59.女心と贈り物はなんとやら。

 


「初代国王のお名前は何と…?」

「ライゼンデ・ヴァシス・オルディナ王。 賢王、または魔道具技師の父と呼ばれる偉大な王ですわ」


 アリェーニ殿下は誇らしげに教えてくれたはいいが。 うーん、流石に名前だけじゃ同郷人かどうかわからないな!?

 初代国王の名前や「賢王」「魔道具技師の父」というワードは、宮廷書庫で調べ物をした時に見かけた記憶はあるのだが、まさかこんな所で同郷人へのヒントを貰えるとは思わなかった。


「初代国王…ライゼンデ王は他に作った物とか、広めた事とかはありますか?」

「それはもう沢山ありますわ! 素晴らしいお方なのですよ!」


 殿下の話では、生活をする上で必要な基盤を整えたのも初代国王陛下らしい。 類まれな知識と発想力で様々な魔道具を作ったとか。 その話の随所に現代知識を用いたような魔道具もあった。 例えば清潔な水が出る蛇口とか、水栓便所といれ花麗頭シャワーヘッド、簡易湯船、等々…現代知識をフル活用した気配を感じる。


「他にも、上質な塩の作り方を考案もなさって、それによりオルディナ国民の生活は向上したのですよ」

「それは…すごいですね。 ……もっと詳しく知りたいのですが、初代国王について書き記した本はありますか?」

「まあまあ、サクマ様、初代国王に興味がおありで? 初代国王のことについて書かれた本は沢山ありますわ。 ですが…沢山あって選ぶのも大変ですわね。 …それに市井に出回ってる本は後世の執筆者が脚色を強くした本もありますし…。 そうですわ、初代国王が自身で執筆した自叙伝の初版の写しが良いですわね。 あと学者が記した本も何冊か…。 サバサ、紙を」

「はい、アリェーニ様」


 アリェーニ殿下が短く呼ぶと近場に控えていた侍女の内の一人が紙を持って寄って来た。 殿下はその紙を受け取ると、俺が贈った羽筆で文字をサラサラと書く。


「この題名の本をわたくしの書斎から持って来て」

「…ですが、アリェーニ様、この書籍は…」

「いいの、何もやましいことなどないのだから」

「かしこまりました」


 そう言って、侍女は頭を下げると静かな身のこなしで駆けていった。 …曰く付きの本なのか? それとも一般庶民が目にしていい本ではないとか。そんな事をぼんやり考えてると、殿下は嬉しそうにくすりと笑う。


「サクマ様から頂いた羽筆、素晴らしい書き心地ですわ。 腕の良い職人が作ったのですね」

「気に入っていただけたら何よりです」

「ふふっ、本が届くまで庭園を見て回りましょう、サクマ様」


 その一声で庭園の散策再開となった。

 紫陽花の他にも、向日葵、桜といった花々や木々も初代国王が品種改良したという話だ。 時期じゃないから確認できないものの、花の特徴を聞く限りは俺が知ってる花と似ていると思う。


