41.就職活動編

 


「――そう、わかったわ」


 大陸外から来た混血児だと口にした直後、受付のお姉さんの顔が切り替わった気がした。

 そして、数枚の書類をどこからか取り出して差し出してくる。


「実技試験を受けるには約束事があってね、同意の署名をしてもらってるの。 こっちも実技試験の前に準備しなきゃいけないから…それまでに目を通しておいてくれる?」

「はい、わかりました」


 そう言い残すと、受付のお姉さんは他の職員の人達と暫く言葉を交わし、指示をされただろう数名の職員は何処かへと駆け出していった。


(あ、やっぱ攻撃系の魔術使用は禁止かぁ)


 手渡された書類は、混血児専用の簡易契約書なのだろう。

 実技試験にて、試験官及び人族に対して致命傷や後遺症、身体的な害を与える術式の使用を禁じると書かれてあった。

 逆に、試験官が受験者挑戦者に致命傷を負わせることはしないが、打ち身、切り傷、骨折等は許してね、ともある。 これは人族全体に課せられてる契約のせいだろうが。


(防御系もNGで…足止めとか目くらましとかの弱体デバフ系の魔術もアウト…禁止事項多すぎじゃないか? …使っていいのが…武器限定の強化術式のみかぁ~)


 全体的に、混血児側へのハンデが大きいというか、混血児と人族のパワーバランスを調整する雰囲気を感じた。


(…全面禁止よりはマシか)


 魔術完全禁止だったら詰んでた。


 もし試験に落ちた時には、魔石採掘で稼ごうと考えてはいる。

 実際、薬草採取や魔石採掘で生計を立ててる人もいるらしい。 中には狩人資格を取れなかった人や、月の稼ぎの一割を組合に支払いしたくない人の一部では無許可で狩人の真似事をして稼いでいる集団もいるんだとか。

 そんな彼らは野良狩人と呼ばれ、更にマナーが悪い奴らは組合が管理している狩場や魔物が多い一帯で密猟者のように魔物狩りをしているのだという。

 下手をすれば組合関係者に罰金やら刑に処されるらしいが、流石にどんな刑に処されるかわからんので、そうはなりたくはない。


 他の事項をじっくりと目を通し、署名をし終わる頃には案内のお姉さんが戻ってきた。


「名前書いた? ええ、これでいいわ。 実技試験は今すぐにでも出来るけど…」

「あ、はい。 やります」

「じゃあ、こっちについてきて」


 受付のお姉さんの後をついていくと、屋根付きの広い訓練所へ案内された。 体育館二個分程の広さはあるだろうか。 地面は土だが、壁や屋根は石材や木材で作られていて年季が入っていた。


