52.準備期間

 


 翌日の鳴神月、五焔の日。

 フィエルさんを東支部に届けたあと、午前中にオネットさんとともに西支部の狩人組合へ訪れた。


「発見で五百万、全回収で一億。 …どうだろうか」

「……低い」


 VIP用応接間で、皮の椅子に背を預けた西支部の支部長、レアンさんの眉がピクリとあがったのを確かに見た。

 依頼の報酬額は、純魔石鉱の全回収で一億オーロ。 別の純魔石鉱を見つければ、その都度に追加で五百万オーロが報酬として支払われるという話だった。 のだが、


「…新鉱脈発見で一千万、純魔石全回収で十億。 それ以下は安すぎるだろ」


 十億ゥ! それふっかけ過ぎじゃありませんかっ!?とはツッコミ出来ずにいる俺。

 妥当な金額がどこなのかさっぱりだ。 なので、俺はオネットさんの横で出された茶を黙って飲むだけだった。

 真剣み帯びた声でオネットさんは続ける。


「魔素溜まりがある周囲には強い魔物だっている。 それらの駆除に、魔素対策にサクマが魔道具も作るってんだ。 手間も時間もかかる。 …純魔石だけでどれだけの価値があると思う?」


 新しく純魔石鉱を発見するしないは置いといて。

 魔素溜まりにある純魔石を全回収後、王宮は単価で買うつもりではなく、まとめ買いを希望しているのだという。

 狩人組合が創立して三百年あまり。 過去に例がないほど高額な依頼になるようで、王宮側は「言い値で出してあげるけど…正直いくらぐらいが妥当だとおもう?」と聞いて来たそうだ。

 一方、狩人組合上層部は「お国様にはいつもお世話になってるので…一億オーロでいいんじゃ? なんかちびっこの新人だし…」 という話の流れになったとか。

 オネットさん曰く、


「新人だとか子供だとか舐めてもらっちゃ困る。 こっちは命かけてるんだ」


 と、真っ向から言い放った。 王宮側にゴマすりの材料にされるのも癪だとも。


 少なくても特大サイズの純魔石が四千個以上はあったと思う。 それらを適正価格で単純計算すると、二百億オーロを越える価値になる筈だ。

 更に、純魔石がもたらすのは国の防衛強化に魔道具の魔石枯渇問題の解消、魔道具の普及率向上も繋がり、お金に換算できないほど国全体が潤う事にもなる。 それらを考えても、俺達に入るのが一億だけと考えると……少ないのかな。 金銭感覚狂いそう。


「…わかった。 その額で私が王宮側と交渉しよう。 …実は組合の上層部の老害共は王宮側に弱くてね。 狩人組合から特別報酬として二千万オーロを前金として支払う。 依頼内容が完了次第、王宮側に十億を一括で払ってもらおう。 …これで納得してもらえるだろうか?」


 レオンさんはじっとこちらを見つめて言った。 すると、隣にいるオネットさんが俺を名を呼ぶ。


「……サクマ、問題ないか?」

「とっ! …くに、もんだい、ありません」


 変な声色になってしまった。 いきなりこっちに話を振るのやめてもらえませんかね!?


 報酬額が決まった後、魔素対策の魔道具作りに関して根掘り葉掘り聞かれたのだが、まあ、契約絡みで俺は魔道具についてはふんわり説明しかできない。 それに、実際に動けるのは俺とオネットさんのたった二人だけ。

 レアンさんには俺が魔道具を用意してくれるのなら、狩人側から助っ人を出そうとも提案されたが、


「…断る。 危険な場所だ、ある程度顔見知りの奴じゃないと…信頼関係がある奴じゃなきゃ一緒にやれない。 報酬の分け前で揉めるのも御免だしな」


 オネットさんが難色を示した。 俺自身も知らん奴をパーティーに入れるのは抵抗感がある。


「人手があるのは助かりますが、魔道具関係については色々と面倒な契約ごとが絡んでいるので…。 準備が整い次第、純魔石の回収をし始めようと考えていますが、その過程で人手が必要になりそうなら改めてレアンさんにご相談を致します」

