53.準備期間

 


「アリェーニ様…何故、ここに…」

「それはわたくしもサクマ様に聞きたい事ですわ」


 蜂蜜色のふわふわな長い髪に、柳色の大きな瞳が特徴のアリェー二・エヴィエニス・オルディナ殿下は小さく首を傾げた。

 目の前の彼女はオルディナ王国の第四王女長女であり、四人兄妹の末っ子の姫殿下であらせられる。 第二王子の治療時や祝いの席で二度ご尊顔を拝見していたが、お姫様といったらこうだよな! とばかりの金髪美少女なのだ。

 今日は王族らしからぬ軽そうな服というか、ふわふわな金髪もきっちりまとめていて白と黒の地味な服装をしていらっしゃる。


「おっ、おれは呼ばれたといいますか…その…書類を提出するために…ここで書かせてもらっておりまして」

「まあ、書類をですか? …わたくしはいつものように、魔術や魔道具について自習をしにここへ」

「自習……あ、」


 オルディナ王国の王族は魔術や魔道具について必ず学ぶという話は前に聞いていた。 たしか、フラーウさんがアリェーニ殿下に魔術の勉強を教えているとか。 それなら技師の塔に姫殿下がいるのは不思議ではないか。 というか、


(さっき…アリェーニ殿下はなんて言ってたっけ…?)


『わたくしの勉強部屋にいらっしゃるとはおもわなくて』 ……。 !?


「こっ、この部屋…アリェーニ様の勉強部屋だったんですか…!?」

「はい、そうなのです」


 にっこりと金髪美少女が綺麗に微笑んだ。 俺の脳内では稲妻フラッシュのイメージが駆け巡る。


(ややや、やってしまったー! 許可もなく女の子の勉強部屋に入ってしまった…!)


 しかも王族の姫殿下の!

 部屋を注意深く見れば家具や小物に花柄模様が多い気がする。 まさに女の子が使ってる勉強部屋な雰囲気がたしかにあった。

 やらかした! 事案って場合じゃない。 下手をしたら首と胴体がサヨナラバイバイなのでは…!?


「たっ! 大変申し訳なく…すみません、勝手に入ってしまって…!」

「サクマ様、頭をお上げになって。 今はわたくしが勉強部屋として使っていますが、技師塔に入れる方なら誰でも使っていい部屋でもあるのです。 ですから気にしないでくださいませ」


 慌てて頭を下げる俺を余所に、アリェーニ様はクスクスと笑う。 首と胴体の離脱コースは無いと考えて大丈夫だろうか…? ふと、金髪美少女の柳色の瞳が俺の手元に固定された。


「まあ!その書類…もしかして、魔道具作成の申請書でしょうか?」

「は、はいっ! これは魔道具作成の申請許可の申請書類です!」

「まあまあ! サクマ様、魔道具をお作りになられるのですね!」


 ずずいと金髪美少女な姫殿下が俺に近づいてきた。 俺の手元にある書類に興味がある様子だった。


「この申請書の紙は特殊な手法で作られる物なのです。 あまり使われないからか、フラーウお師匠が嘆いていらっしゃったのですよ。 サクマ様が使ってくださるならお師匠も喜ばれるわ」

「そっ、そう、なんですか……」


 なんだか目をきらっきらさせてアリェーニ様は語る。

 というか、近い! 距離近くない!? 側近とか護衛はどこで何してんだ!? 王族なら一人や二人いるだろうに!? あ、ここ技師の塔は関係者以外立ち入り禁止なんだっけ。 っていうか、俺も部外者!部外者なんですけど!? ひえ…高級そうな良い匂いがする…。


「アッ、アリェーニ様、姫殿下! す、少し距離がっ…近いです…っ!」

「サクマ様、何をそんなに怯えてらっしゃるの? わたくしはたしかに王族ですが、身分だけの傲慢な貴族に見えまして? それに…先ほど申しましたが、サクマ様は我々王族かぞくの恩人なのです。 わたくしのことはアリーとお呼びくださいませ」


 至近距離で金髪美女が微笑んでる。 うわっ、まつ毛長っ! どの角度から見ても顔面偏差値が高い!

 メルカートルの王弟パトリオティス様もそうだったが、ラウルス国王陛下も第二王子のイズロヴィオ殿下も、このアリェーニ姫殿下も王族皆フランクだな!? それともアレか、俺の見目が子供だから警戒心薄いのか?


