44.就職活動編
セグレートの森に一歩踏み込むと、そこは別世界のように様変わりしていた。
木々の葉は幾重にも重なって日の光を遮り、午前中だというのに森の中は薄暗くて肌寒い。
そして、森全体の魔素濃度の高さを感じた。 複数か、大きな魔素溜まりがどこかにあるのだろう。
そんな鬱蒼とした木々の合間を、二、三メートルはある大きなネズミが走り抜け、鉤爪の鋭い猛禽類の鳥がネズミの喉を切り裂いて木の上へ掻っ攫った。 満足げに餌を啄む鳥を、木々の影から潜んでいた大蛇がバクリと丸呑みにしてしまう。
食物連鎖の縮図というべきか、大自然を生で目の当たりにした俺は木の影でポカーンとしてしまった。
大きなネズミや鉤爪の鋭い猛禽類の鳥、人を丸呑み出来そうな大蛇、それらは全て深紅色の瞳で魔物化していた。 魔物図鑑にも記されてあったが、魔物同士の共食いはよくある事らしい。 魔物の世界も弱肉強食というやつか。
魔素濃度の高さが原因だろうが、普通の動物の姿はまだ一匹も見ていない。 もしかして、森にいる生物はほぼ魔物化しているのだろうか。
(ぼんやり眺めてるだけじゃダメだな…俺も狩らないと)
図鑑情報によれば、大蛇の牙や皮、内臓、身、体内にある毒も貴重な素材になる個体がいるそうだ。 図鑑にあった同種なのか判断は難しいが、最初の獲物としては十分だろう。
木の陰から飛び出し、俺は大蛇に近づいて片手を向けた。
【脳】※【心臓】※【神経】※【切断】※※
凝縮した魔力と術式が空中に輝き、俺の意思通りに魔術が発動する。 黒猪を狩った時に使った術式に近い効果だ。
木に巻きついていた大蛇はビクリと体を震わし、地面へ轟音を立てて落ちていった。
「認識阻害の魔道具と魔術のコンボ最強だな…」
大蛇に気付かれずに近づけたのは、いつも身につけている魔道具のおかげだ。
姿、声、匂い、呼吸音、鼓動音すら全て消し去るように認識阻害の効果を全開にさせている。
この魔道具さえあれば、嗅覚や聴覚に鋭い動物や魔物相手に気付かれる事なく先制攻撃ができる訳だ。
(さて…解体は組合がやってくれるっていうし…収納袋に入れるか…。……。…入れる前に洗浄しとこ…なんか臭いし…)
予備の予備として持ってきた収納袋に直接入れるのは憚れるが、大きな魔物を包めるような布もないので仕方がない。 今日から予備の収納袋Bは魔物専用袋にチェンジな。
術式で寄生虫の除去と洗浄、除菌、消臭を念入りにぶっかけ、十メートルはありそうな大蛇を収納袋へと納めた。
更に、魔物を収めた収納袋を腰の鞄へと押し込んで重さを確かめる。 重さの変化は特に感じない。 これなら大きな魔物を狩っても持ち運びできそうだ。
(よし、もっと森の奥に行ってみよう)
重力緩和の術式を全身の衣服に掛け、木々の合間を飛びながら奥へと進んだ。
色々と重宝している認識阻害の魔道具にも弱点はある。
単体での術式効果は、体臭や声、身につけている衣服や装備品の音を消し去ることはできる。 だが、肉体を物理的に透過することはできない。
つまり、人や生物にぶつかると気づかれる可能性が高まるのだ。
うっかり小石を蹴飛ばしてしまえば靴と石が衝突した音は消える。だが、蹴飛ばされた小石が別の何かに接触した音は消すことはできない。
範囲指定され変えれば連鎖音を消せるが、術式範囲内に生物や人物が入ってしまうと隠れている使用者の姿が丸見えになる問題があった。
そんな理由で茂みや草むらは歩かず、手っ取り早く浮遊で移動をした。
うっかり地面を歩こうものなら、密集している草と草が連鎖して僅かに音が発生してしまうからだ。
木々の合間をスルスル飛んでいくと、様々な魔物が森を闊歩している。
ガッシリとした熊型の魔物や、ツノが剣のようになった鹿型の魔物、前歯が凶悪進化したどデカイ兎型の魔物に、頭が複数に分かれた鳥型の魔物。
どの魔物も体が大きく、牙や爪が鋭く変化していた。 それらの魔物は図鑑にも絵付きで載ってるポピュラーな魔物だ。
次に発見したのは人の背丈ほどの大きな魔虫に、不気味に蠢く魔樹。
魔素溜まりの深い森にしか出現しないレア魔物と図鑑に書かれてあった記憶がある。 レアなら価値があるかもしれない。
ここぞとばかりにムチムチな蜘蛛と魔樹を一刀両断。 くるんと縮まった蜘蛛と、根っこや葉っぱ、枝にぶら下がってる魔樹の赤い実を丸ごと収納袋に押し込めた。
さらに魔素濃度の高い方へ飛んで進んでいくと、
「…湖だ…」
薄暗い視界が開けた先には大きな湖があった。 水は澄んでいて水質も良さそうだ。 だが、普通の湖のように見えて異常な点もある。
(魔素が濃い…近くに魔素溜まりがあるな。 湖の底…か?)
