42.就職活動編
「ほら! 防御だけで何も動けてないじゃないか!」
「…っ!…うぅ!」
正面を中心に、上下左右に槍の連撃を繰り返し受け続けた。 ガンガンと繰り出される衝撃の合間に複数の術式を放つが、魔力を纏った槍で術式を壊されてしまう。 その繰り返しで決定的な一撃を与えられない状況だった。
(考えろ、考えろ…! どうすれば一撃を食らわすことができる!?)
トレさんはリーチの長い槍を自由自在に動かす戦闘スタイルだ。
高速で飛んでくる槍の剣先は攻撃にもなり、逆に誰も近寄れないような防御壁になっている。
俺は壁際で槍を防ぐことに手一杯で、後ろにも前にも動けない状態だ。 ならば、
(槍が届かない場所から打つ!)
フェイクの術式をいくつか飛ばしながら、槍が届かない五メートル上空へと魔力を飛ばし、術式を編んだ。 食らえ!
【水】※【集】※※【氷結】※※※ 【氷柱】※【飛翔】※※】
俺の術式通り、訓練所の天井付近に水が集まり、渦を巻くように鋭い氷柱となってトレさんの頭上へと降り注ぐ!
「よっと」
がきん!と甲高い音が響き、輝く氷のかけらがキラキラと反射した。
氷の剣先が届く寸前、トレさんは回転するように飛び上がって氷柱を目にも留まらぬ速さで砕いて見せた。 あ、虫飛んでるわ、レベルの気軽さで防がれてしまった。 とんでもない反射神経だな!?
「離れた場所に魔力を飛ばすなんて小技が効いてるな!」
「…っ…!」
かすりもしなかった攻撃を褒められても嬉しくはない!
苛立って防御壁を解除し、イチかバチか彼の真下に移動して強化術式を纏った剣を振り上げて斬撃を飛ばす。 だが、それすらも簡単に槍で槍で防がれてしまう。
「ハハッ、本当に剣が不得意だなぁ! その剣じゃ、俺に一撃は与えられないよ!」
(…っ!くっそ…!)
またリーチの長い槍が連続で繰り出され始めた。 じりじりと距離を離され、トレさんの間合いから遠のいていく。
どうしても、攻撃の一手が届かない!
戦い慣れしている、というのは彼みたいな人の事を言うのだろう。 飄々と、風に靡く木々の葉のようにトレさんが軽やかに動く。
なのに、何故だろう、腑に落ちない事がある。
(こいつ――なんで、俺に
やろうと思えば、最初の一撃のように力業で吹き飛ばせたり、防御壁を壊せそうな方法も持ってそうなのに。
何故かそれをしない。 俺を舐めてるのか? それとも俺に恥をかかせたいだけなのか。
「さあ、次の手は? 君ならどう動く?」
子猫に猫じゃらしを向けるかのように、トレさんは楽しそうにビュンビュンと槍を振り回す。
(こいつ、俺をフォローしたくせに! 合格させたいのか不合格にしたいのか、どうしたいっていうんだ!? わけがわからん!)
単純に年下のクソガキを転がして楽しんでるだけなのか? そう思うとちょっとイラッとした。
(槍なら接近戦に弱いってーのは定番…!)
長い槍が邪魔なら、懐に飛び込んで一撃食らわせてやる!
(…二人には絶対に使うなって言われてるけど)
槍の壁を飛び越えられる方法、頭に浮かんだ術式があった。
「! 一体何をする気だ?」
俺が大量の魔力を練り上げ始めた事に気づいたのか、トレさんは連撃の手を止めて大きく後ろへ飛び退く。
様子見行動だろうが、ありがたく術式をくみ上げる時間に使わせてもらう。
(接近した瞬間に…自動で…距離、高度、位置調整…先に送るのは真空結界の術式と…)
面倒で複雑怪奇な術式を正確に、迅速に編み上げていく。 俺の周囲では魔力が凝縮してチカチカと輝きだした。
「…ハハハッ、素晴らしい魔力量だ。 なら、こちらも少し本気を出そうか」
どこをどう見て感心したのか、トレさんが上半身を低くして槍を構える。
ざわざわと彼の周囲で風が巻き起こり、槍の穂が青白く輝き始めた。 強力な一撃を繰り出すつもりなのだろう。
(打ってこいよ、懐に入ってやる…!)
