6.浮島編

 


『 これを偶然にも発見した者がいるのなら、

  何も見ずに日記を処分してほしい。


     クデウ・ソフォス・ハエレティクス  』





『 星歴二千二百三年 緑秀月、十二焔の日


 目的もなく筆を持って文字を書くのは久方ぶりだ。


 一体どんな心境の変化だろうか。

 自分の内面と向き合うのは些か抵抗がある。


 古い付き合いの友人が習慣にしていた日記のことを思い出し、

 ならば自分も、と思い立った。

 魔術文字の研究も考察も記録として残してはいるが、

 日記などつけたこともないから戸惑うものだ。


 そもそも、赤裸々な事を書くには日記という手段は

 些か無用心ではないのだろうか?

 文字を書いて残すという事は、いずれ誰かに読まれてしまうという事だ。

 それとも誰かに知ってもらいたくて記す物なのだろうか。


 私が死ぬ前には必ず燃やして処分せねば。

 もしくは、この日記を隠す所に小細工しなくてはならないだろう。』








(クデウさん…めんどくさ…神経質っぽそうな人だな)


 まだ二ページ目だが、著者のクデウ氏に対して親近感を感じて仕方がない。 どこか捻くれた感じがなんともよくわかる。お近づきになりたいかといえばそうではないが。

 日記を読んでいくと、魔術士であるクデウさんは思うところがあり、聖域と呼ばれるカタフィギオ浮遊島へと引っ越ししたらしい。つまりはこの浮遊島一帯がそうなのだろう。

 頭を悩ます問題から解き放たれ、心穏やかに好きなだけ研究に集中できると記されてあった。

 黙々と日記に更に読み進めると、穏やかな日常を綴る綺麗な文字が走り書きのような怒りに歪むページが現れた。







『星歴二千二百四年 鳴神月、二十五黒鉄の日、


 なんて日だ!

 久々に町へと足りない食材や生活用品補充する為とはいえ不覚だった!

 気を抜いていたのが油断を誘ったのだろう。


 顔を見られた…!うっかりしていた…!

 変装のための魔道具を壊してしまったのだ。


 案の定、どこの馬の骨とも知れない男に色目を使われたかと思えば、

 見知らぬ女達からも囲まれ迫られ怖気が走った!

 何故私を放って置いてくれないのだ!』






(…おおっとぉ?ここで雲行きが変わったぞぉ?)


 まさかの不意打ち展開。女からも男からもモテモテで困ってると仰られている。咄嗟に本をぶん投げ、いや待て、まだ慌てる時ではない。落ち着くんだ。






『父譲りの美貌が全てを狂わせる…!

 精霊王譲りの魔力と顔が人々を魅了し混乱させるのだ…!!

 ああ、なんと忌々しい!!』






(…顔がコンプレックスなのか、この人)


 どうりで家に鏡がない訳だ。


 親近感が湧く発言を即座に撤回。

 俺自身は見目に自信が持てないところがあったが、クデウさんは真逆の真逆、対極にある人種であった。そしてまさかの人外。「精霊王」ってこの世界に精霊がいるのか。


 気まぐれに書かれている日記を読み進めると、クデウ氏のご両親は竜人の母、精霊王の父という人外濃厚遺伝子を引き継いだ結果、魔性の美青年となったらしい。

 精霊王らはすべからく見目が大変麗しく、人外じみた美貌を持った存在だとか。 肉体を持たない彼らは魔力の塊であり高濃度のエネルギー体で、神の加護を受けた最古の大陸の管理者たる存在だ。

 彼らは世界中の魔力を循環するのが神から与えられた仕事、ゆえに人族とは価値観が程遠いのだとか。神からの加護も相まって人々から愛され、また畏怖、羨望、魅了、信仰される存在だった。

 普段は人とも他種族とも交流はせず姿も見せない神話の中の存在だが、稀に気に入った相手と交わり、ごくごく稀に子を作るらしい。

 精霊王と人族との間に生まれた子供は、生まれながらに神に「祝福」という特別な力をひとつだけ授かる。「黄金の子」とも言われ、歴史的に名を残す偉業をしたり魔術に長けた賢者になるとも。


(生まれながらにしてチート…!しかも顔面偏差値も桁違い!)


