31.検査と修理と短期観光編

 

 ガチ拘束具とお薬での強行調査。 かつてないほどの大ピンチだ。

 俺が混血児モドキの人外だとバレるのだけは回避しなければ…!


「お薬が効かないのなら仕方がないわね。 この際だから聞いちゃうけど…サクマくんは心臓に重い欠陥があってお父様が術式を施して延命した、国境門でそう説明したそうね?」


 思わず喉がごくりと鳴る。

 そんな俺を尻目にフラーウさんは俺の胸元を片手で撫でた。 ゆっくりとした撫で方はじれったくてゾワゾワしてしまう。


「皮膚に術式を入れ墨として彫るのはドミナシオンの手法として知っているわ。 でも、外側と内側では話が違う。繊細な臓器にどうやって術式を施したのかしら? それに、サクマくんの身体には開胸跡が無いわね? 」

「………」


 俺が焦って考えた設定を並べないでください。 辻妻に綻びが。


「貴方の心臓に施された術式と、結界の術式が衝突して魔道具が壊れたことは有り得なくはない。けど、強固な作りの結界魔道具が押し負けて壊れるなんて信じがたい事象よ。 …だからこそ、サクマくんの心臓に施されている強力な術式を少し検めさせてほしいの」

「…っ、」

「動揺してるわね、そんなに視られるのが嫌?」


 嫌です! それはもう嫌です、お断りしたいです!とは言えずに視線が泳ぐだけ。 短縮術式使って逃げ出すべきか? 術式さえ使えば枷はどうにでもなるけど、


(…今、逃げたら…はどうなる?)


 このタイミングで俺が逃げ出したらオネットさんとフィエルさんはどうなるだろうか。 彼女達が無事に暮らせるかどうかの瀬戸際なのに。


(できることなら穏便に!穏便に回避したい!)


 フラーウさんは俺の心臓の術式が見たい!でも俺は見られたくはない! ならば、


「ど、どうやっておれの中身を見るっていうんです…!まさか裂いて見るつもりですか? おれは確実に死にますよ…!そうなれば人族は…!」

「ええ、そうね。サクマくんに何かあればわたしたち人族は契約に反して絶滅してしまうわね」


 俺は混血児モドキだから、うっかり死んでしまってもオルディナ王国、ひいては人族にはなんの損失もない訳だが。


「けど、大丈夫よ。サクマくんを切り裂いて中身を視る訳じゃないから」

「――へ?」


 鑑定術式でも俺の身体には効かない。 物理開いて視る他にどうやって?


「〈触診手しょくしんしゅ〉を使うから安心して」

「し、触診、手…?」

「わたしだけが使うことができる力、神からの祝福の力よ」

「へ、祝福…!?フラーウさんが…!?」


 そうよとばかりにフラーウさんが微笑んだ。

 まさかのチート。 神様や女神様が気まぐれに地上の人々に与える祝福の力、魔術とは違った特殊能力だ。フィエルさんも同じく祝福持ちだが、まさか祝福持ちが側にもう一人いただなんて。


「伝承にある〈鑑定眼〉の下位にあたる能力でね、もともとは医療で活用できる力なのよ。 「触れたモノ」を「診断」するだけの力。 だから、対象者の命に係わるような害はないから安心して?」


 安心できません。つーか、俺の身体を知られたくはないんですって!


「で、ですが、おれの心臓にある術式は…ほんと繊細で…!これで何かあれば生命の危機でして!?」

「ちょっとだけ。ほんの指先だけだから」

「指先だけって信じられる訳がな、っ!?」


 フラーウさんの片手が光り輝いたと思った瞬間、指先から手首まで透けて見えたのだ。 その透ける指先が俺の胸元へ伸び、


「ぁう゛っ!?」

「少しだけ、大人しくしてね?」


 フラーウさんの指先がずぶりと俺の身体へと沈み込んでいった。 なにこれなんだこれ!?