「アリェーニ様、それは流石に…愛称を呼ばせていただくのは恐れ多いです、おれの首が飛んでしまいます…!」

「あら、サクマ様、首を撥ねるなんて一昔前の野蛮な処刑はしませんわ」


 俺がオドオドして首を抑えると、姫殿下はそれが冗談だと思ったのかコロコロと鈴がなるように笑う。 笑い方や仕草に気品さがあった。 これがロイヤル姫殿下力…! …てーか、一昔前まで斬首刑が一般的だったのか? こっわ。


「えっと、その…おれ、アリェーニ様のお勉強を邪魔しないように別の場所で書きますね。 他の部屋におれが使っていい机はありますか?」

「たしか…向かいの書庫の奥にいくつか机がありますわ」

「そうですか、わかりました。 では、おれはこれで……っ!?」

「サクマ様、お待ちになって」


 机の上の執筆道具一式をいそいそと鞄に詰めようとした瞬間、俺の小さい手を白い指先が包み込んだ。


「フラーウ師匠は今日もお忙しくて、わたくしは一人で自習なのです。 サクマ様がよろしければこの部屋をお使いください。 ここの机は広いですし、椅子を並べれば一緒に使えますでしょう?」

「ぅ、えっ!?」

「それとも、わたくしと一緒は嫌ですか?」


 そんなことありませんよね、とばかりに姫殿下が不思議そうに首を傾げる。 嫌ではない! 嫌ではないけれど、子供とはいえ俺は一端の男児な訳で!?


「で、ですが、おれは、その…庶民ですし…!ここに入れたのは特別な許可があってのことというか…本来は部外者ですので、そんな男児と二人きりなのはどうかと…!?」

「まあまあサクマ様、わたくしに何かしようとお考えなのですか?」

「!!? めめめめめっそうもございません!?」


 とんでもねぇこと言い出すな!? この姫殿下!? 俺の小心者の心臓に悪い事を言わないでもらえませんかね!?


「ふふふっ、ならなんの心配もありませんわ」

「……うぐぅ」

「せっかくの愛らしいお顔が台無しですわよ、ほら、微笑んでくださいませ。 今、お茶と焼き菓子を侍女に……ああ、今はいないんだったわね、わたくしが準備しないと。 茶碗は下の階だったかしら…サクマ様、甘い物はお好きですか? 」

「わわっ、ちょ、アリェーニ様!? いえ! いいです! お茶を出さなくて大丈夫ですっ!?」

「まあ! こんなわたくしでもお茶の用意ぐらいはできましてよ、侍女がしている淹れ方を側で見て覚えてますもの!」

「そういう話ではなくてですね…!? あ、ちょっ、アリェーニ様っ!?」


 そう言って、アリェーニ様は両腕の裾をたくし上げて意気揚々とばかりに部屋を飛び出していった。

 ちらりと見えた彼女の両手は色白で細く綺麗な指先をしていた。 明らかに水仕事をしたことがなさそうな手である。 あかん、危なっかしすぎる…! 姫殿下に茶を入れさせるなどさせてはならない…! 俺は慌てて姫殿下を止めるために彼女の後を追いかけたのだった。






「あらサクマくん、書類は終わったの? 早かったわねぇ」

「はい…剛速球で終わらせました…」

「なんだかげっそりしてない? 大丈夫?」

「だ、だいじょうぶです!」


 ウキウキでお茶の準備をしようとしていた姫殿下を押しとどめ、俺はどうにかこうにか肩を並べて机に向かって足早に書類を書き上げた。

 アリェーニ姫殿下の俺への対応はまさに年下の妹……違う、年下の可愛い子供への対応そのものであった。 普段、三人の兄達おうじ国王ちちおや王妃ははおやに甘やかされているのか、お姉ちゃんに憧れている感じが垣間見えていた。

 しかし、一国の王女様と肩を並べて書かなきゃならないなんて、俺の小心者のメンタルが耐えられる訳がない。 稀に見る速さで書類を書き上げたのだが、部屋から逃げ出す時に見えたアリェーニ姫殿下はなんだか残念そうだった。