湖の底から濃度の高い魔素を感じた。 湖の水ですら魔素に影響されて魔力濃度の高い水になっている。 この水のせいで森にいる動物や木々、昆虫すら魔物化してしまうのかもしれない。
(潜ってみるか。 純魔石があるかもしれない)
魔素溜まりの近場には、魔素が結晶化した魔石がある可能性が高いのだ。
水圧から全身を守る透明な防御壁を発動し、結界の内側には酸素を循環させる術式も追加した。 これで水の中でも大丈夫だろう。
ざぶんと水中へ飛び込むと、大きな魚や小魚の群れが見えた。 やはりというべきか、全ての魚達が瞳が赤く魔物化しているようだった。
魔魚の群れを避けながら湖の中心地へ降りていけば、底はかなり深いようだ。
そのままゆっくり底へ降りていくと、気づけば沢山いた魔魚の姿も減り、湖の底に着く頃には一メートル先も見えないほど視界が暗くなった。
これでは何がどこにあるかがわからない。
(認識阻害の術式と相性悪いけど…灯あった方がいいな)
言うて水の中だ。 大した影響は無いと踏んで、俺は頭上近くに照明術式を発動した。 途端、辺り一帯が明るく照らされる。
湖の底はゴツゴツした岩と揺らめく水草、白い珊瑚…いや、骨のような残骸が目につく。 なんで動物…いや、魔物の死骸がこんなにあるのだろうか。
ふと、数メートル先に大きな壁のようなものに気がついた。
「…なんだこれ…岩…?にしちゃ随分とツルツルしてるような…」
色合いが半透明のような、透き通る銀白色をしていた。 術式の明かりが反射してキラキラとしている。
近くで見ようと近づいた瞬間、半透明の壁が微かに振動した。
「…は?…か、壁じゃない…?」
ズルズルと蠢く壁の頭上に赤く光る何かが浮かんでいる。
「――でっか…」
明かりに照らされて水中に現れたのは、ひょろ長くて平べったいボディーに、タテガミのような背ビレ、頭から赤く長い軟条が伸びる特徴的な魚だった。 ぺったらい顔にある赤い瞳が不気味にギョロリと動く。
なんだか見覚えがあるようなフォルムだ。 …アレだ、アレに似ている。 地震の前兆とも言われてるリュウグウノツカイ。
「うわぁ…デッカー! こ、こいつも魔物化してるな…目が赤いし…。 …何でもかんでも巨大化すればいいってもんじゃねぇぞ…」
俺が知っているサイズより何倍も大きい。 先ほど狩った大蛇より倍の大きさがありそうだ。
ミニ怪獣と言っても過言ではない大きな魔魚は、その頭をゆっくりと持ち上げ、赤い瞳をこちらに向けてたような気がした。
…気がした? いや、今俺は気泡の中にいるし、姿は見えていない筈だが…。
この巨大な魔魚の目線で考えれば、水面に上がらない妙な動きをする大きな気泡に、泡の上には輝く術式の光は丸見えになっている。
つまりは、悪目立ちしてますねっ!?
ガギンっ!
「――ひぇ!?」
正面から何かが飛んできたと思った瞬間、防御壁が何かを弾いた。
赤く長い棒のような物、魔魚から伸びる軟条のような触角っぽいものだ。 長いそれはゆらゆらと動き、十本の触覚が次々に俺へと向かってきた!