「は~、混血児の挑戦者かぁ、何年振りだぁ?」

「さあ? 腕っぷしの強い混血児なら、大体はモンテボスケか南のイナブ地方に行っちまうし」

「今日は挑戦者がたくさんくるなぁ、こんな老いぼれを働かせおってぇ」


 訓練所のど真ん中で、三人の中年のおじさん達がウキウキ顔で両肩やら両足を動かして準備体操をしている。 試験官の狩人だろう。

 あ、頭部の毛量に見覚えあるなと思ったら、湖沿いで釣りしていた毛の薄いおっさん達だ。

 通常だと一対一で実技試験をするらしいが、挑戦者が混血児場合だと三体一になるだという。


「先輩、こちらが本日六人目の挑戦者です」

「よ、よろしくお願いします…」

「「「……」」」

「…あ、あの…?」


 五十代ぐらいの三人のおっさん達は、何故か俺をじっと見つめて眉毛を八の字にした。


「…ちっけぇな。このちっけぇのと一戦やんの? 大丈夫かぁ? 蹴飛ばしただけで骨折っちまいそうだぁ…ダメダメダメ…おじちゃん泣いちゃう…」

「ほんとちっこいなぁ、娘がちっこい時思い出すわ…」

「嬢ちゃん、飴舐めるかぁ?」


 やる気が消失したようだった。 さながら孫を甘やかす爺ちゃんのようである。


「アラアラ~、先輩方ったら! なに初孫と対面してるような顔してるんですか。 これは試験なんですよ? この子の為にもしゃきっとしてくださらないと」

「…うーん…そうだなぁ…ここでしっかり落とさなきゃこの子の為にゃあならんわな…」

「そうだそうだ、厳しく審査して……うん? 大陸外からの混血児って言ってなかったっけか?」

「逆に下手したらワシらのほうが危ないんじゃ…? 血が濃けりゃあ濃い程、バケモンみてぇな怪力の奴もいるだろ…」


 スキンヘッドとM字とバーコードのおっさん達の顔色が徐々に変わっていく。


「いかん…三人目の孫が生まれたっていうのに…今死ぬ訳にはいかん…!」

「本気でいくぞ…俺にだって妻も娘も孫だってるんだ…生きて帰るぞぉ…」

「ワシん所だって孫が十歳になったばっかじゃぞ!」


 ハゲのおっさんどものやる気が復活したようで、三人の目は闘志が燃え盛るようにギラギラし始めた。

 今から殺し合いをする訳じゃなかろうに。 そもそも、俺の身体能力は人族の子供と同等だぞ。


 彼らが携えている武器は、メジャーな剣や斧、大剣類だ。

 それらをよくよく観察すると、強化術式が施されてるのが見えた。 上級か中級の一部しか買えないっていう強化バフが使える貴重な武器だろう。 ガチの血みどろファイトする気満々ですやん。

 一方、俺の武器は浮島から持ってきた一メートル程の杖のみ。

 国境門で杖に付属していた魔石を素材にしてしまったので、一見地味な杖に見える。 だが、実はこの杖は仕込み剣になるのだ。 座頭市みたいでカッコいい。


「サクマちゃん、禁止事項はわかってる?」

「はい。 おれが使えるのは武器への強化術式のみ、ですね。 あ、あとちょっと確認を…自身の武器に制限的な術式をかけてもいいんでしょうか?」

「制限?…弱体化みたいなもの?」

「それに似たものです」

「…ええと…原則、対戦相手に直接的な害や戦闘の妨害になる術式じゃなければ問題ないわ。でも…いいの?自分にだなんて…」

「大怪我をさせない為の保険なので」

「アラ~…そうなの??」


 受付のお姉さんは疑問気に首を傾げた。

 対人戦は今回で二回目だ。 国境門でドミニス公爵とガチ一戦してから暫く経つが、あの時のように大立ち回りはしない方が無難だろう。

 事前に戦略はいくつか考えて来てはいる。 どうやって勝つべきか――。


「では、どちらかが降参宣言、怪我や気絶、武器の破損や手を離してしまった場合でも戦闘続行不可として即時敗者となります、いいですね?」

「「「応」」」

「はい」


 受付のお姉さんが足早に壁際へと退避していく。

 気が付けば、離れた所には野次馬が集まっていた。 組合従業員や狩人っぽい集団、何故か試験に落ちたヤンキー兄ちゃん達もいる。 ギャラリー多すぎない?


 三人のおっさん達はそれぞれ武器を構え、鋭い眼差しを俺へとビシバシ飛ばしてくる。 緊張感がジリジリと俺の肌を焼くようだ。


「――では、始め!」


 受付案内のお姉さんが高々と声を上げた瞬間、おっさん達が一斉動き始める。 だが、


(攻撃させる前に、一気に畳み掛ける――!)


 直前まで脳内で練っていた術式を杖の仕込み剣へと発動させた。 そして、


「てやっ!ていっ!とわーっ!」


 俺の間抜けな掛け声と共に、俺は三人のおっさん達に向けて剣を素振りするをした。


「???…おいおい、ちっけぇの。 そんなへっぴり腰じゃ――!?」


 ばしゅっ!ガランガラン…


 ひとりのおっさんが呆れたような声を出した瞬間、訓練所に異音が響き渡り、三人のおっさんのたちの動きが止まる。 何が起こったかわからないような、ぽかんとした顔だった。

