香りに、かび臭いような埃臭さが鼻をむずむずさせた。


 オルディナ王国は今年で建国七百八十六年目になる。

 日本や隣国の歴史と比べるとまだまだ若い国のように思えるが、書庫に保管されている本はオルディナ王国の物から建国前の旧スコンフィッタ王国時代、更に人族と獣人族、竜人族の戦争があった旧バシャル王国時代の本も一部残っているそうだ。

 その膨大な書籍や書物の数は百万冊以上はあるという。

 たかが数百年、されど数百年。 合計すれば千年単位に及ぶ人族の歴史が書物として記されていた。

 長い歴史を物語るように書庫の一階から三階、地下に至るまで大量の本が所狭しと本棚に収めされている。 さながら迷路のような書庫だった。


(あー、キーワード検索が欲しい。 ググール先生が恋しいなぁ…!)


 前世では仕事上でとてもお世話になったツールだ。

 調べたい事や探している物のワードを打ち込むだけで、無限に増え続けるワールドワイドウェブの海から該当情報をかき集めてくれる有能文明ツール。 ただし、目的の物の名前や関連したワードを多少知っていないと見つからない難点がある。

 今の状況を説明すると、形も名前も用途すらわからないアレの名は。 状態。

 そもそもどの種族なのか、名前や性別、何処で暮らして何処に何人いるのかさえ現時点で何ひとつわかっていないのだ。

 前世は地球という異世界で暮らしていました!というタイトルの本があればいいが、当然ながらそんな親切な本がある訳でもなく。


(唯一の手掛かりといえば――)


 メルカートルの港で食べたあんこ餅。 改め、≪アンコォチィ≫のことだけである。

 手始めに、俺はメルカートルの港で食べた«アンコォチィ»関連を調べてみる事にしたのだが、結果は、


(アンコォチィの作り方。 材料は小豆、砂糖、もち米、水、塩少々。 まずは餡の作り方は、小豆を軽く水で洗い、鍋に小豆を入れて茹で――違う!そうだけどっ、そうじゃない! アンコォチィのレシピを教えた人物について知りたいんだよぉ!)


 悲しいかな、«アンコォチィ»のレシピ情報が記載されているだけで、レシピを教えた人物については詳しいことが書かれてなかった。

 そこから料理関係者から人族の歴代偉人名をリストアップし始めた。

 文化も文明も違う異世界だが、この世界を生き抜くために地球での知識や技術を使って活躍している人物もいるかもしれないと考えたからだ。

 バシャル王国時代に料理に革命を起こした名高い料理人、王族なのに腕のいい魔道具職人、国の法律を整えた法律史学者、農業に革命を起こし発展させた農夫、鼻と頭の良さで物流を作った商人、果ては医学で偉業を成した医者等々…。


(…あまりにも情報量が多い…)


 ある程度絞り込んでいるのに、それでも情報を事細かく調べるには手間暇がかかりそうだった。

 仮に偉人達の中に同郷人がいたとして、彼らが堂々と異世界の知識を持っていると公言するだろうか?

 そんな事をしたら確実に頭が可笑しいと認定をされてしまうだろう。

 異常だと烙印を押されればどうなるか、地球の歴史でもそこかしこに無残な目にあった人々の記録は残されている。 脳みそお花畑でなければ極秘にしそうな話題だ。


(…あ゛~…有名人をリストアップできただけでも良しとするか…)


 次に調べる所は偉人達の自伝書周りだろうか。 もしかしたらどこかにヒントが残されているかもしれない。 あとは、人族以外の他種族についても調べよう。 長寿種故に歴史がやたらと長いのも特徴だから一苦労するのは目に見えているが。


(けど、人族の土地だからかな、他種族の情報量は少ないんだよなぁ…ググールとウキッペディアさえあれば効率よく調べられるんだろうけど……ん?)


 項垂れながら眉間を指で揉んでいると、懐の通信魔石が光っている事に気が付いた。

 オネットさんからのメッセージだ。 通信魔石の表面に踊る文字は、聖女の噂はなんて聞いた?とあった。


(ええっと…『噂の件は大丈夫だと思いますが、帰り次第詳しく話します。 ちゃんと朝ご飯食べてくださいね』…っと)


 手短に返信し、時計を見ると針は昼を指していた。 そろそろ狩人組合に行って実技試験を受けなければ。

 名前を調べるだけで数時間も消費してしまうとはなんとおそるべし本の海。 多少の覚悟はしていたが、魂の同郷人探しは長期戦になりそうだった。


(……そういえば…クデウさんの名前、なかったな)


