43.就職活動編

 


 夕暮れ色から夜空に染まる空を飛び、俺は東地区の寄宿舎へと帰った。

 大通りから馬車で片道ニ十分程だが、一直線に飛べば西地区からでも僅か数分で到着してしまう。 くねくね道を曲がることも、坂道で時間をかけることもない。 タ○コプターではないが、空を飛んで移動できるというのはとても便利だった。


(…あれ…隠密の人…かな?)


 上空から寄宿舎全体を見渡すと、屋根の煙突周辺に人影が見えた。

 ケモミミとしっぽが特徴的なリーウスさんとシーカーさんだ。 流石のプロ隠密でも上空からだと丸見えか。


「――お仕事お疲れ様です」

「「ギニャーーーっ!?」」


 背後の屋根に着地して声をかけると、ケモミミ隠密の双子は尾っぽと耳をボワボワにして飛び上がってしまった。

 あ、姿だけ消してたんだっけ、そりゃ驚くわ。 俺は慌てて魔道具の効果を切って二人に姿を見せる。


「す、すみません…! おれです、サクマです!」

「サ、サクマ?! ビッ、ビックリしタァーー!」

「…アワ…アワワ…どど、どこからきて…!?」

「そ、空です…」

「「空…!?」」


 今日は二人とも黒いお面を後頭部の方に付けているから、表情がはっきり見える。 目をまん丸、尻尾をボンボンにして驚いていた。 驚かしてしまったのは申し訳ないが…。


(猫みを感じる…)


 猫話ではないが、はるか昔に祖父母が飼っていた犬がいた。 モフモフの毛の感触や、抱っこした時の重みと暖かさを時折思い出して恋しくなるぐらいには、ワンコとニャンコが好きだったりする。

 しかし惜しい。 人型でなければ抱っこさせてくれとせがむところだが、相手はケモミミ美少女。 そんなセクハラまがいなことはお願いできない。


「飛んで移動するのが早かったもので…」

「アア…なるほドォ…それでカァ…お仲間が困ってたんだよネ、サクマの足取りが追えないっテ」

「…そ、空飛んでたら…見つからないよね…」


 ――うん? それってつまりは。


「…もしかして、おれにまだ監視がついてるんですか?」

「ヤダナァ~、今度のは警護の隠密だヨ? ネェ~、シー?」

「…そそ、ソウダヨ!ね、リー!」


 リーウスさんとシーカーさんが耳をピクピクさせながら弁明している。 本当かなぁ…ここまで来るとどうでも良いけど。


「多分、明日から更に足取り追えなくなると思いますよ。 狩人資格とったので、あちこちに遠出するつもりです」

「「エッ!狩人!?」」

「はい、今日の昼過ぎに実技試験を受けて合格しました」


 そう言いながら、鞄から狩人の証を二人に見せた。 本名で登録した事と、西支部で試験を受けた事や寄宿舎の一室を借りたことも全て説明した。


「ご主人様に伝えて頂けると助かります。 ただ…オネットさんとフィエルさんには、狩人になった事を言わないでほしいというか…」

「ヘッ? なんデ?」

「実は内緒で受けたので…。 時期を見て自分からちゃんと言うつもりです。 それまでは内密に…」

「アア~…あの二人、サクマには甘々だもんネェ…」


 おっと~やはり三者目線からもそう見えるか~そうか~。 お恥ずかしい限りです。


「サクマが狩人ネェ…すぐに上級になっちゃいそうだネェ、ネ、シー」

「たっくさん稼ぎそうだね…リー」

「頑張って稼ぐ所存です」


 興味津々と言った風に、二人は俺の手元を覗き込んでいる。 っていうか、なんか距離感近くない?

 右側にはピッタリとリーウスさんが。 密着とは行かないが、左側にはシーカーさんがしゃがみ込んでいる。 なんだかほんのり温いのは気のせいだろうか。 体温高いのかな?


「ンー、内緒ってことはわかっタ! ご主人には報告しとくヨ」

「はい、よろしくお願いします」


 もはや習慣とばかりに頭をペコリと下げると、スンっという鼻息のような音が耳に聞こえてきた。 うん?


