閑話  招かれざる子供

33.検査報告

 

 初めてコウ・サクマを見た時、生き人形かと思ったものだ。

 眩い白銀の髪に黄金色が混じる緋色の瞳。 陽の下に出たことがないような白磁の肌、細く小さな体は男とも女とも見分けがつかない未成熟な儚げさがあった。

 匠の手で丹念に作り上げられたかのような美しい子供。 雑踏の中でも妙に視線を引くのがコウ・サクマの第一印象だった。 が、


『……デッカ』


 長い睫毛に彩られた大きな緋色の瞳を見開き、わたしの胸を凝視しての小さな第一声。

 桃色の唇から囁かれる声は可愛らしいのに、まさかわたしの胸をガン見して言われるとは思わなかった。


 中性的な美しさを持つ見目で、中身は異性をしっかり意識するおませさんだった。

 彼の体に触れれば頬や耳を真っ赤にさせて慌てふためく。 その姿はとても可愛くて必要以上にからかってしまったものだ。

 身に纏っている服も道具もとても質がよく、喋る言葉は丁寧で文字も計算も出来る。食べる仕草や礼儀作法もそれなりに教育されている立ち振る舞い。

 てっきりどこかの高貴な出自なのかと疑ったが、本人の話だと人里離れた孤島で父親と暮らしていたという。


 喋る内容も子供らしい所があまり無い。

 十歳かそこらの子供なら、突拍子も無い事をしたり我儘や悪戯をして大人を驚かせる事が多い。 だが、サクマくんは一切なかった。

 普段の姿はどちらかというと口数が少ない。 人見知りするのか、初対面の時はどこかおどおどした所も垣間見えた。 勿論、話題を振れば会話を合わせてくれたり会話を繋いでくれたりはする。

 馬車移動の時にも思ったが、黙って本を読む事を好むひとり慣れしている感じがした。


 子供らしい点を上げるとすれば、街を歩く度に大きな目をキョロキョロさせて興味深そうに眺めていた所だろうか。

 旅の道中でも珍しくない草花をジッと見つめては薬草の図鑑を開く姿を何度か見かけた。 まるで初めて旅をする子供のようだった。


 常識や物を知らないのかと言えばそうでもない。 それを確信したのはデウチ村での一件だ。

 兵士や狩人を数十人集めないと倒せそうにない巨大な魔物を一撃で倒したのだ。

 大陸外からくる魔術を使える極一部の種族は派手で強力な魔術を使いがちだが、サクマくんは簡単な術式で一点だけ攻撃をして巨大な魔物を倒した。

 生物の急所、脳を攻撃したのだ。

 解体する時に頭部を割って見たが、脳の下半分がごっそりと潰されて液状化していた。 脳の何処を狙えば確実に死に至るのかを知っているという事、医学の知識がある程に学力が高い証拠だった。


 術式への広い知識や、大型の結界魔道具をいとも簡単に直してしまった技術力。

 座布団を作った時にもおもったが、術式の組み上げ方も応用力があり独特でとても興味深い。 許されるなら宮廷技師に引き込みたい程だ。




「…結局どうなんです、フラーウ・サブラージ」


 上司は珍しく穏やかそうな若菜色の瞳を細めて首をかしげた。 呆れさせてしまっただろうか。


「コウ・サクマには人族に対して見下したり嫌悪感を抱いたり、オルディナ王国に対して敵対心を持っている人物ではありませんわ、カダム宰相」


 かなり好意的な人物だ。


 フィエルちゃんとサクマくんが殿下のお身体の治療を終えた翌々日、わたしは上司に報告をする為に宮廷のカダム宰相の執務室へと訪れていた。

 宰相は質のいい椅子に深く座り、書類の束に目を走らせては手際よく筆と印を動かしている。相変わらずお忙しそうな方だ。


「…そうですか。 どうにもはっきりしませんね…」

「わたしの〈触診手〉の結果でもご満足いただけませんか?」

「貴女の祝福の力と腕は信用も信頼もしています。 だからこそ、貴女でも全てを暴けないコウ・サクマが不気味に思える」


 いつ何時でも崩れない穏やかなカダム宰相の瞳が陰った気がした。

 触診手で調べろと暗に命令したのはカダム宰相だ。 わたし自身、サクマくんが隠している秘密を調べたいという探究心じみた下心があったのも確かだが。


「…何故、隠密を? わたしを切り捨てるとおっしゃってたのに」


 ふと、気になって宰相に問う。

 サクマくんを拘束することによってわたし自身が術式で反撃される可能性があった。 血の契約書で縛られてもなお、下手をしたら術式で殺される可能性だってわずかにあった。だが、


(サクマくんは、わたしに術式を使うことはしない)


