49.魔物狩り

 


「サクマ~!もう少し右~!」

「はーい!」


 晴天の青空を、俺とオネットさんは風を切るように飛んでいる。

 魔物狩りの為にオネットさんを背中から両腕で抱え、浮遊術式で二十メートル上空から時速十五キロで移動中だ。

 東支部の狩人組合へフィエルさんを送り届けた後、オネットさんが馬を借りて魔物の出没率の高い所へ移動しようという話が出たのだが、俺の「魔術で空を飛べば安上がりで早いですよ」という一言で飛行することになった。 傍から見れば、俺はまさにヒューマン型ジェットエンジンになっているだろう。

 オネットさんは「馬よか早いし揺れないけど…狩人としてどうなんだ、これ…?」と、若干納得してない顔で唸っていた。 まあ、見掛けはちょっとカッコ悪いけど、こっちの方が便利だから我慢してほしい。


「――! このまままっすぐ! 林の手前、魔物の群れが見える!」


 ふと、オネットさんが双眼鏡を掲げて指を指す。 俺が選んだ双眼鏡、彼女は魔物狩りでよく使っているようだった。 素直に嬉しい。


「手前で下りますよ!」


 そう言って、俺は速度を落としてゆっくりと下降して着地した。


「…羊型の魔物、ですね」

「平原とか、ここいら一帯によくいる魔物だな」


 ひそひそ声で、俺達は草陰で息を潜めて様子を窺った。

 百五十メートル程先に白いモコモコした群れが肉眼でも見える。 貸してもらった双眼鏡を覗き込むと、細部まで姿が見えた。 羊の魔物だ。

 数にして十三頭程だろう。 瞳は真っ赤な色で、体毛は白くふわふわしたフォルムに頭からはごっつい角がくるんと出ている。 草原の草をモッシャモッシャとむさぼる姿は魔物というよりは、ただの羊そのものに見えた。


「たしか…値段が低い魔物でしたっけ?」

「そうだな、一頭が七、八万オーロぐらいだったか…昼間にもよく現れる数の多い魔物だ。 下級の狩人に人気の魔物な奴。 肉はちょっと癖があるって言われてるけど、新鮮なうちに食えば美味いぞ。 毛が丈夫で暖かいから素材としても売れるな」


 うーん、羊から変異した魔物のお肉はラム肉なお味なのだろうか。 北海道じゃジから始まる有名な郷土料理に使われていて、ちょっと癖があるけどヘルシーで美味しいお肉。


「では、手始めにあの羊を狩りますか? それとも別の魔物を探しますか」

「うーん…値段が高い魔物を狩るには深夜帯か、森や山の深い場所に行かなきゃ見つけにくいしな…。 昼間に狩るなら丁度いいだろ、あの羊の魔物」


 ぱっと見、フォルムからして元の羊と大差ないような気がする。 しかし、ふわっふわで白く見える毛は割とドロと油でぬめぇ~っとしていることを、ふれあい動物園で触った俺は知っているぞ。


「…さて、サクマはこれからどうする?」

「へ?」

「何ボケっとした顔してんだ。 あの羊の群れだよ、サクマならどうやって仕留める?」


 真面目な声でオネットさんが聞いてくる。 その目は、俺がどう動くかどうかをじっくり見定めようという雰囲気があった。 これは狩人試験より緊張するのではなかろうか。

 弱腰になるな、強気で行け!俺の秘めたる力を存分に見ていただこう!…まあ、魔術全振りなんすけどね。


「まっ、魔術で仕留めます! おれ、狩ってきますねっ…!」

「…あ?…おいっ!?」


 借りた双眼鏡を返し、俺は首元の魔道具にある認識阻害の術式を起動した。 魔物に気づかれない為だ。 気づかれたが最後、羊達は逃げるか、十三頭の羊が一斉にこちらへ攻撃をしかけてくるだろう。 