「初代国王は人族と森人族の血を受け継ぐ混血でしたの。 サクマ様と同じですわね。 当時にしてはとても稀なことで…かなりご苦労なさったと聞いております」


 なんだか苦味がある言い方だ。

 数百年前、オルディナ王国が建国する前の大戦。 人族、獣人族、竜人族の三つ巴戦争が終結後、敗戦した人族こそが多くの犠牲を生んだ元凶と烙印を押された。

 獣人族、竜人族、そして契約事の間を取り持った森人族側は、人族の生き残った王族や貴族、庶民を様々な制約事でゲシェンク大陸に縛り付けた。

 そんな人族がゲシェンク大陸でひっそりと国を立て直そうとし始めた頃合いに、初代国王――当時はただの森人族の修行中の魔道具技師として人族の土地を訪れていたらしい。

 王族が森人族の血を引いてる事は以前から聞いていたけれど、初代国王が森人族の魔道具技師だったとは。


「初代国王は他大陸からの使者だったんですか? 何故、王の座に…」

「それは――…まあまあ!」


 アリェーニ殿下の声が跳ね上がる。

 彼女が見据える先には石畳で整えられた広いスペースがあり、噴水のようなオブジェの前に見覚えのある人物達が集まっていた。


「お兄様達、あんな所で何をしてらっしゃるのかしら?」


 数人の内の二人は、アリェーニ殿下の兄である第一王子のシュエット・エヴィエニス・オルディナ殿下と、第二王子のイズロヴィオ殿下だ。

 第一王子、王太子殿下のシュエット殿下のご尊顔はロイヤル系美男子な二十代半ばに見える。 だが、実際の年齢は三十代らしい。

 そして、長い間寝たきりだった第二王子のイズロヴィオ殿下――病弱系美男子の雰囲気が未だに濃いのだが、今は顔色もよくしっかりとした姿勢で椅子に座っていた。 腕や足の怪我も完治して体調も良さそうだ。 と、のんびり思った瞬間、きん!と金属音が立て続けに響いた。


 ロイヤル王子様兄弟が興味深そうに見つめている先に、二人の男が剣で戦っている。

 一方は乙女ゲーに出て来そうなキラキライケメン。 国境門からオルディナ王国まで護衛をしてくれたイロアス隊長だ。 が、軽やかな身のこなしで剣を繰り出していた。

 隊長が剣先を向けている相手――鮮やかな長い赤毛を結ったガッシリ体系の壮年の男だった。 大きな体でイロアス隊長の剣を躱す様は割と素早い。


「まあまあ!イロアス様とエスクド様がお手合わせなさってるのですね」

「エスクド様、ですか」

「ご存じありません? レオお兄様…レオパルドお兄様と北のモンテボスケで防衛の任務をなさっていたエスクド師団長様です。 先月、レオお兄様と共に王都にご帰還なさって…とても剣の腕が立つ騎士様なのですよ」


 レオパルド殿下はたしか第三王子だった筈。 祝いの席で少しだけご尊顔を拝見した記憶がある。 だが、エスクド師団長という騎士の事は見たことがあるような無いような…祝いの場にいた高位貴族は多かったから記憶が微妙。 どう返答すべきか迷っている間に、イロアス隊長とエスクド師団長の攻防が激しさを増していく。 まさにど迫力満点! 気迫がビリビリと伝わってきた。

 素人目だから判断が難しいが、イロアス隊長もエスクド師団長のどちらも強いというか。 片方が押せばもう片方が押し返したりの接戦だ。

 何度目かの打ち合いを繰り返した直後、イロアス隊長が後方へ足を移動させようとした刹那、赤い閃光のようにエスクド師団長が大きく踏み込み――ガギン!という重い音と共に輝く閃光が地面へ突き刺さった。

 剣だ。 弾かれた剣が地面に刺さったんだ。


「――参りました、エクスド師団長」


 イロアス隊長がはっきりとした声色で言った。 よく見ると、隊長の喉にはエクスド師団長の剣先が向けられている。 一太刀でイロアス隊長の剣を弾き飛ばした、らしい。 早すぎて見えなかった!

 あの仏頂面正統派イケメンが負けたとは…イロアス隊長ってオルディナ王国一、二を争うほど剣は強いって言ってなかったっけ?


