45.就職活動編

 


「本当に眠ったか?そのガキ…」

「…ほら、ぴくりとも動かねぇ。他種族と混血児用の貴重な眠り薬だと。 分量を間違えると人族の俺っち達が死んじまうらしいがな」


 あぶねぇ薬使ってんな!? まあ、俺には効かないんですけどね!


 眠ってると思われている俺は、一世一代の全力寝たふりを決め込んでいた。

 少しグラリと来たが意識はしっかりある。 流石、術式でも薬でも弱体化デバフが効かないボディだ。


「だけどよぉ…見た目は弱そうなガキだが、魔術を使えるとか…大陸外の竜人族を倒したって話だぜ…?」

「いくら強かろうが、気絶なり眠らせてしまえば魔術は使えねぇ」


 ごもっともな話だ。 だが、オゾンさんは薬を使ったことで油断しているのか、俺の演技力でも男達は騙されてくれたようだった。 やったぜ。


(…こ、これでいい…焦るな、まだ様子見するべきだ)


 魔術を使えばオゾンさんや仲間の男を一発KOできるし、今は様子を見る方が得策だと考えた。


「おい、紐と袋を寄こせ、コレは隠して運ぶ。組合関係者や兵に見られちゃ厄介だ」

「ああ、わかってるって…」


 それから男達は俺の手足を縛って大きな袋を被せ、どこかへと放り投げた。

 固い物が体のあちこちに当たって痛い。 思わず呻き声を上げそうになったが必死で抑えた。 俺は今、生きる屍、生きる屍!

 ガタガタと地面が揺れ始め…いや、荷馬車に乗せられたのか。 馬の蹄と馬車の車輪が軋む音が聞こえてくる。 一体、俺をどこに運ぶのだろうか?


「…なあ、あの五人だけで大丈夫なのか? 例の聖女の所にはオルディナの暗部がついてんだろ? ちゃんと攫って来れるのか…オレ達もあっちに行くべきだったんじゃねぇの」

「仕方がないだろうがよ。 俺っち達への上のご命令は混血児の確保だ」


 耳を澄ましていたら、オゾンさんと連れの男の声がはっきりと聞こえてきた。

 …ああ、今の言葉で確定してしまった。


(…やっぱり…オゾンさんはドミナシオンの密偵なのか)


 考えてみれば、商人のカボさんの元にいれば自然に情報が集まるし、世情に敏感な狩人達が集まる組合にも出入りできる。 密偵にとってはうってつけの職だろう。

 そもそも俺とフィエルさんの情報がごっちゃになって流れていたというのに、彼らはある程度の情報を掴んでいるような口ぶりだった。

 そこらへんの情報を確かめるため、東支部で俺に接触してきたのかもしれないが…。 しかも、オルディナの隠密護衛がいることも知られているようだった。

 何か、重要な事を喋ってくれないだろうか。


 男とオゾンさんの声は続く。


「わかってんだけどよぉ…一体、頭も何考えてんだか…。 それに今、帝都向こうはどうなってんだ? 定期連絡もないんだろ。こんな事、今まで一度もなかったってぇのに…」

「下っ端にの情報を漏らす訳ねぇだろ、知らされるのは命令だけだ。 本来、こういう派手な動きは代役やら根回しをしてからやることだ。 …それが、俺っち達にさせてるあたり…相当の異常だ。 頭も焦ってるのか……黙って辺りを警戒しとけ」

「ああ…くそ…嫌な予感がするぜぇ…」


 男が舌打ちする音が聞こえた。 それ以降、オゾンさんと男の会話もなく、荷馬車が軋む音しか聞こえなくなってしまった。


  (フィエルさん達…大丈夫かな…。今の会話を聞く限り、他の密偵が襲撃してるっぽいし…)


 通信魔石で彼女達に連絡を取ろうと頭によぎったが、借りてる一室に道具一式を置いて来てしまっている。 風呂に入っている間に盗まれない為の対策だったが、失敗したかもしれない。