 一瞬の沈黙から、野次馬ギャラリーから騒めきが上がり始める。


「…何が、起きた? あれ…なんだよ…」

「おい、…今、どうやって武器と防具が?」


 そう、三人のおっさん達が身につけていた武器や防具を三分割にして切り落としたのだ。 が、


「…こりゃあ…一体……何をした、ちっけぇの」

「長年の相棒が…真っ二つに…!?」

「ワシの愛用の武器がぁ! これクッソ高いんじゃぞ!?」


 砕け落ちた武器や防具の欠片を掴み、素っ裸になったおっさん三人組が嘆きの声を上げていた。

 あれ、おかしいな。 武器と防具だけを切ったつもりだったんだけど。


 俺が武器にかけた術式は、刃の鋭利さの強化と範囲拡大強化、それらの影響を受けるのを武器と防具のみに制限する術式をかけたのだ。


 要は、難癖を付けていた女狩人達を、一撃で撤退させたテセラちゃんを真似た訳だ。


 単純だが、武器と防具を失えば戦闘意欲は削げるし、武器さえどうにかすれば判定勝ちになる。

 肝心なのは、出来る限り初動で決着をつけること。

 何しろ俺自身には戦いのセンスはこれっぽっちもないのだから、長期戦になればなるほどボロも出る。


 しかし、服まで吹き飛ばすとは…ゴッツイ防具も下手したら武器になるかと思って指定に入れたのだが。 よくよく考えれば、上着から下穿きまで防護服といえば防具枠に入るか。 そこらへんの微妙なさじ加減が難しい。


「…あの、すみません。 勝敗どうなりますか?」

「――え、あ…はい!?」

「これって武器の破損で戦闘続行不可になりませんか」

「…アラアラ~、ほんとだわ…挑戦者の勝利!挑戦者が勝ちました!」


 受付のお姉さんが片手をあげて判定を出した瞬間、また野次馬達からザワザワとしはじめる。

 今だ下半身むき出しで嘆いているおっさん達のなんと哀れな姿よ。

 申し訳程度に、鞄からタオル代わりにしていた布を謝罪しながら手渡すとおっさん達は目をおろおろとさせた。


「――卑怯だ! 今、絶対に強力な魔術を使っただろう!」

「…へ?」


 おっさん達の武器は誰が弁償するんだろうか、やっぱ俺か?と他所事を考えていた時、野次馬の中から声が上がった。


「オレ達がわからないからって卑怯な魔術使ったんだろ!? 人族を舐めるのもいい加減にしろよ!」

「そうだそうだ、狩人目指してるんなら魔術無しで戦えよっ!」

「ジジィ共もふざけやがって! 武器がダメになったからって弱腰になんじゃねぇよ!」


 声を上げているのは、試験に落ちたヤンキーっぽい兄ちゃんたちのようだった。


「そ、そう言われてもなあ…」

「…なぁ…?」

「ワシら悪くないもん…」


 試験官おっさんズはタオルで股間を隠しながらモジモジ。 その光景に苛ついたのか、外野のヤンキー兄ちゃん達からの怒りの声は加速していった。


「どうせ大陸外からの混血児だからってビビって手ぇ抜いたんだろ!?」

「あんな下手くそな剣捌きに負けやがって!何が上級狩人だ!聞いて呆れるぜ!」

「アラ~…ちょっと貴方たち、うるさいですよぉ、自分たちが試験に落ちたからって難癖付けないでくださ~い」

「はあ? 口出しすんじゃねぇよ!年増女ァ!」

「あんな間抜けな戦いじゃ納得できねぇっつーんだよ!婚期逃したババァは黙ってろよ!」

「――あ゛? 今なんつった? テメェらの股にぶら下がってる玉ぁ潰されてぇか?」

「「「「「――スミマセンお姉サマ」」」」」


 案内のお姉さんの口調が一気に変わり、声がワンオクターブぐらい下がって殺気があふれた。 こわ、お姉さんコワッ! カタギじゃない圧を感じる…!