 竜人族の特徴は戦闘力の高さとタフさ自慢の種族で、神竜や風の精霊王の加護と恩恵が強い種族で美丈夫の者が多い。 更に父親は精霊王という神話級の魔力量を持っている存在。そんなサラブレッドも真っ青な血を引くクデウさんは過去のことも切々に語っている。

 種族柄、放任主義である竜人は早い段階で子を自立させるらしい。

 幼少期から魔術に長け、魔石の付与加工の研究に熱心だった彼は、十三歳の時に住み慣れた土地から人族と獣人族が多く住むクティノス大陸へと独り移り住んだ。自分の技術がどこまで通用するか試したくなったそうだ。

 だが、精霊王から受け継いだ魔力の質は人々を魅了するらしく、クデウさんの魅力にあてられた人々は目の色を変える程だったらしい。


(どんな人外レベルの美貌か。無差別に魅了するほどってどれぐらいだよ)


 ハーレムなんぞアニメでしか見たことがない。

 とはいえ、クデウさんに魅了された人々は血相を変えてまとわりつき、時には可憐な美少女がキャットファイト、時には酒瓶が飛び交う男女まとめて大乱闘へと進展することもあったそうだ。とんだ魅了テロだ。

 そんな絶世の魔性美少年クデウさんは、不眠不休の一週間で念入りな隠蔽魔術を駆使し、容姿を誤魔化すことが出来る魔道具を作り上げた。

 顔を変える整形(物理)では無いらしいが。膨大な魔術文字を駆使して魅了する魔力や容姿を平凡なものへと擬態させることに成功したという。

 魅力テロという人災を起こさなくなった彼は、人族の王都と呼ばれるバシャル王国で魔石の付与加工や、魔道具の製作、研究を仕事にし腕を高めていった。

 それでも稀に溢れ出る魔力のせいか、定期的に人間関係でトラブルを起こしては辟易していることが日記に綴られている。


(クデウさんの言う、平凡な容姿とは何処までのラインの話だろうか)


 魅力テロを気まぐれに起こしながらも人の国で暮らし続けて三十年。見目二十代、実質四十三歳になった彼の作る魔道具は爆発的なヒット商品となり飛ぶように売れた。人種を飛び越え、主に人口の多い人族中心に良く使われるようになったとか。生活になくてはならない必需品とまで登りつめた。 

 そう、この家にある調理器具や家電はクデウさんが作り出した物だったらしい。


(魔術の才能もあり、魔道具を作る天才でもある。おまけに顔面偏差値SSS。マジかよ)


 異世界の神よ、彼に与えすぎなのではないだろうか。イケメン滅べ。いや、絶世の美男だった。

 一級品の便利な魔道具を作る魔術師として名を馳せた彼に、人族の国の王から依頼を任されるようになったそうだ。

 依頼された内容は、武器となる魔道具。

 クデウさん自身が作り出した道具の中には応用、改造すれば兵器として使えそうな術式もあったと。自身の腕を高めるため、実験のために王のいわれるままクデウさんは兵器を作った。それは鉄の玉を火薬の衝撃で打ち出す武器だったり、大砲、爆弾、地雷、多岐にわたる。


(あ、これ、あかんやつ)


 クデウさんは天才過多すぎて物騒な兵器まで生み出してしまったのだ。

 その結果が、人族と獣人族、竜人族との三つ巴戦争を引き起こすことになった。


 クデウさんが住んでいる人族の王国があるクティノス大陸には、人族のほかに獣人族、竜人族もわずかにいた。広大な大陸だからこそ、それぞれ種族が好む住みやすい場所に集まって暮らしていたが、人族が増えれば村ができ、町となり国となる。その過程で出てくるのが縄張り争いからの領土問題。

