58.女心と贈り物はなんとやら。

 

 鳴神月十一の午前、天気は小雨。 俺の鬱々とした心情を表したかのような天候だ。 しとしと雨音が微かに聞こえる中、狩人達が出払った寄宿舎のロビーで俺はぼんやりと突っ立っている。


「――よし、完璧ね…!!」

「うんうん、すげぇ似合うな、サクマ」

「…はあ…」


 満足気に笑うフィエルさんと揶揄う気満々のオネットさんが笑う。 そんな二人に挟まれながら姿見の鏡を見つめると、そこには淡い色合いの正装に身を包んだ美少年・・・の姿が映っていた。

 金と朱色の魔石で髪飾りは白い髪に映え、胸元にも同じ色合いのタイピンに、袖口にはカフスが慎ましく輝いている。 どれも派手なデザインではなく細やかなセンスが光っているアクセサリーだ。 全身を女性陣コーディネイトで整えられている姿はまさに――


「「サクマちゃん、王子サマみたぁい!」」


 お う じ さ ま ! !


 寄宿舎の娘さんズのペトルちゃんとフラウラちゃんが、俺の周りでキャッキャと飛び跳ねている。 生まれてうん十年、王子様なんて言われたことは一度もない身。 思わず賞賛の言葉を噛みしめてしまった。


「ふはっ、たしかにどっかの王族って感じだよな」

「お題は「男装の令嬢」よ! やっぱり装身具買ってよかったわね、すっごく似合ってる!」

「オネットさんとフィエルさんのおかげでかっこよく……男装の令嬢ってなんです!?」


 照れたように笑うフィエルさんはかわいいが、そのテーマは違うと思います。 …えへえへじゃないですよ、えへえへじゃ。


 そう、今日は王族の第三王女であるアリェーニ姫殿下とのお茶会なのである。


 早朝から緊張しすぎて呆然としている間に、フィエルさんとオネットさんが俺をお風呂へ強制連行。 二人に甲斐甲斐しく頭っから足まで丁寧に洗われ、全身ケア+ヘアセット&勝負服のコーディネイトしてくれたのだ。 気づいた時にはお貴族系美少年が鏡に映っていた訳で。

 この美少年顔にもすっかり見慣れたと思っていたが、高そうな衣装を身にまとうだけでもイメージがガラリと変わって驚く。 貧相な語彙力で表現するならば、乙女ゲーに出てきそうな美少年の雰囲気そのものだった。 …なんかナルシストみたいで気持ち悪いな、照れ顔で鏡凝視すんのやめとこ。


 しかし、フィエルさんもオネットさんもなんでこんなに手際がいいのだろうか? 子供サイズとはいえ、人一人洗うのも着替えさせるのも大変だというのに。


「ぼんやり立ってただけなのに、お二人ともすごい手際がいいですね」

「そうでしょ? 私は孤児院の頃に弟や妹たちの面倒みてたから、ある程度慣れてるもの! けど、サクマは大人しくしてくれるからとっても楽よ?」

「あ~…、……あたしは…でフィーのお世話を一時期してたしな、侍女のやりは方は見て覚えたんだよ」

「そうそう! あの頃はオネに何から何までお世話になりっぱなしだったわね。 …ふふっ、オネに髪の毛を梳いてもらうの好きだったわ」

「ん? またしてやろうか?」

「ほんと!? なら、私もオネの髪の毛触らせて!髪飾りも買ったんだし、着けて見せてよ!」

「大事にしまってるんだって。 普段つけてたら動いてる時に無くしそうで怖いんだよ…ってーか、髪の毛をフィーに任せると飛んでもない事になるしなあ」

「とんでもないことって何~!? も~~!」


 なんて、仲睦まじい雰囲気になるフィエルさんとオネットさん。

 女の子が女の子の髪の毛を整えてる絵面…。 世界平和になるような光景だろうな、ぜひとも見たい所だ。 二人に幸多からんことを…おじさん応援してっから…。


「サクマちゃん、サクマちゃん! 表にお迎えが来たよ!」


 ミテラさんが慌てた顔で駆け寄ってきた。 迎え=城からの迎えだろう。 アリェーニ殿下は当日に迎えを寄こすと連絡があったし、待たせる訳にもいかないと足早に玄関から顔を出すと――全身がビシリと固まった。