 おっさん達と外野の職員全員も、あ、あいつら死んだわ。 みたいな顔していた。


「……まあ、あいつらのいう事も一理ある」

「――えっ」


 タオル姿のおっさんの一人が呟いた。


「…ちっけぇの、あんま剣技も対人戦も得意じゃなかろ。 純粋な魔術特化ってところか。 あんな構えじゃ、ろくに血なまぐさい経験も少ないだろう」

「えーと…魔物狩りも対人戦も一回ぐらいで…」

「だろうなぁ…まったくもって動きがど素人だもんなぁ…」

「――うぐ」


 紛うことなき図星。


「動きは完全にど素人、あそこでたむろってる小僧共の方がまだ動きがいい」

「「「「「!!!なら、オレ達そろって合格じゃねっ!?」」」」」


 案内のお姉さんに凄まれて縮み上がっていたヤンキー集団が、ここで一気に息の根を吹き返す。 なるほど、アイツらソレが狙いか。


「うっせーわい、お前らにゃあ狩人職はまだ早ぇ、ばぁ~~か」

「三打撃でひっくり返ったお子様は黙って帰れぇ!」

「もっと精進しろよ、小僧ども~」

「いいえ、彼らが次の実技試験の際にはワタシがお相手いたしますので。 ――せいぜい秒で叩きのめされないよう鍛えてこいよ、糞 餓 鬼 ど も 」

「「「「「………」」」」」


 たちまちヤンキー集団は小さくなった。 案内のお姉さんの怒りは根が深そうである。 合掌。


「…うーん、魔術で戦うなら、そこらへんの狩人やワシらよりも強いだろうけど…だからこそ判定がやっかいだわなぁ…」

「どうしましょうか、先輩方? 再戦で決めた方がいいんでしょうか…?」

「…いや…土台、物理のワシらと魔術の嬢ちゃんじゃ相性が悪すぎじゃろ」


 三人の狩人おっさん達と案内のお姉さんが困ったように頭を傾げる。

 まずい、まずいぞ…! せっかく合格判定もらったのに、このままじゃ魔術完全禁止で再実技試験という流れになりそうだ。

 魔術が使えなくなってしまったら、俺は確実に一発KOされてしまうだろう。 出来る限りは野良狩人にはなりたくない…!


「――じゃあ、俺と戦えばいいよ」

「…へっ?」


 野次馬の奥から声が上がった。 人垣の後ろから、頭一つ分も大きい長身の男が歩んでくる。

 がっしりとした両腕と体躯、ブルネットの髪に少し尖った耳には見覚えがある。 この男は――、


「…貴方は…テセラちゃんと一緒にいた…」

「やあ、この間はテセラがお世話になったらしいね。 俺はトレ。 テセラの保護者みたいなものだ」


 甘いもの中毒者予備軍、テセラちゃんと一緒にいた竜人族の男だった。

 長身の彼の横には奇抜ファッションのテセラちゃんもちゃっかりいる。

 彼女は相変わらずの無表情で、何も言わずにこちらをじっと見つめていた。

 テセラちゃんも彼も狩人だ、実力のある狩人ならどの支部にいても不思議ではないけれど。


「彼の名誉の為にも言うけど。 彼が使った術式は、剣の鋭利さの強化と範囲拡大の強化…武器と防具のみを切るように剣へ縛りを掛けた術式だけだ。 …そうだろ?」

「へ、あ…は、はい…その通りです」


 つり目がちな瞳がこちらを見下ろす。

 近場で見るとトレと名乗った男はとても大きかった。 百九十センチ以上はありそうだ、あまりの身長差に首が痛い。


「何がわかっていうんだ! お前らいつも術式を隠して発動してるだろ! 俺らに気づかれないよう、隠れて別の魔術を使うことだって出来るじゃねぇか! ジジィ共を動けないようにしたとかさぁ!そもそも複数の魔術だなんて…!」

「わかるさ。 短縮術式を同時に扱う難しさを君らは知らないだろう? 早々同時に使えるものでもないし…実際、試験官の彼ら三人の身に起こったのは武器と防具の破壊だけ。 体が動けなかった訳ではなかった筈だ。 でしょう? 先輩方」


 竜人族の男、トレさんはタオル三人衆のおっさんどもへと語りかける。


「…うむ、至って普通に動けたわ。 まあ、変な剣捌きを見て呆れてたら、こっちが切られてしまったがな」

「そうだな、変な感じはなかった」

「どっか痛いってこともないしなぁ」


 タオル姿のおっさんどもも口々に言うが、それでもヤンキーどもは何か言いたそうに表情を歪めていた。 そんな彼らにトレさんは続ける。


「魔術式については君らと違ってよく知ってるし、術式を隠すのは契約を守る為だ。 複数の術式が駄目だという規約は無いはずだ。 君らは一体何が気に食わないんだ? 試験を落とされた事? それとも、自身よりも年下の子供が受かるのが悔しいのかな」

