50.魔物狩り

 


 鶏肉は優秀だよな!

 安いし食べ応えがあるし、何してもうまい。ついでに卵でもうまい。 前にも似たようなことを考えた気がするが、俺は何度でも言う。 鶏肉はうめえ!

 …別に照れ隠しで追い鶏肉ホットサンドにがっついてる訳じゃないぞ。


「ほんと、お前はなんでも美味そうに食うよな」

「…んぐ、何でもおいしい年頃なもので。 あ、人参を取り出さないでくださいよ、人参食べれない幼児ですか」

「う、イヤなもんはイヤなんだよ…」


 オネットさんは人参の切れ端を指先でつまみ、嫌そうにバクリと食べて咀嚼する。 完全に食べれないわけでもないっぽいけど。


「オネットさんは野菜がダメですね」

「…ちっけぇ頃に嫌ほど食べたんだ。 野菜食うたびに、その頃のことを思い出して胸糞悪いんだよ。 んー、やっぱ肉は美味いわ」


 そう言ってオネットさんは鶏肉サンドを頬張る。 見ていて気持ちの良い食べっぷりだった。

 たしかに、いいだけ食べると食い飽きた!ってやつあるよな。


 …ともあれ、オネットさんが俺について色々と考えてくれたのはありがたいことだと思う。


(後ろ盾なぁ…。俺っていうより、フィエルさんやオネットさんにこそ必要なんじゃないか?)


 俺はいずれ国を出ていく身。なら、この国に残る彼女達にこそ、強い後ろ盾がいた方が安心というものだ。


「後ろ盾の件、おれなりに考えてみます。 あ、ちゃんと下手なことはしないよう考えますから」

「…おう。ってか、お前やること時々斜め上にぶっ飛ぶからな…動く前にあたし達に相談しろよ? 隠し事は無しだ、いいな?」


 ぴっと、オネットさんの指先が俺の鼻先に向けられる。 う~ん、大きい隠し事はまだあるにはあるんだよなぁ。


「…わかりました。 肝に銘じときます」

「おう、約束破ったら罰だぞ」

「!? えっ、ば、罰ですか…!? 一体何の罰を…」

「そうだな~……女装して街中練り歩いてもらうとか」

「!!?」


 何故そっちの方向に走るんだ、このイケメン女子…!? ぎょっとしてオネットさんを見上げると、からかい交じりの笑みを浮かべていた。


「フィー、すっごい喜ぶと思うぞ~?」

「…ああ……うきうきでしょうね…」


 フィエルさんはうっきうきのニッコニコで服を選ぶだろう。 ご機嫌なフィエルさんが目に浮かぶようだ。絶対おソロの服とか選びそう。 脳内で輝く笑顔を浮かべるフィエルさんを思い浮かべながら、俺は遠くの山々を見つめてぼそりと呟く。


「女装しなくても女の子に見られるっていうのに…」

「…自覚はあるのか…サクマ…」


 あるわ! 毎朝、鏡でハイスペックボディを見る度に感じてるわ! だからこそ俺かっこいいって暗示かけてんだよ…。


「は~、食べた食べた! …さて、もう一匹か二匹狩れたら帰るか。 うーん、サクマに任せっぱなしだったから今度はあたしも動く。食った分は動かなきゃな」

「えっ、俺の出番無いんじゃ…?」

「何言ってんだ、逆にそれはあたしの台詞だよ。 行くぞ、サクマ」

「り、了解です…!」


 そのあと成果は、熊型の魔物を狩ることに成功。 熊型の魔物はとても筋肉質で大きくて凶悪な爪をしていたのだが、オネットさんは見事な剣捌きで熊の首を切り離した。

 あえていうと俺の出番は特になかったと報告しておく。 流石は先輩狩人である。

 新人狩人の俺は魔物の動きを止めるぐらいしかできなかったのだが、オネットさん的には「めっちゃ狩りやすい」と褒めてくれたのだった。

 連携プレイでの魔物狩りもいいかもしれないなと、その時の俺は呑気に考えていた。






 ※※※※※






「熊型の魔物一頭が十万オーロ、猪型の魔物一頭が十三万オーロ、羊型の魔物が六頭で三十六万オーロ、鶏型の魔物が三羽で六万オーロになり、赤魔石が中型一個で五万オーロ、小型九個で一万オーロ。 合計で七十一万オーロ。 そこから一割の七万一千オーロが狩人組合への徴収額となります。 引いた金額が六十三万九千オーロ、こちらが買い取り金額の詳細です。ご確認後、問題が無ければ署名をお願いします」