 今手元にあるといえば、肌身離さず着けている認識阻害の魔道具だけ。


(もし、もしもだ。 万が一にもフィエルさんが捕まったとして…合流するって言ってたし、どこかで仲間と落ち合う予定なんだ。…そこで助けられるかもしれない)


 オネットさんや、隠密のリーウスさんとシーカーさん達の力を信じていない訳じゃないが。 今向かっている先に密偵のリーダーとやらがいる可能性が高い。

 ドミナシオンの密偵の頭を押さえることができれば、フィエルさん達の平穏な生活に一歩近づくことができるんじゃないか。

 まさか、誘拐されるとは思わなかったけど。


(…うおお…未曽有のピンチ…! だが、逆に考えれば絶好のチャンス…!)


 俺の縛られた両手がぶるりと震えたが武者震いってやつだ。 怖い訳じゃないぞ。


 荷馬車は石畳の道を進み続け、暫くすると街道を外れた事に気が付いた。

 馬の蹄の音が明らかに変わったのだ。 石畳ではない道、土の道を走っているようだった。 王都から郊外に向かっているのかもしれない。






「…つけてるやつはいないな?」

「ああ、大丈夫だ、気配はしねぇ。 ……まだ、あいつら来てねぇな…」

「そうだな…。…今は頭の注文の品を運ぶぞ」

「ヘイヘイ。まったく、人使いの荒い頭だよぉ」


 数十分経った頃、荷馬車がどこかに止まり、再びオゾンさんと男の声が聞こえた。 遠くに虫や野鳥の音と声も聞こえる。

 袋が邪魔でここがどこだかわからないが、俺は袋ごと荷物のように運ばれ、ドアが開く音、閉じる音――更にドアが開く音に、階段を降りるような振動を感じた。


「――やっと来たわね」


 ドアが開く音とともに聞こえて来たのは女性の声だった。


「ご命令通り混血児を連れてきやした。 ご注文の魔石も…」

「よろしい。 …まあ! 大きな純魔石…!お頭様、見てください」

「素晴らしい!貴重な魔石ね…。 これを手土産にすれば我が君もお喜びになるわ」


 …大きな純魔石だって?


 袋の中の俺は動かないよう、必死に辺りの様子を窺い続けた。

 オゾンさんとモブっぽい男、それに女の声が二人。 合計四人が室内にいるようだった。


「お前は上へ行って聖女の到着を待ちなさい。 異常があればオゾンに対処させて。施術中は絶対に私の邪魔をしないで」

「ちっ、また見張りかよ…へいへい…わかりやした…」

「貴方はソレと魔石をこちらに持ってきて」

「へい、頭」

「貴女は道具の準備を」

「はい、お頭様」


 オゾンさんと一緒にいたモブ男らしき声が遠ざかり、ドアが閉まる音がした。 俺は袋のまま台座っぽい何かに横たえられる。

 男が一人抜けたから、この場にいるのはオゾンさんと、女二人の三人。


「袋と服をはぎ取って、うつ伏せにして頂戴。 施術の邪魔になるわ」


 ああ、やっぱり、


(俺の体に、洗脳術式を刻むつもりか)


 フィエルさんやオネットさんの体に刻まれた、真っ黒な術式が脳裏に過った。

 オルディナ国王を暗殺するため、洗脳術式を施された刺客を差し向けている話は聞いている。

 彼らは混血児の俺に洗脳術式を施し、捨て駒刺客に仕立て上げる魂胆なのだろう。

 今回こそはと、国王陛下の暗殺を計画しているのか、それとも、フィエルさんを攫う為の誘導なのだろうか。


 ビィィィィッ


(!!)