「…今日はまだお風呂入ってなイ?」

「は? いえ、まだですが…それが何か…? …何嗅いでるんですかっ?!」

「ンー、なんとなクゥ?」


 何故かケモミミ女子二人に両サイドからクンカクンカされている。やめてよして、匂い嗅いでも良いことないぞ!?


「…あ、ホントだ、石鹸のいい匂いしかしないね…リー」

「でショー? ホラ、こうすればもっト…」

「!?!?」


 ベロリと頬をまた舐められた。 何すんの!?


「なっ!?舐めっ…?!」

「ンン~? やっぱリ、人族の独特な匂いっていうカァ~汗くさくないよネ。 混血児だからかナァ?」

「り、リー!ダメだよ…! 毛づくろいは獣人以外じゃあんまりやらないんだよっ」

「エ~毛づくろいは親和行動なのニィ~」


 まさかのグルーミング行為。 グルニャーンとばかりに、リーウスさんが片手で髪やら耳やらをグジグジしていた。 そのうちニャ~ンとか言いそう。

 はっ!いや、待てよ…獣人以外はあまりやらないということはつまり…?


「いつもお二人はしてるんですか?…その…毛づくろい…」

「ウン、してるヨォ~?ネ、シー」

「う、うん…小さい頃からの習慣で…ね、リー」


 リーウスさんは堂々と、シーカーさんは少し恥ずかしげに頷いた。

 ほう…ケモミミ美少女同士がグリーミングをし合うという光景は実に興味深…、こほん。


「そ、そうですか…でも、予告もなしに舐められたら驚くので…」

「聞いたら舐めていいノ?」


 キラキラとした眼差しでリーウスさんに見られた。 舐めたがっている…だと…!?


「…ダメです、ご勘弁願います」

「エ~、ケチィ~」

「り、リー…!ダメだってば…!もう…!」


 リーウスさんに舐めまわされそうな気配を察知し、俺はそそくさと屋根から撤退した。

 ペロペロされるのなら断然、ガチワンコとニャンコの方がいい。






 いつものように仕掛けた術式のチェックを済ませて食堂へ行くと、人であふれる食堂の隅っこに、オネットさんとフィエルさんが待機状態になっていた。


「サクマ、こっちこっち!」

「お帰り~、サクマ!」

「すみません、遅れました…! 晩御飯食べないで待ってたんですか…? 先に食べても良かったのに…」

「だって、一緒に食べたいじゃない?」

「二人だけじゃなんだか味気ないしな」

「…そ、そうですか…お、お腹減りましたね…!もうぺこぺこですっ」


 当然のように俺を待っていてくれた二人に、なんだか照れくさくなって大げさに腹減ったアピールをしてしまった。


「三人とも揃ったね! さあさあ、しっかりお食べよ!」


 肝っ玉お母さんのミテラさんが、次々に色鮮やかな料理をテーブルへと並べていった。

 野菜とインゲンの具沢山なスープと、表面がバリバリで中がふんわりなパン、スパイスが効いてそうなステーキ、魚の煮込み料理や新鮮なサラダ、おまけに新鮮な果実を絞った果実水ジュース。 食欲のそそる匂いが鼻をくすぐり、どれもとても美味しそうだ。


「わーっ、この魚の煮込みとってもいい匂い!」

「お、肉あるな、肉。 うまそう」

「じゃ、食べましょうか」


(――いただきます)