 俺は手早く浮遊術式を発動して羊の群れへ近づく。 飛ぶ瞬間、オネットさんが驚いたような声を上げた気がするがスルーした。 双眼鏡である程度は見える筈だろうし。

 魔物の羊集団へ近づくと、動物臭、というか魔物臭が鼻を攻撃し始めた。 そのモコモコとした魔物の羊達は、実際の羊より二回りも大きい気がする。


「まずは…逃げ回れないように…」


【十三頭】※【行動】※【阻害】※


 羊の魔物十三頭全てに、動きを止める行動阻害の術式を放った。 魔力文字が耀いた途端、羊達は一斉にピタリと動かなくなる。

 いや~魔術は便利だな! チートを越えて卑怯レベル。 哀れな羊達は驚くというムーブもできずに固まった。


「ええっと、次は…止めだな」


 魔術で動かなくなったことをいいことに、認識阻害の術式を解いて羊の群れの側に着地した。

 ちらっと後ろを振り向くと、草原の草むらにちらちらと赤い頭が見える。 オネットさんがこちらに走ってきているようだった。

 よしよし、あそこからなら肉眼でも見えるだろう。 まずは手前の羊を派手め方法で狩ってしまおうか。


「心臓…うーん、地面側で腕が届きにくいから…頭か。 …よし、強化術式を掛けた拳をぶち込む…!」


 実は狩りに出かける前に、自身のハイスペックボディを内側からちょっと弄ったのだ。

 肉体への直接的な強化術式は、俺の体中にある強力な魔術式に弾かれて使えなかった。 のだが、やり方が違うだけで手順さえ間違えなければ、ちゃんと使える術式だと気づいた。

 簡単に説明すると、国境門で傷ついた体の内部を直した時のように、体の内側に潜って術式を該当する箇所にねじ込むという方法。

 言葉で言うと簡単そうだが、割と面倒な手法でもある。

 何せ調整中は五感が完全にシャットダウンしてしまい、意識が体の内側に潜っているから体が動けなくなるのだ。 いわゆる無防備状態。 自ボディ調整は完全密室でやらないと危険である。


 まあ、肉体に強化術式をかけるより、武器を媒体にする方が手っ取り早いのは狩人試験でわかっているのだが。 剣もかっこいいけど、己の拳ひとつだけで戦うスタイルもカッコいい!ということで、今日はムンク戦闘スタイルである。 …かっこよさを求めたいお年頃なんだよ。


「いくぞっ、おりゃぁ~!」


 自分的には素早く、第三者目線で見ればへなちょこ拳が羊の額ど真ん中にボコン!と当たった。瞬間、

 ドチュンッ!と、羊さんの頭部が


「!?」


 ドシャアッ、ビチャビチャッ!と俺の手や顔に暖かい液体が降り注ぎ、頭部が繋がっていた羊の首からはドプドプと真っ赤な液体があふれ出た。


「???」


 鉄臭くて生臭い匂いが俺の鼻腔に充満し、あたりは真っ赤な血しぶきと肉塊が飛び散っている凄惨な光景。 その様を間近で見ていたのに、俺は状況を飲み込めずに固まっていた。

 前へ突き出した片手には暖かい赤い液体がべっとりと濡れ、何かの欠片がへばり付いている。 これは………アレなのでは……脳みそ的なやつ……。


「おい、サクマ!? 今、爆発音みたいなのが聞こえ…うげっ…な、なんつー殺し方してんだ、お前…」


 駆けつけて来たオネットさんが眉をひそめる。 流石のイケメン女子もドン引きという表情だった。 いや、俺もドン引きですよ。

 強化術式の拳の強打で、魔物の羊の頭が綺麗に、らしい。


「……オヴェッ」

「わーっ!吐くな吐くな!」


 俺は朝ごはんの全てをリバースした。


「…サクマ、大丈夫か?」

「ど、どうにか…」


 盛大に吐いて数分後、吐くものを吐いたら落ち着いてきた。

 鼻も視界も麻痺したところで、べっとりついた血液を魔術で洗浄し、消臭術式を念入りにかけてさっぱり状態にした。 しかし、拳で吹き飛ばした羊はスプラッタ映画よろしく状態で横たわっている。


「…あ~、見事に頭だけが吹き飛んだな。 …まあ、斬新な殺し方だけど…強化術式使ったんだろ? あたしもよく使うけど…拳で使うとえげつない狩り方になるな…」


 オネットさんがフォローしてるんだかしてないんだか、よくわからない言い回しでつぶやいた。 それ褒めてないっすよ。

 しかし、かっこつけようと強化術式を使ったのが仇になった。

 竜人族のトレさんの試験の時よりも、威力は三分の一ぐらいにしたつもりなんだが…。 俺の馬鹿みたいな魔力量の影響なのか、人口ボディがハイスペックすぎるのか、もっと細かく威力指定や調整しないといけないらしい。 俺は泣く泣く体内に仕込んだ強化術式をオフにした。