 痛みはない。だが、耐えがたい違和感があった。 じわじわと身体に異物が入り込む感覚に全身が硬直して息が詰まる。


 ――キモチワルイ。


「んん?…やっぱり、意識があるから反発されちゃうわねぇ」


 フラーウさんの困った声と面前に綺麗な顔があったが、眺める余裕なんてこれっぽっちもない。

 一番触れられたくない箇所に異物が侵入するという強い違和感に、俺は呻き声を上げるしかなかった。 額から汗が流れ、心臓がバクバクと鼓動を強く打ち始める。


「力まないで。深呼吸深呼吸」


 じれったいほどにゆっくりと、フラーウさんの指先が俺の中へ入っていく。 その五本の指が完全に沈んだ瞬間、俺の心臓の表面を指先が触れた感覚がした。


 湧き上がるのは無数の虫が身体を這う程の嫌悪感と押さえきれない拒否反応。


 ―― や め ろ 。


「?サクマく、っ、――きゃあっ!!」


 何かと何かが激しくぶつかり、弾かれる感覚が全身に走った。

 気づけば俺を中心に突風のような魔力波が放たれ、フラーウさんが後ろへと吹っ飛ばされる。

 俺が縛り付けられた椅子も余波で転倒し、石畳の床に倒れ込んでしまった。


「…ぅぐ……」


 バクバクと鳴る心臓がうるさい。

 歪む視界の先、壁際に桃色の長い髪を投げ出して倒れるフラーウさんの姿が見えた。


「…フラーウ、さん?」


 返事がない。

 吹き飛ばされた時にどこか怪我でもしたのか、名前を何度呼んでも彼女はぴくりとも動かなかった。


 思わず、反射で魔力の塊をぶつけてしまったのだうか。 自分の魔力量の高さを忘れていた。


(怪我…したのなら…手当しないと…)


 傷つけるつもりなんてなかった。

 身体の枷を切断する為に短縮術式を発動しようとした瞬間、ぐわりと視界が揺れて正しく発動しない。

 触診手の干渉の反動なのか言い様のない気持ち悪さが渦巻いている。まるで酷い車酔いのようだ。揺れる三半規管と思考に魔術文字のイメージが定まらない。


(吐き、そ…)


 冷たい石畳の床に顔をあてて呻いたその時、俺に近づく人物がいたことに直ぐには気が付けなかった。


「――だいじょうブ?」

「…っ…?」

「…じゃあ、なさそうだネ。枷とってあげル」


 どこに潜んで居たのか、ぴっちりとした布面積の少ない黒い服を纏った女の子がいた。

 健康そうな日に焼けた肌に茶猫のような色の髪、黒いお面を付けた姿。そのスタイルには見覚えがある。


「…きみ…スルスで…」


 スルスの宿舎で木の上に潜んでいたケモミミ尾っぽの子だ。


「リー!今は任務中…!監視対象者に姿を見せちゃ…!」

「いいの。 前に一度姿見られちゃってるし、シーはフラーウ技師を見てあげテ」


 リーと呼ばれたケモミミ女の子の横にもう一人女の子が姿を現した。

 同じ布面積が少ない黒い服と黒いお面。 健康的な色の肌にサバトラのような色の髪をしている。髪の色は違うがまるで双子のようだ。

 ああ、彼女が二匹目の監視者ってことか。


「…わ、わかった…リー…でも…」

「うん、ご主人に絶対怒られるよネェ~!」


 なんだか楽しそうな声色である。

 茶猫色の彼女は、俺の両腕と両足の枷を手早く外して床から抱き上げてくれた。

 その頃にはやっと気持ち悪さは遠ざかり、視界も思考もはっきりとしてくる。


「…助かりました、ありがとうございます」

「アハハ、びっくりしたヨ~。災難だったネ」

「いつの間にここに…?技師の他には入れない場所の筈じゃ…」

「アハハ~、それはちょっとネェ~?」


 お面から飛び出しているケモミミが斜め前に傾いた。 長くふわふわな尾っぽもくるんと身体に巻き付いている。 …猫のボディランゲージって良くわからない。 犬なら多少わかるんだが。