 僅かな間だが、一緒に旅をしてコウ・サクマの人となりは見てきた。

 あの子供は血が流れるような争いごとを避ける節がある。少し臆病な所はあるが、人族を劣等種と見下すこともなく対等に接してくれた。 むしろどこか他者に気遣いしがちな面があり、その性分は至って真面目。 その確信があったからこそあの行動ができたのだ。

 全ては国や国王、民の為に善意を見定める為、「わたし」という駒を使ったまで。 どう転ぶか賭けでもあった。


(確信通り、サクマくんは術式を使わなかった)


 むしろ穏便に対話をしようとした。 それなのに、いつもとは違う手順で内側を暴こうとして、サクマくんの内なる膨大な魔力が暴発して気絶してしまった訳だ。


(…当然の報いね。しかも強引に事を進ませたのに真意はわからず終い)


 なのに、サクマくんは「おあいこ」だと言って困ったように笑った。


 触診手の能力は生物や植物に関して絶大な効果を発揮する。

 身体のどこが発達しどこが強く弱いのか。 病から怪我の具合、それこそ親子間の血の繋がりがあるかまで知ることができる能力だ。

 なのに触診手でサクマくんのことでわかったことは、オルディナ国王を狙う刺客に施された洗脳術の気配がないという点と、魔力量が想像以上に高いという点。 そのことだけだった。


 できることなら穏やかそうな見目で実は気難しいカダム宰相に、サクマくんの潔白を反論の余地がないぐらいに証明したかったが。


「貴女は王族の血筋を引いた宮廷技師ですよ、しかも稀な祝福持ち。そんな人材を無駄に消費する気はありません。 リーウスとシーカーを置いたのはもしもの時の為の処置です」

「…なら、事前に言って頂けたらよかったのに」

「言う言わないの有無にせよ、結局は私が裏で動いていた事を国王陛下に知られてしまいました。 彼女達にはまだ役立ってもらおうと考えてたのですが…」


 穏やかで甘い顔だと、女中に根強い人気がある宰相はゆるりと顎に指先を当ててぼやく。 彼が考え事をしている時の癖だ。


「…ですが、これでお分かり頂けたのでは? 血の契約でサクマくん自身はすでに縛られてます。 ドミナシオンに繋がるような洗脳術式も体にはありませんでした。 カダム宰相が憂うべき事は回避できたのではありませんか?」

「あれほど異常な魔力量を秘めている子供です。 一切危険は無いと手放しで受け入れられる程、私は寛容ではありません」


 カダム宰相の若菜色の瞳が鋭く細まる。


 たしかに、サクマくんの内にある魔力量も桁違いだ。

 イロアスくんやキエト隊員が結界魔道具を治す際に感じたという膨大な量の魔力。 わたし自身も触診手を使った時に洗礼を受けてしまったが、あの小さな体に国一つ簡単に沈められるような膨大な魔力を持っているのだ。 その事実は脅威だ。

 カダム宰相もイズロヴィオ殿下の治療の時に感じたのだろう。 フィエルちゃんが治癒を使う横でサクマくんは複数の術式を数個同時に操作して治癒の手助けをしていた。 その繊細な魔力操作と膨大な魔力の波動は魔術をかじった者なら尋常ではないとすぐにわかる程のものだった。


「稀にみる魔力量も問題ですが…他にも気になることがあります」


 そういってカダム宰相の長い指が一枚の羊皮紙を差し出してきた。 それは見覚えのある書面だった。


「…メルカートルでサクマくんが署名した血の契約書ですわね」

「この署名…少し色が薄いと思いませんか」


 綺麗に整えられた爪が指し示す先には、竜人語で「コウ・サクマ」と文字が綴られている。


「…そうでしょうか?綺麗な筆跡だと思いますが…」


 竜人語で書かれた文字は教科書のように綺麗な綴りだった。 その文字を綴った墨も羊皮紙にはっきりと見える。が、


「………たしかに…他の文字の箇所と見比べると…薄い気も…」


 血の契約書に使用されている羊皮紙や、署名に使用された墨は特殊な製法で作られたものだ。

 羊皮紙の四方を細かな魔術文字が綴られ、中心に契約内容と署名、血判の箇所がある。 それらの文字も同じ墨を使用されているのだ。 その魔術文字と署名の文字を見比べると署名の文字だけが薄い。


「…千年以上前から伝わる古い血の契約書です。 オルディナの歴史を紐といても、血の契約書が作成された記録は北と南が分かれる前…オルディナ王国建国前後にさかのぼります。 本来あるべき契約書の見本も正しいかどうかを見極められる人物も今はこの大陸には残っていない」