「…お前、普段どんな狩り方してるのか知らないけど、コレやる度にゲロゲロ吐いてんのか?」

「あ、いえ…すみません。 いつもと違うやり方というか…拳でやっつけられたらカッコいいかと思ってつい…」

「なんだそりゃ、狩りにそんなもん必要ないぞ。 お前が慣れてる方法で……いや、サクマは慣れる程、狩りをしてる訳じゃないか。 あー、ともかく確実に狩れる方法で真面目にやれよ、一瞬の隙が大怪我したり生死に関わることになるんだぞ?」


 ごもっともすぎてつらい。


「……はい、心得ます」


 反省の意を込めつつ、今だ術式で固まって動けない羊を五頭に狙いを定めた。

 残りの魔物の羊達は俺が吐いている間に、術式が緩んで逃げ出してしまった訳で。 今残っている五頭は根性と意地で確保したのである。


【脳幹】※【限定】※【粉砕】※※


 キラキラと術式の文字が光ると、赤い目がぐるんと上を向き、五頭の羊達はバタバタと地面へ倒れ伏した。


「……うん? 今、何かしたのか?」

「あ、はい。 頭部の中身を魔術で攻撃したので、ただの羊肉になりました」

「………今の一瞬で? 死んだ? 一気に??」

「はい、魔術便利ですよね」


 黒猪をやっつけた同じ方法だと説明すると、オネットさんが訝し気な声で問う。


「……サクマさぁ、魔術制限の契約してるのに、こんなポンポン強力な魔術が使えるのっておかしくないか?」


 ぎくり、という感情は出さないように気を付け、俺はニコリと物知り顔で説明する。あの血の契約書の効果は、俺のボディにはあまり効いてないようなのだ。 とはいえ、俺はあの契約書を破るような魔術は一度も使ってはいない。


「…そうでもないですよ? 禁止されてるのは直接的というか、特定の強力だって言われている魔術文字の使用が規約違反になってまして。 俺が主に使ってるのは応用系の魔術文字の類、それらは生活魔道具とかにも使われてる下級に当たる魔術文字なんですよ。 ですから…」

「魔術がこれっぽっちもわからん馬鹿にもわかるように」

「…………剣や短剣、槍とかの武器は使用禁止なんですが、俺は食事に使うような突き匙フォークで倒してます」

「…ああ…なるほど…なんとなくわかった」


 食器や生活の小道具は使い方を間違えれば凶器にもなる。 つまりはソレと近い感じの魔術を使っているのだ。 俺が言いたい事は雰囲気で伝わったようでよかった。


「つまり、正攻法じゃない方法ってことだな? ……突き匙で戦うだなんて…型破りにもほどがある…」

「物は使いようってやつですよ、オネットさん」

「羊の頭潰してゲロってた奴が得意げに言うんじゃねぇよ」

「あたったっ!すみませ、あたたたっ!」


 めっちゃ頭ゴリゴリされた。


 それから綺麗に死んだ羊五頭と、頭が吹き飛んだ一頭の肉塊から魔術で寄生虫の除去や洗浄をして収納袋へと収めた。

 オネットさん曰く、状況によってすぐに捌く時もあるが、大体は魔物の血の匂いで他の動物や魔物が集まる危険性が高くなる。 なので、狩り中の解体はあまりよろしくないらしい。

 狩人職は収納袋が必須アイテムなのだなとしみじみ思う。 言うて、駆け出しの狩人は収納袋も用意できない人もいるので、一日に一匹しか魔物が狩れない事情もあるとか。 その点、俺は浮島から収納袋を数個持って来ているし、自分で作れるから問題ない。


「現地でやるより狩人組合で捌いてもらう方が手っ取り早いですね」

「そうだな。魔物がデカかったり、頭数が多かったりすると時間がかかるからなぁ」


 ふと、「捌く」というワードにひっかかりを感じ、何か忘れているような気がして心配になった。 はて、何を忘れてるんだっけか? 俺が首をひねっていると、オネットさんが辺りを見渡しながら林の方角へと指を指す。