「フラーウさんは大丈夫ですか、怪我は…」

「だ、大丈夫…気絶してるだけ…どこにも傷はない…」


 壁際に倒れているフラーウさんを抱き上げているサバトラ色の子に話かけると、驚いたのか尾っぽと耳がきゅっと下がった。


「…えーと…念の為、フラーウさんを医療室に運んだ方がいいんじゃ…」

「そーだネェ。エレガテイス技師を呼んでこよっカ」

「あ、シーが呼んでくる…!」


 灰色と黒が混じった毛色のふわふわ尾っぽを揺らし、シーと自称している子が音も無く駆けていった。


「……。…もしかして、ここに塔に来た時にはもういました?」

「アハ~…うん、アタリィ~」

「…はは…なんだ…」


 それなりに準備されて仕組まれてたって事だ。

 しかも、これはフラーウさん独断の考えじゃない気がする。


 仮にも彼女は技師という重要ポジな人物だ。 数週間一緒に旅をしてきて彼女を側で見てきたが、探究心で暴走するような人物には見えない。…多分。

 俺が塔に入る許可が下りた件も、監視者が二人も潜んでるって事だって確実にもう複数人はこの件に絡んでるだろう。

 謁見予定の国王のご命令なのか、 それとも別の権力がある人物のご命令か。

 何故フラーウさんは個人の考えでだなんて言ったのだろう。 計画した人物を庇ったのか?

 はっきりわからないが、確定していることは一つ。


「…貴女のがこの件の首謀者ですか」

「………さア?ダレダロー?」


 ケモミミ女子は耳を傾けて明後日の方角を見た。 これはアタリかな。


「…リーさん、は…なんでおれを助けてくれたんですか。監視が貴女の仕事なら姿を見せない方が良かったんじゃ…?」

「リーウス」

「へ?」

「リーの名前。リーウスだヨ。もう片方は双子のシーカー」


 茶猫のリーウスと名乗った彼女は、黒いお面からヘーゼル色の片目を覗かせて笑った。ちらりと口元に覗く鋭い八重歯が野性味溢れている。


「リーの事、誰にも言わないでいてくれたでショ? …ありがとネ」

「え、あ、いえ…?」


 その時、壁に背を預けているフラーウさんの体が震えた事に気が付いた。


「……ぅ、ん…」

「!フラーウさん、しっかりしてください!」


 俺はフラーウさんに駆け寄って声を掛けた。頭を打つけた時って身体を動かさない方がいいんだったっけか?

 両手をうろうろとさせている時、耳元にふわりとした感覚がくすぐった。


「…フラーウ技師はリー達がいたことは知らないヨ。 じゃ、またネ」

「あ、リーウスさん!?」


 そう彼女は俺の耳元でケモミミをぴこぴこさせながら囁き、瞬きしたいる間に音もなく駆けて行ってしまった。

 フラーウさんは、ケモミミ双子達がいたことを知らなかった…?


「…んん?…あら、わたしどうしたのかしら…」

「フラーウさん…」


 寝起きの様な雰囲気でフラーウさんが片手で額に触れる。 その手はもう輝いてはいなかった。

 確かに、彼女の指は俺の心臓に触れた。

 彼女は知ってしまっただろうか? 俺が普通ではないことを。


「…すみません…おれ…思わず力んで吹き飛ばしちゃったみたいで…怪我はありませんか?」


 青紫色の瞳がパチリと瞬いて俺を見つめた。


「……いいえ、どこも痛くないわ。…やだ、触診手大失敗したのね、わたしったらダメねぇ~!」


 どこかがツボったのかフラーウさんはコロコロと笑い出した。 その勢いにぎょっとする。


「…ほんとうに怪我してません? 頭とかぶつけてませんか?…とりあえず、医務室に…」

「サクマくんこそ。 本来、触診手は対象者の意識が無い状態で使う力なの。 …とても気持ち悪かったでしょう、魔力暴走を起こしかけたほどに」

「……まぁ…かなり…」


 吐きそうなぐらいには気持ち悪かった。


「なのに、強引に使ったわたしを心配してくれるの?」


 フラーウさんが壁に頭を押し付けて苦笑した。綺麗な眉毛が八の字に下がってしまっている。 ほとほと困りましたって言わんばかりの顔だった。


「そんな顔をしないでくださいよ…文句も言えないじゃないですか」

「あら、卑怯な聞き方だったかしら」


 くすくすと笑うフラーウさんを見つめ、俺はどこかで安堵した。


(…至って普通だ…失敗って言ってたし…体の事は何もわからなかったってことか)