術式は完成した、後は彼が攻撃を打ってくる瞬間に発動する。 そのタイミングで杖を――、
「この一撃、耐えられるかな」
静かな言葉と共に、ドン!という振動が響いて長い槍が一直線に向かってきた。 青白い刃が防御壁に届く瞬間、俺が見ている景色がすべて切り替わった。
「――な、」
トレさんの瞳が見開かれるのを間近で捕らえた。
そう、俺は彼の懐へと
≪
「っ!?」
驚愕の表情を浮かべている彼のみぞおちへ、俺は渾身の一撃を杖に込めて打ち込んだ。
ドゴォンン!
予想外の轟音が響いた。
威力強化術式を込めた一撃を打った途端、トレさんの体は激しい音とともに訓練所の壁へとめり込んだ。 それでも勢いは止まらず、彼の体は瓦礫と一緒に鉄砲玉のように外へと飛んでいってしまった。
フィエルさんやオネットさんに使用禁止と言われていた転移術式。
飛んだ先の状態を確認せずに転移してしまった場合、少々やっかいな事になるのが難点で一度も使っていなかった。 だが、彼の間合いの内側に入るのはコレしかないと思ったのだ。
術式に槍の矛先が届く間際、真空術式で体を覆い、トレさんの一メートル以内に自動で転移するように仕組んだ。
複雑な術式でかなり魔力消費が大きかったが、体内にある魔力には余裕があるし疲れは感じない。
もう少し工夫すれば遠距離の転移も簡単になるだろう。
≪…
野球のフルスイングポーズのまま、思わず日本語でありきたりなフラグ台詞を吐いてしまった。 いかんいかん。
訓練所の外壁には大きな穴が開き、その穴の向こうにある湖には大きな水柱が立ち上がっている。 あ、もしかしなくても湖に沈んだ?
(…し、死んで…ない…よな…?)
がっつりめに威力強化術式を二重に掛けた杖でぶん殴った訳で。 下手をしたら内臓を負傷している可能性も…? ち、ちょっと待ってくれ、大怪我でもさせてしまったら――
「――マスター!」
「あ、テセラちゃ…!?」
ざあざあと水しぶきが降り注ぐ中、俺の呼び声にも反応せずに湖へとかけていくテセラちゃん。
なんだか悪者になったようで気まずい。
「…あの…これって…勝敗は……」
そろりと野次馬集団の方に視線を向けると、皆が口を開けてポカーンとしていた。 試験官のおっさん三人組も案内のお姉さんもポカーンと口を開けてしまっている。 完全に思考停止していた。 おいおい、しっかりしてくれよ。
――ゲホッ、ゲホッ…!
「!」
気づくと、テセラちゃんがトレさんを抱えて湖の岸辺に這い上がっていた。
慌てて二人に駆け寄るって見ると、トレさんの体には目に見えるような大きな怪我はなかった。
「トレさん、だいじょうぶですか…?…どこか痛い所は…」
「…ゲホッ、…は、う、」
「…マスター…?」
びしょ濡れのトレさんが何か言いたそうに口元を動かし、テセラちゃんが覗き込むように屈んだ。 その直後、
「…ハハハッ!アハ、ハハッハハハッ!」
「「?!?」」
トレさんは大爆笑し始めた。 何がツボだったのか、彼は地面にバタバタともがくように笑っている。
は? 大丈夫かこいつ?頭でも打った?