 声には出さないが、思わず両手を合わせてしまうのは直せない俺の習慣の一つだ。

 反対に、フィエルさんとオネットさんは両手を組んでほんの少し目を閉じる動作が食事前の習慣のようだった。


「…どうだった? 仕事見つかった?」


 オネットさんが分厚いステーキにかぶりつきながら聞いてきた。 まあ、前座の話題にはなるか。

 カップに注がれた果実水を飲み干し、内心ドキドキしながらも平然とした声質になるよう努める。


「はい、どうにか。 西区にある小さな食堂の雑用をすることになりました」

「西!? 遠い所に行ったわね!」


 カットトマトを頬張っているフィエルさんが驚いた。


「ええと…大通り付近は少し敷居が高いというか…ちょっと忙しない感じがしたので…」

「大変じゃない? サクマ、ほんとうに大丈夫? 新人イジメとかされないかしら…」

「あー……気をつけます…」

「…既に新人イジメにあった口ぶりだな? ま、サクマなら何言われても知らん顔するだろうけど。 シツコイ奴がいたら、いつかみたいにやり返せよ」


 何か察したような顔でオネットさんが笑う。 いつか見たいにとは、某お姉ちゃん大好きっこの女騎士のことだろうか。

 とはいえ、西支部でのアレはイジメというより、ヤッカミというか洗礼みたいなものだろう。


「少し毛色が違うので目立ちますよね…こちらとしては黙々と仕事をしたいだけなんですが」

「見目もそうだけど。 サクマのそういう所、年上には癪に触るのかもな。 可愛くないし?」

「別にかわいいと思われたくはないので」

「それそれ、そういう所だぞ~?」

「私、サクマの全部可愛いとおもう!」


 フィエルさんの迫真の一言に、喉に野菜が詰まりそうになった。


「フィーはサクマを可愛い可愛い、言い過ぎ」

「えっ、これでも我慢してるのに!?」


 我慢してたんか…。 時々、かわいいかわいいと小声で言っているのは聞こえてますよ…。

 さて、そろそろ本題を話すべきか。


「今日、お二人の方はどうでしたか? 何も問題はありませんでしたか」


 そっと腰の鞄から認識阻害の魔道具を取り出し、料理皿の影に置いて起動した。 周りに聞かれたくない話をする時にはもってこいの道具だ。


「ん~、変わりなし。 今日も特に怪しい奴もいないし、平和なもんだよ」

「そうね、怪我人も三人ぐらいかしら」


 フィエルさんがモシャモシャと野菜を頬張る様は、なんだかうさぎさんを連想させた。


「通信魔石でも知らせましたが、東支部の狩人達が話していた噂…聖女の噂はかなり広まってるようです」

「…そうか。 あたしはあんまり他の狩人と会話しないから聞き逃してたな」


 デウチ村での一件が農夫伝手で広がり、王都まで噂が広まってしまったこと。 噂の内容を聞いたままを二人に話した。 途端、


「…信じられない…! 私、黒猪なんて倒してないのに…!何が聖なる力よ! そんな力があるならとっくの昔に帝都をぶち壊してるわ!」


 珍しく、フィエルさんが顔真っ赤にして怒り出した。 普段は温厚なフィエルさんの口から、ぶち壊すという物騒な単語すら飛び出してしまっている。


「サクマの手柄でしょ…!村人だって…私が全員治した訳じゃない…サクマが手伝ってくれたから…!」


 怒っているところはソコか。


「い、いえ、逆にいいと思うんです。 俺の特徴が混ざったことで、正体不明の密偵たちを混乱させる事が出来るんじゃないかって」

「…ん、たしかにな。 冴えてるな、サクマ」

「でも、だからって…!」

「真実を知っているのは何も、おれ達だけじゃないですし…十分ですよ」


 一度間違った情報を正すのはなかなか難しい。 それに、本当の事は当人同士ぐらいしか知り得ないものだ。 世間なんて些細な違いには興味無いし、真っ当な評価を期待するだけ無駄というものだ。


「間違った情報が流れているとしても、相手は情報収集の達人な訳ですから…今後、狩人達の噂話も耳に入れるべきかもしれませんね」

「ああ、情報はあればあるほどいい」

「じゃあ、そっち方面はおれが片手間探りを入れてみます」

「…わかった。 サクマに任せる」


 任されました、なんて会話をしていたら、フィエルさんが頬を膨らませて拗ねたように呟いた。


「息の合った連携っぷりよね…サクマとオネ、なんだか二人とも似てきたみたい」

「「えっ!?」」


 びっくりして思わずオネットさんを見つめると、彼女もきょとん顔で緑色の瞳をぱちくりしている。

 こんなイケメン女子と比較しないでくれ、俺がチンチクリンすぎて惨めじゃないか。 身 長 を 分 け て く れ !