「…そうか、わかった。 我々は魔道具作成についてはよくわからないからな…」


 回答を先延ばしで茶を濁す。 日本人の悪習よな、これ。


「…そうか、わかった。 もし狩人組合側で他にできることがあるのなら言ってくれ、出来る限り協力しよう」

「はい、よろしくお願いします」


 レアンさんの側近っぽい人が静々と俺達の前に依頼書を差し出す。 そして、その横には銀のトーレの上に黄金色に輝く小金貨二枚。


「この書類に署名を。 これが前金の二千万オーロだ」


 書類に俺とオネットさんが名前を書くと、百円玉を長方形にカットしたかのようなサイズの金貨を受け取る。 一般庶民はなかなかお目にかかれない額だ。


「――では、良い成果を期待しているよ、オネット嬢、サクマ君」

「ご期待に沿えるよう、努めます」

「どーも、報酬分はしっかり働くよ」


 レアンさんと俺達は固く握手し、俺達は正式に依頼を受けることとなった。






 ※※※※※






「――……アレで正解だったと思うか?」

「高いか安いかの話でしたら、おれにはわからないですよ」

「…だよなぁ…」


 西支部での話し合い後、狩人達からの視線を避けるようにそそくさと離れた。 俺が借りている西支部の寄宿舎の一室へと駆け込んでひそひそと声を潜める。 そんなことしなくとも、隠蔽魔道具で声は漏れないようにしてるんだけど。


「二百億以上の価値があるんだぞ? なのに、一億オーロだけってケチりすぎだろう。 舐められて安請け合いは駄目だ。 ……だから区切りがいい十億って言ったんだけど…もっと釣り上げてもよかったかもな」

「それ以上となると、なんか怖くないですか?」

「…変な所で庶民気質だよな、サクマは」


 何言ってんだ。 俺は根っからの庶民、むしろ底辺民草だぞ。

 小さく笑うオネットさんに、俺はハッとして鞄を漁り始める。


「あ、そうでした。 おれ達も報酬の分け前について話さなきゃいけませんね。 ええと…」


 組合からもらった前金の小金貨一枚を、オネットさんへ差し出した。


「分かりやすく前金も報酬も半々ってことで。 一千万オーロ、受け取ってください」

「……多くない?」

「何を言い出すんですか、オネットさん…」


 渋い顔になるオネットさんをスルーし、俺はぐいっと彼女の手に小金貨を押し付けた。 これは彼女が受け取るべき報酬なのだ。


「オネットさんには危険度の高い場所で手伝ってもらうんですから。 受け取ってもらわないと困ります」

「…わかったわかった。 あ~~この金額受け取ると魔物狩りで稼ぐのが阿保らしくなってくるな…」

「任務が終われば五億も受け取ってもらいますよ」

「ご、五億か…。 ……正直、あたしは一割か二割ぐらいで十分なんだけど…」

「十億なんて金額、怖いので半分背負ってください…」

「…ふっ、怖いってなんだよ、怖いって…」


 そう言ってオネットさんはくつくつと声を潜めて笑う。 どこか楽しそうに緑色の瞳を細めてこちらを覗き込んでくる。


「で? 今は準備期間って事だよな。 私に他にできる事はあるか?」

「ええと……今の所、特に無いですね。 魔道具作成の申請に、何度か王宮へ通わなくちゃ行けなくなるので。 許可が降りたら魔道具用の素材を探して……うーん、二日あれば作れるかな…? それが出来たらまた王宮で検査して…」

