25.検査と修理と短期観光編

 

「はあ~~~疲れた……」


 客室の大き目なベッドへとダイブすると、質の良さそうな布団と寝台は俺の全身を受け止めてくれた。


(流石にVIPロイヤルとのお食事はご遠慮したいなぁ…)


 あの契約書の一件から吹っ切れたのか、俺は出された料理を黙々と食べて堪能した。

 不思議な事に異世界の料理は現代の味付けに近しいものを感じる。 魚は新鮮で身が柔らかく油がのってぷりぷりでとてもおいしかった。

 流石に刺身はなかったが、食べたことがない料理から日本料理に近い味付けもあって興味深い食事だった。

 ロイヤル用お食事なんて人生初めてだ。 庶民でも気軽に食べれる場所があるのならぜひともまた食べてみたい。


「…ん~…」


 ごろりと大の字で仰向けになり、片手を胸へと押し当てる。


(血の契約書…たしかに交わした感覚はしたけど)


 何故だか効力は緩いような気がした。目を閉じて全身へと意識を向けると、たしかに契約の気配は感じる。

 だが、その契約の拘束を破れそうな感覚がするのだ。やはり俺の特殊ボディのデバフ無効化体質のおかげかもしれない。

 今後、俺の行動一つで大陸から締め出される可能性もあるが気を付ければいいだけの話。

 すでに強力な魔道具をいくつか渡している件については忘れた。 あれは武器ではなくて防御+隠密特化型だからノーカンだろう、多分。


(…はい、ここで落ち着いておさらいしよう)


 議題は俺がやっちゃいけないこと。はい、どうぞ。


 調子にのって人前で人族に向けて強力な魔術を使うこと。

 後先考えず、殺傷力抜群な魔道具を作ること、渡すこと。

 魔術、魔道具の知識を残す事、他者に教えることです。


 ドミナシオン領地からオルディナ領に来ても制限が多いことこの上ない。


(…しっかし、まだ世界情勢がよくわからんな…森人族側は人族のことをどう考えてるんだろうか)


 戦争を起こしたのはたしかだが、人族に対して随分と制約を盛りすぎている気がした。これではあまりにも人族が不遇なのではなかろうか。


(……明日は早いし、寝る準備するか)


 情報が少ない世界事情を考えても仕方がない。

 俺はのろのろと煌びやかなお貴族様衣装を脱ぎ捨て、用意されていた寝間着に着替えてベッドにもぐりこんだ。が、


(――寝れん!)


 無情にも寝っころがって一時間、二時間と経過した。この寝つきの悪さは元からであるが、この身体になってからは初めての事だった。


(うーん…なんでだ…今まで理想的な睡眠が出来ていたというのに…)


 なんだか足りない気がした。 何が足りないというのか。

 ベッドの上でゴロゴロすることにも飽き、素直に起き上がって浮島から持ってきた懐中時計を手にした。時間を見れば二十三時過ぎだった。

 ぽすりと懐中時計をベッドの上に放り投げて豪華な客間を見渡せば、ベランダに繋がる大きな窓が視界に入る。


(…明日にはオルディナ王国へ出立するし…地平線が見える海とは暫くお別れか…)


 考えもなしにベッドから飛び降りてベランダへと出ると、ぶわりと夜の冷たい風が全身を包み込んだ。


「…っ、さっむ!」


 ドミナシオンよりは暖かい気候のオルディナ領だが、太陽が沈めば夜風はまだ寒い。


「…夜景は変わらないな…」


 地平線に見える海と外界門、少し欠けた双月の下に広がるメルカートルの夜景は地球とそんなに変わらないように感じた。

 違いを言えば地球のものと比べて明かりが弱いぐらいか。文明的に見てもランプの明かりか照明の魔道具の明かりだろう。 地平線の海には漁業の船の小さな明かりが波間に浮かんで見えている。