「あのフラーウさん、おれ…アリェーニ様の勉強部屋に勝手に入ってしまいまして…姫殿下がいらしゃって鉢合わせに…」

「あらあら、アニー姫殿下は熱心にお勉強なさる方だから……って、わたし、机の場所言ってなかったかしら? 本が沢山ある書庫の奥に机があるのよ」

「き、聞いてません…!」


 やだぁ、うっかりしてたわ!と、フラーウさんが寝不足顔で言う。 ううっそんな疲労困憊の顔をしていたら…そりゃあ仕方がないか。


「フラーウさん、お忙しいかと思いますが、魔道具作成申請書の確認、ご都合いい時にでもよろしくお願いいたします」

「うふふっ、ご丁寧にありがとう」


 頭をきっちり下げつつ、俺は出来たての書類をフラーウさんへと手渡した。 魔道具六つ分きっちり。 書類をめくりながらフラーウさんは目を輝かせる。


「たしかに受け取ったわ。 …サクマくんは相変わらず綺麗な文字を書くわね! ざっと見た感じなら問題ないと思うわぁ、後は文官どもの判子を貰うだけね! …ここだけの話、王都で技師の他に魔道具の作成申請をするのはサクマくんともう一人ぐらいしかいないし、明日までに許可を出させるわ」

「えっ、…前回は数日はかかりましたよね?」

「まあね。 けど、今回は特別だもの! 宰相の依頼で必要な魔道具でしょう? 王国の最重要事項に繋がるし、引いてはわたしたち宮廷技師にも関わる重要な案件だから。 それはもう裏でビシバシと文官のお尻をひっぱたいて急がせるわよ!」


 フラーウさんの話によれば、例の人族に課せられた約束事のせいで技師のチェックの他、宮廷内の各部署を書類が巡るのだという。 それゆえに許可が下りるまで数日、下手をすれば数週間はかかるのだとか。 だが、宰相様ぐらいの上の者が根回しすればショートカットできる方法があるらしい。


(考えてみれば、枯渇気味だった純魔石の数が魔石鉱を見つけたことによって解消される…ってことはつまり)


 純魔石の加工や故障、魔力切れを起こした魔道具の補充諸々の技師のお仕事が増えるということだ。 …なるほど、忙しいそうにしている訳か。

 フラーウさんは青紫の瞳を使命しごとへの熱意を燃やしてギラギラしている。 普段はぽわぽわふわふわしているけれどフラーウさんは仕事の人なんだなぁ。


「予想より早く許可を出していただけるのは嬉しい限りですが…あまり無茶はなさらないでくださいね」


 チラリとフラーウさんの地下のデスク周りに視線を向ければ、あちらこちらに修理待ちの魔道具や加工前の魔石、様々な部品が転がっていた。 奥のデスクには道具に埋もれるようにエレガテイスさんがむしゃらに魔力調節に集中している。

 雰囲気はさながら戦場のような散らかりっぷりであった。 まさに修羅場真っただ中…締め切り…原稿…うっ、頭がっ!


「もちろん! 倒れるようなことはしないわ、体が資本だもの。 わたしが倒れてしまったら後輩のエレガテイスしか動けないし、そうなったら王都の技師塔は機能停止よ」


 疲労困憊気味の雰囲気を隠しきれてないフラーウさんが言っても、その言葉はあまり説得力がない気がするんだが…。


「…けど、仕方がないとはいえ、赤魔石の処理加工が大変なのよねぇ…。 ただえさえ、修理待ちの魔道具は沢山あるっていうのに…」


 ふと、フラーウさんの視線が部屋の隅に固定される。 釣られて同じ方向を見ると、部屋の四隅にはフラーウさんの背丈を超す程の箱が積み上げられていた。 箱の蓋を押し上げて中身が見えてしまっている。 中身は――大小さまざまな大量の赤魔石だ。


「…ああ、赤魔石は事前処理を施さないと使えませんからね」


 魔物の心臓から獲れる赤魔石。 魔素溜まりの影響で野生動物が魔物化した後、魔物を殺すと全身をめぐる魔力が心臓に集まり結晶化、それが赤魔石となる。

 魔素溜まりでゆっくり時間をかけて結晶化する純魔石とは違い、赤魔石は不純物が混じるのだ。 ゆえに、赤魔石は事前処理をしなければ魔道具には使えない。 と、脳内辞書からの知識より。