 中には他種族と関わり合いになるのを好ましく思ってない人種もいれば(これは森人族や海人族にあたる)、竜人族や獣人族のように縄張り意識が強い人種もいた。

 絶妙なバランスで国境を保っていたが、ここでクデウさんが作り出した兵器の存在が一気に人種間の緊張を高めたのだ。

 元から国境付近で小競り合いから始まり、国を挟んでのにらみ合いは多々あれど、血なまぐさい戦争はどうにか回避されてきた人族だった。

 いつ戦争が起こってもおかしくはない時期に、人族の国王が『我が国を侵すような事をすればタダでは済まさんぞ!』とばかりに力を誇示するためだけに兵器を掲げ始めた。

 己の爪や牙ではなく道具で威嚇するなど弱者がすることだ!と指をさして笑ったのが獣人族。

 獣人はその種族柄、五感が優れ、力も体格も人族より強い誇り高い戦士だ。血の気が多い種族でもある。

 対して、人族は獣人族と比べると力は弱く身体も小さい。誇れるのはほどほどの魔力量とある程度の魔術文字が扱え、山人ドワーフと並ぶぐらいの手先の器用さぐらいだった。その差は日々、隣人たる獣人族と人族との確執を積み上げてきたのだろう。

 長年の恨みつらみが重なったのか、腹をたてた人族の兵士が名乗りをあげて兵器を使った決闘を申し出た。 売った買ったの喧嘩、果ての決闘。誇り高い獣人は兵器の威力も知らないまま、その兵士と決闘をすることになった。

 決闘の結果は、一瞬で決まった。


 人族が圧勝。


 鉄の塊を放つ兵器に、獣人族の戦士は命を落としたのだ。


 クデウさんが作った兵器はあまりに殺傷能力が高すぎた。

 圧倒的なまでの兵器を目の当たりにした人族は勝利を確信し歓喜の雄叫びをあげた。

 一方、獣人族、竜人族は慄いた。

 人族が持ってはいい力ではないと。末の、人族対、獣人族、竜人族との戦争が火蓋を切って開戦となった。人族にとっては長い戦いの幕開けだったと脳内辞書が教えてくれる。

 他種族の中では人口が一番多いのが人族だ。人海戦術で獣人族を兵器で蹂躙していった。銃ひとつ持った兵士に、獣人族はなすすべもなく一瞬で叩き伏せられた。

 最初は人族側の圧勝で、人族は勝利に酔い痴れ歓喜した。だが、獣人族、竜人族も馬鹿ではない。勝機を伺っていたのだ。時に奇襲をかけ、時には魔術で人族を叩き伏せ、人族の兵器を逆に利用したこともあるそうだ。誇りもなにもない、存亡を掛けた泥沼の戦争へと発展していった。

 戦いが続けば人が減り、資源も減り続ける。老兵が我先にと戦場で死に、若い兵士が仇だと敵兵を巻き込んで戦死する。兵士が足りなくなれば子を戦場へ送り出す。逆らうことも出来ない民や母親は皆、武器を片手に戦場へ死にいく子らを見送った。


 開戦から気付けば、二十年が経っていた。

 激しい戦いから消耗戦へと移り変わり、小競り合い、紛争の交互でお互いにボロボロだった。

 戦争の火種は人族、獣人族、竜人族の数を減らすだけでなく、大地に沢山の血が流れ、森を焼き、泉や川を枯れさせ、中央大陸の大部分を焼け野原へと変えた。

 神からの祝福「千里眼」で目の当たりにしたクデウさんは我に返ったそうだ。

 楽しく魔道具を作ってる場合ではないと。

 クデウさん自身は実に二十年もの間、国の王宮奥深くで幽閉生活をしながら兵器作成を強いられていた。兵器の改良、新武器の作成、量産出来るよう何人かの職人への指導もしながら命令されるまま武器を作りつづける道具として。

 彼にとってはとても集中できた環境だったらしい。誰にも邪魔されず、素材は好きなだけ使えて文句のない職場だった。勿論、自由に外出はできないし、自由な食事もできはしなかったが。彼は研究漬けの監禁生活を楽しんでいたのだ。