ぽかんとしていたら、テセラちゃんも少し驚いたのか、無表情のままフリーズしてトレさんを見つめていた。
「…ハハッ…はぁ~…こんな、笑ったのは…久方ぶりだ…ハハッ…」
「はあ…そうですか…」
「……参った、降参だよ。 君の勝ちだ」
ひとしきり笑った後、トレさんが両手を上げて宣言した。
勝ち? 勝った。 俺が、勝ったのか。
「……、…それは…どうも…」
「なんだ、その顔は。 嬉しくないのか?」
「嬉しい、ですけど…」
ちゃんと狩人資格貰えるのだろうか? またやっかまれたらどうしよう、面倒すぎる。
しかし、降参という言葉を聞いてホッとした自分もいたのは確かだ。 あんまりにも杖を強く握りすぎていたのか、指の関節が少し痛い。
「まったく、腹に穴が開くところだったよ…。 俺が着ている服はね、斬撃や衝撃を通さない術式を刻んだ布を使用してるんだ。 なのに、それすらも超えて俺を吹き飛ばすなんて。 あの一撃、俺じゃなきゃ死んでたよ。 あいたたっ…これは内臓傷ついたかな…」
「――え」
ちょっと転んだかのように軽く言っているが、「死んでいた」という言葉に俺の思考が止まりかける。
「見事な一撃だったよ――けど、もう少し加減を知らなきゃね」
「は、はい…」
俺の顔色が変わった事に気づいたのか、トレさんはまた先生のような事を言う。 ちょっとムッとするが素直に頷いておいた。
ちょっと強化術式の威力を調整しなければ大事故を起こしそうだ。
「アラアラ~、タイヘン! トレ氏、生きてますか!?」
「あ、今、降参宣言したから。 彼の勝ちだよ」
「ええっ?!」
やっと放心状態から回復したのか、訓練所の穴から案内のお姉さんが駆け寄ってきた。 俺とトレさんを交互に見て慌てふためいている。
「たった一撃で俺をこの状態にしたんだ、これ以上ない証明だろ?」
「そ、そうですよ、ねぇ…じゃあ、手続きに書類用意しなきゃ…あ…訓練所の修理費用も計算も…アラアラァ…あんなに穴が開いて…」
案内のお姉さんが訓練所の大穴を見上げてブツブツ呟いているのを横目に、地面に倒れたまま動かないトレさんを覗き込む。
平気そうな顔をしているが、先ほども痛むと言っていたし動けないのかも知れない。
「…トレさん、組合の医務室で体を診てもらった方がいいんじゃ…」
「うん?…いや、俺のことは気にしなくていい。 数日横になっていれば治るさ」
「マスターは…ワタシが運ぶ」
「…そ、そうですか…お、お大事に…」
タフと評判の戦闘民族の竜人族だ、回復力も凄いのだろう。
テセラちゃんも当然のようにトレさんの体をチェックしたり、濡れた体を大きなマントで覆ったりと手厚い看護をしている。 むしろ俺が手を貸す方が邪魔になるか。
今だぶつぶつ言ってる案内のお姉さんを再起動させようとした時、
「そうだ。 君の名前…なんだったかな」
「あ、言ってませんでしたか? サクマ…コウ・サクマといいます」
「…コウ・サクマ……なるほど」
「?」
トレさんはどこか考え込むように頷いた。
「はっ!アラアラ~、ダメね! すぐにでも大工さんに修理依頼しなきゃ…!サクマちゃん、目を通してほしい書類があるの、一緒に来てちょうだい」
「あ、はい…!そ、それじゃあ…トレさんは…」
「俺のことは構わないでいいよ。 ともかく、君は狩人試験に合格したんだ、胸を張って」
「はい、あ、ありがとうございました…!」
「ほらほら、サクマちゃん!無駄話してないで、こっちこっち!」
「わかってま、ぐぇ!」
案内のお姉さんに襟首をつかまれて連行されてしまい、のほほんとしたトレさんの声は俺の耳には届かなかった。
「コウ・サクマ…≪
「…ワタシには分かり兼ねません、マスター」
※※※※※
「――って事なんだけど。 はい、これが狩人の証よ」
「あ、ありがとうございます」
「何かわからないことがあったり、困ったことがあったら組合に相談してね。 無茶はダメよ、まだサクマちゃんは新米ほやほやの狩人なんだからね!」
受付案内のお姉さん改め、アリエスさんは丁寧に狩人や組合について教えてくれた。 ついでに、色々書類やら署名やらとアレコレ質問責めにはあったが、特に問題もなく終わった。
「これが狩人の証…梅の紋章…なんですね」
俺の手の中には直径五、六センチ程の長方形の銅の板がある。 これが狩人の証になるそうだ。 赤身を帯びた銅のプレートの表面には、花のような模様と狩人の情報が刻まれる赤魔石、俺の名前が刻まれてあった。
「梅、竹、松は吉兆の象徴って言い伝えられてるのよ、験担ぎみたいなものね。 あ、その証を無くしたら再発行にお金かかるから気をつけてね」
「はい、わかりました」
狩人には大きく分けて上級、中級、初級とランク分けをされている。