「純魔石と比べて赤魔石の質はとても低いわ。 けど、これも大事な資材だから…」


 塵積だな、塵も積もれば山となる刑式。 しかし、


「ですが、これだけの量をたった二人だけでやるのは少し…無理があるのではありませんか? しかも、魔道具の修理をしながらだなんて…」


 これらに加え、純魔石の加工やらなんやらが加算される訳だろ? 無理もくそもない。 明らかにオーバーワークだ。 アリェーニ姫殿下もそりゃ自習するしかないわな。


「…っ! サクマくんだけよ…! この苦労をわかってくれるのはっ…!」

「ぐぇっ」


 ダプンとフラーウさんの大きな胸に再びダイブ。 どいつもこいつも俺を抱き人形みたい扱いやがる。


「ぶはっ! いっ、いっそ、自動に処理できる魔道具作ればいいんじゃないんでしょうか」

「え?」

「ぅえ? で、ですから…自動で赤魔石の不純物を取り除いて精製する魔道具を作ればと…」


 フラーウさんが素っ頓狂な声で両目をぱちくりとしている。 脳内辞書さんからの情報をざっと見た感じ、できなくはないと思うんだが。


「………サクマくんは……そういう魔道具を、作れるの?」

「つ、作ったことはありませんが……やろうと思えばできなくはないのでは…?」


 谷間から顔を見上げると、すげぇ真顔のフラーウさんのご尊顔が見えた。 へ、その表情なに? 徹夜明けのハイテンション切れた? 疲労ピーク達した? はよ寝ろよ?


「「サクマくん、おねがいつくって!!」」

「!!?」


 悲鳴のようにフラーウさんが悲願の声を上げる。 と、いつの間にかこちらの話に耳を傾けていたのか、エレガテイスさんも必死の形相で拝んいた。


「つ、作るのは構いませんが…色々と面倒な契約ごとに違反してません? 大丈夫ですか…?」

「だいじょうぶ! 大丈夫じゃなくても大丈夫にするわ!! 依頼料は弾むわよっ!!」

「ええっ!?」

「しっ、心配しなくても兵器以外なら問題ないし! 極論、殺傷能力さえなければ大丈夫だから! ねっ!先輩!」

「そうよ! いける! ラウルス国王陛下とカダム宰相が頷けばいけるっ!」

「え、あ、はあ……おれで良ければ…作りますが…」


 フラーウさんとエレガテイスさんがすごい勢いで捲し立てる。 勢いに押されて思わず頷く。 その直後、地下の部屋に二人の喜びの声が響いた。


「「面倒な処理から解放されるーーーーー!!!」」

「お、おめでとうござい、ます?」

「サクマくん、素晴らしいわ! やっぱり宮廷技師にお嫁、いえ、お婿に来て!!」

「サクマく、いえ、サクマ様! 大精霊様! いや、神様の化身!!感謝します!!イヤッホォォオゥ!!今日という日に感謝っ!!」

「ええぇ…」


 まさに歓喜、とばかりにフラーウさんとエレガテイスさんが喜びの声を上げた。

 もしかしなくとも、二人にとって赤魔石の精製は泣くほど虚無る作業だったのかもしれない。 あれだけ赤魔石が大量にあるのだ。 それはもう毎日のルーティンワークのようにノルマを設けないと消化できないだろうな。 仕事上、手間が省けるのなら省けた方がいいに決まっている。


 その後、俺は駆け足で赤魔石自動精製器の申請書類を作成し、フラーウさんが各部署のアレコレ面倒な手続きを宮廷技師の権力…もとい、力業で明日にでも仮許可も正式に下りるらしく、俺は魔道具を七つ作ることを許された訳だ。 権力ってすごい。






 ※※※※※






(さて、前金で一千万オーロを貰ってしまった…)


 城の技師塔から飛び出し、俺は城下町の大通りをブラブラと歩きながら思考を巡らせた。

 宮廷からの依頼で魔道具を作る形になった訳だが、報酬として前金で一千万、完成後に三千万オーロ貰う事になる。

 …ここのところ、やり取りしている金額の桁がぶっ飛びすぎ案件。 金銭感覚狂いそう。


(どちゃくそ稼いでるよなぁ…。 組合から前金で一千万オーロ貰った上、更に宮廷から前金に一千万オーロ…合計二千万オーロ…!)