「……っ…混血児ばけものめ…」

「お褒めの言葉として受け取っておくよ」


 ヤンキーたちはそろって口を閉じ、トレさんは慣れたように笑っていた。


(…? これって…フォローしてもらってるんだろうか…)


 何故だか、彼は見知らぬ俺をかばってくれているようだった。 が、


「彼らは難癖を付けたくて仕方がないようだから、君は俺と戦って証明すればいい」


 なんでそうなるんですかねぇ!?


「トレ氏…!ですが…これは実技試験で…ええっと…アラ~…どうしようかしら…」

「何か問題があるかい? 大陸外の種族だけど、俺だって上級狩人だ。 試験官の条件に当てはまるじゃないか」

「そ、そうなんですが…、…せ、先輩方…?」

「「「う~む…」」」


 案内のお姉さんが困った表情でおっさんズと目配せしている。


「モンテボスケでも王都でも、俺に勝てる狩人はいないだろ? その俺と手合わせして一撃でも食らわせたら合格ってことでいいじゃないか」


 野次馬から騒めきが上がる。 騒然とした雰囲気が訓練所に広がっていた。


「…トレ殿がそこまで言うなら…なあ?」

「そうじゃな…俺らじゃ話にならんわ」

「ワシらは力不足じゃな…」

「…せ、先輩方がそうおっしゃるなら…」


 先輩狩人達と案内のお姉さん達は、面倒だからそれでいいっかぁ、みたいな雰囲気を醸し出し始めている。


「…うわ…あのガキ死ぬぞ…あのトレだぜ…」

化け物トレと一戦交えるなんて即死決定じゃん…」

「けっ、お仲間同士仲がいいことで。 どうせ混血児バケモン同士だ、勝手につぶし合えばいいさ」


 本人の発言や、ヤンキーどもと野次馬たちの言葉から情報をかき集めると――トレさんはめちゃくちゃ強いということになる。

 竜人族といえば種族TOPクラスの戦闘狂筆頭だ。 そのポテンシャルは計り知れない。

 術式を制限された状態で純竜人族とのタイマンとなると…やばい、俺死ぬかもしれん。


 俺の絶望顔に気づいたのか、トレさんが吹き出すように笑った。


「フッ、ハハハッ、そんな顔しないでくれよ。 君は武闘派じゃないのは見ればわかる。 だから、防御系や肉体への強化術式使っていいよ」

「えっ、い、いいんですか!?」


 光明が見えたとばかりに俺が食らいつく。


「ここら一帯を吹き飛ばす程の術式以外なら、他の魔術も使っても構わない。 あ、一応言っとくけど、俺自身は君ほど魔力量を持ってないから安心していいよ」


 これっぽっちも安心出来んわ。 けど、手数が増えるのは心底ありがたい…!


 必死に作戦を練り始めた俺の目の前で、トレさんがどこからともなく長い槍を取り出した。

 その槍は彼の身長を越すほどの長さがあり、先端の刃の部分である穂は青白い輝きを放っている。 魔力も感じるし、何かしら強化術式が施された武器なのだろう。


「互いにどちらかが一撃を当てたら勝ちってことで――それでみんなは納得してくれるかい?」


 目の前のトレさんに、試験官のおっさんズ、案内のお姉さんと野次馬達の視線が一斉に俺へと飛んでくる。

 集まる視線は明らかに、戦って証明して見せろよ、という決定事項の雰囲気が出来上がっていた。


「――は、はい、それで…」

「じゃあ、決まりだ! 早速お手合わせ願おうか」


 何が楽しいと言うのか、トレさんが満面の笑みで槍を構える。 一方、俺は脳内で考えを巡らせながら後悔した。


(あああ…いっそ清々しく諦めて辞退しますと言えばよかったか…!?)


 悲しいかな、数の暴力に頷くしかなかった。


「テセラ、勝敗が決まるまで手出しは無用だよ」

「はい、マスター」


 ぽそりとテセラちゃんが呟くと、彼女は野次馬達の前へと移動していった。 その姿はまるで、パブロフの犬のように見えた。


 (…? テセラちゃん…なんか…表情硬い…?)