 無造作に積み上げた本を片付けながら、ふと思う。


 クデウ・ソフォス・ハエレティクス。

 戦争の原因を生み出した戦犯とも、大賢者ともうたわれ歴史に名を刻んだ人物。

 数十年とはいえ、人族の土地で便利な魔道具をバシャル王国時代から作っていたのに不思議とどの書物にも名前が記されていなかった。


(彼が歴史上から姿を消してから随分と時間は経ってるし…文献は残ってないのかもな…)


 戦火で彼の記録は燃えてしまったのかもしれない。

 クデウさんに関する記憶は人々からすべて消えてしまったのか、そう思うとなんだか物悲しい気分になった。


(……俺も、似たようなもんか)


 よくよく考えれば、俺が死んだのはクデウさんが亡くなる五百年より前になる。

 今頃地球はどうなっているのだろうか、日本はまだ健在なのか、人類はまだ元気にやっているのか、それとも――


(全部、とっくの昔に過ぎたことだ)


 俺の存在も、痕跡も何ひとつ残ってはいないだろう。

 知っている友人も、上司も、家族のようで家族ではなかった人たちも、何もかも俺の視界からは遠く消え失せた。


 もう、考える必要も無い。


 そう思うと、心のどこかが軽くなったような気がした。






 ※※※※※






(さて、狩人実技試験を頑張らなきゃな)


 書庫の管理人に暫く通うことになると伝え、俺は宮廷書庫を出てすぐに西にある狩人組合西支部へと向かった。 そこで実技試験を受けた方が無難だと考えたのだ。

 東西南北にある狩人組合の支部で一番人が多いのが北支部になる。

 理由は単純明快、良い狩場が北側にあたるから。 その次に南支部と東支部、最後に人気が低い西支部と続く。

 西支部に狩人が少ないのは立地条件が少し特殊だからだろう。 何せ、西支部はオルディナ王国の大きな湖を跨いだ所にある。 その西支部に行くには少し遠回りして川沿いの橋を渡るか小舟に乗って湖を渡らなければならないのだ。


 大きな湖にぽつぽつ浮かんで見えるのは漁業関係の小舟だろうか。 西支部の湖沿いには、頭の毛が薄いおっさん数人があくびをしながら釣りをしていた。


(…平和だなぁ…)


 上空から眺めながら俺は思わず和んでしまった。

 空を飛べば船で渡らなくて済むし、何しろ早く着く。 ここならば、東支部のオネットさんと鉢合わせになる事も、俺関連の噂話も耳に入りにくいだろう。

 認識阻害の術式でステルス飛行し、西支部近くの木々の裏に降り立って身なりを整えた。 なんだか面接に近い緊張感を感じる。

 西支部は外観も東支部とそんなに変わらない雰囲気だった。 のんびりとした釣り人もいるし、狩人の数も少ないのなら、ほのぼのとした支部なのかもしれない。

 俺は思い切って狩人西支部の扉を開けて声を上げた。


「お、お頼み申すーーー!」

「「「「「あ゛あ゛?」」」」」

「……ぉ、お邪魔しました…」


 思わずパタリと扉を閉めた。


(…あれぇ…おかしい…ここ人気ないんだよな…? なんか殺気立ってる集団いるし…めっちゃ睨まれたし……いや、毎日ガラの悪い男は見てるから免疫あるだろうが…!怯むな、男を見せろ…!)


 再び気合を入れて扉を開けると、先ほどと同じようにグサグサと鋭い視線が飛んできた。


「「「「「…………」」」」」

「す、すみません…失礼します…」


 殺気溢れる男どもの視線に声が震える。 メンチビームは怖いからやめてほしい。

 西支部の案内所には、武装集団改め、若い青年たちが五人程たむろっていた。

 十代半ばだろうか、皆一様にどこかしら打ち身や切り傷をこさえているようで苛ついている様子だった。

 こんな所にガキが何の用だ、とか、乳くせぇガキだな、とかボソボソ聞こえてくる。 そんなガラが悪い男どもの合間をハムスターよろしくちょこまか通り抜けると、


「アラ~!お嬢ちゃん何のご用?魔物討伐依頼かしら、それとも素材採取依頼?」


 ふわふわな灰色の髪の毛の優しそうなお姉さんが案内カウンターにいた。

 天の助け、救世主だーー! 綺麗なお姉さんだいすきですオタスケェ!