「「どこが似てるっていうんだ(ですか)」」


 そして、綺麗にハモる俺とオネットさん。

 は? 真似るなよ、真似てませんよ、と二人で無言の茶化しアイコンタクトをする横で、ほら~っそういう所よ!と、フィエルさんがちょっと拗ねたように頬を膨らませた。


「あ、そうだ、今度三人で大通りに買い物行きましょ! 私、初お給料出たから懐が少し暖かいのよ!」

「うん? 何か買いたいものあるのか?」

「ふふっ、そうそう! 欲しいものがあるの。 ね、サクマ!」


 さっきとは打って変わって、フィエルさんが輝くような笑顔をした。

 これは女子力を上げる髪飾りを買おうとしているな。 よしよし、オネットさんは俺の身代わりになってもらわねば。


「そうですね。 たまには心と体のために休日をとらないと」

「まあ、たまにはいいか…。 あー、そうだな…もう数日狩りに集中して…来週とかどうだ? 食べ歩きとかしたい」

「やった!約束よ! ふふっ、三人でゆっくり買い物するのはメルカートル以来ね!」


 わいわい食事をしながら会話が弾む。

 毎日毎日、女子高生同士の会話に混じっている気分だ。

 だけど、こうして会話して笑って、二人は互いの不安な気持ちを解消しているんだと思う。


 俺はそんな事を思いながら夕食後にお風呂に入り、フィエルさん専属抱き枕になりながら就寝したのだった。





 ※※※※※






 翌朝のオネットさんが狩りから帰宅後、俺とフィエルさんはいつものように、東支部の狩人組合の医務室へ向かった。

 今日の俺の髪型は三つ編みをくるんと巻きつけたお団子頭。 勿論、フィエルさんとおそろだ。

 お団子ヘアーのフィエルさんをケット先生の元へ送り出して任務完了。


(さて、今日の俺の予定は……ん?)


 出口へ向かって廊下を進んでいると、見覚えのある後ろ姿に気が付いた。

 あのひょろりとした体躯に小綺麗な服装、丸眼鏡と長い黒鳶色の髪は――。


「カボさん、おはようございます」

「うんっ? …ああ、サクマ君じゃないかっ。 おはようっ、お姉さんの見送りかいっ?」


 大通りに道具屋の店を構えている商人のカボさんだ。 そんな彼は、大きな木箱を重そうに運んでいた。


「あ、はい、そうなんですが…オゾンさんはどうしたんですか?」

「オゾンならっ、身内の誰かが怪我をしたらしくてねぇ…。 世話の為に暇を貰いたいって連絡がきたんだ。 だから、僕がこうして荷物運びをしている訳だよっ。 …まったく、組合も手伝ってくれる男手を手配してくれればいいのに、他の作業で忙しいと流されてしまったんだっ」


 組合からの急ぎの依頼だからって届けに来たっていうのにと、カボさんがブチブチ言っている。 重い箱を抱える両足がプルプルしているし、なんだか力仕事が似合わない人だなぁ。


「おれ、手伝いましょうか?」

「え? …いや、サクマ君、この荷物はかなり重いよ? 中身は金属類で…」

「ご心配なく。 コレを使うので」


 そう言って、鞄から取り出したのは大きめな袋。 浮島から持ってきた予備の収納系の魔道具だ。

 普段、身につけているポーチや鞄と同じように《空間拡張》、《重量軽減》、《腐敗防止》、《時間経過防止》の術式が施されている。 俺が丸ごと入れるほど口の大きい袋だから木箱ぐらい余裕だろう。