 そんな彼が戦争を終わらせる一手を打った。

 自身が作った武器、兵器を、無効化する魔道具を作ったのだ。瞬く間に戦況は激変し動き始める。

 兵器がなければ人族は獣人族、竜人族に勝てる勝算は激減する。クデウの兵器に依存する戦いしかできなくなっていたのだ。

 あっさりと王都へと侵入を許し、年老いた人族の国王と息子は首を取られ、獣人族、竜人族の勝利となり、星歴二千二十四年、人族の降伏の声で二十年にも及ぶ戦争は幕を閉じたのだ。


 こうして凶悪な兵器を生み出したクデウさんは、戦争の凶悪犯として歴史的に名を残すことになる。

 戦犯たるクデウさんは他種族から大変に疎まれ恨まれ恐れられた。

 他種族から白い目で見られ、歩けば罵詈雑言、時には石が飛んできたそうだ。果ては何度も暗殺されそうになったと記されてある。

 竜人族からは母を交渉人にしてまで「同胞たる我が種族の力となってほしい」と捉えられそうになったらしく、流石に母親を盾にされてはたまらないとばかりにクデウさんは全力で逃げ回った。

 彼にとって魔術文字の研究、魔石の付与効果の実験、考察することが何よりの幸せだったのだ。それゆえ、外のことは気にしていなかった。そのうち飽きて戦争などやめるだろうとのんびり構えていたのだ。だが、彼の予想外に戦火は衰えず二十年もの間も続いてしまった。

 もっと早く動いていればと長寿種族らしい気の長い考えが招いた結果だったといえる。

 それにより人族は数を大幅に減らし、果ては大地に戦争の爪痕を深く残した。他種族からも嫌悪され、クティノス大陸の端へ端へとと追いやられ、最終的にはゲシェンク大陸へと逃げるように移り住んだとある。獣人族も竜人族も多大な犠牲を払っての勝利。戦争が終わった時、喜びも勝利への歓喜もなかった。ただただ疲弊した人々が残っただけ。


 戦争の凶悪犯と言われた彼が最後に表舞台で暴れた一件はその直後。

 彼は自主的に自身が作った武器を片っ端から破壊し始めたのだ。既に効果を発揮しない武器であったが、誰かが解明し応用するかもしれない。そんなことが起こってしまったらまた戦争の火種にもなるだろうと。クデウの苦肉の策であった。

 贖罪の意味も込め、武器の作り方や材料を記している膨大な記録や書類、全て国に奪われ国家機密として扱われていたが、それらを全てクデウさん自身の手で破棄したそうだ。その作り方を伝授した職人たちからも、兵器を作成する記憶と知識を禁呪指定されている方法で消していった。

 全て残らず探しだし処分するまで五十年以上かかったらしい。骨が折れるほど苦労したそうだ。

 その頃には人族も獣人族も竜人族もそれぞれ復興が落ち着き、人族はゲシェンク大陸に国を作っていた。


 クデウは懲りた。ほとほと懲りた。


 ある時は精霊王の濃い魔力に当てられ人々は目の色を変えて迫ってくる。かと思えば、魔道具の絶大な人気と財力を生み出すものとして利用しようと手ぐすね引く人々や、果ては兵器を量産する極悪人と石を投げられるのも、内密に兵器を作れと誘う者らにも。全てが嫌になった。

 信用していた人に手酷い裏切りもされたし、満足するだろうと利用されるだけされてやったりもした。なのに何故か逆恨みもされた。筋肉隆々な女騎士に優秀な子をせがまれて襲われたりもした。血相を変えて必死で逃げた。あまりの恐怖でしばらく女性騎士を見るだけで震えた。


 そんな彼は安息の地、聖域へと引っ込んだ。クデウ(八十七歳)、引きこもりライフの始まりである。


 神々と精霊の神話の始まりの地、聖域カタフィギオ浮遊島。

 資源豊かな場所で昔から精霊や神竜が住み着く土地であった。魔力だまりも数多く存在し、魔石すら無数にある資源の宝庫。だが、その浮遊する大地には人々は踏み込めないのだ。神が拒んでいるのか聖域たる所以か、人々が近づくには魔素が強すぎた。近づけば魔力過多酔いを起こし昏倒して動けなくなり、さらには浮き島ゆえに天を駆ける翼がなければおいそれと入る事もできない未開の土地。 果ては、強い魔物に神話に出てくるような神竜が寝床としている。資源的には魅力的だが住むにはあまりに危険な土地でもあったのだ。