「おわわわっ…」
ガギン!ガギンッ!ガガガッ! と、連続で重い音が響く。
水中だと言うのに、魔魚から伸びる触覚の動きは早く的確に攻撃してくる。 だが、防御壁は触覚攻撃を完全に防いでいるから痛くもかゆくも無いが。
「湖の主っぽいサイズだけど…気付かれてるなら狩るか…。…こいつ食えるのかな?」
食えるかどうかで判断するのは安直過ぎるだろうか。
湖の中心地の底には魔物の死骸もたくさんあるし、ここは巨大な魔魚の住処なのだろう。 だが、こうも攻撃され続けていたら魔石探しが難航しそうだった。 もはや狩るしかあるまい。
覚悟を決め、片手を魔魚に向けて魔力を練り上げた。 魔術で脳、神経、心臓を絶つと、瞬く間に巨大な魔魚は動かなくなった。
湖の底にゆったりと揺蕩う長い魔魚。 一応、持って帰るべきだろが…。
「この大きさだと収納袋に入らないな…。 …こ、小分けにしよう…」
供養のためにも骨まできっちりと利用させてもらおう。
水中で魔魚を均等に輪切りにし、寄生虫を除去と洗浄、冷凍処理してから収納袋に収めた。
袋には大蛇、多足系魔虫、踊って動く魔樹、そして、大物の魔魚が収まっている。 合計の重さは十トンぐらいは超えていそうだ。
「あ、流石に重っ…!」
全て収めた収納袋は十キロぐらいの重さになった。 ずっしりと重い袋を腰の鞄に押し込めると、先程まで感じていた重さがほぼ消えた。 まだ持ち運べる量に余裕がありそうだ。
「よし、邪魔は無くなったし、魔石採掘するか!――あったわ」
心機一転、周囲を見渡した途端に目的の物を発見した。
魔魚がいた岩の下側に、青白く輝く魔石が覗いている。 その魔石は手のひらから少しはみ出る程の大きさで、岩の間にゴロゴロと無数に埋まっていた。 かなりの数がありそうだ。
「んー…質は上の中ぐらいか。 けっこうな魔力量…あ、この魔石、水をため込んでるな…浄化すれば生活水に使えるやつか」
岩陰から生えてる魔石を手に取って調べてみると、浮島の魔石より少し質は劣るが、魔力量も質も十分で魔道具に使えそうな良い純魔石だった。
ついでに魔石にはかなりの量の水が取り込まれている。 魔石が結晶化した時の環境により、オマケがついてくる魔石もあるのだが、これらがそれに当たる。
水の中で発生した魔石は水魔石と呼ばれ、中の水を浄化して生活水や貯水に重宝されるのだ。 もちろん、中の水を取り出せば別用途で使う事もできるし、この水魔石もいい値段で売れるだろう。
数えるのも面倒な程、転がってる水魔石を全て回収するのは大変そうだった。 回収するのは少量でいいか。 畑のトマトを収穫するようなノリで、岩影に埋もれた大量の水魔石二十個程を収納袋へ収めた。
「魔力溜まりに近いんだろうけど…まだここら辺じゃないなぁ……お、あの穴が怪しい」
きょろきょろと辺りを注意深く観察すると、岩陰に大きく開いた縦穴があった。
真っ暗な穴の側面には魔石がにょっきりと生えていて、濃い魔素もゆるやかな水流に乗って流れてくる。 この先に魔素溜まりの根元があるのかもしれない。
「……まだ、時間に余裕はあるな、行ってみよう」
懐中時計を見ると、午後二時になっている。 あまり長い時間潜れはしないが、もう少し先を中を見ておこう。
思い切って縦穴に飛び込み、ゆっくりと下へ下へと落ちていく。
