32.検査と修理と短期観光編

 

「まずは礼を言わねばな。道中でデウチ村で起こった事はイロアスから聞いた。 我が国の民を癒してくれたこと心から感謝する、ありがとう」


 偉丈夫そうな国王陛下は目尻を下げて言った。


 アジアの息吹を感じる宮廷の一室に通され、ふかふかなソファーへと俺達は神妙な顔つきで腰を下ろしている。

 高そうなテーブルを挟み目の前にはラウルス国王陛下、その斜め後ろにはカダム宰相とフラーウさん。 さらには壁際にはレフィナド副隊長、キエトさん、気付けばイロアス隊長も加わっていた。

 場所を変えたおかげか、先ほどまでの一触即発な雰囲気は薄れた気がする。


「我が国に住む権利が欲しいという話だったな。 治療の話は無かった事にしてもかまわない。 望むのならば住む権利も与えよう。 勿論、ドミナシオンが何を言ってきても我々はあの国の要望には答えるつもりは無い」

「陛下、ですが」

「彼女達からは貰い受けた物はとても多いだろう、カダム宰相。 それを差し引いても我が国で生きたいというのなら歓迎するまで。 …それに、息子の治療を断られても仕方がないことをしたのだから」


 横に控えているカダム宰相が遮ろうとするが国王陛下はざっくりと跳ね返した。


「親として子の怪我を治してほしい下心はあるのは確か。 だが、強制はしない。 治療の判断はフィエル嬢が決めほしい」

「…考えるお時間を頂ければ幸いです」

「ああ、構わない」


 この王様は恩がある無しにかかわらず、こちらを気遣ってくれる器がデカイタイプなのだろうか。


「あたしもフィーの意思に任せるよ」

「…ありがとう、オネ」


 オネットさんのトゲトゲしい雰囲気も緩まるが、フラーウさんに向けられた緑色の瞳は鋭さが残っている。


「サクマに関してのことはっきりさせて頂きたい。 なんだって騙し討ちみたいな真似をしたのか。 …検査は国境門で済ませた筈です」


 オネットさんの敬語口調にビビる俺。 国王陛下も確認するかのようにフラーウさんへと視線を向けた。


「パトリオティスの提案もあって血の契約書を作成と使用の許可を出したが…〈触診手〉を使えとは言ってない。 枷を使ってまで何を調べたかったのだ、フラーウ・サブラージ。 らしくもないことを」

「…今回の件は全て自分の独断でやった事です。厳しい処分も下してくださいませ。 技師の資格を返上し宮廷からも退きましょう。 それで許して頂けないのならこの首を――」


 重い!その覚悟が重い! フラーウさんが責任を一挙に引き取って辞任しますモードになっている。 こっちはそういう謝罪をしてほしい訳じゃないんだ。


「そっそれは必要ないです! フラーウさん、貴女一人の責任ではないでしょう?」

「いいえ、サクマくん。わたし個人の…」

「なら何故、監視が二人もあの場にいたんですか」

「――――」


 そこでフラーウさんの目が泳いだ。 ほんの一瞬だけだが、彼女の視線が動いた先にはカダム宰相。

 わずかに動揺を見せたフラーウさんとは違い、宰相は微かに微笑んだような顔でこちらを見据えている。


「…どういうことだ?」


 国王陛下の瞳が細まる。その鋭さは鷹の眼を連想させる目だ。

 ぱっと見は豪快そうなおじさんだが、こうして対面すると王様の威厳がある人だった。


「技師の塔には監視役が二人潜んでいました。黒い動物のお面を付けた獣人の女の子…双子です」


 彼女達からしたら「ご主人」から怒られる燃料を投下してしまうだろうが、ここは利用するしかない。


「動けなくなったおれとフラーウさんを助けてくれたのはその子達でした。 …彼女達には恩があります」


 助けてくれたから酷い処罰はしないでくれな、という意味を込めてのお願い&お伺いけん制。

 すると、隣からぽつりとつぶやくオネットさんの声。


「…時々、あたしらとサクマを監視してた奴らだな」

「気づいてたんですか? オネットさん」

「メルカートルあたりからかな。 殺気もないし、悪い視線でもなかったから放置してた」


 オネットさんすごいな!? それはともかくとして。


「ええと…そもそも、私が塔に入る許可を誰が出したのですか? フラーウさんが私の事をどう説明したのかはわかりませんが。 大陸外の混血児を早々に重要施設に入れる訳がありませんよね」