「イロアス、今回でお前の首を獲ったのは三十一回目…三十一勝七敗だったか?」

「エクスド師団長、俺は十回は貴方に勝ってます。 また機会があれば是非、次は負けません」

「ああ、次の遠征任務が終わってからになるな。 ……くっくっ、月日が流れるのは早くて困る。 あのチビ助だったイロアスがなぁ! 俺をヒヤリとさせる太刀筋を繰り出してくるんだから、長生きはするもんだ!」


 あの仏頂面のイロアス隊長が清々しく礼をする一方、エクスド師団長はガハハと笑い出す。 よくわからんが、剣を握る者同士の意識高い系の波動を感じた。 これ女の子が見たら黄色い悲鳴飛んでる場面だろうな、知らんけど。


「エクスドは同じことばかり言うようになったな? ご子息達も何かある度に昔話ばかりされて困ると愚痴をこぼしていたぞ」

「なんと…! グラディウスですか、それともハルバが? シュエット殿下に不躾なことを…!」

「いいや、エクスド。 グラディウスとハルバを叱らないでやってくれ。 僕の訓練で付き合ってもらってね、その時に――…ああ、シュエット兄上、僕の恩人がいらっしゃったよ」


 ふと、第二王子のイズロヴィオ殿下の目線が俺達へと向いた。 途端に王太子殿下、エクスド師団長、イロアス隊長、並びにその他多数の従者やら使用人の視線が集まる。 う、うへぇ…視線の圧…!


「おお、サクマ殿ではないか! アニー、アリェーニ、そんな遠い所で立っていないで、こちらにおいで」

「まあまあ、シュエお兄様。 執務でお忙しいとお聞きしておりましたが…」

「ん゛ん゛っ、これは…参ったな。 アニーに叱られそうだぞ、ヴィオ」

「ふふふっ、アニー、シュエット兄上を叱らないでくれ。 久々に雨が晴れたから、シュエット兄上が庭園で生き抜きをと進めてくれたんだ」

「まあまあ! そうでしたの! お体の調子はどうですか? ヴィオお兄様」

「以前のようにはとはまだ言えないけれど、随分と動けるようになったよ」


 どうやら兄弟仲は良いらしい。 アリェーニ殿下とシュエット殿下、イズロヴィオ殿下は穏やかな雰囲気だ。 は~~美男美女の兄弟だなぁ、どっから見ても構図が良い絵になりそう。


「アニーはサクマ殿と庭園散策かい?」

「はい、サクマ様とお茶会でしたの! ね、サクマ様!」

「うぇっ!? は、はいっ…お、お呼ばれいたしまして…」


 アリェーニ殿下に片腕を掴まれ、そのまま王太子殿下の前へと押し出されてしまった。 気づけば王族ロイヤルファミリーに囲まれている庶民の図が完成である。 ひ、ひ、ひぇ~っ。


「そう! シュエお兄様、ヴィオお兄様、見てくださいませ! サクマ様に頂いたのです!」


 どこか自慢げに、アリェーニ殿下が兄上殿下たちに俺が贈った羽筆を見せつける。 本当に嬉しく思ってくれたのか、アリェーニ殿下の頬がほんのり桃色に染まっていた。 喜んで頂けたのなら幸いですけど自慢するほどでもないと思うんですが!?


「――ほう…これはまた…見事な装飾が施された羽筆だ。 そうか…アニーに、か…」

「見たことが無い模様だね。 もしかして、大陸外で作られた物かな? アニー良かったね。 ……サクマ殿も油断ならない方だなぁ…」


 …うん?

 兄上殿下たちがニッコリと微笑まれたが、言葉の節々に引っかかりを感じたのは気のせいだろうか。


「アニー、私達の知らない所で、サクマ殿といつの間に仲良くなったんだい?」


 んんん??

 シュエット王太子殿下のロイヤルスマイルが輝くが、なんだか妙に迫力がある笑顔だった。

 言葉の節々から考えられる可能性――もしかしなくとも、これはアレですか。 よくも俺達の可愛い妹に手を出そうとしているな、っていうお兄ちゃんズの牽制?