落ち続けていくと徐々に縦穴が狭くなっていき、緩やかにカーブを描き始めた頃に斜め上へ抜ける細い横穴を発見した。 穴の先にはぼんやりと輝く何かが見える。
その明かりと魔素濃度に誘われるように進んでいくと、大きく神秘的な空洞へと辿り着いた。
「――うわ、すげぇ綺麗だな…」
語彙力のない説明しか出ない。
水面から這い出た先にはドーム状の空洞が広がり、所狭しと無数の大きな純魔石がニョキニョキと生えていた。
魔石だらけの岩影からは湧き水の小川も流れていて、水源から濃い魔素があふれ出ている。 ここが魔力溜まりの大元だろう。
空気中にも濃度の高い魔素が充満し、その魔素に反応して魔石がぼんやりと輝いていた。 普通の人なら魔素や魔力過多でぶっ倒れているレベルに濃度が濃い。
「…数百年…いや、千年かな…。 長い間、人の手が入ってない魔素溜まりだ」
湖の底にある縦穴を降りて、更に横穴を進まなきゃここに来れないという厳しい道のりだ。
魔道具や術式に長けた者じゃないと来れない場所。 だからこそ、大量の純魔石が手つかずのままなのだろう。
俺が灯している灯を受け、洞窟内部は上下左右に魔石が淡く輝き神秘的に見えた。 まるで宇宙に投げ出されたかのような光景だった。
「全部まるごと、なんてことはしないけど。 俺が使う用と換金用にいくつかいただいくか」
直径が五十センチはありそうな特大サイズの純魔石を次々に鞄へ収め、換金用に別の袋にも純魔石を入れていった。
使う用に三十個、換金用に十個集めた所で魔石採掘は終了。 むしろ採集というべきかもしれない。
「うわ、もう四時じゃん! いい加減に帰って素材とか魔石買い取ってもらわないと…!」
俺は近場の魔石に仮ポータル術式を刻み、いつでもここに飛んで来れるよう、安全装置と隠蔽術式を丁寧に慎重に施した。 これで暫く魔石にも魔物の狩場にも困らないだろう。
「よーし、帰るぞー!」
転移術式を発動すれば瞬く間に王都の西地区の寄宿舎へと舞い戻っていた。
ほんと魔術ってめちゃくちゃ便利!
俺、魔術無しじゃ生きていけないんじゃなかろうか。
※※※※※
「「「「「………」」」」」
「…あのー…これ、問題ありませんよね?」
「「「「「………こ」」」」」
「こ?」
「「「「「一体、どこで狩ってきたんだ!!?」」」」」
「ひぇ…」
むっさいおっさん達に迫られ、俺は思わず逃げ腰になった。
魔物の買取をしてもらうため、西支部の狩人組合へ訪れた訳だが。 解体場で狩った魔物をずらりと並べた途端、解体作業の狩人のおっさん達が一斉に固まってしまったのだ。
「えーと…その…東の…セグレートの森に…」
「!!? あ、あの…上級狩人が揃わないと入れないセグレートの森へ単身で…!? そんな危険な…!」
「た、たくさん狩れるかなと…思いまして…」
「「「「「たくさん狩れるぅ~っ!? なんて安直なっ!!?」」」」」
「………」
うっせーわ。 ザワザワと解体場が異様な熱気に包まれ始めた。
「さ、サクマちゃん…!ワタシ言ったわよね!? 無茶しちゃダメって!」
「は、はい…すみません…あ、でも、怪我もなにもしてませんよ?」
「「「「「単身で森に入ったのに無傷で生還!??」」」」」
「…………」
どすの効いた野郎どもの声が響く響く。 アリエスさんも動揺した表情になっていた。
セグレートの森ってそんなに難易度の高い森だったのだろうか?