 これで俺が普通ではないと知ったらこんなやり取りは出来ないだろう。 目や表情、どこかが不自然な動きをする筈だ。

 その時、階段の上からバタバタと誰かが駆けてくる足音が聞こえた。シーカーさんが呼んでくれた技師の人だろう。


「…おれの検査、満足しましたか。 あんな事は二度としないでほしいです」

「そうね、わたしもあんな強い魔力波を浴びたくはないわ。…ごめんなさいね、無理強いしてしまって」


 そう言ってフラーウさんは神妙に頭を下げた。 俺的には人外バレが回避できて万々歳。


「わかってもらえたならいいです。おれも力技で吹き飛ばしてしまったので…おあいこってことで」

「…ほんと甘いのね、サクマくん」


 フラーウさんがまた困ったような顔で苦笑した。






 ※※※※※







「――サクマ、何があった?」

「え~…あ~…そのですね…」


 俺は思わず言葉に詰まって視線が泳ぐ。 事前に誤魔化す内容を考えなかったのが悪かった。


 技師のエレガテイス・ホズンの付き添いの元、俺とフラーウさんは宮廷の医務室へと向かった。

 その医務室がある通路で、検査を終えて移動しようとしていたフィエルさんとオネットさん、彼女達と鉢合わせになったのだ。

彼女達二人の護衛だろう、レフィナド副隊長とキエトさんの姿もある。

 オネットさんは俺の顔をみて何かに勘付いたのか、彼女は俺の腕の裾をたくし上げた。


「…何をされた?コレ、どうしたんだ」


 気づけば俺の手首にぐるりと赤く擦った様な跡が浮き上がっている。 手枷の跡だ。

 拘束されていた時に強引に動かしたから赤くなってしまったのだろう。 慌てて手を引込めてへらりと誤魔化すように笑った。


「ちょっとした手違いが…」

「わたしが説明するわ」


 しどろもどろに喋る俺の後ろで、フラーウさんが淡々とした口調で遮る。


「サクマくんに枷をつけた跡よ。サクマくんの身体の中にある術式を調べる為に拘束したの」

「は?…どういうことだよ」

「フラーウさんっ、その言い方はちょっと…!?」


 誤解を受けるような言い方だと思うんですが!? 案の定、オネットさんを見上げればフラーウさんを見据える緑色の瞳が一気に燃え上がったのがわかった。


「……そーかよ」


 耳に響くほどオネットさんの声が低くい。


「フィー、サクマ」

「?オネットさん、何、うわ!?」

「オネ!?」


 ふわりと体が浮いたと思ったら、オネットさんの片腕に抱き上げられていた。 いつもより視界が高くてビビる。


「荷物まとめて城を出るぞ」

「ぅえっ!?」

「…オネ、それ本気?」

「本気だ。街で準備してオルディナを出る」

「ちょ!?なんで急に…!?」


 オネットさんに抱き上げられた俺は問答無用で荷物のように運ばれ、フィエルさんも問答無用に手を引っ張られて廊下を歩き出す。


「――待って、オネットちゃん。まだ、国王陛下と謁見が済んでないわ」


 フラーウさんが神妙な表情で引き留めてた。その声にオネットさんは視線をフラーウさんへと動かすが歩くのを止めない。


「何を話すことがある? は前もって渡しただろう。 ナダフロスの花もドミナシオン帝都の城の見取り図も。 皇族の事から内政に関わっている貴族、高官の情報。あたしらが必死でかき集めたもんは全部渡した」

「イズロヴィオ殿下のお怪我を治してくださるという話は嘘か」


 ふと、オネットさんの足が止まる。

 進もうとした進行方向にレフィナド副隊長とキエトさんが立ちふさがっていた。


(…これは、ヤバい雰囲気じゃないか…?)