「げえ…契約ごとが絡むと面倒だなぁ…」

「違反するとおれは大陸を追い出されてしまいますから。 仕方ないですよ」


 オネットさんの心底嫌そうな顔をして、パスとばかりに両手を上げて降参のポーズをした。


「あの腹黒ばかりがいる場所はどうにも苦手だ…。 王宮関連はサクマに任すよ。 あたしは出番まで魔物狩りでもしてるか」

「わかりました、ここで一旦解散ですね。 …できる限り早く動けるように急ぎますから」

「急ぎすぎて魔道具作り失敗するなよ?」

「そんなヘマはしませんよ」

「おう、頼りにしてるよ、サクマ」

「……そ、ソレハドウモ…」


 彼女はニカッと微笑んで俺の頭を優しく撫でた。 稀に見るデレが、最近はよく見るようになってきている気がする。




 オネットさんが魔物狩りに平原へ行くのを見送った後、俺は魔道具作成許可申請の為にオルディナ城へと向かった。 急げば今日中に申請をねじ込めれるのではと思ったからだ。


「コウ・サクマ、今日は魔道具作成許可の申請に登城したとの事だが…」

「は、はい? 何か問題が…?」


 城へ繋がる大きな門で若い兵に声をかけられ、俺は思わずきょどる。

 王宮関係者ではない俺のような庶民には、登城する度に身分やら目的やら王宮のどこへ行って誰を訪ねるのかと質問されるのだ。


「いや、問題はない。ただ…魔道具作成許可の担当であるフラーウ・サブラージ技師様がご多忙らしいので、技師塔にまで直接来てほしいと連絡が来たのだ。 案内するのでついてきてほしい」

「…わかりました」


 怪しい奴め!という展開にならなくて安心した。 城を出てから何度か来てはいるものの、今だに門を通る度に挙動不審になる小心者なのでつらい。


 硬派で立派なお城を回り込むように城壁側へ進めば、窓一つもない厳重そうな塔が視界に見えくる。 フラーウさんの職場である技師の塔だ。


「フラーウ技師様が中でお待ちだ。 扉の前にある台座に手をかざして入るといい」

「はい、警備ご苦労様です」


 技師塔を守る兵の一人が俺の顔と書類を眺めて門の奥へ促した。 頑丈そうな扉の横には見覚えのある細長い台。 防犯系の魔道具の一種だ。

 以前、フラーウさんはメダルのようなものをかざして中へ入っていた記憶がある。 俺は言われた通りに台座へ手をかざして魔力を流せば台座はすぐに起動した。

 がこんがこん、ガチャリ、と鍵が落ちる音がして扉が開き始める。


「お、お邪魔しま~す…」


 扉が閉まる前に俺は中へと体を滑り込ませた途端、ひんやりとした空気が頬を撫でた。

 入口近くのエントランスフロアーの場所には数十個の木箱が無造作に置かれ、相変わらず人の気配がしない。 これで技師の仕事場だというのだから一体どんな体制で仕事を回しているのだろう。


(前に来た時より箱の量が多くなっているような…)


 重なる木箱の中に収められているのは大量の魔道具のようだった。 全部修理待ちなのかなと眺めていると、どこからカツンカツンと足音が聞こえてくる。


「サクマく~ん! お久ぶり~っ!」


 フロアー奥の階段から、大きな胸をダプンと揺らして淡い桃色の髪の美女が駆け寄ってくる。

 フラーウ・サブラージ、宮廷技師の美人なお姉さまだ。 彼女と会うのは城を出た時に話したっきりだったかな。


「フラーウさん、ご無沙汰して…という程でもありませんが、ご多忙みたいでん゛ぶっ!?」

「サクマくん~そうなのよぉ~~!やることが多くって困ってるの!」


 ダプンと大きな胸に顔が埋まった。 丁度いい位置に俺の頭があるのか、フラーウさんの胸の谷間にズッポリ。 あ、珈琲の香りがする。 実はこの世界にも、あの黒くて苦い飲み物はあるのだ。


「一週間と六日ぶりのサクマくんねっ! う~~っ、この未成熟な細い手足!薄い体! これよ、この職場には癒しと潤いが足りてない! …所でサクマくん、今からでもいいから宮廷技師にならない?」

「…ぷはっ! フ、フラーウさん、もしかしなくとも徹夜明けですか…!?」


 明らかに徹夜明けの謎テンションだな!? 慌てて彼女の豊満な胸元から見上げると、フラーウさんの表情はどこか疲労の色が浮かんでいるような気がした。


「上がってくる前にきちんと身だしなみは整えて来たんだけど…わたし、疲れてる顔してる?」

「…なんとなくわかりますよ…珈琲の香りがしてますし」

「あらあら、移り香かしら? 興奮作用と覚醒作用があるからつい飲みすぎちゃって…」


 たしかに徹夜の作業のおともにはブラックコーヒーが一番だ。

 その次はストレートの紅茶。 ヤバいって時は栄養ドリンク。 例のエ〇ジードリンクとモ〇スタードリンクは禁断の飲み物だ、俺には効きすぎて駄目だった。 心臓への負荷がやばすぎて飲むとシンドイのだ。