 彼女と接触して会話をしたのはたった二回だけだが、一見、テセラちゃんは無表情系の美少女である。 それでも、彼女のエメラルドグリーンの瞳だけは子供のような感情を宿していた。


(…なんか…ご主人様とその家来って感じのやり取りだな…)


 一体、二人はどんな間柄なんだ…?



「お、お二人とも…準備はいいですか?」

「いつでもいいよ」

「は、はい…」


 案内のお姉さんが片手をあげると、シンとした静けさが訓練所を支配した。

 とりあえず、今は試験の事に集中しなければ。 ドコドコと心臓の鼓動が早くなって手に汗が滲んだ。


 人族以外の種族と初の一戦だ。 大きな違いといえば、身体能力が未知数で、相手は術式も使えるし、魔術式についても詳しい。


(…落ちつけ、落ちつけ…焦るな…! 相手の動きを見極めて最善の動きをすればいい…!)


 暗示をかけるように脳内でつぶやく。 俺は震えそうな両手で杖を握りしめ、数メートル先のトレさんを見据える。


「…では、――始め!」


 ガキン!!


「――っ!?」


 案内のお姉さんの合図が上がった瞬間、突風のように鈍い音と衝撃が全身を襲った。


「へぇ、よく反応できたね」

「…ぐっ、っ…!?」


 気づけば、俺は訓練所の壁際で膝から崩れ落ちていた。

 淡く輝く防御壁の向こう側、数十メートル先には青白い槍を構えているトレさんが立っている。


(――…防御壁ごと、吹き飛ばされた?)


 始めという声が上がった瞬間、伸びるゴムのように長い槍が伸びてきたのを視界の端に捕らえ、俺は反射で防御壁を展開したのだ。 浮島での特訓を体はしっかり覚えているらしい。


 だが、重い一撃を防いだ筈なのに、魔力を纏う槍で防御壁ごと力技で押しのけられた。


(な、なんつー馬鹿力…!)


 たった一撃、その一撃の衝撃で全身が震えあがった。


「うん、反射はいいね。 ――だけど」

「っぐぅ!?」


 がきぃん!と金属と金属が擦れるように火花が散る。 同時に、数十メートル先にいた筈の男の槍が、目も留まらぬ速さで右、左にと連続で突き攻撃を放ってきた。

 最初の一撃より威力は弱くなった気がする。 けれど、防御壁と槍がぶつかる度に甲高い音を上げ、一撃一撃の衝撃で訓練所の壁に亀裂が入り、ミシミシと建物が悲鳴を上げた。


「防御だけじゃ何も進まない。 ほら、俺に一撃を食らわせなきゃ合格できないよ?」

「……っ、くっそっ…」


 俺は思わず舌打ちした。 ドミニス公爵の時のように罠を張るような小細工はできない。 戦いが長引けば長引くほど、俺の勝率は低くなるだろう。


(隙をついて、一気に畳みかけなきゃ負ける…!)


 必死に次の一手の為に、俺は複数の術式を編み上げた。 だが、


「甘いよ」


 バチリと魔力が分散した。


「――なっ…!?」


 術式が!?


 短縮術式は空中に魔力を凝縮し、視覚化させて術式を綴るスタイルだ。 魔道具で自動的に俺以外には見えないようにしている。 なのに、トレさんは魔力波を察知したのか、魔力を帯びた槍で俺の術式を分散させて阻害した。


「身に着けてる魔道具でうまく術式を隠してるみたいだけど。 魔力が強すぎて少し視覚化しちゃってるじゃないか。 詰めが甘いなぁ」


(――あ、そういえば…認識阻害系の魔道具を使っても効果が緩むんだっけ)


 すっかり対策をするのを忘れていた…!


「まあ、その魔力量なら仕方がないか、魔力調整はよくできてるよ。 だけど、さっきは俺の足止めをしようとしてたみたいだけど…そういう術式はすぐに壊せる。 ――さあ、どうする?」


 まるで手のかかる生徒を指導するかのように、目の前の男が楽し気に笑った。













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