 そう言って、東支部の受付にいる若いお姉さんが羊皮紙の紙を差し出してきた。


「おわぁ…すごい金額ですね…」


 東南の平原から東支部へ無事に帰還後、俺達は魔物の処理を組合の人たちへ丸投げした。

 組合の職員曰く、今回狩った魔物は人が食べれるものが全てで、毛皮やかぎ爪、内臓の一部は薬や素材になるそうだ。 更に赤魔石の値段が別途で上乗せされる。 合計の買い取り額を聞いた途端、おもわず俺は驚きの声を漏らしてしまった。


 魔物解体や素材の調査は組合がやってくれるが、更に組合が狩人に代わってすることが商人との値段交渉にあたる。

 元々は狩人が商人に直接交渉していたらしいのだが、安く買いたい計算高い商人と高く売りたい血の気の多い狩人。 やはりというか、トラブルが多発したのだという。

 そこで狩人組合が間に入り、狩人の代わりに値段交渉をするのが当たり前になった流れだとか。


 厳密にいうと、狩人に支払われる魔物素材と赤魔石の金額は商人の懐から出ている。

 その合計金額の一割を組合に吸われるのは痛いが、組合の維持費や魔物の解体料金、組合の施設利用、備品を無料で使える特典に繋がるのだ。 果ては怪我をした際の治療代保険料も含まれてあるのだという。 手厚い福利厚生は素晴らしい。


(午前九時ぐらいから狩りをし始めたから…七、八時間働いただけで六十万越えか。…やっぱり狩人職ってやっぱり稼げるなぁ…)


 下級の狩人が一日で魔物を狩れる金額はバラつきがあるものの、魔物によっては一匹狩っただけで六十万オーロになる時もあるらしい。 逆に数の多くて値段の安いと言われている魔物でも、数を狩れば良い値段にもなる。

 ちなみに、上級の狩人は一日で百万オーロ以上を稼ぐ時もあるそうだ。

 オネットさんから大体の値段は聞いていたのだが、実際に金額を見ると驚きを感じてしまう。


「……なあ、赤魔石の値段が低くないか?」

「えっ?」


 東支部の狩人組合の受付カウンターで、俺の後ろでオネットさんがいくつかの書類の項目に指さした。

 赤魔石とは魔物の心臓部から獲れる魔石だ。 純魔石よりは質がかなり落ちるが、人族の土地では立派な動力源にもなっていて良い買い取り額になる。 のだが、オネットさんの話だと、一目見て金額が低いことがわかるらしい。


「中型魔物の赤魔石なら、最低でも十万オーロぐらいになるだろ。 五万オーロって半額じゃないか」

「ええ、大変申し訳ないのですが…赤魔石の買い取り額は昨日から一気に値下がりしてまして…」


 オネットさんが訝し気に受付案内のお姉さんを見目ると、案内のお姉さんはちょっと困った顔になった。


「…ここだけの話、純魔石鉱が見つかったと噂になってまして…。 実際、大きな純魔石が組合に入ったそうですよ」

「へえ…それで値下がりか。 そこら辺の魔物を狩って食いつないでる下級狩人は悲鳴ものだな」

「そうですよねぇ…」

「今度の魔物狩りはちょっと遠出しないと良い稼ぎにならないかもな…。 組合が推奨してる穴場ってある?」

「ええ、オルディナ王都の近場で穴場と言えば…そうですねぇ…今の時期だと北東の方角とか西に…」


 と、真剣顔でオネットさんと受付案内のお姉さんが地図を広げて話し始めた。 その会話をぼんやり聞きながら、俺は脳みそでグルグルと考え始める。


(純魔石鉱…って、魔石がゴロゴロある魔素溜まりの別名称だったっけ)


 大きな純魔石…組合に入った…? なんだか、何かを忘れているような気がしてならない。 あ~、もやもやする! 一体、俺は何を忘れてんだ!