「お、お茶会に招かれた身としては、手ぶらで伺うのも失礼かと思い持参した物でっ」

「まあまあ! お兄様方、わたくし達は仲良く見えまして!?」


 俺には下心はありませんとアピールした側から、アリェーニ殿下がぱぁっと花が咲いたように明るい表情で笑った。


「わたくし、サクマ様を心の底から尊敬しておりますから。 …サクマ様も、そろそろお兄様たちのようにアニーと呼んでいただいてもいいと思うのです、如何ですか?」

「うえ゛っ!?」

「…やはり、まだ駄目、でしょうか…」


 しゅぅ~~ん、とアリェーニ殿下が綺麗な目じりを悲しそうに下げてしまった。 やめて!今はやめて! その話題は危険な香りが…!


「…ほう、親しい間の者にしか許していない愛称を…。 ヴィオ、大変だぞ、強敵が現れた」

「へぇ、アニー呼びを許すなんて…進展は速そうだね、シュエット兄上」

「いいいいえ、滅相もございませんアリェーニ様!?」


 ぼそりと耳に届いたお兄様たちの言葉がなんか怖い。 違う、お兄ちゃん達よ、違うぞ! 俺は一切そういう下心は持ち合わせていない! 今後ともよろしくどうぞな下心はあったけど!あったけど!


「おれはただの一般庶民ですから…そんな恐れ多い呼び方はできません!」

「サクマ様、そこまで謙遜なさらなくてもいいと何度も…。 アニーと呼んでいただけるなら、わたくし、嬉しくて跳ね上がってしまうのに!」

「いえ、いえ…! それだけはご勘弁を…お許しくださいっ!」

「ヴィオ。 アニーがあんなに愛称呼びを求めているのに、サクマ殿が断ったぞ…!?」

「シュエット兄上、落ち着いて。 幼子でも僕の恩人の一人で………ですが、アニーのお願いを聞き入れないとは……っ、くっ…」


 くっ、じゃねぇよ! 愛称呼びはNGじゃねぇのかよ! どっちなんだよ!

 っていうか、この兄貴たち完全に妹溺愛属性だーー! うああっ初めて遭遇したー! 普通は妹と兄、お互いに憎しみ合ったり毛嫌いしたり、ゴキブリを見るような目で見られたりするもんじゃねぇのかー!? 妹から慕われるお兄ちゃんの構図は幻想だって知ってるんだぞ!?


「――恐れながらアリェーニ殿下。 コウ・サクマは大陸外からやってきた平民。 王族とは身分がかけ離れた下々の者です」

「…へっ!?」


 唐突にダンディーな渋い声が割って入った。

 エクスド師団長と呼ばれた赤毛の騎士が、こちらを射抜くように見つめている。 燃えるような緑色の瞳は爛々と輝き、肉食動物に睨まれた野鼠の気分になりそう。 てかなった。 おっさんの目つきがこっわ。


(……んん? この感じ…前にもどこかで…?)


 奇妙な既視感を覚える。 なんだかどこかで見たような瞳だったのだ。 …やっぱり第二王子の全快祝いの席で顔合わせを済ませていたのかもしれない。


「本来ならば王族しか入れない王宮ここに足を踏み入れるなど…不敬にもほどがある。 己の身分を弁えている賢い者ならば、今すぐにでも立ち去るべき所。 …そんな横柄な平民に、愛称を呼ばせては他の者にも示しが付きませぬ。 アリェーニ殿下、考えを改めますよう」


 エクスド師団長の言葉は明らかに――俺への嫌悪感が出ていた。

 早い話、「どこの馬の骨とも知らんよそ者の癖に、王族と親しくするんじゃねぇよ、帰れ帰れ!」と、言う感じだろうか。

 俺、このおっさんに疎まれるような事したっけ?