 塔に入れる許可を出し、わざわざ監視二人を忍ばせお膳立てした人物がいる。 直接的な命令は出さずともフラーウさんが強行するように仕向けのではないのか。


「フラーウさんだけ責任を取らされるのは納得できません」


 それはただのトカゲのしっぽ切りだ。


「黒いお面は――オルディナの隠密の者の証だ」


 国王陛下の低い声が響く。


「…カダム、お前が隠密の指揮をしていたな。 全て話せ」

「――はい、フラーウ・サブラージ技師に触診手を使うよう嗾しかけたのは私です」


 カダム宰相が意外なほどにあっさりと認めた。


(…しらばっくれるかと思ったけど)


 リーウスさん達の「ご主人」がカダム宰相ということか。 件の宰相は穏やかな表情を浮かべているだけでそれが何か?レベルで堂々としている。 何を考えているのかが一切読めなかった。


「何故そんな命令を?」

「サクマ殿の正体がいまだ掴めないからです、国王陛下」


 宰相が淡々と語る。


「ドミナシオンは過去に数度、混血児を使い国王陛下のお命を狙った事をお忘れですか。 その時の失態を繰り返さない為の処置です」

「……うむ」


 国王陛下が痛い所を突かれたかのように目を細めた。 何か思い当たる節があるのだろう。


「…だが、カダム。 サクマ殿は契約書の効果で物騒な魔術は使えないだろう」

「国王陛下、彼は結界魔道具を一人で直す程の腕の持ち主。 魔術は封じたにせよ、ドミナシオンとは繋がりが無いことをはっきりさせたかったのです」


 カダム宰相の視線が俺へと向けられた。その若菜色の瞳からは親しみも嫌悪も感じない。ただ、害か無害かを見定めようとしている目だった。


(…あーやっぱ俺、相当警戒されてるってことか。 つか、国王暗殺って映画かよ)


 話によれば、第二王子はドミナシオンの刺客の手により魔物をけしかけられ、王子は妹をかばう為に大怪我を負ったのだという。

 その刺客の者は皆、混血児だったり洗脳術式を体に施された者達だったそうだ。任務を終えれば皆自害させるという厄介な命令も組み込まれているらしい。


「ドミナシオンの非道な行いは我々もある程度知っています。 乱暴な方法で身体への洗脳術式を施す事も。帝都の地下で何が行われているかも」

「……」


 フィエルさんの手が僅かに震えたのを、目線が低い俺からはガッツリ見えてしまった。 この話題は彼女達にとっては辛い話だろう。


「正気のように見えて何かの合図で豹変する可能性もあります。 幾度となく結界を掻い潜り、今もなお戦力を高めているドミナシオンのこと。 また新たな策で国王陛下のお命を狙うやもしれません」

「…だからって、もっと別のやりようがあるだろうが」


 ぼそりとオネットさんの低い声が刺ささり、俺は今だとばかりに声を上げた。


「おれ!…おれ自身、身体の術式については契約にも影響するので喋ることはできません。 ですが、この身にある術式は私がのものです。 危害を加えるような類の術式では――」

「ラウルス国王陛下、その事についてはわたしからも発言をお許しください」


 と、俺の弁明タイムの言葉を遮るようにフラーウさんが床に膝をついて頭を下げた。 そんな彼女へ国王陛下は短くうなずく。 そして、出鼻をくじかれて少し焦る俺。一体、何を言うつもりなんだ。


「…ほんの少しですが、サクマくんの体内にある術式に触れることはできました。 彼の言うとおり、ドミナシオンの洗脳術式の痕跡もありません。 このフラーウ・サブラージが保障いたします」


 全然わからなかった訳ではないのか! たった一瞬触れられただけでそこまでわかるもんなのか!?