 刃物で布を切り裂く鈍い音が上がった。 思わず体が震えそうになったが、必死で抑えた。


「この白髪…。城でも見たけれど…混血児はほんとうに気味が悪いわね…人とは思えないわ。お頭様、本当にコレをお使いになるのですか?」

「ええ、この混血児は城の中を出入りしてもいい許可書を持っていると聞いたわ。 聖女とどう関係しているのか、まだ情報が足りないけれど…。コレは国王からの信頼も厚く、魔術も使えるという話だから。 うまくいけば、あのの国王を始末出来るかもしれない」


 侮蔑の感情が混じった女の声が響く。 やはり城の関係者か、なんだか闇深な怨念がこもってる口ぶりだ。


 とは言え、寝たふりをし続けるのも限界が近い。 これ以上は重要らしい情報も出ないし、反撃のタイミングを計らねば。

 術式をぶっ放すタイミングはもう決めているのだが、一人ずつではなく、一気に動けないようにするしかない。下手をしたら、この場にいる密偵全員が自害、または死ぬ危険性があるからだ。

 国王を狙った刺客の全て、どこかのタイミングで自害するように術式も施されていたと聞く。

 この場にいる彼らの体にも、生死にかかわる術式が仕組まれてるかもしれない。

 こちらとしては簡単に死なれると困るのだ。 生きた状態で捕らえなきゃいけない。


「まずは筆と墨をこちらに。 のみも持って来て」

「はい、お頭様」

「貴方はそこで待機してて。…もし、薬が弱く、途中で目を覚まして抵抗するようなら……殺して始末するわ」

「へい」


 そんな事を考えているうちに、俺の上着と肌着が切り裂かれ、固い台の上に仰向けに寝かされた。 鑿って、小学校に使った彫刻刀に似た道具か?

 オゾンさんらしき大きな手が俺の手足に足枷を嵌め、俺の上着をナイフで裂く音が聞こえた。

 肌が冷たい空気に晒され、なまぬるい液体を塗られる感覚にぞっとする。


 まだだ、隙ができるあの瞬間を狙うんだ。 あのタイミングがくれば――。


「では、施術を始めましょう。 この大陸外の薄汚い混血児を命令を聞くだけの手駒に――ぎゃっ!?」


 カンッ!という甲高い音か聞こえた瞬間、バチリと微かな痛みが走った。

 術式と術式がぶつかった衝撃だ。

 痛みがくると知って構えていた俺と、唐突に痛みに襲われる人物では隙の差が違う。

 声を上げて怯んだ術者と、叫び声に驚いた周りにいる人物達に向け、俺は脳内で描いていた術式を即座に発動する。


【対象】※【三人】※【行動阻害】※※

【対象】※【三人】※【身体」※【術式】※【該当箇所】※【裂傷】※


「――なっ!」

「うぐっ…!?」

「……っ!!」


 いくつかの異音と床に何かが落ちる音が響き、微かに呻く声が複数。

 静まり返る部屋で、俺は手足の枷を術式で外し、あたりを慎重に見渡してから肩から息を吐いた。

 俺が運び込まれた一室は地下室のような薄暗い部屋だった。 他に潜んでいる人の気配も、隠れられる場所もなさそうだ。


「…っはぁ~~。 …うまくいった…」


 派手さがないのはご愛敬ってことで。 地味だが、これに限る。

 俺が寝かされていた診察台の側には、オゾンさんと女二人が全身を硬直させていた。 皆、驚愕に両目を見開いたまま固まっている。 行動阻害の術式はバッチリ効いているようだ。


 しかし、思っていたよりも痛みは小さく感じた。 痛みというよりは指パッチン程度の感覚。

 なのに、相手の女の叫びと反動から見ると、痛みの度合いが違うように感じた。


「…、…っ…っ!」

「……、ぅ…!」

「ああ…うまく喋れないでしょう? あなた方全員に、指一本、舌も動けないよう術式を掛けたので」

「…っ…!」


 オゾンさんの他に、見覚えのある服装の女と、平民の服装をした女がモゴモゴと唸る。

 生体機能は停止させてないから、心臓とか肺呼吸やらは大丈夫だけど。 という、唇、顎、舌を動かすのも行動阻害の縛りに入っているのだ。

 更に、三人の胸周辺、心臓付近の布が破けて肌が露出していた。 破けた布から覗いているのは真っ黒な術式の入れ墨。 その術式を切るように、細く赤い線のような傷が走っている。 さっき放った二打目の術式でつけた小さな切傷だ。こうすれば、術式は魔力の流れを断たれて機能しなくなる。