 だが、クデウはそこを逆手にとり浮き島の端に家を転移させて住み着いた。

 彼自身、精霊王の譲りの濃い魔力と神の祝福持ちなので結界には影響されない体質だった。浮島を囲うようにある結界を難なく潜り抜け、逆にその結界を利用して住み着いた島の鉄壁の壁として利用した。一人静かに暮らすにはとても理想郷ともいえる土地だった。

 住み着いて百年程、時々食材や自身では作るには手に入らない(牛乳、卵、肉だ)物を買いに人里へ行く事もあったが、ゆうゆうとおひとり様生活を極め通した。その頃には戦犯クデウの名は何故か大賢者クデウと伝えられていることに気づいたらしい。

 クデウが残した便利な道具の作り方や魔石の付与加工は様々な魔術師、魔道具職人に伝えられ、果ては兵器の回収撲滅もした人物として後世の人々が評価を改めたのだろう、だが、クデウはもはやどうでもいいと吐き捨てている。

 長寿たる彼にとってはあっという間だったのかもしれない。あらかた魔石の研究、新たな魔道具の製作を思うがままやり続けた。

 そんなある日、おひとり様生活を開始して百三十五年目、二百三十四歳の春の日に彼はふと思った。


 人と、会話をしていないと。


 転移装置で人里へ降り物を買う時に一言二言会話はたしかにする。だが、ものの数秒、それは会話とは言わない。他者との会話が減るとどうなるのか。世の世情に弱くなり、閃きや思考が偏り、何より滑舌筋が退化するということにクデウは気がついた。

 人の世の世情は神から授かった祝福の力、「千里眼」があれば大まかなことは遠く離れた土地からでも見れるが、会話はできなかったのだ。


 そして、を自覚してからクデウは焦った。


 ある時、人里で「牛を飼うのはやはり設備を整えるのに手間がかかりますか?」というこの一文を発した時、ことごとく言葉が滑った。

 のだ。

 農家の村人のきょとりとした顔で「なんだって?」と聞き返される。動揺を見せず、こほりと咳き込む動作をしながらクデウは言い直した。


『ぅうすをかぅのは、やはりしぇつびとへぇまがかかりぁすか?』

『はあ?』


 恐ろしいまでに言い損じた。あまりの事に雌鳥と乳牛を浮き島で家畜として飼うのを諦めるほどだった。その時の衝撃は今でもふいに思い出し、のたうちまわるほど恥ずかしいと日記につづられている。


「……………」


 身覚えのある失敗談だった。

 わかる。その一言に尽きる。集中線を書き加えたいぐらいに右に同意。

 引きこもりが長引くと人と会話が少なくなる。故に、会話のタイミング、人が聞き取りやすい言葉の発し方、速度、声量、その全てが狂い衰えるのだ。これはガチの引きこもりと人と会話しない人間にしかわからない。滑舌筋が弱れば噛みまくる。喋る内容ですら文法が狂いだし、自分は何を言っているのかと訳がわからなくなる時さえある。脳みそと滑舌が退化してるという事実に衝撃を覚えるだろう。