 瞬間、脳内を駆け巡ったのは、俺の初魔物狩りの成果の映像だった。


「――あ! 西支部の魔物の買い取り額…まだ聞いてない…!」


 今日の昼には査定額が決まるって話を密偵襲撃イベントですっかり忘れていた! しかも、お金も受け取ってない。 これでは実質稼ぎゼロ円という悲劇。


「うわあ…西支部に行かなきゃ…!」

「ん? サクマ、慌ててどうした?」

「お、オネットさん、すみません…! おれ、西支部に魔物買い取ってもらってまだお金受け取ってなくって…今からちょっと西支部に行ってきます! 先にフィエルさんと寄宿舎に帰ってください!」

「お、おう、わかった。 何かあれば連絡必ず入れろよー!」


 了解ですと言い残し、俺は慌てて西支部へと向かった。

 密偵達に攫われたとはいえ、お金を受けとり忘れるってうっかりしすぎじゃないか、俺!






 文字通り空を飛んで西支部の狩人組合へ向かうと、案受のお姉さん、アリエスさんが困った表情で他の職員と話をしている姿が見えた。

 俺が扉から飛び込んできたことに気が付いたのか、アリエスさんが目を真ん丸にして声を上げる。


「あっ、サクマちゃん…!? し、支部長!来ました!サクマちゃんです!」


 そう言って、アリエスさんは受付案内の奥へ向けて叫んだ。 ああ、俺がいつまでたっても来ないから迷惑をかけてしまったのだろう。


「おっ、遅れてすみませんっ…! すっかり忘れて」

「「「「「我々の不祥事で大変申し訳ありませんでした!!!」」」」」

「!!?」


 何故か西支部の職員総勢からめっちゃ謝罪された。

 一様に職員一同、今にも腹を括りますと言わんばかりの表情でちょっとビビった。

 気づけば、案内所には狩人試験で絡んできた若い兄ちゃんら、年配層の狩人らしき男達数人がなんだなんだと様子を窺っている。目立ってるから勘弁してほしい。


「あ、あの…? 一体なんの話で…?」

「……あれ、ええと…サクマ君、例の話は聞いてないのかい? 王宮の騎士はサクマ君に連絡すると言っていた筈なんだが…」

「王宮?騎士?」


 俺が首を傾げると、アリエスさんの隣にいる五十代ぐらいのおっさんが少し戸惑ったような表情を浮かべた。


「…ああ…名乗っていなかったな。 私はレアン・アルドル、西支部の支部長をやっている者だ。 サクマ君、ここでは大っぴらに話せない内容でね。 昨日の魔物の金額の件と他にも重要な話があるから場所を移そう。 一緒に来てもらえるかい」

「は、はい!」

「アリエス君、書類を持って来てくれ」

「わかりました、支部長」


 五十代のおっさん、レアンさんと名乗ったガタイのいい男は奥の廊下へと歩き出した。

 一体なんの話をされるのだろうか…。 けど、俺がやらかした訳ではなさそでちょっとほっとする。


 レアンさんが案内した一室はお得意様に使うような綺麗な部屋だった。 王宮レベルとはいかないが、手触りの良い革の椅子に質のいいテーブル、何に使うのかわからない調度品も飾られていた。


「――まず、説明と改めて謝罪をさせてもらいたい」

「へ、あ、はいっ!」


 高そうな革の椅子に腰かけると、向かいに座るレアンさんは静かに話し始めた。


「サクマ君が我々に魔物を預けた当日、職員総出で査定をし始めたんだ」


 生ものなので迅速に捌くことは大事で、魔物の性質や量、細かい品質チェック、魔物の種類や毒性の有無のチェックも必須になる。 面倒な洗浄や寄生虫、菌の除去を俺が魔術で済ませていたので助かったともレアンさんは言った。


「どうにか早朝には全ての作業が終わったんだが…」


 そこでレアンさんの声が低くなる。


「その段階で職員がやっと気づいた。 サクマ君が持って来てくれた純魔石の一つが無くなっていたことに」

「――へ、あ」


 そういえばそうだった。 俺がとっ捕まえたドミナシオンの密偵の監禁場所アジトに、大きな純魔石があったことを。

 その純魔石は、俺がセグレートの森にある湖の底で見つけたものだった訳で。

 西支部に収めた純魔石が密偵の手にあったということは、つまりは西支部ここで盗まれたのは確実。

 密偵が直接もぐりこんで盗んだか、狩人組合の中に密偵と繋がっていた人物がいるのかと考えていたのだが…結果的に自力で取り返した形になる。

 しかし、盗まれた純魔石は王宮側に証拠品として抑えられたままなのだ。


「ここだけの話…北の…ドミナシオンと繋がっていた人物が狩人組合の中にいたらしいんだ。 魔物の査定に忙しかった時に北支部の職員がやってきたのは知っていたんだが…その職員が隙をついて純魔石を一つ盗んだようでね…」