 に、しても。 刻まれた術式の効果はなかなかにえげつない。


「その体に刻まれた術式…特定の情報を喋ろうとすると心臓麻痺になる効果か…、…良かったですね、これで気兼ねなく喋れますよ」

「!?…っ……!……!」

「あ、今は無理に喋らなくて結構です。 そこらへんはオルディナ側がやるべきことでしょうし」


 しかし、彼らと彼女達には洗脳術式は刻まれてなかったようだ。 何よりはっきり喋っているし、自発的にドミナシオンに手をかしているのだろう。 しかも、


「ええと…どちらがお頭様か…わからないですが。貴女が着ている服…オルディナ城の侍女の服装ですね? …やっぱり、オルディナ城にも密偵が入り込んでるのか…」

「…っ…、……!」

「あ、この純魔石…。やっぱり俺が採ってきた物だ。 つまりは組合にもあなた方のお仲間がいるってことですか…」

「…、……、…っ」


 台座の近くのワゴンの上には、見覚えのある大きな純魔石が置かれてあった。 サイズといい、魔力量といい、明らかに俺が東の森でとってきた純魔石だった。

 おいおい、狩人組合とオルディナ城内部は何してんだ。 敵国の密偵が自由に出入りしてるじゃないか。

 それがわかっただけでも収穫があったと思うべきか。


(この場にいる密偵は捕らえた訳だけど…上にいる男も動けないようにした方がいいよな…)


 ふと、オゾンさんと視線があった。 人の良い顔をしていた男は驚愕に染まった目を見開き、額に汗を流しながら固まっている。


「子供だからと、簡単に事が運ぶと思ってましたか?」

「………っ」


 皮肉下に呟く俺の声に、オゾンさんの瞳が揺れたように見えた。

 この男と顔を合わせたのは片手で数える程度だし、情を感じている訳でもない。 それでも、


「…残念でしたね。調が足りなかったのでは?」

「……ぅ…」


 オゾンさんの唸る声が小さく漏れる。 何か言いたいことでもあるのかもしれないが、聞く気にはなれない。


(結局、一番怖いのは人だな)


 良い人そうに笑顔を向けてくるけれど、笑顔の裏側で何を考えているかわからないのだから。


 ――と、


「――サクマ!!」

「ぉうぎゃっ!?」


 ドカンと扉が吹っ飛んで、俺は思わず診察台から飛び上がった。


「お、オネットさん!?」

「サクマ…!? おま…!?」


 部屋に飛び込んできたのは、鮮やかな赤髪が眩しいイケメン女子のオネットさんだった。

 剣を片手に構えてガチ戦闘モードの彼女は、部屋の現状を見て緑色の目を真ん丸にしている。


「オネットさん!無事だったんですね! フィエルさんは…!? あ、上にもう一人密偵の男が…!」

「それはこっちの台詞だ!フィーも無事! 上にいた男も襲ってきた密偵共も全員倒したっ!」


 うわ強っ! 良かった、無事なようで安心した…けど、よかったけど! 俺、攫われる必要なかったかな!?


「…サクマ、こいつら密偵だよな?なんで固まって動かないんだ。…っていうか、なんでお前っ…上半身裸なんだ!?一体何された!?」

「ああ、えーと、この人たちは術式で動けなくして…ひゃっ!ちょっ…くすぐったいですって! 怪我なんてしてませんってば!」


 俺の体に怪我がないか見ているのだろうオネットさんの目は割とマジであった。 くすぐったいからお腹をペタペタしないでほしい!