まあ、俺自身は魔道具やら魔術でズルしてるし、常識はずれに無双したようなものか。
「こ、この人を丸のみしそうな大きな大蛇を見ろよ…!貴重な薬にもなる個体じゃないか…! はっ!? こ、こっちは貴重種の魔虫…! あ、あれは魔樹か…!?どれもこれも貴重なものばかり…!」
やたらと鼻息が荒い職員が魔道具片手に魔物を調べている。 その魔道具は食用向きか薬向きかどうかを鑑定できる魔道具のようだ。 便利そう。
魔道具を持っているおっさんの隣にいるおっさんも、本や書類を交互に見ながら興奮気味に声を上げた。
「この輪切りになってる物体はなんだ…!? 魚の身にも見えるが…鱗がないな…銀白色で美しい…! 輪切りだけでこの大きさなら、元の大きさはどれぐらいだったんだ…!?」
「…平べったくて、ひょろ長い大きな魔魚でした。 森の奥の方に湖があって…そこにいた魔魚です」
「ああっ!? この頭部の特徴的な赤い軟条は…! ま、まさか…伝説の…
「おれはそこまで詳しく知らないので…なんとも…」
「「「「「あの伝承の皇帯魔魚をたった一人で狩ったのか…!?」」」」」
「………」
俺の話を聞いちゃいねぇ。
興奮するおっさん達や、おののくおっさん達のざわざわが止まらない。 なんだか落ち着かない雰囲気だ。
「えーと…寄生虫の除去や除菌は済ませたんですが…血抜きや赤魔石の取り出しをしてないんです。 やった方がいいですか? 一応、魔術で血を分けれますが…」
「そそそ、それはその…魔道具か…魔術でやるのかい…?」
「はい、魔術の方が楽なので。 では、赤魔石と血抜きをしますね」
異様な熱気に包まれる中、俺はせっせと魔物の血と赤魔石の取り出しにかかった。 皮と部位の解体は任せるとして、魔術で手伝えるのはこれぐらいだろう。
心臓部で結晶化した赤魔石を取り出して並べ、真っ赤な血は運びやすいようにブロック状に凍らせた。
「…え、なにあの魔術…めっちゃ便利…」
「寄生虫の除去も魔術でぱっとできるってことか? なんだそれ、すげぇ便利…あの作業って手間かかんだよなぁ…」
「わかる、あの処理面倒だよな…。あの魔術、オレめっちゃ覚えたい…すぐに解体できんじゃん…」
「ばーか、お前みたいな脳筋に魔術なんて覚えられる訳ねぇーだろ。 どうせ国の許可降りねぇよ」
「うっせぇ! お前だって脳筋族の癖に!」
と、狩人達の間からそんな声も聞こえてくる。 喧嘩すんなよ。
「あ、そうだ。 純魔石も見つけて来たので鑑定してもらえると…」
「「「「「特大純魔石ィ!!??!?」」」」」
「ひぇ…」
いちいち大声で驚かないでくれよ、ビビるだろうが!
総合的に、俺が狩って来た魔物はかなりレアな部類だったようだ。
久々の大物の解体で狩人達は熱気につつまれ、西支部はお祭りみたいな大騒ぎになっている。
「サクマちゃん…ちょっと相談なんだけど…」
「どうしたんですか? アリエスさん」
魔物の解体が大人数で仕分けされていくのを眺め、俺は解体場の隅っこで壁に寄りかかって休憩していた。
あ、大蛇の腹から魔鳥と魔物の鼠が丸ごと出てきてギャーギャー騒いでら。 そういえば、大蛇狩る直前に他の魔物食ってたな、言うの忘れてた。
そんな時、神妙な顔で話しかけて来たのはアリエスさんだった。
「魔物の肉や素材、純魔石の査定をやってる最中なんだけど…結構な量でし、かなりの額にもなりそうなの。 数日…いえ、一日だけ時間をくれない? 明日には買い取り額が確定すると思うわ」
「あ、はい、わかりました。 そんなに急ぎでもないので…しっかり査定してくれればそれで」
「ああ、よかった…! 流石にこの量を今日中に調べてまとめるには時間が足りないわ…今日は徹夜になりそうね」
「!そ、そんなにですか…!?手間を掛けさせてしまってすみません…」
「アラアラァ! サクマちゃんを責めてる訳じゃないのよ!? こんな大物、西支部じゃ早々お目にかからないもの! いい稼ぎ…いえ、経験をさせてもらってるわ!」
アリエスさんが瞳を爛々と輝かせている。 喜んでもらえたなら幸いだが。
彼女の話曰く、魔物の買い取り額は種類や個体差、大きさや重さ、雌か雄、希少価値があるかどうかで金額がかなり変動するらしい。 ちなみに、美味かどうかでも影響があるそうだ。
おっさん共がわらわらと魚の切り身を小分けにしている横で、俺はいくつかの書類に目を通して解放されたのだった。
「うわ、もう少しで六時だ、帰らなきゃ…! ……あ、やっぱ魔物くっさ」
西支部を出る頃には空はすっかり夕暮れ色に染まっていた。
慌てて移動しようとした時、すんと鼻に突く血生臭さに固まる俺。
血なまぐさい解体部でのアレコレ話をしていたら、俺の衣服に魔物の匂いがついてしまったようだ。 羽織っている外套にも謎の液体が付着している。 うわ、なにこれぇ…臭いしばっちい…。
(西地区の寄宿舎に戻って風呂借りるか…夕飯にちょっと遅刻しちゃうかもな)
通信魔石に夕飯の時間に遅れそうだとメッセージを飛ばし、急いで西地区の寄宿舎へと舞い戻った。
集めた魔石を部屋の棚へ収納袋ごと収め、衣服をどう洗濯しようか考えあぐねた時、ふと思い立った。
(魔物に消臭効果とか除菌術式が使えるなら…服にもできるか。)
物は試しに、汚れた外套に念入りに術式で消臭と除菌+洗浄かけると、新品降ろしたてのような香りになった。 え、めっちゃ便利! なんでいままで気づかなかったんだろ。
ノリノリで他の衣服や鞄、全ての装備に消臭と除菌処理をしてベッドの上に放り投げた。
(よし、あとは俺自身だな!……あだっ!あたたっ!)