 これで前金だというのだから凄い話だ。

 なんだかすごい金額になっているが、これは夢に見た豪遊が出来てしまうのでは!?と、欲まみれな思考が頭を過る。

 と言っても、日本あちらではないのだから、憧れのメーカーでフルスペックガン積みパソコンを注文したり、三十万以上もする液タブを買える訳でもなく、一体全体どう無駄使いすべきだろうか。 そもそもなんで仕事道具ばっか欲しくなるんだろうな!?


(俺ってタバコも吸わないし酒も飲まないっていうか、贅沢とか無縁の生活しつづけてたからなぁ…外食だって旅行だってろくにしなかった人生だった…)


 稀に散財する機会といえば、コミックスの大人買いに素材&資料集の購入、映画のレンタル鑑賞とか…細やかすぎないか?

 贅沢をするなら美味い飯を食べて温泉でゆっくりしたい! なんてジジ臭いことばかり考えてたっけ。


(…ともあれ、今は魔道具作成の素材を集めなきゃな)


 前金を貰った手前、しっかり依頼をこなさないと報酬全額もらえないのだ。 期待に応えられるよう、貰う金額分はしっかり頑張らねば。


(さて。 素材…魔道具の素材はどこ行けばいいだろ?)


 宮廷にある物で素材になるならとフラーウさんの許可の元、宮廷の倉庫を見せてはもらったのだが…金ぴか!ではなかったが、キラキラ輝く宝石やら繊細な装飾品、手間暇かかってそうな工芸品、高価そうな物ばかり並んであった。

 使わずにしまいっ放しの物だから好きに使っていいよ、と言われてもあまりにもったいないと思ったのだ。 それらを丹精込めて作った職人たちの心情を思えば魔道具の素材にはしたくないと考えるのはごく自然である。

 それに見目を豪華にしてどうするんだ。 オシャンな見目ならまだしも、道具なら性能重視だろがよ。 っていうか、いらないんだったら欲しい人に売ったり譲ったり、貴族版バザーでもすりゃあいいのに。


(…うーん、餅は餅屋。 素材のことなら道具屋に聞くかぁ)


 道具屋の知り合いは一人のみ。 東支部の狩人組合で出会った丸眼鏡が特徴のカボ・カオフマンさんである。 ――が、


「まさかの休み…!!」


 中心街にある大通りの一角にある道具屋マルクト店へと向かうと、入口の扉には木製の板には『暫く私情により数日休業いたします。 店長、カボ・カオフマン』と、書かれてあった。


(そういや…カボさんの御者のオゾンさんはドミナシオンの密偵だった訳だし…。 もしかしたらカボさんも捕まってるとか?)


 思い返してみても、カボさんも密偵であるオゾンさんのお仲間グルとは考えづらいのだが…。


(当てが外れたな…いないなら仕方がないよな…)


 くるりと大通りの別方向へ足を向けようとした時、ぽつりと鼻先に冷たい感触がした。


「…あ、雨だ」


 空を見上げると、晴天だった筈の空には厚い雲が立ち込め、雨がぽつりぽつりと降り始めていた。 雨音は次第に強くなり、道を行く人々は雨を避けるように足早に歩いていく。


(雨期、か)


 石畳の道や店の屋根を打ち始める雨の音は、雨期の訪れの合図のように聞こえた。








「あ、オネットさん、お帰りなさ…!? オネットさんずぶ濡れじゃないですか!」

「狩りしてたら雨に降られた…」

「大変! 手拭…いえ、今すぐお風呂に行きましょ! 風邪ひいちゃう!」


 使えそうな素材やら道具を一通り買い終えた頃に、オネットさんから帰りが遅くなるという連絡が通信魔石に届いた。 俺はそのまま東支部の狩人組合にいるフィエルさんを迎えに行き、寄宿舎でオネットさんの帰りを待っていたら雨にずぶ濡れになった彼女が帰って来たのだった。