 宮廷の廊下で一触即発。女騎士VS亡命組の構図が出来つつあった。

 フィエルさんすらいつもと違う雰囲気だ。 いつもなら柔らかに微笑む瞳は今はどこか固く、冷静に見定めようとしている色が滲んでいる。

 一緒にフラーウさんの手を引いてきてくれた技師のエレガテイスさんも、空気を読んで廊下の壁際へ避難してしまっていた。


「嘘も何も。 オルディナ王国で暮らす権利をもらえるなら要求を飲むつもりだった。 でもな、アンタらがいつまでもならあたし達はここを出ていく。…なら、治す義理はないだろうが」

「っ、だが!」

「だがもしかしもねぇんだよ!」


 レフィナド副隊長が声を上げた同時に、オネットさんの鋭く重い声が遮った。


「はっきり言えばいいじゃねぇか、あたしらが信用ならないって」


 妙に耳を震えさせる声は室温を五度ぐらい下げた気がした。

 もしかしなくとも、俺が思っている以上に、


(オネットさんが、怒ってる)


 彼女は静かに激怒していた。


「アンタらが何を危惧してるのかは知らないけどな。 こっちは言われるまま大人しくここまで着いて来てやったんだ。 …あたしらは仕方がないとしても、サクマに対して一体何が目的なんだ? 疑って試すようなことばかり」

「…それは、あなた達を国に招き入れる為よ。 わたし達もドミナシオンには散々な目に合ってきたもの。 その国からやって来たあなた達を判断する為の検査でしかないわ」


 フラーウさんが静かに言う。彼女もどこか感情を押し隠しているようで表情が顔から抜け落ちて何を思っているのかがわからない。

 連動するかのようにキエトさんが一歩こちらに踏み込んだ。


「国境門からオルディナ王国まで、誠心誠意あなた達の護衛を勤めたでしょう。 少しも恩義はない? せめて殿下の傷を癒してから――」

「ああ、たしかに。 旅の道中は頼んでもいないのに守ってもらってたがな」


 ばちばちと火花が見えそうな程、キエトさんとオネットさんの視線がぶつかり合う。


「こんな年端もいかないガキに重い契約書を結ばせた上、無理やり枷を付けて誠心誠意? 笑わせるなよ、ドミナシオンと変わらないじゃねぇか」

「…聞き捨てならないな。オルディナ王国をあんな野蛮な国と同等と見ないでもらいたい」


 レフィナド副隊長も一歩前へと出る。 その顔はどこか怒り含んだかのような表情をしていた。


「同等も何も、やってる事が同じだって言ってるんだ。 …それに三番隊員のキエトさん? アンタのサクマを見る目も癪に障る。アンタ、一体サクマの何を怖がってるんだ」

「…っ、それ、は、」


 キエトさんの表情に動揺が浮かんだ。

 あ~~そろそろ胃がもたない。なんでこんな空気になったんだ?


「み、皆さん落ち着いて。 オネットさんも喧嘩売らないでくださいっ」


 あまりの空気に耐えられず、思わず声を上げた俺。だが、オネットさんは俺の言葉に反発するように声を荒げた。


「サクマ! 何仲裁しようとしてんだ!お前状況わかってないだろ! 何を調べたいのか知らないがあんまりじゃねぇか!」

「たしかにちょっと手荒なことされましたけど!仕方がないんですってば! 何でそんなに怒ってるんです!」

「どこがどう仕方がないんだ! お前は甘すぎる!だから付け込まれるんだっ!」

「――っ」


 オネットさんの声にびっくりして目を瞬かせた。


「オネ、怒鳴るのは良くないわ」


 フィエルさんがそっとオネットさんの肩に触れると、ふっと緑色の瞳が燃え上がる炎が弱まった気がした。


「…サクマ、お前、変な所は聡いくせにこういう所には鈍感っつーか鈍いっつーか…それともわざとやってるのか?」

「何が、ですか…」

「…サクマ、あたしはが蔑ろにされてるのは我慢ならないんだよ」

「ぇ、あ…」


 ――恩人。


「私もよ、サクマ。…枷を使ってまで動けなくさせて…そんな乱暴な真似をサクマにされるのは嫌よ」


 フィエルさんも俺の手に触れて真っ直ぐに見つめてきた。ああ、フィエルさんも怒ってるのか。


(俺の為に、怒ってるのか)