「次はあの林ん中探そう。 近くには川もあるし、魔物が潜んでそうだ」

「わかりました、魔道具で気配を消して移動しましょうか」

「…ええと、認識阻害の術式、だっけ? あの魔道具の効果、魔物を狩る時に使わせてもらってるよ」


 オネットさんは腕輪型の魔道具に指を滑らせて笑った。


「少しは気配消せるけど魔物相手じゃ難しくてな。 それに、使いようによってはすげぇ便利な道具だな、コレ」


 まあ、スパイとかに重宝されそうな魔道具だしな。 小技が効いた便利な使い方はまだまだありそうだ。


「…あ、別に悪い事には使ってないぞ」

「へ?…ああ、そこら辺はオネットさんを信用していますので、遠慮なくバリバリ使ってください」

「………、そっか。……おい、なんだその顔。 …おら、さっさと行くぞっ!」


 にっこにこ笑っていたら、オネットさんに襟首を捕まえられて引きずられるように歩き出した。

 オネットさんが魔道具を悪いように使わないと確信しているのは、普段の彼女を見ていればわかるからだ。 俺が素直に信用していると言葉にしたのが意外だったのか、オネットさんは耳を少し赤くしていた。






 平原のあちらこちらに点在する林や森は多い。 近場の林へ足を踏み入れば細い木々が上へと伸びている。 だが、薄暗いという雰囲気ではなく、陽射しが木々の間から差し込んでいるので視界は良好だ。 光を受けて鮮やかな緑色がさざめく光景はなんともマイナスイオンを感じる。 魔物がいなければ散策とかに良さそうな場所だった。


 木々の間を注意深く見ながら進むと、猪型の魔物と出くわした。 難なく魔術で仕留め、その次に飛び出て来た鶏型の魔物三羽も発見。 まとめてさくっと狩って収納袋へと収めていった。


「えーと…羊が六頭、猪が一頭…鶏が三羽。 まずまずって所でしょうか?」

「羊型も鶏型の魔物も値段が低いからなぁ。 この猪はそれなりの値段になりそうかな、まるまるしててうまそう………んん。 そいや、腹減ったな」


 肉でも連想したのだろうか、オネットさんが薄い腹を片手で撫でながら言う。 気になって懐の懐中時計を覗けば、十三時過ぎていた。 そりゃ腹減るわな。


「お昼すぎてますね、どこかで休憩入れましょうか」

「そうだなぁ…。 たしかサクマは消臭の魔術、だっけ? 匂いを消せる魔道具も持ってたよな」

「はい、隠蔽魔道具は常に持ってます。 魔道具じゃなくても、おれ自身も同じ効果の魔術は使えますよ」

「それなら飯を食っても匂いは消せるな。 …ほんと、サクマは歩く魔道具屋だな。 魔物狩りの緊張感が薄れそうだ」

「便利な物は使うべきですよ、その方が効率いいじゃないですか」

「そういう所、ほんと子供っぽくないよなぁ」


 そんな軽口を交わしながら小川の近くで休憩となった。

 水が流れる音をBGMにし、丁度いい大きな岩場に腰を落とす。 そして、鞄から三角型の魔道具を取り出し、認識阻害の術式を起動させて俺達二人を包み込むように結界を張った。 それを確認してから、鞄から包み紙を二つ取り出して片方をオネットさんへ手渡す。