 クデウはとても焦った。このままではいけないと。

 だが、クデウさんが纏う精霊王の魔力が人を度々魅了し、人間関係のトラブルは未だに巻き起こることがあった。 人とおいそれと長い会話が出来ない。

 彼は考え、思いついた。


 ならば、のでは?と。


 自身の魔力や容姿に左右されず、話題や趣向が合う「人」を作ればいいと考えたのだ。友人、または恋人、妻、子供を作るという考えには至らなかったらしい。

 大賢者クデウとまで呼ばれた人は、立派な人間不信となっていた。


「…もしかして、この少年ボディは」


 クデウさんが作った「人工」で作られた「人」ということなのだろか?思考が騒めくのを抑え、日記を更に読み進める。

 母体を通さず「生命」を作り出すということは神の領域になる。だが、彼は迷わなかった。誰かと会話をし微笑んで、側にいて、裏切らない人を望んだ。

 「友人」、「仲間」、「家族」に値する「誰か」を望んだのだ。そう気づいたら居ても立っても居られなかった。

 だが、神の領域たる生命を生み出すという事は、大賢者と呼ばれたクデウでも難しかった。


 世界に散らばる様々な禁呪、魔術文字の組み合わせ、魔石付与加工の知識をかき集め、情報、神話の伝承、可能性を秘めた話や道具、素材を集めて実験をした。果てには自身の血や肉を元にし、膨大な魔術文字の組み合わせ、古竜たる神竜の心の臓を元に人の器を作る事に成功したのだ。それまでに百年もの時間が掛かったとある。

 最初の一体目、保育器ですくすくと育つそれにクデウは歓喜した。水槽の中で育つ個体は人と同じように成長し、十年かけて幼児ほどの体までに成長させた。いつその子の瞳が開き、自身を見つめ話しかけてくれるだろうと心待ちにした。だが、

 たしかに心臓は動いている。 触れば暖かく、この器は生きている。 己の血と肉、膨大な量の魔術文字と神竜の心臓から取り上げた巨大な魔石のカケラ。その魔石に施した付与加工も魔術文字の術式も、クデウが持てるだけの全ての技術、知識を込めた最高傑作だった。なのに、


『…生きてはいるが…が宿っていない…』


 これは、ただの空の器肉の塊だ。


 水槽の前でクデウは呆然とした。やはり、神の領域たる生命を作る事は出来ないのだろうかと。

 だが、彼は諦めなかった。諦められなかったのだ。どうにかして魂を宿らせようと手を施したところで一体目は自壊した。一体目の反省と改良、実験を重ね、更に八十年近く時間をかけて二体目の器を作り上げた。

 だが、二体目も同じように魂のない器だった。ただ自壊だけは免れ、形は安定しその姿を止まらせている。これには酷くクデウは落ち込んだ。

 複雑かつ繊細、膨大な時間と精神を削るまでの繊細工程をしなければ出来ない。その工程は気が狂うほどにまでクデウを追いつめ苦しめた。その上、とても貴重な素材を使っていたのだ。 早々に何体も作る事は不可能だとわかるほど。

 その頃、長寿種族であるクデウ体に早すぎる老いが顕著に出始めていた。

 二十代半ばの姿のまま何百年かをすごし、残りの何百年かで緩やかな老化を歩む筈の血筋である。クデウの魔力、血筋ならば千歳以上は生きる程の長寿の筈だった。だが、憑りつかれるかのように研究と実験を重ね、膨大な魔力、自身の血、骨、肉に至るまで素材として使った故の結果、彼は四百五十七歳で己の寿命を悟った。直に己の命は尽きると。