「おっ、ぼぉおっ…!」

「オボオ??」


 何言おうとしたか一瞬で忘れた。 一呼吸間を置き、俺はゆっくりの言葉を紡ぐ。


「……狩人資格をもらいに実技試験を受けに来ました」

「「「「「はあ?」」」」」

「…ひぇ…」


 後ろからの殺気が一気に膨れ上がり、俺は思わず飛び上がった。 後ろのヤンキーたちこっわ。


「――狩人資格を…? お嬢ちゃんのお父さん…お兄ちゃんのお話?」

「あ、いえ、受験を受けるのはおれです。 というか、おれ、性別は男なので」

「「「「「「へっ」」」」」」


 受付のお姉さんと後ろのヤンキー集団の声がハモる。

 お姉さんには、そんな冗談はよしこちゃんみたいな顔をされてしまった。 いやいや本気ですって。


「あのね、お嬢ちゃ…ボクちゃんは今何歳? 狩人資格や実技試験は十五歳からじゃないと受けられないって知ってる?」

「あ、十歳です。 年齢制限についても知ってます。 ですが、魔物を狩った経験がある上で、十五歳以下も実技試験に合格して上級狩人が納得できる実力があればいいんですよね?」

「…そ、そうだけど…ボクちゃん、本当に試験受けるつもりなの…?」

「はい、そのつもりで来ました」


 そう言い切ると、受付のお姉さんは困惑したように頬に手を当てた。


「……ボクちゃん、お名前は?」

「サクマ…コウ・サクマです」

「あのね、狩人職ってとーーーっても危険なのよ、サクマちゃん、そのことがわかる? 魔物を狩った事があるって言っても、平原にいる鼠型とか鳥型の小さい魔物を偶然倒せたんでしょ?」

「はい、存じてます。 死んでしまう狩人もいると聞いてはいますが…えっと、魔物は小さいやつじゃなくて…」

「なら、わかるでしょ? まだ、サクマちゃんみたいに小さくて年端もいかない子供がなっていい職業じゃないって」

「……それは…」

「お母さんとお父さん、泣いて悲しむわよ? 駄目よ、早死にするような真似しちゃ」


 受付のお姉さんはどうやら俺を説得しようとしているようだった。 どうやって諦めさせて帰ってもらおうかという雰囲気を感じる。 おっと、試験前に面倒なことになったぞ。


「……その…両親は随分前に死にました」

「アラ~…そうなの?」

「なので、安定した生計を立てるには狩人職が一番だと思いまして」

「まあ、たしかに狩人職はうまくいけば稼げる職業だけど…大金を稼ぐのは上級、中級の狩人達だけよ? 狩人職は楽な仕事じゃないの。 怪我だってするし危ない事ばかりしなきゃいけなくなるのよ」

「…そのぉ…」

「魔物に手や足を食いちぎられたり、目を失ったり、大怪我して狩人を引退する人もたくさんいるわ」

「………」

「あそこにいるお兄ちゃんたち、怪我をしてるでしょう? さっき実技試験を受けて負った傷なの。 今なら間に合うから、試験はやめておきなさい」


 途端に後ろのヤンキーたちが苦虫を潰したような表情をした。


「そーだそーだ、おっかねぇ試験官がいるんだぞ、おとなしく鶏の世話でもして稼げよ~」

「あんなチビに狩人試験なんて受かるわけねぇーし…」

「オレ達も全員落ちたしな! あのくそジジイの強さマジなんなんだよ」

「あともうちょっとだったのに…くっそ、老害狩人舐めてた…」

「あーあ、短剣じゃ迫力ねぇな…斧に変えようかな~」


 どうやら彼らも狩人試験を受けにきて、不合格になったようだ。 それで殺気立ってるのか。


「痛い思いはしたくないでしょう? ね?」

「………」


 せやな。

 受付のお姉さんが畳みかけるように説得してくる。 うーん、なんと言えば試験を受けさせてくれるだろうか。 俺の最終奥義切り札は――


「たしかに痛い思いも怖い思いもしたくはありませんが…」

「そうよね! なら、この話はなかったことにしましょう! …そうだ!お姉さんがどこか良いお店紹介しましょうか! 皿洗いとか掃除とかジャガイモの皮むきで人手が足りないって所が…」

「魔術が使えるので大丈夫だと思います」

「――え?」

「おれ、最近大陸外から移ってきたんです。 森人族と竜人族と人族の混血児で、特技は魔術です」


 しん、と案内所の空気がぴたりと固まる。


「多分、ある程度は強いかと思います。…多分」


 出来る限り、俺は強気な笑みで言い放った。










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