「――っ、」

「…オネットさん?…どうし…」


 ひゅっと、目の前のイケ女子が息を飲む音が聞こえた。 燃えるような緑色の瞳を見開き、どこかをじっと見つめている。

 彼女の視線の先には――彫刻刀のような工具と、特徴のある筆に真っ黒い液体が床に散らばっていた。

 見る人が見ればすぐにわかる、直筆術式に扱う特殊な墨と工具だ。


「……っ、サクマ、背中見せろ」

「え、うわっ!?」


 問答無用で回転させられた。 ぐいぐいと背中に塗られた液体を何かで拭い、オネットさんの指が上へ下へと俺の背骨をなぞる。 何かを確かめているようだった。 …ああ、そうか。


「安心してください、洗脳術式は刻まれてません。…多少かすり傷はあるかもしれませんが…」

「――……っ、そう、か……よかった……」


 よかったと何度か小さく呟き、彼女は俺を抱きしめた。 背中に感じるオネットさんの体はとても冷たく、夜風の匂いがした。 ここまで馬で駆けて来たのかもしれない。


「その…すみません。心配かけましたか」

「……心配するに決まっているだろう。 通信魔石にも連絡ないし…探知できないし…」

「に、荷物全部、別の場所に置いてきてしまって…すみません…」

「…何のための通信魔石だ。 肌身離さず持ってろ、ばかっ…」

「ごめんなさ、ぐ、ちょ、腕っ腕っ!締まっうぐぇっ」


 ぎゅうぎゅうとオネットさんの両腕が締め上げる。 あんまりにも強いと魔術がっ、今なうで発動してる魔術が霧散する! 背骨折れるぅ!ギブギブッ!

 安心するかと思い、冷たくなってる彼女の手を握って見上げると、不安そうに揺れる緑色の瞳と視線が合った。

 あれ、いつものイケメン女子はどこにいった?


「…オネットさんでも、そんな顔するんですね」

「……うっせーよ、ばか」

「あたっ!」


 オネットさんがむっとした表情で俺のぺったらい腹の肉をつねった。

 ほんの少しだけ、泣きそうな顔に見えてドキリとしてしまったのだが。


「お取込み中ゴメ~ンネ、サクマ無事ィ? 変なコトされてなーイ?」

「!リーウスさん!?」


 壊されたドアから顔をのぞかせたのは、黒いお面に茶猫ケモミミのリーウスさんだった。


「特に怪我もなくぴんぴんしてます。 オネットさんもリーウスさんもよくここがわかりましたね」

「…あ、あの~、それは自分が追いかけてきたので…」


 気づけば、リーウスさんの後ろに全身真っ黒な衣装の黒いお面の人物もいた。 体型からしてシーカーさんではない、っていうか誰?


「…誰…!?」

「あ、っすよね~、わかりませんよねぇ~、アハハ~ハハ…、…はあ…」


 思わず声に出てしまった。 そんな俺の突っ込みに、謎に人物はくそでかため息を漏らす。

 黒いお面をつけてるってことは、つまり。


「初顔合わせってことで…。 サクマさんの護衛担当の隠密三番目でっす。 いや~、サクマさんってばピュンピュン空飛んで移動しちゃうんですもん。 自分、追いかけるの大変なんですよ~?」

「ああ…それは…いつも申し訳なく…」

「サクマさんのに来るだろうなって思って張ってたら、ほいほい男達に担がれてくんですもん~。 びっくりしたっすよ~!」


 隠密三号君が俺が攫われるのを目撃した後、彼は後を付けながらリーウスさん達に連絡をしたらしい。


 その頃、フィエルさんとオネットさんは組合からの帰り道、待ち伏せしていた密偵達の襲撃に合っていた。

 彼らは術式が刻まれた武器を携えて襲ってきたらしいのだが、オネットさん側も俺が渡していた魔道具を巧く利用し、密偵達を地面にたたき伏せたとか。

 出番がないと嘆いてたリーウスさんの元に、隠密三号君からの連絡が届き、ここに駆け付けてきてくれたのだという。

 ちなみに、フィエルさんはシーカーさんの護衛付きで、俺が結界を張った寄宿舎の一室で待機中らしい。


 ああ…ああ~、護衛なんて関係ないやと遠慮のない移動をしていたというのに…。色々気を遣ってもらって申し訳なく…圧倒的感謝…!