 どきりと心臓が跳ね上がったのを俺は表情に出さないよう必死で押し隠した。

 今の発言から察するに、彼女は俺のフォローに回ってくれているようだった。


「――だそうだ。 カダム宰相、気が済んだか?」

「………。…はい、フラーウ技師がそういうのならば間違いはないでしょう。 これまでの非礼をお詫び申し上げます。サクマ殿が望むのならば、フラーウ技師、ならびに私にもなんなりと処罰を」


 カダム宰相は長身の身体を折り曲げて恭しく頭を下げる。 国王陛下も俺の意向に任せるとばかりに言動を窺っていた。 うわーそんな重い決定権を俺に投げないでくれー。


「いいえ、疑いが晴れたのならそれでいいです。 お二人に処罰は望みません」


 カダム宰相もフラーウさんもこの国にとっては重要ポジ要人だ。 そんな要人の首を切って見ろ、下の部下たちが地獄を見ることになる。 下っ端経験者の俺にはそんな極悪非道な事はできない。 そもそも俺のような不審人物に対して当たり前の行動だろうし。


「おお…なんと寛大な! 無礼な真似をしたというのに我が臣下を許してくれるか。 その小さい身でありながらデウチ村で巨大な魔物を倒し、フィエル嬢と共に村人の怪我の治療にあたってくれたと聞いた。 しかも素材を丸ごと譲ったというではないか。 我が国にとっても恩人も同然!――その恩人への無礼な真似は余が許さんぞ、カダム宰相」

「御意に」


 国王陛下の鋭い視線と声がカダム宰相へと刺ささり、宰相は深々と俺と国王陛下へと頭を下げた。 ぴりっとした空気が肌に刺さるようだった。


(…国王陛下と宰相は仲が悪いのか…?)