普通の術式を全身に掛けた瞬間、バチリと弾かれた。 例の
忘れがちになるのだが、俺の全身にビッシリと埋まっている術式のせいで、身体に直接影響する強化術式や、弱体化術式は無効化してしまうのだ。
それらの術式を有効にするには普通の術式ではなく、もうひと手間がかかるような俺専用の術式を組まないと効かない訳で。
(あ~…その内その内と思いつつ、そこらへんのカスタマイズはまだしてないんだよな…色々落ち着いたらやりたい…。 ともかく、今は術式を新しく組むのは面倒だから風呂だな)
術式で綺麗にするよりも、実際にお湯を浴びる方が気持ち的にスッキリするだろうし。 俺は急いでお風呂場へと向かった。
のだが、中庭の渡り廊下を駆け足で通った時、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「――よう、坊主」
「…オゾンさん?」
大柄で無精ひげのオゾンさんがいた。 その彼の後ろに見知らぬ男も一人いる。 その二人が中庭を突っ切ってこちらへ近づいてきた。
「…どうしたんですか、なんでここに? ……後ろの方は…」
「ああ、ちょいと
仕事仲間だという男は、どこにでもいるような普通の男だった。 なんだか落ち着かないのか、あたりをキョロキョロと窺うように視線を動かしている。 そんな見知らぬ男の様子とは裏腹に、オゾンさんはいつものように人の好さそうな笑顔を浮かべている。
「その…おれもちょっとした事情で部屋をここに借りてまして…」
「借りてるだって? …まさか、坊主、狩人職にでもなったのか?」
「えーと…いや、その~…あはは…はは…」
ああ~~っ! オゾンさんにバレるとは…! 笑って誤魔化そうとするが、図星すぎて言葉がうまく出てこなかった。
「ちょっと複雑怪奇な事情がありまして…」
「なんだいそりゃ。 俺っちに言えない事情かぁ?」
水臭いだのと声を上げてオゾンさんが笑う。 その夕日色に染まる彼の表情を見上げ、俺は妙な違和感を覚えた。
今朝出会ったカボさんは、なんて、言っていたっけ?
「……あの、オゾンさん」
「うん?」
「身内の方が怪我で、お仕事お休みしてるんじゃ…?」
カボさんは確かにそう言っていた。
なのに何故、仕事だと嘘を付く必要があるんだ?
オゾンさんはいつも通りの顔と声で、少しだけ困ったように笑った。
「なんだ、ご主人に会ったのか? はははっ、あっちとは違う別の仕事でなぁ…」
「別の…? 副業ってことですか」
「そんなもんだ、長年やってる仕事でな。こっちの方が本業でね」
「…おい、何をくっちゃべってんだ、早くしろ」
後ろの男が初めて声を上げた。 何かを焦っているようで、ヒソヒソ声でオゾンさんを急かす。一体何を急いでいるのだろうか?
その見知らぬ男の挙動に、視線と意識を奪われたのが失敗だったと思う。
「…? 一体、何の仕事を…――っ!?」
聞き終わる間際、顔面に何かが飛んできて、俺は避けることもできずに真正面から受けてしまった。
「…むぐっ…!?」
「まあ、アレだ。 いわゆる
オゾンさんの大きな手が俺の顔を掴み、口元に何かを押し付けられた。 独特な刺激臭がする布だ。 じんっと鼻の奥が痺れ、ぐらりと視界がゆがみ始める。
どうにか男の手から逃れようと体をよじるが、がっしりとした腕はびくともしなかった。
なんだよ、なんでこうなってるんだ!? 裏稼業って、まさか、
「おっと、暴れるなって。あとで坊主の姉ちゃん…いや、
「……!」
――オゾンさんが、ドミナシオンの密偵だったのか。
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