 レアンさんの話だと王都の北支部、東支部、南支部の狩人組合の他、他の地域にも密偵が紛れ込んでいたという。 表立って騒ぎにはなっていないが、狩人組合の裏側では大騒動になっているらしい。

 余談だが、西支部の中にいなかったのは他の支部と比べて西支部は交通の便が悪く、人気もないからなのではとレアンさんは気まずそうに言った。


「純魔石を盗んだ犯人は宮廷で取り調べを受けている最中だと聞く。 それで…盗まれた純魔石も証拠品として王宮側が押さえてしまってね…返却にはまだ時間がかかるらしいんだ。 勿論、盗まれた純魔石については狩人組合が商人に代わって支払うから安心してほしい」

「は、はい…わかりました…」


 乾いた笑いを浮かべながら俺は考えた。

 レアンさんの口ぶりからして、俺が攫われた事や密偵を捕まえた事、詳しい話を王宮側は故意に伝えてないのだろう。 何分、他国の密偵関連の話だ。 箝口令がしかれているのかもしれない。 ここはあえて知らんぷりしておくのが無難か。


「……まさか身内の犯行だとは…恥ずかしい限りだ。 改めて謝らせていただきたい。 サクマ君にはこちらの不祥事で迷惑をかけてしまった、申し訳ない」

「あ、いえ! 大体の話はわかりました! 起こってしまったことは仕方がないというか…犯人も捕まって純魔石も見つかったのなら幸いです」

「そう言ってもらえたら助かる。 本当にすまない。 今後は狩人組合も警備面について強化をして再発防止につとめよう。 ――さて、サクマ君が狩ってきた魔物についてなんだが…」


 今、俺が組合に預けた魔物の肉屋素材は全て各部位に分けられ、腐敗や時間防止がかかった収納系の魔道具に収められているという。

 耳が早い商人達は組合に駆けつけ、我先にと手を上げて買い叩いたとか。


「支部長、書類を持ってきました」

「ああ、ありがとう、アリエス君」


 扉からアリエスさんがきびきびとした動きで書類とお茶を持ってきた。 彼女は流れるような動作で俺とレアンさんの前へお茶を置き、部屋の壁際へと引っ込む。

 おおう…できた秘書みたいな動きだ…。 柄の悪い兄ちゃん達をドスの効いた声で圧を掛けた同一人物とは思えない雰囲気である。


「サクマ君、この書類に昨日の魔物の細かな部位の説明と買い取り額を記してある。 確認してもらえるだろうか」

「はい、わかりました。 目を通させてもらいます」


 差し出された数枚の書類に目を走らせながら思い出す。


(ええっと…たしか、森で狩った魔物って鼠型の魔物一匹と猛禽類っぽい鳥に、大蛇、魔虫、魔樹、湖の底にいたひょろ長いデッカイ魚、だったよな。 あと純魔石がいくつか…)


 一枚目の書類には、鼠型の魔物は食用に向かず、血肉は他種の魔物をおびき寄せる餌になり、牙は素材、尾っぽの一部が薬の材料になるとも書かれてあった。 他の狩ってきた魔物の種類や食用に向くか向かないかとか、各部位の説明、素材について細かく説明が書かれてあって面白い文面だった。


(へぇ、鼠や猛禽類の鳥とか、魔虫は食用ってよりは他の魔物の餌や薬になるんだな。魔物図鑑に通りに魔樹はレアで貴重な薬の素材になると……ふんふん――え、は? あの平べったい魚、食べれるんだ! び、美味って書かれてる……マジか…)