 咄嗟に出る言葉もなく、唖然としてしまった。


「そんな物騒な国こっちから願い下げだ。 歓迎されてないのならあたし達は――」

「少し、話を聞いてくれないか」


 低い声が場に響いた。

 振り向くと、フラーウさんの後方に長身のがっしりとした体躯の男がいた。

 五十代後半だろうか。 短い白髪交じりのくすんだ金髪にキリっとした薄い水色の瞳の渋いイケオジだった。 黒と赤を基調とした裾の長い服はなんだか身分が高そうに見える。


「…誰だアンタ」

「オネットちゃん、待って。この方は」


 オネットさんがじろりと睨むと、フラーウさんが慌ててイケオジとの間に入ろうとした。 すると、廊下の先からバタバタと数人の足音と声が聞こえてくる。


「…王!国王陛下!お待ちを!」


 こくおーへーか?


「余はラウルス・ヴァシス・オルディナ。この国の玉座を与ってる者だ」


 オルディナ王国のTOP中のTOP、国王陛下でらっしゃった。


 俺を抱き上げているオネットさんの腕が、緊張の為か硬直したのが尻から伝わる。

 気づけばフラーウさん、キエトさん、レフィナド副隊長、エレガテイス技師は一斉に膝を床につけて頭を下げた。

 我に帰った亡命三人組も慌てて頭を下げる。


「頭を上げてほしい。 余の臣下が無体なことをしたと聞いた、その非礼を詫びたい」


 頭を下げた俺達に、国王陛下が目線を合わせるように膝を床へ落とした、

 オネットさん、フィエルさんも動揺しているのか、その姿を見つめたまま動かない。


「ラウルス国王陛下!陛下ではなく、わたしが…!」

「国王陛下!お待ちを!王が謝る事ではありません!」

「陛下!膝を折るなど…!」


 フラーウさん、キエトさん、レフィナド副隊長から悲鳴のような声が次々に上がった。 慕われてる王様なのだろう。


「ああもうお前らうるさいぞ。 臣下の失態は王の失態だろうが」

「――国王陛下、こんな廊下で何をなさっているのです」


 バタバタと走ってきた数人の内の一人が国王に声をかける。

 白と黒の裾の長い服で高官っぽい雰囲気の男だ。 濃い灰色の髪に人が良さそうな若菜色の瞳、現役モデルで活躍してそうな甘い顔のイケオジ。


「とりあえず、こんな廊下で話す内容ではないでしょう。 部屋をすぐに用意します。そこでお話しませんか」


 そのイケオジの提案をオネットさんは遮るように頭を横に振った。


「…無礼を承知で言わせて頂く。 あたし達はここを出ていく身です、もう話すことなど」

「お、おれからもお願いします、オネットさん!」

「…サクマ!だから、なんでお前はなんでそう庇って…!」

「庇ってませんってば!フィエルさん、オネットさん!これはあなた達の今後の人生に関わる事なんですよ!」


 必死に俺も声を大きく上げる。若干、声が震えたが構ってられない。

 横にいるオネットさんの腕にしがみ付いて緑色の瞳を見上げる。


「おれの事で怒ってくれるのは嬉しいです、ですが。…しっかり話すべきです。 それから答えを出したって遅くはないじゃないですか」

「…けど、サクマ…」

「オネ、…話ぐらいは聞いてもいいと思うの」

「フィー!?」


 フィエルさんが俺側についてくれた。よっしゃ、これで勝てる!


「…あーもーわかった、わかったよ…ちゃんと説明してもらわねぇと二人担いででも国を出るからな」


 セーフとばかりに俺は胸を撫で下した。 フィエルさんの鶴の一声、効果抜群です。


「そう言ってもらえるのならばありがたい。カダム」

「はい、国王陛下」


 国王が隣のカダムと呼ばれたイケオジがお綺麗に微笑んだ。


「申し遅れました。私はカダム・ノブレ・ヴォルペ。 オルディナの宰相を務めている者です。 お三方もこちらへ」


 宰相、つまりは総理大臣的な役職、実質TOP2。

 その宰相様に案内の元、俺らは宮廷の一室で話し合う事になった。


(…丸く収まるようにしなきゃな)


 今後、オルディナ王国が安住の土地になるかどうかの瀬戸際。

 フィエルさんとオネットさん、引いては俺のスローライフにかかわる問題なのだ。


 






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