 命が尽きるまでにどうしても自身の人生をかけた集大成となる生命を作り遂げたいと願った。

だが、時間が足りない。慎重にことを進めなければならなかった、失敗はもう出来ないのだ。

 さらに六十年後、三体目の器を作る事に成功した。





『 星歴二千四百八十八年 三冬月 十三月読の日


 一体目は成功、だが、魂が宿らぬ肉の器となった。

 さらに手を尽くそうと術式の根幹に触れた瞬間、その器は自壊した。

 肉の塊になってしまったが、廃棄するのも心苦しく保管している。


 二体目は更に安定した形を保てた。術式に触れても自壊はせずにいる。

 だが、やはり魂は宿ることはなく肉の器なだけの人形だった。

 見るたびに悔しさを感じる。次はなんとしてでも成功させねばと思った。


 三体目、これは一番に私が思うような理想の姿形へと成せた。

 素晴らしい出来だ! なのに、

 それなのにやはり魂は宿らぬ器でしかなかった。


 私の理論、魔術式は正しいはずだ。

 ただ、どうしても何かが足りないののだ。あとひとつだけが足りない。

 「人」ととして誕生させる為には、あの方法を試すしかないだろう。


 その可能性に掛けたい。これが最後になるだろう。

 長い間、研究を重ね、膨大な時間をこの実験にかけてきた。

 私の集大成ともいえよう。


 私の寿命は間近にせまっている。

 長寿種族である私が時間が足りないなどありはしないと思っていた。

 だが、こんなにも時間が足りなくて悔しい思いをするのは初めてだ。

 この体が動かなくなる前にどうしても証明したい。


 私の理論、術式は間違ってなどなかったと。

 私が追い求めた形を証明し、残したい。


 三体目に、私の全魔力と生命力を注ぎ込む。

 それが術式最後の仕組みが起動するはずだ。


 成功したらここに記そう、私は正しかったのだと。  』



 だが、そのページ以降には何も書かれてなかった。



「…失敗、した、のか?」


 パラパラといくらめくっても綺麗なクデウさんの文字はなかった。真っ白なページが続くだけ。


「全魔力と生命力とかなんとかって…それ、危険な行為…だよな?」


 失敗したらそれこそ死ぬような、


「……っ!」


 日記を片手に椅子から立ち上がった。勢いがあまりすぎて椅子がひっくり返り、膝をぶつけたが構ってられない。もつれる足を叱咤し、俺が目覚めた研究室の部屋へと向かった。

 その部屋は肉の塊あるからと気味が悪くて調べていなかったのだ。

 扉を開けはなつと薄暗い部屋にはたしかに三体の水槽が並んであった。生きているだろう照明に魔力を送り室内を明るくする。ここの部屋全体をみると他の部屋よりなんだか朽ちていた気がした。

 三つの水槽の真ん中、手前から二番目の水槽は俺が入っていたやつだ。ガラスが砕け、中にあった液体も干上ってしまっている。一番前の水槽、俺が見たピンク色の肉の塊が水槽の中で変わりなく液体の中を漂っていた。これが自壊した一体目だろう。そして、さらに奥には水槽の残骸が見える。その水槽は何かが破裂しガラスが飛び散り水槽の枠組みも歪ませたようだった。

 その水槽の残骸の足元に布切れのようなボロ布が落ちているのが視界にはいった。水槽から這い出た時にも見たはずだ。あの時、もっと注意深く見ていれば、

 ぼろ切れのようなそれはローブのように見え、その下には白い棒状のものがみえた。


 どう見ても、人骨だった。


「……クデウ、さん?」


 ぽつりと言葉が溢れた。


「…こんな所にいたのか。てっきり、俺、」


 いつか帰ってくるのかと思っていた。呑気に、ただ待っていた。

 彼の骨は小さく歪に歪み損傷が激しく見えた。実験の衝撃なのか、それとも禁忌を犯した故のありさまなのか。


「…………」


 涙など、出るわけがない。

 顔も見た事も話もした事がない人物だ。彼が目指した目標も、成そうとしたことも途方も無い事で理解し難かった。ただ、


「…こんな、所にいたなんて…」


 なんで、たった一人で。

 世界も、住む所も、寿命も、人種も違うけれど、考えも環境も状況も何もかも違ったけれど。

 彼も、俺も、人生の目標を、夢を実現に出来なかった。

 叶えたいと足掻いて、ただただ信じて、無様にあがいて、縋り付いて、生き急ぐように自分の体すら蔑ろにし続けた。


「…もっと、やりようもあったんじゃないんですか、クデウさん」


 クデウさんだったソレに語りかけるが、返事は返ってこない。


「天才で…賢者とか呼ばれるぐらいすごい人なんでしょ?俺よか頭いいんでしょ?…なのになんで」


 こんな誰も知らない世界の隅っこで、人知れずに野垂れ死んでるんだ。


「…笑えるよな…」


 無様な死に様過ぎて笑えてしまう。

 あんたも、俺も。


「…孤独死仲間なんて見つけたくなかったよ」


 彼の骨は、海と浮島がよく見える場所に埋めて供養した。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る