 国王陛下と宰相の間に溝が見えた気がした。


「臣下が暴走したのは王と民を想っての事とはいえ、本当にすまなかった」

「…一国の王が安易に頭下げないでください。 臣下に恨まれたくはないんでね」


 オネットさんが渋々と言わんばかりに顔をしかめる。

 とりあえずは誤解も解けたっぽいし、ギスギスも過ぎ去ったので一安心。


「はー…どうなるかと思いました…」

「お前はもう少し怒っとけ」

「怒るもなにも…。 おれ自身、第三者から見れば相当怪しく見えるのは自覚していますよ。…オネットさんだって最初はそうだったでしょう?」

「…今それ言うかぁ?」

「ふふっ、警戒してたものね、オネは」


 亡命組の緊張感が一気に崩れ、国王陛下から笑う気配がした。


「詫びついでだ、そなた達の要求はできる限り叶えよう。 住む権利以外に望む事はあるか?」

「…あたしは…、…仕事ができて…暮らせる場所がほしい、です」

「私も同じ願いです。――自由に、心が望むまま人らしい生活がしたいのです」


 言葉にしてしまえばささやかな話だが、オネットさんとフィエルさんの願いは切実さが含まれていた。

 そして、国王陛下の視線は俺へと向けられる。 どうやら俺にも何か言えということらしい。


「…お、おれも彼女達と願いは同じです。 叶うのならばこの国で暮らしてみたいのと…出来れば宮廷にある書庫の閲覧許可を出してもらえたら嬉しいです」


 国王陛下は目じりを下げて微笑んだ。


「恩人達は、いや、余の新しい民は慎ましく勤勉らしい。 とても誇らしく思う」


 国王陛下直々に認められた瞬間だった。






 ※※※※※






 怒涛のお話合いタイムから解放され、宮廷のゲスト部屋へと戻ってきた俺達はソファーでぐったりと脱力した。

 メイドさん達が出してくれたお茶と茶菓子を目の前に三人はすでに疲労困憊である。


「あたしだけ鼻息荒くして馬鹿みたいじゃん」


 緑茶のようなお茶を嗅いでいる俺の横でオネットさんがぼそりと呟いた。 俺がオルディナメンツを庇った発言をしたせいか、少し機嫌が悪いようだった。


「…あ~~…その…オネットさんが、おれの為に怒ってくれて…なんかびっくりしたっていうか…その…」

「なんだ、歯に物挟まったみたいな口ぶりだな。はっきり言えよ」


 じろりと眼光の鋭い緑色の瞳が俺に刺さる。


「オネ! サクマがオルディナ側を庇う発言したからって拗ねないの」

「!? 拗ねてないっ! フィー、変な事いうなよ!」

「その顔は完全に拗ねてるじゃない!」


 フィエルさんがさり気なく援護射撃をしてくれた。 オネットさんは嫌そうな顔で何かを誤魔化すように焼き菓子に噛り付く、その様はなんだか幼い。


「…なんだか照れます」

「なんだそれ」

「う、嬉しかった、です…はい…」


 皆まで言わせるな恥ずかしい。じりじりと頬が熱くなった。

 フィエルさんが満面の笑みで俺を見てニッコニッコしている。


「…そりゃ…怒るだろ。 逆に…フィーが縛り上げられたらお前どーすんだよ」

「えっ」


 フィエルさんの素っ頓狂な声が響き、俺は呼吸が止まった。 想像力だけは鍛えられている俺の脳みそは反射で映像で想像できてしまう。


「…持ってる魔術札を大解放しますね」

「「魔術札大安売り」」


 人をバーゲンセール呼ばわりすんじゃねぇ。

 フィエルさんもオネットさんも、二人が酷い対応されていたらと思うと流石の俺も真顔で切れそう。


「…ありがとうございました、オネットさん、フィエルさんも」

「別にぃ?」

「ふふっ、素直じゃないわね、オネ」

「は~~っ!昼飯まだかなぁ!」


 先ほどまでのシリアス場面から一転、呑気な雰囲気に戻った俺らは宮廷ゲスト部屋で今後についてあれこれと話合い、オルディナ王国二日目は過ぎて行ったのだった。


 その翌日、カダム宰相の部下が持ってきた書類を片手にフィエルさんが決心した顔で宣言した。


「第二王子の怪我、治そうと思うの」


 高価そうな羊皮紙で出来た書面はオルディナ国王お墨付き、オルディナ領のどこにでも定住できる権利書兼証明書だ。ついでに、オルディナ国で宮廷が融通効く職場のリスト。


「妹を庇って出来た傷なのなら…その姫殿下の為に。って、自己満足なんだけど」


 家族を守ろうとしたのなら報われるべきだと。


「わかった。 フィーが決めたのなら反対しない」

「じゃあ、おれは一緒に立ち会って手助けします」

「…ありがとう、オネ、サクマ」


 誠意を見せられたら誠意を返したくなる。 それが人情なのだろうと思う。







 ※※※※※






「息子の怪我を診てくれると聞いたが、本当か」