「サクマくんが宮廷技師になってくれたら、わたしたちの負担も少しは軽減されるとおもうんだけどぉ…」

「…ざ、残念ですが、おれは数日前から狩人に就職しましたので…」

「ああん! カダム宰相から聞いて知ってるわよ! も~~、なんだってあんな乱暴で血なまぐさい職を選んじゃったの~~!?」

「狩人の方が手っ取り早く稼げるというか…」

「宮廷技師だって高給取りよっ!」

「その分、契約で雁字搦めじゃないですかっ」


 フラーウさんのテンションが妙に高いが、徹夜明けはこんなもんだ。 このノリが続いている状態なら疲労度は初期段階。 身に覚えが痛いほどあるからわかるぞ。 これが過ぎれば一気に口数が減り、疲労度もピークになる。

 年齢で自覚症状も様々だが、十代とか二十代前半ならまだ回復力があるものの、無理をすればするほど身体やメンタルに異常が出てくる。

 なのに、忙しさに気を取られすぎて自身の体調は見て見ぬふりをしてしまう訳で。 疲れたな、怠いな?って段階でしっかり休んでおかないと後に響くんだぞ。ある日当然、ころっと死んだ俺のようにな!


「…徹夜での作業はあまり感心しませんよ。 体は大事にしてください、フラーウさん。 …なんて言ってられないぐらい差し迫っているのかもしれませんが…。 仮眠や休憩は取ってますか? 食事は? 作業が長引けばどうしたって効率も集中力も落ちていきますよ」


 炭水化物を食べると血糖値が上がって眠気が増すから、出来れば歯応えのある食べる方がいいかな。 顎の動きは脳への刺激になるし、合間に体を動かすのも眠気解消にもなる。

 徹夜を生き延びる小技をブツブツ呟いていたら、フラーウさんがブルブルと震え始めたことに気がついた。 疲労度が限界突破したか!?と心配になって見上げると潤んだ青紫色の瞳と視線があった。


「さ、サクマくん……欲しい!!」

「ぐぇっ」


 俺はまたデカパイで溺死しそうになる。 その欲しいという言葉はアレか、即戦力として欲しいって事だろうな。 ええい、抱き枕みたいに締め上げるのやめろ!


「やっぱりサクマくんには宮廷技術になってほしいわぁ~!」

「ぶはっ!ですから、おれはもう狩人職に…」

「…フラーウ先輩、何呑気に立ち話してるんっすか…」


 気づくと階段上からボサボサ頭の女性が顔を出していた。 彼女もフラーウさん同様、疲労の色が見える目元をしている。


「あら、エレガテイス、起こしちゃったかしら。 少しは寝れた?」

「あ゛~…三十分ぐらいは…。 これ以上寝てたら半日は目覚めない自信があるんで…」


 仮眠の利用は計画的にってやつだな。

 エレガテイスと呼ばれた彼女はフラーウさんの後輩にあたる宮廷技師の内の一人だ。 以前、城で検査やら調査された時に顔を見たことがある。


「地下の机の近場にある箱の中身、修理やれそうだったら三つ分ぐらいやってて。 わたしはサクマくんともう少しお話してから作業に戻るから。 あ、ただし作業は昼までよ、それ以降は途中でも作業を止めて嫌でもガッツリ寝て頂戴!」

「…けど、先輩…今日中に直さなきゃいけない魔道具が…」

「安心して、残りはわたしがやっとくわ」

「…っしゃっ!風呂入って寝れる! 承知しました!残り三つ分、頑張りま~す!」


 そう言うと、エレガテイスさんは地下への階段を転がるように降りて行った。 エレガテイスさん…ファイト…!