「箱をこうして…」

「おお…! すごいな、スルリとはいった…! これは収納系の魔道具だねぇ」

「そうです、こうやって袋に入れて持ち運べば軽いですよ。 荷物はこれだけですか?」

「たしかにそういう使い方もあるねぇ、小さいお客様は賢いなぁ! なら、お言葉に甘えさせてもらおうかな」


 それから荷馬車に積まれた木箱を十箱を袋に詰め、組合の倉庫へと手早く収納した。 時間にしてわずか三分程で終わってしまった。 あ~、魔道具は便利だな~。


「助かったよ、サクマ君。 おかげで別件の依頼に遅刻せずに済みそうだ」

「ならよかったです」


 笑顔も明るく、カボさんがご機嫌になったようだ。 しかし、商人やってるカボさんなら収納袋ぐらい所持してそうだけど。


「カボさんは収納系の魔道具は使ってないんですか? あるなら今みたいに持ち運びに便利なのでは…」

「もちろん、店にはいくつかあるよ。 だけど、別の用途で使っていてね。 破損する可能性がある持ち運び用にはおいそれと使えなくてねぇ…。 君が持ってるような収納系の魔道具は今じゃ貴重品なんだ。 オルディナ王宮やメルカートル、他の大きな街がかなりの数を確保していくから品薄状態が続いてるんだよ」

「…そうなんですか。 国民や…商売している人たちは大変では?」

「それはもちろん、特に生物…食品を扱ってる商人や農夫達が不便だと喚いているかな。 国も必要としている人々にいきわたるよう、生産したり大陸外から輸入したりしてはいるらしいんだが…なかなか追い付かないみたいだねぇ」


 そんなに収納系の魔道具かき集めて、オルディナ国は何をしようっていうんだろう? ふと首を傾げるが、情報が少なすぎてわからない。


「手伝ってくれたお礼に、お勧め商品の説明を懇切丁寧にしようか!」

「いえいえ、お気にせず」

「ええ~~!?そんなぁ!」


 笑顔で断った。 むしろ語りたいだけじゃねぇか、延々聞かされそうで困るわ。


「つれないなぁ、素晴らしいお勧め商品が…。…はっ!そういえば、サクマ君には姉がいるってオゾンが言っていたねぇ。 サクマ君の姉君は東支部に勤めてらっしゃるのかな? …よ、良ければ、紹介してもらえたら嬉しいなぁ…なんて…」

「――は?」

「いや、君の姉君ならさぞ麗しい方だろうなと…」


 カボさんが頬を染めてモジモジし始めた。

 思い返せば、俺を女子と間違えた初対面の時に良い紳士っぷりを全面に出していたなと思い出す。

 はは~ん、さてはそういう? 彼女を探したいとか、出会いを貪欲に求めてる男子系ですかね?

 そんな男をオネットさんやフィエルさんに紹介しろと? はあ??? ぶっとばすぞ。


「…お断り致します、他を当たってください」

「あえっ!? いやいやいや! そんな目で見なくとも僕には下心なんてこれっぽっちも!」

「どうでしょうね、怪しいものです。 では、おれはこれから仕事なんで」

「ちょ、サクマ君!待ってくれ、せめて姉君の名前と年齢に食べ物の好みとか教えてくれ――!」


 誰が教えるかー!!




 彼女募集中のカボさんと別れ、俺は足早に街の方角へと歩いて行った。

 昨日と同じく、午前中は宮廷書庫で情報収集をしようと考えていたのだが、今日は狩人として魔物狩りに集中しようと思う。 実質、魔物狩りは二回目だけど。


(今日はセグレートの森で魔物狩りをするんだ、気合入れなきゃな)


 カボさんからの情報によれば、王都から東にあるセグレートの森は純魔石も採れる良い狩り場らしい。 もちろん、新人狩人を食い殺すぐらいに強い魔物もいるんだとか。

 上級の狩人達がドカンと稼ぐ為の狩り場でもあるのだが、人気はイマイチだという。

 理由は簡単、王都から遠いからだ。 馬車で片道三日はかかるので好んで行く狩人は少ないらしい。

 だが、俺にとっては好都合な狩り場だと思ったのだ。 時間帯的にオネットさんとも鉢合わせすることもないし、他の狩人も少ないのなら自由に魔術を使う事もできる。


 東支部の狩人組合から程よく離れた所で、あたりを見渡して誰もいないことをしっかりチェック。

 それから西地区に部屋を借りている寄宿舎へ、姿を消しながら空を飛んで移動した。 俺担当の護衛密偵さんが大変らしいが、そこは頼んでもいないからスルーで。


(えーと、羊皮紙をつなぎ合わせて…広げて…これぐらいかな…)