「はい。 私の力が役立つのなら」


 フィエルさんが治癒の件を騎士や女中さんへと伝えると、執務中だった国王陛下がすっとんで来た。

 カダム宰相とフラーウ技師も駆けつけ、その日の内に第二王子の身体の傷を見る流れになった。


「立ち合い人として私とフラーウ技師が見届ける形になります。それでもいいですか?」

「はい。 …ただ、すぐに治せる場合と時間がかかる場合があります。 実際に見てみないとかわからなくて…欠損があるのなら魔力消費は多いでしょうし」


 カダム宰相がフィエルさんにあれこれ確認している横で、俺は低身長ゆえに短い手をあげて挙手をした。


「おれがフィエルさんの治癒の助力をします。 フィエルさんの魔力消費をある程度抑えられます」

「わかりました、サクマ殿の立会も許可いたします。――国王陛下は執務室にお戻りください。仕事が残っておられるでしょう」

「なにっ」


 国王陛下も立ち会うつもりだったのだろう、カダム宰相のざっくりとした言葉に表情が固まっていた。 そんな国王陛下を気遣ってか、フラーウさんがフォローの一言。


「治療の経過はご報告いたしますわ、ですから執務をお勤めくださいませ」

「…わかったわかった。 国王を早々に追い出すとはな、まったく」


 宰相とフラーウさんに急かされ、ラウルス国王陛下は両手を上げて降伏した直後、フィエルさんへと神妙な顔を向けた。


「フィエル嬢。…息子を、イズロヴィオを頼む」

「はい、国王陛下」


 国王というより、一人の親の顔をしていたのだと思う。 そんな国王陛下をフィエルさんは力強く頷いて答えた。






 宮廷から離れた場所に王族の居住区である奥の宮があり、その一角に第二王子であるイズロヴィオ殿下が養生している。

 大きな室内に、日差しが差し込む大きなテラス。明るい部屋には大きなベッドが置かれ、その上に王子はいた。

 乙女ゲーに出てきそうな顔面偏差値にくすんだ金の髪と薄茶の瞳をした線の細い王子様だった。

 見目は二十代前半のように見えるが、実年齢は三十歳らしい。 王族の血には森人の血が流れていると聞いていたが、直系の王族の血筋の者は人族の平均寿命より数十年程長いらしい。こんなに若く見えるとは驚きだ。


「今日は随分とお客さんが多いな――あなたがドミナシオンから亡命してきた聖女様だね」

「お初にお目にかかります、イズロヴィオ殿下。 フィエル・ノルトエッケと申します」

「コウ・サクマです」

「堅苦しい挨拶はいいよ、この通り僕はベッドから動けない身だ」


 フィエルさんと俺、そして見届け人としてフラーウさんとカダム宰相。

 護衛としてイロアス隊長とキエト隊員、総勢六名でぞろぞろと王子の寝室へとお邪魔している。 ちなみにオネットさんはゲスト部屋で留守番だ。

 数の暴力じゃないが、王子からしたらなんとも気まずいかもしれない。


「殿下のお身体を治癒をさせて頂きたく思います。 お身体を見せてもらっても構いませんか?」

「…怪我をしてからの八年でみっともない身体になってしまったからな…淑女に見られるのは些か恥ずかしいね」


 そういって第二王子、イズロヴィオ殿下は人当りが良さそうな笑顔で笑った。 目じりを下げて笑うその仕草は国王陛下と似ている。


 肉体側の問題もあって回数制限のある治癒術式とは違い、祝福の力である「治癒」の力は制限のない奇跡の力だ。 だが、どんな大怪我もぱぱっと治せる訳ではない。

 フィエルさんの話だと怪我をした直後、数日以内なら欠損した部分も比較的に早く治すことができる。

 切断された身体の部分があるといいらしいが、王子の千切れた腕はなく、怪我をしたのは八年前で時間が経過しすぎていた。

 欠損部分である王子の利き腕は傷口も自然治癒でふさがっている。 失った状態で体は安定してしまっていのだ。

 その癒えた筈の傷を再び開き、細胞から再生することになる。


「今日は腰から下、両足の神経の治癒を致します。 失った腕の治癒には二日はかかるかもしれません」


 八年で筋肉量が減った両足と肘から先が無い腕を見つめ、フィエルさんは静かに王子へ告げた。


「では治療を始めます。 力を使っている最中に痛みを感じるかもしれませんが…できる限り動かずにいてください」

「…ああ、また自身の両足で立って歩けるのならどんな痛みでも耐えよう」


 フラーウ技師、カダム宰相、イロアス隊長、キエトさんが見守る中、フィエルさんがゆっくりと深呼吸して魔石を片手に集中し始めた。

 その横で俺は静かにサポートする為の術式を組み上げる。


(フィエルさんに魔力増強の術式と、魔石への魔力補充と…術式が見えないように認識阻害の術式を範囲指定で発動しておくか)