 水中に真っ赤な両目と平べったいフォルムが脳内に過った。 アレ食えるんか…どんな味なんだろ…。

 なんて考えながら二枚目を捲ると、魔物と魔石の買い取り額が目に飛び込んできて固まった。




 ■魔物の買い取り額■

 ・鼠型(一匹)、二万八千オーロ

 ・鳥型(猛禽類、一羽)、五万オーロ

 ・大蛇型(微貴重種、一匹)、百三十万オーロ

 ・魔虫(貴重種、一匹)、二十五万オーロ

 ・魔樹(超貴重種、一本)、二百十三万オーロ

 ・魔魚(超貴重種、一匹):千百五十万オーロ

 魔物合計金額、千五百三十六万五千オーロ


 ■赤魔石の買い取り額■

 ※赤魔石は合計六個。

 ・鼠型、小、一万オーロ

 ・鳥型、中、三万オーロ

 ・大蛇、中~大型、二十五万オーロ

 ・魔虫、中、二万オーロ

 ・魔木、大、二十二万オーロ

 ・魔魚、特大、三十万オーロ

 赤魔石合計金額、八十九万オーロ


 ■純魔石■

 ・水魔石(中):単価五十万×二十個=一千万オーロ

 ・純魔石(特大):単価百十五万×十個=千百五十万オーロ

 純魔石の合計金額、二千百五十万オーロ


 全ての合計金額:二千二百三十九万オーロになり、

 税額(一割):二十二万三千九百オーロ

 以上の金額が差し引かれた合計金額:二千十五万一千オーロ


 鳴神月、三月読の日

 レアン・アルドル西支部長




(?????)


 俺の心と脳みそが計算を放棄した。


(……えーと? 桁が多くない?……いち、じゅう、ひゃく、せ、………に、二千十五万一千オーロ…!?)


 まさかの一千万オーロ越え。 とんでもない金額になっている…!?!


 俺が絶句して固まっていると、レアンさんが心苦しそうな声で続けた。


「…値段を見て察しのとおり…赤魔石の値段がかなり低くなっていて申し訳ない…。 純魔石量によって赤魔石の値段は左右されるんだ…。 本当ならもっと倍の値段で買い取るのだが…国が決めた事で…ね…」


 歯に物が挟まったような言い方だった。


「問題がなければ書類に署名を。 …金額に不満があるなら私が本部に掛け合って補助金として上乗せを…」

「えっ!いえ!? 十二分です、これで大丈夫です…!」


 慌てて書類にサインを書かく俺。 明らかに挙動不審だろうが勘弁してほしい。 一度の働きでここまで稼ぐだなんて生まれて初めてなんだ。

 狩人職やばい。魔術あっての成果だが、あまりのボロ儲けさに震える。


「では、こちらが二千九万一千オーロになります」


 そう言って、アリエスさんが銀のトレーを俺へと差し出す。 トレーの上には書類と黄金色に輝く小金貨二枚と銅貨九枚、小銀貨十枚が乗っている。二千九万一千オーロきっちりだ。


「は、はい、確かに受け取りました…」


 かなりの高額を受け取りながらぼんやりと考えた。

 浮島から適当に持ってきた人族の通貨があるのだが、小金貨の上の通貨である金貨も十枚とちょっと持ってきている。 改めて考えると、桁にして億オーロ越え。


(…やばい、俺すげぇ億万長者じゃん…こっわ。 あんま意識してなかったけど大金抱えて出歩いてるのか。 こっっわぁ…)


 今更ながらに震える事実であった。こわい。うっかり落としたり、スられたりしたらどうしよう…。銀行とか金庫が欲しい所だ。


 俺が放心状態気味に通貨を握りしめていると、レアンさんが真剣な声色で切り出した。

 その目は先ほどとは違い、なんだかギラギラしているような気がする。


「――それでなんだがね、コウ・サクマ君。 我々の失態という恥を忍んで折り入って頼みたい依頼があるんだ」

「へ、は、はい!?な、なんでしょうか…!?」


 めっちゃ上ずった声が出た。 小心者には刺激が強すぎる金銭のやり取りだから許してほしい。 免疫ないんだよ、底辺の低所得者生活何年やってたと思ってんだ!


「…狩人職の新人で駆け出しである君に頼むような内容ではないのだが…。 狩人組合、ひいては国の…王宮側の重要度の高い依頼でもある。 だが、東のセグレートの森へ単身で赴き、上級狩人が十人いても狩れそうにない魔物を一人で仕留めた上、大きな純魔石を採ってきたサクマ君にしかできないことだと私は思っている」

「は、はあ……」


 そこで、オネットさんが心配していた事を軽々とやらかしてしまったのではないかと思い始めた。


(…俺、やっちまったかな、これ。 …派手に魔物や純魔石を狩りすぎたかな…)


 後悔先に立たず。昔の人は良いこと言うよな。


「サクマ君が持ってきた純魔石……セグレートの森の奥にある湖の底で採ってきたと職員に話したそうだね? あれだけ大きな純魔石だ。 巨大な魔素溜まり…純魔石鉱があったのだろう」