 使用する墨も書面の羊皮紙すら作るのにもひと手間がかかる。 ゆえに、血の契約書事態が作成されたのは実に数百年ぶりだ。


「…なのに、どこの出自かわからない混血児を国の民として受け入れてしまうとは…我が国王陛下は寛容が過ぎるお方で困ったものだ」

「国王陛下はお優しい方ですもの」


 民にも臣下にも寛大な王だ。皆に慕われ、尊敬されているラウルス国王陛下。


「優しさだけでは政は務まらないのですよ、フラーウ技師。 ゆえに私が厳しく見定めなければ」

「ええ、わかっておりますわ、カダム宰相」


 カダム・ノブレ・ヴォルペ宰相が何十年も国王陛下の側で国を支えてきたことは知っている。 宰相として素晴らしい実績も、国王陛下には見せられない影の部分も。


「…ともあれ、国王陛下にああ言った手前、コウ・サクマに関して私達にできることは何もない。 お手上げといったところです。 この国随一と歌われている貴女の手でもわからなければ…大陸外の森人族や山人族に調べてもらうのが早いが…」


 鉛色のさらりとした髪を揺らめかせてカダム宰相が苦笑した。

 大陸外の森人族や山人族、はたまた竜人族に連絡をしようとも、返答が返ってくるのは半年か一年先が通例だ。 なんとも気が長い話になってしまう。


「話によれば、大陸外ではが暗躍しているらしいですよ。 その災厄探しに森人族や竜人族は躍起になっているそうです。 我々人族は関わらない方が身のためだ」

「下手をしたら人族は滅亡ですものね」

「…忌々しいにも程がある契約のせいで、ね」


 カダム宰相に有らせられる彼からは珍しい声色だった。憎らしいばかりの感情が聞き取れる。


「古の契約のおかげでこの国は…いや、ゲシェンク大陸に住んでいる人族は滅びの道を突き進んでいる」


 それはゆっくりとした穏やかな滅びの足音だ。

 何百年先かはわからないが確実に国もろとも人族は滅びるだろう。 それまでに我々はどうにかしなければならない。 カダム宰相はそうおっしゃった。


「そんな空前の危機を迎えようとしているのに正体不明の混血児の出現…。 なのに、国王陛下も貴女も果てには隠密までコウ・サクマの肩を持つ事を言うのですから、私は頭を抱えるばかりです」

「あら、リーウスちゃんとシーカーちゃんが? …いつの間に仲よくなったのかしら」

「スルスの宿舎で姿を見られたらしいですね、その前にオネット嬢に感づかれてたらしいですが」


 やれやれとばかりにカダム宰相は判子を書類に押していく。その姿はなんとも忙しなさ中にも優雅さあった。


「…わたしの処罰はどうなされるおつもりですか? リーウスちゃんやシーカーちゃんは?」


 サクマくんは処罰を求めてはいなかったが、国王陛下曰く、形だけでもと軽い処罰を言い渡すと言っていた。


「国王陛下曰く、当分の間は休日は無しだそうですよ。 コウ・サクマが釘を刺していたおかげでしょうが」

「まぁ、お優しいこと」

「リーウス、シーカー、フラーウ技師、もちろん私もです。 嬉しいですね、勤務時間が増えますよ」


 ニッコリとカダム宰相が微笑むが瞳の奥は疲労の色が見えた。 カダム宰相もわたしも基本は仕事人間だ。休みがあろうとなかろうと仕事場に籠るのは常日頃。 これではいつも通りで処分は無いようなものだろう。 まあ、あの双子の獣人は大変そうだけど。


「コウ・サクマに関しては保留、および、森人族や竜人族に連絡。それぐらいでしょうね」

「返答が帰ってくれば奇跡ですわね」

「まったくだ」


 戦争という大罪を犯してから九百年程、人族は他種族から放置され気味なのだ。 厳しく契約に縛られて続けている。


「あとは…ドミナシオンの聖女…フィエル・ノルトエッケにが食らい付くかどうか」


 低いカダム宰相の声が響く。


「…その事をサクマくんたちに伝えてもよろしいですか」

「ええ、構いません。ドミナシオン絡みの話ですから、彼女達も知っていた方がいいでしょう」


 知らない所であっさり殺されでもしたら無駄な人材消費でしょう、とカダム宰相。


「それに…デウチ村での話も王都に流れてくる頃合いです。聖女に集まった蝿を一掃できたら助かるんですがね」

「……利用しようとお考えでした?」

「利用しようなどと人聞きが悪い。 私は、聖女たちが国境門を越えてオルディナにくることができれば、そういう使い道もあるなと考えていただけですよ。…うむ、コウ・サクマも使いようによっては良い切り札になるかもしれません」


 使えるのならばこちら側に引き込めばいいと、顎に指をかけてカダム宰相が考え事をし始めたようだった。


「そういう所が腹黒いと国王陛下に言われるのですよ、カダム宰相?」

「まったく、私はいつだって悪者ですよ。 国の為に心身ともに粉にしているというのに」


 この人を敵には回したくはないなとわたしは心底思った。









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