「ところでサァ…密偵のコイツラ…大丈夫ゥ? なんか目が血走ってきたっぽいけドォ」


 ふと、リーウスさんの指先が立ちすくむ密偵三人へと向かう。


 たしかに、固まって動けない密偵三人組の両目は真っ赤に充血状態になっていた。 あ、瞼閉じる動作も禁じてたんだ。 瞼閉じれないとか拷問かよ。


「すみません、おれの術式のせいです…えーと、瞼だけ行動阻害解除っと…」


 彼らに掛けている術式を改変すると、オネットさんが間に入るように立った。

 このイケメン女子、何かあった時の為にさり気無く守ろうとしてくれているのか。かっこよ。


「意識があると厄介だな…一応、全員殴って気絶させとくか? 何かの条件で自害しようとするだろ」

「ああ、それの術式は無効にしました」

「「早ッ!」」

「さっすが、サクマ。 やること手早いな」

「あはは…それほどでも…」


 何故か、リーウスさんと隠密三号君が嬉しそうな声を上げる。

 オネットさんの話だと、返り討ちにあった密偵の一部が任務失敗を悟り何か叫ぼうとしたらしい。 その直後、密偵は胸を押さえてもがき苦しみだしたという。


「その密偵は…死んだんですか?」

「いや、死ぬ間際、フィーが術式に気づいて術式を破損したんだ」

「…そうですか、フィエルさんが…」


 そういえば、彼女も術式の破損方法を知っているんだった。


「えっとネェ…聖女サマもサクマたちも、一旦、城に来てくれってサ。 ご主人がお話したいっテ」

「「…カダム宰相が?」」


 リーウスさんの声に俺とオネットさんがハモる。 カダム宰相と対談か…。何言われるんだろ?


 リーウスさんと隠密三号君は懐を凝視した後、密偵を縄で縛り始めた。彼女達も通信魔石に似た魔道具を持っているようだ。

 それから密偵達を魔術で強制的に眠らせ、リーウスさんと隠密三号君に全投げ。 オネットさんと俺は、東地区で待っているフィエルさんの元へと移動し始めた。






「フィー、心配してるぞ」

「…はい…」

「抱き枕になって慰めておけよ」

「ええっ…?それは毎日してるじゃないですか…」

「いいんだよ、それが一番フィーに効く」

「…はあ…」


 オネットさん達が乗ってきた馬に二人で跨り、夜の草原を駆ける。 外はすっかり暗闇に包まれて夜風も冷たくなっていた。 向かう先には王都の街明かりがチカチカと輝いて幻想的だった。


 しっかし、俺の普段着が真っ二つに切り裂かれて斬新なダメージ上着と化してしまっている。 あんまりにも情けない恰好で哀れに思ったのか、オネットさんが羽織っていた外套で俺は寿司巻きになっていた。 暖かいからいいけど、完全にミノムシ状態だよね、俺。

 ついでに馬が駆ける度に振動もキツイ。 オネットさんは慣れだというが、俺の尻が振動で三つに割れそう。


「ところで、サクマ」

「はい?」

「さっきから思ってたんだけど…」


 手綱を握ったオネットさんを見上げると、正面をまっすぐに向いたイケメン女子の顔が月明りに照らされて見えた。


「お前、なんか魔物臭くないか?」

「…………」


 そういえば、まだお風呂入ってなかったなぁ。


「なに黙ってんだ、おい、サクマ?」

「……いやあ……夜空が…綺麗ですね…」

「話そらすのへたくそか」


 ああ、嘘はいつかはバレるんだなぁ、み〇お。


 後で説明すると悪あがきして難を逃れたが、確実に何か感づかれたとは思う。

 オネットさんの嗅覚すごすぎない?








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