「夕方前には雨止んでましたが…傘とか雨合羽持ってなかったんですか?」

「準備しとくの忘れてた…ちっくしょう、今日は小型の魔物しか狩れなかったんだよ~~っ!」


 今日の狩りの稼ぎは羊型の魔物が三頭しか狩れなく、金額的には今までの狩りの中で最低だったそうだ。 彼女はどこか悔しそうに唸り声をあげる。


「あ~、雨期舐めてたわ。 馬でも買って遠出すればもっといい値段の魔物を…」

「狩りの話はいいから、ほら、お風呂場に行きましょ! 外套と荷物取って取って! わっ、手がこんなに冷えてる!風邪ひいちゃうわ!」

「風呂の前に飯だろ、飯! 風邪なんか引かな…ふ、ひ、っぷしゅんっ!」


 ぷしゅん! イケメン女子のくしゃみがぷしゅん、俺は覚えたぞ。

 オネットさんは濡れた外套や鞄を引っぺがされ、問答無用でフィエルさんにお風呂場へ。 数十分後にはホッカホカのイケ女子になったのだった。



「――そんな訳で無事に魔道具を作れそうです」


食堂の隅っこでいつものように何があったかどうかの報告会をし始めた。

俺ら三人の前にはじっくり煮込んだ具沢山スープに小麦色のパンに夏野菜のサラダが並んでいる。 うーん、トマトベースのスープに野菜の甘さが凝縮していてウマい。


「ふぅん、魔道具の許可は下りるのは当たり前だけどさ。 宮廷から作成の依頼って…あれだけサクマのこと警戒してたっていうのにこういう時だけ都合いいよな。 報酬高めにぶんどれよ?」

「もう、オネったら! …けど、宮廷からの依頼とか狩人組合からの依頼とか…サクマはオルディナ王国に来てから一番の稼ぎ手になっちゃったわね」


 桁がバグったかのような金額だものな。正直、俺が一番驚いている。


「稼げないより全然ありがたいことですが…。何分やり取りする金額が高額すぎて腰が引けてしまいます」


 あたりに視線を投げながら呟く。 幸いにも食堂には四人の狩人組の他に人の気配は少ない。 皆、魔物狩りの為に遠出しているのだという。

 以前にも聞いた話だが、雨期になると国周辺の魔物数が少なくなる上に遭遇率も下がるらしく、狩人の中には遠出をして魔物をまとめて狩ってくるのだそうだ。

 雨期が来る来ないの直前に赤魔石の買い取り額がかなり減ったので、皆魔物を狩ることに躍起になっているのだとか。

 いつも食堂を駆け巡っているミテラさんも、今日はカウンター付近でまったりと座って娘さん達とおしゃべりしているほどに寄宿舎は静かになっている。


(赤魔石の暴落は俺のせいでもあるんだけどな)


 うっかり口を滑らせないようにしなければ。 下手をしたら狩人全体からブーイングを受けそう。


「高額な報酬もらうほど、サクマのやろうとしてることはすごいことなんだよ。 だって純魔石鉱だぞ? 国にとってはこの先何十年分の燃料を手に入れたようなもんだ」

「サクマの魔術の知識や魔道具作成の腕は人族にとっては便利すぎるもの」

「…そうだな、あたし達も何度も助けられてるからわかるよ。 だからこそ、害がなけりゃサクマに頼るしかないんじゃないかって。 他にできる奴なんてこの大陸にはいないだろ?」


 心配気な顔のフィエルさんと、マイペースにパンにかじりつくオネットさんが言う。

 魔術がろくに使えないのなら俺に依頼がくるのも頷けるし、なんといっても魔術や魔道具は便利だもんな。


「…ほんと、何か無茶苦茶なことを言われたら私達に相談してね? 宮廷に殴り込みだってしちゃうんだから!」


 フィエルさんがキリッとした顔で宣言した。 そう言ってもらえるのはありがたいことだ。


「宮廷に殴り込みは物騒なのでやめましょうね」

「ええぇ~、私だって殴れるようになったのよ! こうっ!こうしてこう! オネに殴り方は習ったの!」


 シュッシュッ!と拳を突き揚げる動作をするフィエルさん。 ほう、殴り方と。

 ちらりとオネットさんを見つめると彼女はドヤ顔気味に微笑んだ。


「時間がある時に護身術を少しな。 鼻の折り方とか金的蹴りのコツを伝授しといた」

「こうして、こう!シュッシュッ!」

「……おおう……」


 俺の股間の息子さんが痛みを想像して縮み上がった。








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