『私の身でも落ち着ける場所があるのなら、そこで仕事をして暮らしたいとも考えています』


 数時間前、俺が領主様に向けて言った言葉がよぎった。


「…落ち着ける場所…か」


 あれは本音でもあったし、以前から考えていた事でもあった。


 はたして、自分の居場所はどこなのだろうか。


 あの浮島の住み心地はたしかに良かったが、浮島の家にはクデウさんの気配が残りすぎているのだ。

 思い返せば、前の人生ではパソコンの前が自分の唯一の居場所だった。 あの十畳ほどの狭さしか自分の居場所を作れなかった訳だ。

 崖っぷちで足掻いて必死に頑張ってきた筈だった。 努力が足りなかったのか、賢さが足りなかったのか、それとも運とタイミングの問題なのか。


「サークマ!」

「っ?!?」


 思わず飛び上がった。慌てて振り返ると、寝間着姿の上に外套を羽織ったフィエルさんが立っている。よく見るとベランダはフィエルさん達が泊まっている部屋と繋がっていた。彼女も客室の窓辺からベランダへと歩いてきたのだろう。


「びっ、びっくりしました…」

「ふふっ、サクマってば相変わらず考え事してると無防備ね。そんな薄着のままだと風邪引いちゃうわよ?」

「ああと…その…なんだか寝付けれなくて…」

「そうなの? じゃ、こうした方があったかくていいわよ」

「わっ」


 ばふりと後ろからフィエルさんに抱きしめられ、外套の中へと包まれた。


「ね、さむくないでしょ?」

「は、はい…」


 厚手の外套がフィエルさんと俺を夜風から体温を守ってくれた。が、フィエルさんも薄い寝間着ゆえに生々しい胸の感触と体温が俺の背や首筋にあたってなんとも心が浮ついてしまう。


「…もしかして、悩み事?」

「そ、そんな感じです」


 彼女の長い髪が俺の頬にあたってくすぐったい。口から言葉として出してしまった分、それは強く思えた。


「…おれ、居場所を探してるんです」


 はみ出し者の俺が居てもいい居場所を、探している。


「私達も同じよ」

 

 フィエルさんの穏やかでどこか決心を秘めた声。

 彼女達も命辛々ドミナシオンから逃れてきたのだ。人らしい生活や、安心して暮らせる居場所を探すのは自然な流れだ。


「私達、目的が同じだったのね」

「…そう、ですね…おれ達の居場所、あるといいですね」

「あるわよ!見つからなくても作ればいいもの。その為にここまで来たんだから」


 そう彼女は笑って言い放った。


(やっぱ、この子達は強いなぁ)