 足早に西地区の寄宿舎にある一室へと駆け込み、しっかりと鍵をかけて戸締りをした。

 一室には俺しか入れないように術式を仕掛けているから、誰かが侵入してくる心配は無い。 その小さな部屋の中心に一メートル四方の羊皮紙を広げ、特殊なインクで直筆術式を書き込んだ。


(――よし、簡易的な転移ポータル完成、っと)


 浮島にあるポータルのような大掛かりな物ではないが、座標に印をつけるマッピング術式と、俺の体を守るために自動で発動する保護結界術式だ。

 この部屋から、東にあるセグレートの森の上空に転移で飛び、狩りや魔石採掘を終えたら部屋へ戻ってこれる為の下準備である。

 流石に馬車で片道三日かけて森へ行くつもりはない。 空を高速で飛ぶのも手だが、どうしたって時間がかかるので転移のほうが早いと考えた。

 図らずも、転移術式は実技試験で使ったので感覚は掴めているし、簡易ポータルに残りの魔石を使ったからスッカラカンになったのだ。 しっかり魔石採掘してこなければなるまい。


(これで準備は整ったな)


 浮島から持ってきた外套を久々に羽織り、全身をチェック。 鞄は持った、杖も所持済み、ポーチも装備してる。 よしよし、ばっちりだ。


(さて、帰ってくるのはいいけど、問題は行きの方法だな…)


 転移術式の最大の難点が、転移先の状況をしっかり見ないと物や生物とぶつかってしまうと危ない面がある。 だが、地上から離れた上空に飛べば何かにぶつかる危険性が低いことに気が付いたのだ。

 転移先で合成合体しないよう、空気やら塵、空中を飛んでる虫、鳥、魔物を除外したり、真空状態にしなければならない手間暇がかかるけど。

 色々な建物や物、人々で溢れている街中へ転移するにはポータル無しではまだ難しい。 そこは改善の余地ありってことで。


(えーと…馬車の速度が十一キロぐらいと考えて…馬車で片道三日だろ…一日八時間移動したとして…距離にすると……う~ん、二百四十から二百五十キロぐらい先かな…。 高度は……三百五十ぐらいでいいか)


 持ってきた古い地図の方を睨みながら計算する。

 正確な面積はわからないが、小さい大陸と言われているゲシェンク大陸は日本列島が余裕ではいるぐらいには広大な広さがある。


【東】※【距離】※┣※【高度】※┷※【空間】※【転移】※※【真空】※【結界】※【送】※


 やたらと複雑で繊細な術式を編み上げれば、凝縮した魔力がチカチカと輝きだした。 透明で光り輝く結界術式が俺の全身をすっぽりと覆う。

 術式の繋ぎもバッチリ、あとは発動するように魔力を流せば発動する。

 俺はおもいっきり空気を吸い込み、ぐっと口を一文字にして呼吸を止めた。


(東へ二百四十五キロ先の上空へ――)


 両手を広げてすべての術式を発動した途端、ぐんっ!と、体内から魔力が術式へと吸い上げられた。 瞬きするたった一瞬だけ視界が暗転し、秒もしない内に真っ白な光が視界にあふれる。


「――っぷはっ! うわっ…!?」


 無事に転移が成功したようだが、上空の三百五十の上に突然現れたら人はどうなるか。 つまりは自由落下である。 ぐんぐんと落下していく全身に重力緩和の術式をかけて落下速度を弱めた。


「はー、びびった~…!…おお…あれがセグレートの森か?広いなぁ…!」


 風が吹き荒れる上空から地上を見下ろすと、緑色の絨毯が視界いっぱいに広がっていた。

 あれがセグレートの森だろう。

 北のカタルシルア大森林の半分もない森だと聞いていたが、予想よりかなり広大な森だった。 これ、迷ったら確実に帰れないほど深い樹海じゃん。


「よぉし、初の狩人お仕事頑張るぞぉ~!」


 さあさあ、リアルモ〇ハンのお時間ですよ。 俺は悠々と森へと降りて行った。






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