「お忙しい中ほんと申し訳ないんですが…魔道具作成の申請書を頂けたら幸いです。 六つ程作る予定でして」

「ええ、サクマくんが大きな純魔石を採掘した事も、組合を通して依頼を送ったっていうのも聞いてるわ。 それで魔道具を作りたいのよね?」

「…その情報元はカダム宰相様からですか」

「そうよ、カダム宰相は貴方の活躍に期待してるみたい」


 あまり嬉しくない期待だなぁ…。


「うふふっ、そんな顔しないで? 地下の作業場は荒れ放題だから…上にある三階の部屋で書類を作成してもらえる? 出来たらわたしに声を掛けて。 十五時頃までは作業してるから。 あ、申請用の書類を持ってくるわね」


 そう言ってフラーウさんは奥の部屋へと駆けていき、すぐに大き目な羊皮紙の束を持って戻って来た。


「はい、申請書。 書き方は覚えてる?」

「以前、申請した時に教えてもらいましたから、きちんと覚えてますよ」

「サクマくんは物覚えがいいわね~、賢い子はおねえさんだぁいすき!」

「ははは…それはどうお゛ぐぇっ」


 レモンを絞るかのようにフラーウさんは俺をぎゅうぎゅうに抱きしめたのだった。


 ハイテンションなフラーウさんは作業場へと戻り、俺は技師の塔の上の階へ上がる。

 塔の二階部分は仮眠室と休憩所らしく、大きなソファーにテーブル、鑑賞用植物があったりと室内は窓もないのに明るく涼しい。

 よく見れば、照明の魔道具に空気清浄機とクーラーが合体した魔道具が置かれてあった。 異世界クーラー便利ィ! リラックスできる休憩所があるのは点数高い。

 けど、作業量が尋常じゃなさそうだからプラマイゼロ…むしろまだマイナスかな…。


 更に上の階へ登ると細い廊下に三つの扉が見えた。 はて、三階と四階は書庫関連だと言っていたけれど。 どこかに机でもあるのだろうか?


「お、お邪魔しま~す…」


 手前の扉をノックしてから開けて中を覗く。 一番手前の右手の部屋は書庫のようだった。 本棚に大量の本が収められている。 ちらりと見えた背表紙には魔術文字関連の物だとわかるタイトルばかり並んでいた。

 今更だが、完全に俺は部外者だけど自由に出入りしていい場所じゃないよな…? けど、今だにこの塔の門には俺の情報が消えずに残ってるあたり、信用されているか警戒されなくなったかのどちらかだろう。


 更に書庫の向かえの部屋の扉を開けると、そこは小綺麗に整った書斎のような雰囲気の部屋だった。

 いくつかの本棚にソファーと小さなテーブル。 壁側にはシックな色合いの机が置かれてあった。 ここで書けってことかな?


「さて、書類作成だな」


 魔道具作成申請書の書き方は複雑怪奇でとてつもなく厳しい、という訳ではない。

 第三者に情報が漏れないよう特殊な制法で作られた羊皮紙に、魔道具の用途、使用目的、使用方法を丁寧めな文章でまとめて出す。 それを宮廷技師が二人体制でチェックし、問題が無ければ仮許可が下りる。

 魔道具が出来れば、再度申請書をまとめて魔道具と一緒に提出。 仮申請の内容の物と違いがないかどうかを調べ、殺傷能力の有無を調査、問題がなければやっと許可が下りるのだ。


(だからって、魔術文字の情報は記すな残すな!っていうんだから面倒だよなぁ…)


 魔術文字について紙に記せば契約違反になるが、魔術文字以外、つまりは共通語で魔道具の説明をするのはOKという。 他にも色々と契約の抜け穴は探せばありそうだが。


(必要なのは魔素対策の魔道具と、純魔石を引っこ抜くそれ用の道具。 それに収納袋も手持ちが心細いからいくつか作っておいた方がいいな)


 あの空洞の天井にある純魔石を引っこ抜くためにも、靴裏に引っ付ける魔道具も必要か。

 俺は単独で長距離を転移できるからいいけど、オネットさんと一緒に転移するのは危険だ。 だからこそ、オネットさんを単独で転移させる用の魔道具を作ろう。 そうすれば移動が楽になる。

 それに通信魔石の受信距離を延ばす拡張機だな。 あんまりにも離れたらフィエルさんと連絡取れなくなるし。

 作る魔道具は合計六つ。

 事前に考えを脳内で反復するぐらいには考えてはいたから、文章にまとめるのは楽だろう。


 鞄から引っ張り出したインクとペンで羊皮紙に書き綴り、文章がまとまったら清書用に再度書き直す。

 地味な作業だがペンを握るのは嫌いじゃない。 この感覚がしっくりくるのはアナログ時代につけペンを使っていたおかげだろうな。


(緑秀月に目が覚めたから…三ヶ月近く絵を描いてないのか…)