 一人でしんみりしていたのが恥ずかしい。

 フィエルさんとオネットさんの居場所探し、おじさん応援しちゃうぞ。


「おーい、そこの二人組」

「わっ」

「きゃっ」

「寝間着姿で何語り合ってんだ、さみぃだろーが、早くベッドに入れ」


 ふらっと現れたオネットさんが、大きなブランケットをフィエルさんと俺に巻きつけてきた。そのままズルズルと彼女達の部屋へに引きずり込まれる。


「はっ!ちょっと待ってください!俺は隣の部屋で…」

「寝れないんだろ?添い寝してもらえ」

「あ、そっか!ここ何日かずっと一緒に寝てたものね。一緒に寝るのに慣れちゃったのかしら」

「いやっ、そんな事ないと思います?!」

「それともあたしの抱き枕にしてやろうか?」

「ごごご遠慮しますっ」


 暫く押し問答した後、俺はフィエルさんのベッドへと連れ込まれて添い寝コースとなった。 添い寝効果なのか、予想外に朝までぐっすり寝れて驚いた。

 一旦寝ることができなくなると俺は時計の音ですら気になって安眠できなくなる。 なのにこの変わりようと来たら、フィエルさんのおっぱい効果凄まじい。






 ※※※※※






「ラウルス国王と甥っ子達を頼むぞ。イロアス隊長」

「はっ」


 翌日の午前七時、俺達亡命三人組はオルディナ王都へと出立する為に城の正門前の広場へと集まった。

 俺達を見送る為か、領主様もわざわざ広場へと出てイロアス隊長に激励を飛ばしていた。

 ふと、その領主様の視線が俺へと向けられたことに気づく。


「サクマ殿」

「は、はい!」


 メイドさん達から籠いっぱいの昼食を受け取ってにこにこだった俺は小さく飛び上がった。やはり純ロイヤルな人とは会話をするのは緊張してしまう。平民根性が根付いているから仕方がない。


「メルカートルに来た時には是非、私のところにも顔を見せに来てくれ、今度はちゃんと歓迎しよう」

「はい、き、機会があればぜひ…」


 領主様の斜め後ろに立っているツオンという人の鋭い視線がなんとも怖い。 あの目は本気にするなよと訴えている気がする。


「貴君らの事は国王も悪いようにしない。 オルディナ王国まで無事の旅路になるよう祈ろう」

「ありがとうございます、パトリオティス様」

「また、会えるのを楽しみにしているよ」


 領主様に一礼をし、亡命三人組とフラーウさんは馬車へと乗り込んだ。

 イロアス隊長率いる女騎士達が馬車を先導し、ゆるやかな速度でメルカートルの街並みと地平線の海がゆっくりと遠ざかって行った。


 これから二週間近くかけてオルディナ王国へと向かう。 のんびり道すがらオルディナ領の観光を楽しむとしよう。


 ――と、その時の俺は楽観的に思っていた。








「――殲滅せよ」

「「はっ!」」


 その一言で、闇夜に斬撃が次々に煌めいた。


「…うわ、どんどん駆逐されていきますね」


 メルカトールから出立して二日目の夜、野営地を決めようとしていた時にそれらと遭遇した。

 魔物の群れだ。

 馬の匂いに誘われたのか、八匹の狼型の魔物達が何処からともなく現れたのだ。その事にいち早く気づいたイロアス隊長と女騎士達は、俺たちが乗ってる馬車を守るように陣を組み、複数の魔物達を次々と退治し始めた。 その手際たるやものの数十秒で魔物の群れは半分以下になり、


「あ、全部倒し終わったみたいです」


 二分もかからない内に魔物達は倒されてしまった。


「王都一二を争う精鋭部隊の腕前は、サクマくんから見てどうかしら」


 馬車の窓から身を乗り出して見物を勤しんでいた俺が座席へ戻ると、フラーウさんがにっこりと笑いかけて来た。 とっさに出た俺の言葉が、


「かっこいい、です」


 剣一本で戦う騎士の姿は男から見ても素直にかっこいい。


「ガキだなー」

「騎士は子供の憧れる職よね」

「可愛い感想」


 女性陣から幼稚園児が将来の夢を発表するのを見守るような温かい目で見られた。


 イロアス隊長率いる精鋭部隊。彼らの武器は片手剣や大剣中心のようだが、それを生かすように肉体への強化術式も使われているようだった。 その効果は中の下ぐらいだろうが、剣がスパンッと魔物の肉と骨を断つのを遠目ながら見えた。

 西洋剣は切るというよりは砕くイメージに近い武器らしい。以前、とある作品の資料集めをした時に流し読みした知識だ。

 だが、先ほどの戦闘を見る分、断ち斬るような鋭い切れ味があった。 もしかしたら武器自体にも強化や補助の術式が施されているのかもしれない。


「…騎士の戦い方は初めて見ました」


 見目が派手で煌びやかな部隊だが、精鋭部隊と呼ばれる意味はわかった気がする。 よく訓練されている様が見て取れた。


「それにしても…魔物の群れに襲われるのは頻繁にあるんですか?」

「そうねぇ…群れで遭遇するのは一度あるかないかぐらいかしら」


 モンスターとのエンカウントはやはりあるらしい。 ドミナシオン領では空飛ぶ絨毯で移動していたし、オルディナ領では穏やかな街道を進んでいたしな。運が良かったのだろう。