「…エクスド様もご存じでしょう、サクマ様はヴィオお兄様の傷を治し、オルディナの民を救ってくれた方だと」

「存じております。 ですが、イズロヴィオ殿下やオルディナの民の傷を癒したのは北から逃れて来た聖女少女の方。 何者かわからぬ幼子ではありません」

「エクスド様…! それはあんまりなお言葉…!」


 せやな、としか言えない。 俺は補佐サポ役に徹してただけだしなぁ。

 アリェーニ殿下はフォローに回ろうとしているが、図体がでかいオッサンに俺関連で説教されるのも申し訳ない所だ。 上の兄上殿下たちも神妙な表情で様子を見ているし…。

 まあ、いいタイミングか。 そう思って俺は一歩引いて片足を地面について片手を胸へとあてる。 いわゆる膝立ちの跪くポーズだ。


「アリェーニ様、ありがとうございます。 殿下のお心遣い痛み入ります」

「サクマ様! お召し物が汚れてしまいますわ!」


 膝をついてるのは石畳だから、そんなに汚れないと思います。 アリェーニ殿下を心配させないよう、なるべく良い笑顔で微笑んだ。


「今日はとても素晴らしい時間をありがとうございました。 美味しいお茶に、美しい王宮の庭園を拝見させてもらえて身に余る光栄。 これ以上は罰が当たってしまうでしょう、ですので、おれはここでお暇いたします」

「そんな…! サクマ様、もうお帰りになられるのですかっ? せっかく来てくださったばかりですのに…!」

「はい。 私には王宮からの重大な任務も控えておりますので、準備もいくつか残っております。 エクスド師団長様、ご忠告ありがとうございました」


 ぶっちゃけ渡す物も渡したし、お茶も飲んだしでクエスト完了はしているのだ。 ついでに探していた同郷の人へのヒントも見つけて大儲けなのである。 やることやったわ~!な気分なので、エクスド師団長のお言葉に乗っかって撤退を開始をする所存。

 アリェーニ殿下、シュエット殿下、イズロヴィオ殿下、エクスド師団長へ向けてニコパ~と笑うと、エクスド師団長は一瞬、呆れたような変な顔になった。

 俺がアリェーニ殿下に泣きつくか、ごねるかするとでも思っていたのだろうか。 残念だったな! 俺が一番に帰りたかったんだよ!

 丁寧に礼をし、俺はそそくさと帰ろうとし――ピタリと足を止める。


「…あの…出口はどちらでしょうか…」

「「「……」」」


 その数十秒後、小さくお上品に吹き出すシュエット殿下と、イズロヴィオ殿下、破顔するアリェーニ殿下のご尊顔が拝見できたことをここに報告しておく。 いや、今の笑うところじゃねぇし! 狙ってねぇし! 庭園広すぎなんだよ!






「あ~、なんでアンタの見送りしなきゃならないのよ。 わたしの任務はアリェーニ殿下の護衛だっていうのにっ!」

「お手数おかけしてます」

「お子様のお守りなんて!ほんと最悪っ!最低っ!」

「大変申し訳ありません」

「~~~っ、アンタねぇ! さっきから心にもないこと言ってんじゃないわよ!蹴飛ばすわよ!」

「ほんとうに申し訳ありません」

「あーっ!ほんとっ!そういう所大っ嫌い!」


 王宮の庭園を抜け、宮廷側の長い廊下をミーティ隊員の背を追いかけながら歩く。 出口の案内をアリェーニ殿下からお願いされてしまったミーティ隊員は、人目も憚らずにバンバン文句を飛ばしてくる訳で。 俺はクレームを右から左に受け流し、我存ぜぬという顔で棒読み謝罪を発している。


 実はあの後お見送りをしたいとアリェーニ殿下が言い出したのだが――エクスド師団長からストップが入ったのだ。

 俺には高等すぎてよくわからなかったが、水面下で「王族らしい行動をなさってください」というエクスド師団長の進言と、アリェーニ殿下の「わたくしの交流関係に口出しはなさらないでくださいませ」という攻防が垣間見えていた。