 合計三つの術式を同時発動だが、デウチ村でも似た事をしたのだから大丈夫だろう。

 静かな部屋でフィエルさんの治療が始まった。 暖かな光が王子の身体を包むと微かに呻く声が聞こえたがすぐに静かになった。

 フィエルさんが言っていた通り、痛みを感じているのかもしれないが王子の表情は至って平常だった。


 彼女のサポートに回って数分だろうか。 額に汗を浮かべたフィエルさんから魔力波動が緩まり、大きく息を吐いた。その顔はやりきったぞと言わんばかりにきりっとしている。


「――切れた神経は繋がりました。 殿下、もう両足は動くはずです」

「…治った、のか?」

「はい」


 王子が懸命に動かそうとしている。だが、神経が繋がろうと八年の間に筋肉は衰えてしまったのか、細い両足はすぐに動く気配はない。


「…フィエルさん、大丈夫ですか?」

「うん、…サクマのおかげで魔力枯渇にはなってないわ」


 流れる汗をぬぐうフィエルさんが柔く微笑むが、集中力を必要とした治癒だったのだろう、少し顔色が白く見える。 と、


「――動いた」


 小さな声が漏れた。 ベッドを見ると王子が瞳を見開いて驚いている。

 彼が見つめる視線の先には痩せ細った両足の先、ゆっくりとだが確かにその足の指が動いていた。


「…八年間、ひとつも動かなかった足が…」

「ヴィオ…!」

「ヴィオお兄様!」

「ははっ、足が、動いてる…父上、アニー」


 痛みにも声を上げなかった大の男が、王族の第二王子が涙を流して嬉し泣きをしていた。

 気づけば、国王陛下と第三王女である姫殿下がベッドへと駆け寄り、王子の肩を抱いて涙を流して喜んでいる。


「家族が恋しい?」

「へ?」


 フィエルさんと俺は空気を読んで部屋の外へと静かに退室した。

 王子がいる部屋からはすすり泣く声や、喜ぶ声が微かに聞こえている。ここは家族水入らずにしておくべきだろうという配慮だ。 同じくフラーウさんや宰相、イロアス隊長達も静々と廊下に出て待機していた。 彼らの表情もどこか安堵の色を浮かべている。


「サクマ、国王陛下たちをじっと見つめてたから…恋しくなったのかなって」

「…別にそうでもないですよ? ただ…」


 扉の前でしゃがみ込み、俺とフィエルさんはひそひそと声を潜めた。


「家族仲が良いなぁと思って」


 何しろリアル俺の家族は仲が悪かった。それゆえに、家族仲がいい様を生で見せつけられると眩しさでなんとも言えない心境になるのだ。


「そうね…、私もなんだか羨ましいわ」

「…フィエルさんには家族、いるじゃないですか」

「え?」


 きょとりと明る青い色の瞳が瞬いた。


「オネットさん、今頃暇してますよ」

「…ふふふっ、そうね、暇を持て余しすぎて昼寝してそう」

「ありえますね」


 廊下の隅で、俺達はくすくすと笑いあった。


 その後二日かけて王子の失った腕を無事に治し終えると、お城はお祝いの雰囲気に包まれた。

 国王陛下並び、長男の王太子殿下、姫殿下、魔物退治で城を留守にしていた三男も帰国しての全快祝杯ムード。

 国王や王族から次から次に感謝の賛美の雨あられを受け、フィエルさんはどんどん疲弊していった。 つまりは対王族への気遣い疲れである。

 オネットさんと俺も慣れない宮廷暮らしが苦痛になりかけた頃、国王陛下からの権利書を片手に市井で賃貸探しをすることになった。


 そう、俺達亡命組は晴れてオルディナ国民となったのである。










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