「…近年、魔物の数が多いって話だな」

「そうね。 ドミナシオでも小さい村の畑が魔物の被害にあったって何度か聞いたことあるわ」

「多かれ少なかれ、旅人のはよく狙われる」


 オネットさんとフィエルさんが真剣な顔で補足した。 そういえば彼女達も魔物に襲われて馬を失ったと言っていたっけ。


 魔物。いわゆるRPGで出てくるモンスターのような害獣だ。

 自然界にできる魔石を生み出す魔素溜まりの影響を受け、野生の動物が凶暴化したり、巨大化や奇形化してしまうのだ。それらの生物を総じて魔物と呼ぶ。

 中には魔素を多く取り込み、炎や雷、風を操る凶悪な魔物もいるらしいとか。


「そういえば、おれは…自衛の為、魔物を殺してしまった場合は契約違反になりますか」

「あら、それは大丈夫よ。 流石に魔物相手に無抵抗でなんてことは言わないわ」

「それを聞いて安心しました…」

「ただし、とても強力な魔術の術式は第三者に見られないようにっていう制限付きでね」

「は、はぁい…」


 ならば、発動させる術式の周囲に認識阻害の術式で覆えば大丈夫だろうか。手間がかかる上にややこしい。 と、馬車のドアをノックする音が聞こえた。


「魔物の群れは一匹残らず殲滅した。ここらの平原や森を縄張りにしている魔物だろう。…移動するにも夜は魔物が活動的になる。今日はここらで野営をした方が安全だ、それで構わないな?」


 先ほどまで剣を振りまわしていた騎士の内の一人、イロアス隊長だ。 が、俺は彼が纏う匂いに衝撃を受けて咄嗟に鼻と口を抑え込んだ。


「…うっぐ」

「あら、サクマくんどうしたの?」

「ご、この゛匂い゛…」


 すっごい臭かった。 色々と凄まじい匂いがする。


「…獣の匂いのことか?それがどうした」

「サクマお前…獣の匂い嗅いだ事ないのか?」

「あ゛っ、るにはっ、あるんですが…っ」


 風向きが変わったのか、血なまぐさい匂いとか何とも言えない濃厚な異臭が外から流れてくる。

 動物園で羊やヤギと触れ会えるコーナーで触った事はあるが、かわいい見目に反して動物というのはかなり臭い。 外から流れてくる臭いは動物園の匂いをさらに濃くして凝縮したような感じだった。

 祖父母の家には雑種の犬がいたから動物嫌いでも動物初体験でもないが、ここまで臭くはなかった筈だ。 野生の動物ってすごい臭いするな!?


「…お前はしばらく馬車の中で待機していろ。 今、隊員数人掛かりで魔物を解体している最中だ。 捌き終えた後、魔物除けと消臭魔道具で辺り一帯の血の匂いを消す。それまで我慢しておけ」


 ため息交じりでイロアス隊長が狼捌き大会をしている騎士達の方へと歩いて行った。マジか、すげぇなこの悪臭嗅いでも眉毛一つ動かさないとは。


「は、鼻が…曲がるかと思いました…」

「慣れよサクマ、慣れ」

「丁度いいだろ、獣の匂いぐらい覚えとけ」


 フィエルさんがドヤ顔で言っている。オネットさんはあきれ顔だ。


「…魔物を倒したらやっぱり捌くのが通例なんですかね」

「急いでなければ普通は解体するわ、魔物はとても貴重な素材になるから」


 魔物の心臓は真紅色の赤魔石にもなり、血や肉、骨、毛皮から爪まで使える貴重な資源になるらしい。 それらを退治する冒険者は狩人、猟師とも呼ばれ、魔物退治を生業にしている人らだ。 リアルモ○ハンって感じだろうか。