 二人の様子を静観していた兄上殿下たちが動いたのはその直後。 エクスド師団長のトゲトゲしい言い回しをフワッと注意した上で、俺に対して「恩人に仇で返すことはできない」と義理硬い事をおっしゃってくださったのだ。 言うて、アリェーニ殿下や兄上殿下たち、国王陛下も随分と優しい王族だなと思う。


「ふんっ、エクスド師団長がアンタの事を毛嫌いしてるって理解できた? これで暫くは城に来る機会は早々に来ないわよ。 殿下に媚を売ることが出来なくて言いざまね!」

「あ、ミーティさん、また雨が降りそうです。 雨期ってどれぐらい続くんでしょうか?」

「ちょっと! アンタ、わたしの話聞いてる!?」

「あんまりにも雨が続くとどうにも…洗濯物も溜まりますし、困りますよね…」

「~~~~っ、アンタがわたしの話をまったく聞いてないことがよぉぉぉっくわかったわ!!」


 ふん!!!とばかりにミーティ隊員はズカズカと足を進める。 俺の暖簾に腕押し対応で引いてくれたようだ。 ぴたりと愚痴が止まる。 ふは~~やれやれ、こういうのは反応しないのが楽なのだ。


「――コウ・サクマ」

「「!」」


 ふと、名前を呼ばれて振り返ると――金髪イケメンイロアス隊長がツカツカと大股で俺達へと歩み寄ってくる。 彼の存在にすぐ気づいたのだろう、ミーティ隊員の顔が一瞬でキリっと引き締まる。


「イロアス隊長、どうなさったんですか? 何か緊急の任務でも…」

「いや、コウ・サクマに忘れ物だとアリェーニ殿下から預かった」

「…おれに、ですか?」


 長身のイロアス隊長を見上げると、ずずいと数冊の本を差し出された。 随分と古そうなハードカバーの分厚い本だ。 あ、この本はアレか! アリェーニ殿下が言っていた、俺の同郷人疑惑のオルディナ初代国王陛下に関する書物!


「…この書物を無期限で貸してくださるとアリェーニ殿下からの言付けだ。 これらは貴重な文献、取り扱いには注意しろ」

「は、はい! ありがとうございま、す………ん?」


 やったー!本だー!と生き生き受け取って、俺は頭を傾げてしまった。

 貸出、アリェーニ殿下から本を借りるということ。 つまりそれは――いつかは返却しなければならない事にもなる。


「………返却する際はいつでも王城に来てくれともおっしゃっていたぞ」

「なっ、アリェーニ殿下がそんなことを…!?」

「……………」


 ミーティ隊員がぎょっとする横で俺は固まった。 アリェーニ殿下の策なのだろうか、いずれまた殿下とお話タイムを設けることになりそうだ。 なんでや!


「……ふっ、嫌そうな顔をするな、不敬だぞ」

「!?!? いえ、いえ! 滅相もございません、大変うれ、う、ウレシクオモイマスハイ…」

「………声が上ずってるわよ…」


 ミーティ隊員の引き攣った突っ込みが入る。 うるせぇわ!ほっといてくれ!


「…短期間だが、一緒の釜の飯を共にした仲だから言っておく」

「は、はい?」


 ふと、イロアス隊長の青い瞳がきょろりと辺りを見渡す。 多分、人の目がないのを確認したのだろう。 身長差がある俺へ本を手渡された瞬間、小さなイケボ声が耳に届いた。


「…エクスド師団長のアレは、ただの八つ当たりだから気にするな」

「……はあ…」


 予想外な言葉だった。 このイケメン、俺に気を遣っている、だと…!?


「八つ当たり、ですか」

「そうだ、長年のを晴らそうとしていたのを、どこかの誰かにご破算にされてしまってな。 …今も胸の内の炎を絶やしてはいないのだろう。 二つ名の通り、烈火のような太刀筋だった」

「二つ名…?」

「…ああ、そうか、聞いたことはないだろうな。 エクスド師団長の二つ名は「烈火の盾」…屈強の王家の盾とも呼ばれている方だ」


 おお…これは中二病心がウキウキしちゃう系の通り名、通称ってやつだな! かっけぇ!