 思い返せば死ぬ間際、カラーイラストや漫画を描く際の環境は大体がパソコンや液タブを用いたデジタルが主流になっていた。

 勿論、アナログで描き続けている作家も少なからずいるが、プロからアマに渡ってデジタルで絵や漫画を描くのが当たり前の時代。

 その前はアナログで俺も書き続けていたのだが、何しろ素材費が馬鹿にならないのだ。

 トーンという濃淡を表現できる透明なシールの素材は読み切り分だけで二万から三万円分を消費していたのが普通の時代もあったほど。

 懐かしいなぁ、寝起きに鼻の穴や靴下からトーン削りカスが出てくるなんて話は同業者あるある話になっていたっけ。

 アナログからデジタルに移行する時に色々と苦労した。 逆にデジタルには金がかからないかといえば、パソコンを三年か五年おきに買い換えたり、周辺機器を買いそろえなければならないんだが。


 人生の半分以上を捧げて描いてきた。


 親指と中指のペンダコが変形するぐらいには、それこそ文字通り描いてきた。 なのに、


(…また、描きたいだなんて思ってしまうのは、馬鹿すぎるんじゃないか?)


 時折、無性に描きたいという欲求が沸く。

 それに気づかないようにしていたけれど、ペンを長く握るとダメだ。 嫌でも自覚してしまう。


(漫画っていう娯楽がないこの世界で描いたって、誰も読んではくれないだろうな)


 日本は漫画大国で知られている。

 プロアマ関係なく、紙にコマを割って台詞を書いて絵を描けば立派な漫画になるのだ。

 SNSで流せば大勢の人の目に触れ、うまくいけば商業に乗っかる事もできる時代になっていた。

 漫画が親しみやすい時代ということ、つまりは大半の人間がということだ。

 吹き出し中の文字が台詞だということ。 右から左下へ読むこと。 喜怒哀楽の表現、躍動感の表現、表現の意図に気づける洞察力と観察力。

 皆、何度も漫画に触れて読んできたからこそわかる漫画の読み方楽しみ方だ。


 それがこの世界では通用しないのが目に見えてわかる。 ここでの娯楽は活字が織りなす小説が主流だ。 小説の挿絵を見れば、それは美術画のような写実的な絵が使われてあった。

 一方、俺が描くのは瞳が大きくデフォルメされた絵。 馴染みがなければ受け入れられない可能性が高い。


(漫画を描いたとしても、理解されなくて投げ捨てられるのが関の山だ)


 そもそも俺は何を描くというのか。 死ぬ前は、あんなに自身の創作漫画が描けないと苦しんでいたのに。

 そんな悶々とした雑念を振り払いながら、俺は淡々と紙に文字を書き綴った。


 一時間経とうとしていた頃だろうか、不意に部屋のドアがガチャリと開いた。


「…だ、誰…?」

「!? へっ…!?」


 驚いて振り返ると、扉には十六歳ぐらいの蜂蜜色の髪が綺麗な女の子が立っていた。

 柳色の瞳を真ん丸にさせて俺を見つめている。 …あれ、どっかで見た顔だ。 どこで見たんだっけ?


「――さ…サクマ様? なんでここに…」

「え? えっと…あの…?」

「…ヴィオお兄様のお体が完治した祝いの席以来ですわね、サクマ様。 …まさか、わたくしの勉強部屋にいらっしゃるとはおもわなくて…驚いてしまいましたわ」


 クスリと目の前の彼女が笑う。

 ヴィオお兄様ってイズロヴィオ殿下の愛称だったか。

 魔物に襲われて体が不自由だった第二王子、彼の怪我はフィエルさんが治して完治した。 そして、その愛称を呼んでいたのはたった一人だけ。


「あ、アリェーニ様…!?」

「あら、気軽にアニーとお呼びください、サクマ様」


 そう言って、王女であるアリェー二・エヴィエニス・オルディナ、末っ子の姫殿下は綺麗に微笑んだ。









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