 ど派手な馬車が泊まっていたのだ。


「コウ・サクマ様ですね? アリェーニ殿下が王宮にてお待ちです。 準備が整いましたら、こちらへお乗りくださいませ」


 豪華な馬車から見目の良い御者と従者が静々と降りてきて、俺を前に並んでお辞儀した。

 以前、オルディナ王都に移動する時にも高級そうな馬車に乗せてもらったが、それよりも更に明らかに派手だった。 なんか装飾が金ぴかで所々に宝石もついてるし、オルディナ王家の紋章ついてるし…。お貴族様視点で見たら普通なのかもしれないが、庶民からの俺にとってかなり派手な馬車と待遇だ。

 もしかして公開処刑か何かか? こんな迎えが来るのなら、直接俺が城に行くって言っとけばよかった…!


「うわあ…サクマ、アレに乗ってくのか…? 派手ぇ…きっつぅ…。 メルカートルの時以上に仰々しい歓迎だな…」

「ほんと!すごいわね、なんだか物語の場面を見てるみたい…。 サクマってばアリェーニ殿下に相当気に入ってもらえたってことかしら」

「…オウチカエリタイ…」

「一体どこに帰るってんだよ、お前のは大陸外だろーが」


 オネットさんの的確が突っ込みが入る。


「ペトルお姉ちゃん。 もしかして、サクマちゃんって本当に王子サマなの? お城からお迎えの馬車だって!」

「とってもキレイね、お城でお姫様と踊るのかしら!? お姉ちゃんとお兄ちゃんにも教えてあげなきゃ!」


 ペトルちゃんとフラウラちゃんがヒソヒソと内緒話をする声が俺の心に刺さった。 やめて! お城で舞踏会みたいなことしないから! ただ茶飲んで話すだけだから!


「まあ、腹決めて行ってこい。 あ、そうそう、今朝も言ったけどな…」

「へ? わっ…」


(綺麗な姫サマがニッコリ笑っても、相手は王族なんだってことを忘れるなよ)


 ぐいっとオネットさんに後ろから抱きかかえられて耳元で囁かれた。 …おいやめろ、乙女ゲーのような仕草やめろください!

 そんなイケメン女子であるオネットさんは、昨晩、俺に向けて大真面目な顔でこう言った。


『サクマが会話下手だろうが言葉を噛もうが、相手は教育されたお姫サマおんなのこだ。 お前が会話下手なら、すぐに気づいて対応してくれるだろうさ。 サクマが口数が少なくても女は大体喋るのが好きだし、話を聞いてくれるだけでも喜ぶもんだ』


 たしかに。 人によるだろうが、大半の女性は喋るの好きだもんな。


『逆に姫サマの方が無口だって言うなら、姫サマが知ってなさそうな大陸外の話や狩りの話をしてやればいい。 あ、だからって、血なまぐさい武勇伝は無しな。 ん~、あとは…出された茶はどこの茶葉を使ってるとか、姫サマが着てる服や装身具とか…そこら辺に転がってる物をきっかけに話広げていけ、簡単だろ?』


 ほら簡単でしょ?と、筆もった絵画教室の先生みたいな雰囲気で言われても困る。 コミュ障引きこもり童貞おっさんのトークスキルを信頼してはいけない。 しかし、俺の不安をよそにオネットさんは釘を刺してきた。


『ただ、綺麗で可愛らしいお姫サマおんなのこだとしても、王族だって事も覚えておけ。 口舌がお得意分野のお貴族様が、わざわざサクマを茶会に呼ぶってことは、それ相応の利があるからだ』

『…利益、ですか』

『サクマが王家、国にとって利用価値があるからな』


 以前から忠告されていたことだ。


 オネットさん曰く、お貴族様のお茶会は親交を深めるという名の駆け引き&情報交換の場でもある。 そして、互いが互いの腹の探り合い、果てには「私達仲間だよね? ね?」という協力関係を再確認する場でもあるとか。

 宮廷内部の派閥争いはお茶会では収まらず、社交界、夜会、宴の席や高官の執務室でも日々行われ、庶民が知らない所で大きな金の話が動いているとかなんとか。

 あ~、高等向けな言葉の裏の裏を読むのは苦手だ。 メンタルが…san値がゴリゴリ削られる。


『サクマが利用されるのは癪だが、好機でもある。 恩は破格で売ってるんだから、美味い具合に良い気分にさせて融通が通るよう、姫サマに口添えをお願いするとかできるんじゃねぇの?』