「髪が鮮やかな赤毛だろう? エクスド師団長の血筋は代々王家に使える騎士の名家で…。 普段の師団長なら――あんな事は言わない方なんだ。 悪く思わないでほしい」


 いつも仏頂面のイロアス隊長の表情が神妙なものになる。 なんだか深い事情があるようだが…俺には一切関係ないけど。 …だよなぁ?


「…いえ、エクスド師団長のお言葉はごもっともなので。 ……この御貸しして頂けたご本も、返却する際は人伝でお返した方が無難でしょうし…」

「……アリェーニ殿下は直接返しにくることをご希望していらっしゃったぞ」

「……………」

「…そんな顔をしても無駄だ、腹を決めておけ」

「ミーティさんに手渡ししたら駄目ですか?」

「ちょっと!わたしを巻き込まないでよ!?」


 ええっ、ミーティさんは俺がアリェーニ殿下と仲良しするのは反対派だろうに!? 俺、ミーティさんに心底毛嫌いされてんなぁ~。


「……はあ…わかりました…。 次の任務が終わり次第、御貸ししてもらった本は返却しに伺います。 …それで構いませんか?」

「ああ、アリェーニ殿下にお伝えしておく」

「よろしくお願いします、イロアス隊長」


 深々と頭を下げつつ、受け取った分厚い本をぎゅっと抱え込んだ。 あ~~寄宿舎に戻ったら読もう! ガン読み読書タイム! 心が躍るなぁ! ストレスを感じたら読書に限る! ついでに城下町の大通り辺りで初代国王陛下に関する本を買い漁ってやるっ!


「それでは、おれはお暇して……ん? …この箱、なんですか?」


 分厚い本を鞄に詰め込もうとして、本の間に木箱が挟まっていることに気が付いた。

 困惑しながらイロアス隊長を見上げると、隊長は苦笑するように眉を下げて小さく笑った。 なんだおめぇ、笑おうと思えば笑えるやんけ。


「…ああ、それは…シュエット王太子殿下とイズロヴィオ殿下からの詫びの品だ」

「詫び…?」

「…少し意地悪が過ぎたとおしゃっていた」


 いじわるとな。 …妹溺愛ムーブかな? の割には目が真剣だったけどなあ…。


「王家秘伝の料理だな、俺も食べたことがある。 作るのにとても手間暇が掛る上、希少な香辛料も使われている高級料理だ。 出来立てらしいが、日持ちはしないから早めに食べるといい」

「…こ、高級料理…!」


 ごくり…! お茶の時に出された小さなクッキーも美味しかったが…一体どんな料理なんだ…!? フィエルさんやオネットさんに良い手土産が出来たなあ、やったぜ。


「……やはり、お前はこういう物の方が喜ぶようだ」

「はい?」

「いや、なんでもない」


 瞬きをしている間に、イロアス隊長はいつもの仏頂面に戻ってしまった。


 そんなこんなで俺は城を後にし、城下町の本屋へと繰り出すのだが――あまりにもバシバシに決めた格好で街中を歩いてしまった。 言うまでもなくどちゃくそ浮いていた。 羞恥で死にそう。 もうこんな服着ねぇし! …いや、また着る羽目になるのか…憂鬱だ…。


 余談だが。

 高そうな木箱の中身は――手のひらサイズの丸いフォルムに、キツネ色の揚げたての表面はサクサクのカリカリ。 中にはスパイスの効いた茶色いペースト状のそれはまさしく――懐かしき母国の味、「カレーパン」そのものだった。

 初代国王陛下が考案した食べ物であることを知ったのは、翌日の読書タイムの時。


 そう、俺の予想通り、オルディナ初代国王陛下であるライゼンデ・ヴァシス・オルディナ王は正真正銘、元日本人だったのだ。






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