 ドミナシオン領のエーベネで買った魔物図鑑もざっとは目を通してみたが、ゴブリンとかオークといった特徴を持った人型二足歩行の魔物はいないそうだ。


(…その内、俺も魔物と戦う事になるんだろうか)


 順当に行けば、オルディナ王国まではイロアス隊長率いる精鋭部隊の皆様が掃討してくれそうではある。

 それから暫くして捌き大会が終わったあと野営の準備へと移行した。 その頃には血なまぐさい臭いも消え、俺も馬車から出ることができたのだが。


「………」

「サクマ、顔色悪いわよ、大丈夫?」

「…だ、大丈夫です…」


 薪からは離れているが、近場の木々に説明しがたい光景が広がっていた。

 剥された毛皮と首元から股下まで真っ二つに裂かれ、内臓が取られた肉の塊がぶら下がっている。

 その下では女騎士のテネル隊員とセルペンス隊員が手際よく肉や内臓を小分けにして収納袋に収めてるようだった。

 薪の側ではフラーウさんと数人の女騎士達が夕食の準備もしている。まさか夕食に魔物の肉使ったりしないよな…?


(本物の内臓と肉と骨…)


 先ほど鼻を襲った異臭がまだするような気がした。


 これでも俺にはグロ耐性があると思っていた。 スリラー、スラッシャー、ゾンビ、ホラー映画と大体の作品は何でも見れたのだ。恋愛映画以外は。

 映画は人が作った物、何人ものスタッフがかかわるエンタメ作品だ。 真っ赤に染まる傷や吹き出す鮮血、転がる死体も全部が本物っぽく見せた別の「何か」で特殊メイクやCGで出来た偽物なのだ。

 何十作品を見続ければ、視聴者側が怖がる演出が入る間のタイミングの予想すら読めるようになる。 しかし、それは全部モニター越しという大前提でのものだ。


(…生臭い…)


 生々しいにおい。それは自然の中で生きる野生の匂いだった。


「…何? アンタ、こういうのがダメな訳?」

「!」


 びちゃりと俺の足元に何かが落ちた。

 ――赤黒い内臓だった。薪に炎に照らされて、ぬらぬらと何かの液体が反射している。


「アハッ、なにその顔、笑えるんですけど!」

「………」


 獲れたての肝をブン投げただろう人物、ミーティ・プルポ隊員がこちらを蔑むように笑っていた。 その両手は真っ赤に染まり、片手には肉の塊が握られている。

 俺にちょいちょいガン飛ばしをしていたショートおかっぱの女騎士だ。君ってばお姉さまの前だとかわいい口調じゃなかったっけ?


「十歳にも満たない子供だって兎の捌き方は知ってるのに、もしかしてそれすらできないの? 臆病者だねぇ、君ほんとに男の子ぉ?」

「………」


 やはり、おめぇ気にくわねぇわっていうガン飛ばしだったのか。 ミーティ隊員は生き生きとした表情でこちらを煽るような言葉を続ける。


「実は混血児の落ちこぼれだから人族の大陸に追放されたって話なんじゃないの?」

「………」

「ねぇ君、お荷物だってわかってる? 聖女様のオマケで着いてこられると迷惑なんだよねぇ」

「………」

「…何か言ったらどお? それともお姉さんが怖くて何も言えないのかなぁ?」


 可愛い顔がニタニタと笑い見下ろしてくるのを俺は黙って見続ける。

 姉妹であるキエトさんと見比べると髪色と瞳の色も同じだが、ミーティ隊員の方は少したれ目がちのようだった。

 お姉さんのキエトさんはクール系お姉様!ってイメージだが、ミーティ隊員はまだ顔に幼さが残っている気がする。


「黙ってないで何か言ってよ、つまらないなぁ」

「…キエトさんとはあまり似てないんですね」

「――っ」


 びしり。ミーティ短インの目じりと口元が神経質に跳ね上がったのを俺は目撃してしまった。

 あ、これ地雷踏んだかもしれん。


「馴れ馴れしくお姉様の名を呼ばないでよ!お姉様とわたしは…!」

「おい、いい加減にしろよ。大人気ないな」


 オネットさんがそっと俺を後ろへとかばってくれた。かっこいいよオネットさん! 情けないな、俺!