「ミテラさんから軽食を作ってもらった挟みパンホットサンドです。 作り立てをすぐに鞄に入れたので、まだ暖かいですよ」

「お、旨そうだな」


 二つの包み紙の中身には、新鮮な野菜とチーズに、トマトベースの豚肉と豆を煮込んだソースが挟まれたホットサンドだ。 と、横からガッカリしたような声が上げる。


「…うわ、コレ、野菜ばっかじゃん…」

「へ? 豚肉も入ってるらしいですよ? ほら、ここに」

「…細切れ肉…ちっちゃい…」


 おいおい、どっちが子供っぽいんだよ。


「食物繊維たっぷりでおいしいですよ? …あ、ドミナシオンの市場で買った鶏肉がまだ残ってたような…」


 ごそごそと鞄の中に手を突っ込んで、お目当ての下を脳内で思い浮かべると、指先に触れる感触が伝わった。 それを引っ張り出すと、薄い紙に包まれた鶏肉が現れる。


「あ、あった、ありました。 オネットさん、これ焼いて食べます?」

「ええぇ…いつのだよ、腐ってないか?その肉」

「おれが使ってる収納系の魔道具には、≪腐敗防止≫や≪時間経過防止≫の術式がかかってるので大丈夫ですよ」

「値段の桁が吹っ飛ぶやつだな…。……うん、肉が食いたいから貰う」


 オネットさんは俺の手から鶏肉の包み紙を遠慮なく受け取り、手慣れた手つきで薪の準備をし始めた。


「あ、おれが火をつけますよ、石だけ用意してください」

「お、おう。……やっぱ、浅鍋と塩と胡椒もある?」

「?ありますよ。 はい、どうぞ」


 鞄から浅鍋フライパンと調味料の瓶を引っ張り出すと、オネットさんは困ったような、笑いをこらえるような眼差しで浅鍋と塩と胡椒を手に取った。


「至れり尽くせり……ドミナシオンで国境門を三人で目指してた時のこと思い出すな」

「…ああ、そういえば、似たように三人で鶏肉を焼いて食べましたね」


 フィエルさんはお昼を食べ終えて、今頃は勉強やケット先生様のお手伝いしているだろうか。


 手頃な石を円上に並べた中心に火を起こす魔石を設置。 魔力を流すと赤い炎が上がり、そこへ浅鍋をかざして温める。 オネットさんが塩と胡椒をもみ込んだ鶏肉を落とすと、じゅうじゅうと耳に美味しい音が鳴り始めた。

 お肉が焼ける様子、音、匂いを堪能しつつ、俺は野菜たっぷり挟まったパンにかぶりつく。 あ~、野菜シャキシャキしてうんまい。

 鶏肉を焼くオネットさんのうきうきな横顔を見つめ、俺は気になっていた事が頭をよぎった。


「……新人狩人的には…おれ、何点ですか」

「…はあ?」


 思わず、口に出していた。 唐突な俺の問いにオネットさんは目をぱちくりさせている。


「…何点? 一体なんの話だよ」

「あ、いえ…その…オネットさん、昨日言ったじゃないですか。 おれには狩人職が合わないとか…やめた方がいいとか…」

「……ああ…」


 オネットさんの緑色の瞳が気まずそうに逸れる。 なんだか彼女らしくない表情だった。


「…オネットさんが納得してないのは、なんとなくわかってます。 おれが頼りないのも自覚があるというか…。 だから、おれがどれだけ狩りができるか見てもらおうと狩りに誘った訳で」

「…なるほどな。 それでかっこつけようとか変な風に気負ってたのか」


 逆にお恥ずかしい所を晒してしまったけど。 だが、オネットさんはため息交じりに頭を横に振った。


「……あ~…そう考えてた所は多少はあるけど…今は違う。 別方面で危ないっていうか…うーん、…お前は…色々知ってるだろう?」

「…色々、とは?」


 オネットさんはどう説明すればいいかわからないような、困った顔をしている。


「あたしらが使えないような魔術や知識とかだ。それこそ、国宝級の魔道具を作ることさえできるだろ」


 困った顔のまま、彼女は器用に浅鍋の鶏肉をひっくり返す。 鶏肉の表面はおいしそうな焼き色になっていた。


「それに…お前と一緒に狩りに出てよーくわかったよ。 少し危なっかしい所もあるけど、お前は何でも難なくこなせるって。 血を見るのが苦手で剣すらまともに扱えないのに、魔術で魔物の群れをいとも簡単に倒して見せた。 他にも手間暇かかることを一瞬でできるぐらい色々な魔術を知ってるだろ?」

「…ええと…まあ、ある程度は…そうですね」


 褒められているのか注意されているのか。 彼女の声質は真剣だった。


「あたしたちは…特にフィーだな。サクマを子供扱いして…いや、実際子供だけど。 あたしらが守って食わせてやんないとって頭のどっかで考えちまうんだよ。 けど、サクマはしっかり自立してる。 あたしらが手を貸さなくても暮らしていけるぐらいには」