俺は新人だから初級一段、ランクが上がると初級二段、三段となり、四段になると中級入りになるらしい。
狩人のランクを一発で見分ける方法が、狩人全員に配布される狩人の証になる。
初級には梅の紋章、中級には竹の紋章、上級には松の紋章になるのだが、どれも縁起がいいとされている花や植物がモチーフになっているそうだ。 なんだか日本の松竹梅のランク分けのようだ。
颯爽と中級に駆け上がったオネットさん曰く、初級の狩人は大半が見えないように帯革(ベルト)の所に挟んでいる者が多いそうだ。 中級者から上級者は堂々と手首や鞘にぶら下げる者が多くなるとか。
とりあえず、オネットさんに見つからないよう鞄の中にでも入れておこう。
「あのトレ氏を吹き飛ばす程だから、ワタシが心配するのも失礼だけど。…森とか山間には強い魔物もでるから気を付けてね」
「あ、はい、ワカリマシタ…」
まあ、東の魔石が採れる森には行こうと考えていたりする。
狩人は魔物狩りで稼いでる人間が大半だ。 だが、魔物狩りの他にも重要な依頼や仕事もある。
国の防衛の一端だったり、魔力溜まりでの純魔石採掘や、森の奥深い所に生えている薬草を採取を手伝ったりする仕事だ。
薬草を採取する本職もいるのだが、何しろ貴重な薬草程、険しい所に生えていて入手が難しい。
更に魔物も襲い掛かってくるという環境なので、護衛依頼として狩人が一緒に同行をする事もあるのだという。
場合によってはそちらの方が良い報酬だったり、魔石の買い取り額も高額だったりする。 なのに、人気がないのは手間がかかるからだそうだ。 狩人職にも色々あるのだろう。
「特別な理由がない限り、半年間依頼や魔物狩りして稼がないと自動的に狩人の資格は失っちゃうから気を付けて。 サクマちゃん、健闘を祈るわ。 命を大事にね」
「――はい、肝に銘じておきます」
狩人になったからには俺も頑張って稼がねば。
そのあとは西支部の新人寄宿舎に案内され、一人部屋を暫くの間借りる事にした。 実際は東支部の寄宿舎で寝泊まりすることには変わらないのだが。 何かと一人になれる自室はあった方が便利だと思ったのだ。
「はあ…一人部屋…いいな…」
小さめな部屋だったが、小さい身長の俺的には十分な部屋だった。
古めなベッドにダイブし、太陽の匂いがするシーツの香りを思いっきり吸い込んだ。
どこに行っても、珍獣を見るような目で見られるのは精神的に疲れを感じる。
(この部屋は避難場所として使おう。 あと…魔道具とか魔石の加工するのに集中できる部屋がほしかったから丁度いい…)
魔物狩りをした後は体に匂いがつくだろうから、ここで体や服を洗って東地区の寄宿舎にもどればいいし、それから――それから、
『あの一撃、俺じゃなきゃ死んでたよ』
トレさんの言葉が、妙に頭の中で反響した。
人一人殺していたかもしれない、その事実に思考が鈍くなる。
俺が暮らしていた日本は平和だと歌われてはいたが、殺人や物騒な事件はゼロだった訳じゃない。 大きな事件が起きれば連日のニュースとして大きく報じられていた。
しかし、それはモニターの中の出来事のようで、自身の身近な事として考えられなかったのが本心だ。 所詮は他人事というやつか。
だが、今いるのは異世界だ。
所変われば治安も状況も一変した。 盗賊だっているし、ガラの悪い狩人もいる。 やっかみで喧嘩になることもあるかもしれない。 よそ者だ混血児だと詰られ、差別される傾向だって肌で感じる時もある。
(だからって…俺は人を殺めたくはないし…そもそも俺は契約で殺人は禁じられてる身だ。 逆に俺自身も契約で守られてる…とは思う)
正直、命の奪い合いみたいな一戦はドミニス公爵とで懲り懲りだ。
一応、強化系の術式はガッチリ練習しなければならないけど。 あぶなっかしくて対人相手じゃ使えたものじゃないし、うっかりミスで殺してしまったらトラウマ案件だ。
(…可能性はゼロじゃない。 今回みたいに武器での対人戦の場合も考えていた方がいいか…? 密偵のことだって片付いてないんだ)
それこそ、ガチで殺し合う戦闘になったら俺は――
(……、…やめやめ。 考えても切りがない)
その時はその時だ、魔術でどうにか対処すればいい。 俺はその先を想像するのが嫌で思考にストップをかけた。
ふと部屋の小さな窓の外を見ると、空は夕暮れに染まっていた。 そろそろ東地区の寄宿舎にはオネットさんとフィエルさんが帰ってきている頃合いだろう。
(今日はもう遅い。 明日から本格的に魔物狩りや魔石採掘をしよう)
忙しくなるぞと、気合を入れるように両頬をバチリと叩いた。
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