「は、はい……そう、ですね…」


 否定できない。 ぽっと出の魔素溜まりではない大きさの純魔石だった。 でまかせは通じないだろう。


「まずはそこの場所を教えてほしい。 王宮側は純魔石の確保を求めてるのだ。 あればあるだけいいという話でね。 そして、依頼内容は湖の底にある純魔石を全て確保してほしいということだ」

「ぜ、全部ですか…!?」

「ああ、全部だ」


 レアンさん曰く、ここ数十年の純魔石の確保が厳しいというのがオルディナ王国の悩みの種なのだという。前にも聞いたな、この話。

 生活には欠かせないエネルギーが純魔石になる。 いわゆる地球でいう電力にイメージが近いだろう。

 調理や飲み水の浄化、汚染水の浄化、冬の寒さをしのぐための暖房、防具や武器、街や城の防衛、生活魔道具いたるところで魔石の力は必要になるのだ。

 だが、年々純魔石が見つかる量は減っていっていき、それを補っているのが魔物から獲れる赤魔石になる。

 しかし、純魔石と赤魔石を比べると純魔石の方が質も魔力量も多く、長期的に見てもコスパがいいのだ。 極端な例になるが、電力と人力ぐらいには違う。


「…だからとて、魔素溜まりや純魔石鉱がないという訳ではないんだ。 この人族が住む我々のゲシュンク大陸は神々の恩恵を受けているかのように豊かだ。 …何が問題かというと…探し手が…純魔石を探す狩人が少ないことにある」


 年々魔物が増加する一方、比例するように狩人の数も増えていった。 街への防衛のためにも増やすしかなかったそうで、狩人育成が徐々に安定していくと魔物の被害は少なくなった。 のだが、手間がかかる純魔石を探すより、魔物退治の方が旨味があると狩人側の常識となってしまったらしい。


「純魔石といえば山深い谷底や、深い洞窟の奥や地底、森の奥深い所にあるのが魔素溜まりだ。 強い魔物も多くて人が入るには難しい。 安易に近づけば確実に死ぬ。 上級狩人すら避けて通る場所だ」


 そりゃ、命あっての物種だろう。

 魔素溜まりは名の通り、高濃度の魔素であふれかえってる場所だ。 俺は魔素耐性バッチリで毛ほども影響がない。 だが、人族の身で足を踏み込めば高濃度の魔素を吸って魔力過多になり、前後不覚になって身動きが取れなくなる上、果ては気絶してしまうだろう。

 さらに凶悪な魔物もいるとなればそれ相応の腕っぷしと装備か、魔素耐性を持っているか、魔道具か魔術が使えなければ到底入れない場所だ。


 レアンさんは言った。 命知らずの狩人が死ぬ度に魔素溜まりから狩人の足は遠ざかり、時々取れるのは小さな魔素溜まりの小さな純魔石だけ。 純魔石の採れる量は下がって値打だけが上がっていったそうだ。


「……あれだけの立派で大きな純魔石をゴロゴロと持ち帰ったのだから、サクマ君は魔素溜まりに入れる装備か魔道具…高度な魔術が使えるのだろう? どうか依頼を受けてもらいたい。 我々には到底無理難題…君にしかできないことだ。 純魔石の量が多ければ多いほど王宮側も商人も報酬を弾むとも言っている。 我々からも上乗せで報酬を出そう」


 依頼内容は完全に国家レベルだ。 国力に関わる問題だということと、宮廷+組合+商人という圧倒的な権力を感じる単語に、俺にしかできないという口ぶり。

 何よりもレアンさんの瞳には気迫がにじみ出ていた。 まるで自身の首がかかってると言わんばかりにイエスしか認めないという決死の気迫があった。


「…純魔石の確保、純魔石鉱の発見の依頼、やってくれるね」

「………、…ええと…その…」


 とうとう疑問形じゃなくて拒否権は無い口ぶりになってしまった。しかし、


(…新人狩人にくるような依頼じゃないよなぁ…)


 とはいえ、逆にそこまで必死なのだということかもしれないが…しかし…。

 俺はごくりと喉を鳴らして声を絞り出した。


「…ちょっと…考えさせてもらってもいいでしょうか…」

「――ああ、構わない。 返事は今週中にでも頼む」

「わ…わかり、ました……」


 情報過多で脳みそがパンクしそうだ。


 俺はセグレートの森の湖にある魔素溜まりの箇所と状況を詳細に教えた後、脱兎のごとく東寄宿舎へと逃げ帰った。

 ここは素直に、オネットさんに相談してみようか。









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