「………」


 認めてもらえているのだろうかと、どきりと心臓が跳ね上がった。だが、オネットさんの次の言葉はぎくりとした。


「…けど、サクマ。お前は少しところがある。 …そいや、前にも似たようなことを言ったな。 一番の心配所は、お前が利用されないかってこと」


 真剣な色を帯びた緑色の瞳が俺を捉えた。


「さらっと難なくして見せるから、あたしらは唖然とするだけで流しちまうけどさ。 …サクマの魔術の力は魔術の技術を失いつつある人族には強すぎると思う。 それが周りに知られればどうなるか…いいだけ使い潰されるか、脅威だと排除されるかだ」


 ああ、そうか。 オネットさんはそっちの心配をしていたのか。


「狩人職だなんて殊更注目される仕事だし、どこの誰が強いだのどこの出身だの、そういう話はすぐに広まる。 サクマなら狩人職でもうまくやれるだろうけど…逆に厄介ごとを呼ぶんじゃないかとか危険じゃないかって…そんなこと考えてたら「向かない、やめとけ」って言葉になったっていうか…うーん…」


 あ゛~う゛~と唸るオネットさんは、ふと我に返ったようにこちらを見る。


「…気悪くしたら謝るよ、すまなかったな」

「あ、いえ…そんな…」


 俺は慌てて両手をブンブン横に振った。

 こういう時に心底思うんだが、俺ってフィエルさんやオネットさんにすっごく良くしてもらってるよな。

 嬉しいやら恥ずかしいような、くすぐったいやらで脳みそがごちゃごちゃしてきた。


 浮かれぽんちになりかけている俺とは違い、オネットさんは真面目な顔で続ける。


「それで…これもいい方法かどうか判断が難しいけど。…オルディナ王宮にしっかりした後ろ盾があればいいんじゃないかって思えてきてさ」

「後ろ盾、ですか?」


 あまり馴染みのない言葉に俺は首を傾げた。 後ろ盾、つまりは影で色々と手助けをしてくれる人ってことだよな。


「そう。 何かあった時に庇護してくれる貴族か王族。 …あたしは喧嘩売りまくってるから心証悪いだろうけど」


 国の法律だとか権力者からの命令だと言われれば、この国で暮らす身なら嫌でも従わなきゃいけない。 ハチャメチャな命令をされる前に防いだり、融通を利いてもらったり、権力がある人物後ろ盾が必要なのではと彼女は言った。


「ラウルス陛下は後ろ盾としては十二分だろうけど、あの方はあくまで一国の王だ。 王座に座っている分しがらみが多いし、国王に贔屓されりゃ逆に目立って妬まれる可能性もある。 だから、陛下だけに頼るのは得策じゃない」


 国王陛下は慕われているが、年齢的にも退位の話が出てきている時期らしく、派閥争いが裏で起こっているのだそうだ。


「できれば、それなりの権力者が味方になってくれれば……ううーん…まだオルディナ宮廷内部のこと把握できてないんだよなぁ…。あの宰相は胡散臭いし…胸がでっかい技師さんは王族の血筋だって話だけど、あの人は宰相の命令を聞く人だしなぁ」


 一体、宮廷内部の情報をどこからか仕入れて来たのか、オネットさんはあれやこれやと考えながら呟く。 うんうん唸った末、彼女は真っ赤な髪の毛をかきむしるように声を上げた。


「けどなぁ…いままであんだけ嫌な態度されたのに、こっちが下手したてに出るのも癪っていうか…腹立つっていうか…やっぱいっそ大陸外に移動したほうが…いや、けど、フィーは勉強したいって言ってるし……う~~…あ゛あ゛~~っ! こういう切りが無い考え事は苦手だ!」


 鶏肉がいい具合に焼けた浅鍋を近場の岩にガン!と置き、小さなナイフで半分に切り始めた。 そんな彼女を眺め、俺はちょっと感動していた。


「オネットさん、その……」

「…なんだ、サクマも食うか?鶏肉」


 ん、とばかりにいい焦げ色のついた鶏肉を差し出された。 パンに挟めば実に美味しいだろう…じゃなくて。


「…色々と考えてくださって、ありがとうございます…」

「……礼を言う程じゃないだろ。 心配もするし考えもするさ。…サクマは恩人なんだから」


 オネットさんはちょっと照れたように笑って、半分に切った分厚い鶏肉をパンに乗っけてガブリと噛りついた。 俺も彼女に習って鶏肉の半分をパンに挟んで噛り付つく。

 流石は鶏肉、野菜たっぷりホットサンドにバッチリあって美味しかった。










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