「オマケ一号は黙ってなさいよ! アンタ、ドミナシオンの元暗部なんでしょ!どうせオルディナ王国の技術を盗みに…」

「ミーティ隊員、そこまでよ」

「!お、お姉様…!」


 黒茶の長い髪が麗しい、切れ長の目じりがなんともクール。 キエト隊員がこちらへと歩いてきた。


「けどけど!お姉様!このお子様…!お姉様とわたしの事を似てないだなんて言うのですよ! 失礼じゃないですか!」

「ミーティ隊員」

「!」


 キエト隊員の冷たい声にミーティ隊員の肩がびくりと震える。 なのですよ口調はどうやらお姉様専用の猫かぶり口調らしい。すげぇな逆に。


「いい加減にしなさい。 …サクマ君、ごめんなさいね、私の妹が」


 キエト隊員の若草色の瞳が俺を見据え、すぐに逸らされた。


「…いえ、気にしてないので」

「姉として謝るわ、ちゃんと言いつけるから許してあげてね」

「!!お、お姉様!お姉様がそんなヤツに謝る必要なんて…!」

「ミーティ隊員、黙りなさい」

「…っ、は、はい…」


 キエト隊員は妹と共に俺に頭を下げ、地面に落ちた内臓を回収してテントへとミーティ隊員を引きずっていった。 去り際、ミーティ隊員の鋭い視線がグサグサと俺へと刺さる。


「…なんだあれ」

「お腹空いてたのかしら」

「お腹が空いてたのかもしれませんね…」


 フィエルさん迫真のコメントのかわいさに同意せざるを得なかった。


「お前もメンドクサイのに絡まれるなぁ、普通あそこは喧嘩買う所じゃねぇの?」

「…オネットさんじゃあるまいし」

「ああん?なんだって?」

「いひゃいれすいひゃい」


 オネットさんにほっぺたを引っ張られた。のびるのびる。ついでとばかりに腕が俺の首に回りグイグイと締め上げられた。 頬に細やかな胸と肋骨があたって痛い。


「げほっ…怒ったってなんの解決にもなりませんよ、無駄に体力を消費するだけです。それに…」


 キエト隊員は俺に対して良いイメージを持っていない。 先ほど俺に謝った時の瞳はどこか寒々しい感情が見え隠れしていたのを確かに感じた。

 ミーティ隊員のあの言動は、彼女の「大好きなお姉様」が俺に対してマイナス感情を持ってるからこその行動なのだと思う。


「…身内の為にあんな言動ができるってすごいですね。 若いってすごい…」


 純粋に感心してしまう。

 俺にもリアル姉がいるのだが、あの姉の為に怒るかと言われれば情のひとかけらも動かないと断言できる。

 それこそ姉とは見目はどこかしら似ているが、中身がど真逆だった。

 水と油、アウトドアとインドア、陽キャと陰キャ、脳みそが恋愛お花畑と糞童貞引きこもりぐらい違う。

 物の考えや価値観が違えば圧倒的に話も馬も合わない。 その上、血が繋がっている身内関係だからこそのやっかいさがあった。


「…サクマ、お前…」

「はい?」


 ふと横を見上げると、オネットさんが変な顔をして俺を見下ろしていた。


「十歳程度のクソガキが、年上相手に若いって何言ってんだ」

「いひゃいいひゃいっ」

「オネ!サクマのほっぺあまりひっぱらないの!」


 オネットさんにほっぺたを容赦なく引っ張られた。解せん。











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