『……それ、ただ普通にお茶飲んで会話する以上に難易度高くないですか!?』

『ん~…サクマ、口が回る時は回るけど、変な所でへたれるもんな…』


 わかってるんなら無茶なことを言わないでほしい。


『まあ、お前もわかってるだろうけど…言葉の裏に気を付けろ、言質は絶対に取られるなよ? アイツら損得で動く生き物だ、骨の髄までしゃぶられない様にな。 …あたしから言えるのはこれぐらいだ!』


 と、オネットさんからのありがたーいお言葉である。 余計に緊張するわ!


「サクマ、笑顔! 笑顔だぞ~、ニコニコ笑って茶飲んで無難な話しとけ~」

「そうそう、サクマは楽しんできて! あ、あとどんなお茶菓子出たか後で教えてね~!」

「……オウチカエリタイ……」


 ほのぼのと手を振るオネットさんとフィエルさんに見送られ、俺は豪奢な馬車に乗って城へと向かったのだった。





 ゆるやかな坂道を上がって大きな門を越えるとオルディナ城が見えてくる。 何度か通ってはいるが、いつもと違ってやはりシチュエーションが違うのだ。 周りにいる無表情メイドさんズのように俺の表情筋がどんどん固まっていくのを感じた。 こういう緊張感は心底嫌だな、ヘマしそうで胃が痛い。

 詮無い事をぐるぐると考えている内に城に到着。 直後に宮廷の一室で、俺は念入りに持ち物検査や身体チェックを受けた。

 これは俺自身が怪しまれている訳ではなく誰にでもやる事らしい。 過去に王族の命が狙われた事もあり、周りの者が常に目を光らせているんだとか。 王族って大変そう。


 表情筋鉄仮面メイドさんズに太鼓判をもらった後、俺は宮廷の奥へと案内された。 城の中心部から北側にある場所には王族の為の王宮がある。 国王陛下、王妃、国王陛下の息子である第一王子である王太子、怪我が完治した第二王子、第三王子、そして第四王女のアリェーニ殿下の居住区だ。

 そんなロイヤルな場所に庶民の俺が招かれてるとか…。 うっ、嫌な緊張感が渦巻く…平常心、平常心…!

 宮廷もやたらと広かったが、王宮も広いようだ。 長い渡り廊下を進み、屈強そうな騎士が守る門を越えて更に奥へと進む。 道案内をしてくれている鉄仮面メイドさん達は一切私語がないので無言タイムだ。 実に息苦しい。 そんな気まずい空気を耐えていると、面前に緑色で溢れた庭園が広がった。


(――うわあ、すごい庭園だな…)


 貧相な語彙力しかなさすぎて悲しくなってくるが、その庭園はどこか懐かしい感じがした。 どことなく東洋と日本庭園を丁度いい具合に混ぜた雰囲気がある。 いつの間にか小雨も止み、庭園の木々には雫がきらりと光っていた。 白と黒の美しい王宮に、雨に濡れる庭園はなんとも美しい構図だ。 流石は一国の庭園というべきか。


「サクマ様、こちらにお掛けになってお待ちください」

「ハ、ハイ…ッ!」


 沈黙を守っていた鉄仮面メイドさんの声にビビる俺。 案内された先には、東洋と西洋を足して二で割ったかのような東屋があった。 六角形で作られた東屋の中央には白いテーブルと椅子がある。 装飾が細かくて高そう…じゃなくて、 ここに座って待ってろって事らしい。

 ただ座って待ってるだけでいいのだろうかと振り向けば、鉄仮面メイドさん達は音もなく東屋から少し離れた所へ移動し、うち一人はどこかへと去っていった。 …ここのメイドさんは忍びのスキルでも持ってるのか? ともあれ、言われた通りに椅子へ座って綺麗な庭園の花々をぼんやりと眺めてると――なんだか見覚えのある花が見えた。


(……あの花…アジサイに似てる)


 青色が特徴的で、梅雨の時期に咲くアジサイ。 日本固有のアジサイは海外で鑑賞用に品種改良され、日本や他国に広まったと聞いたことがある。 なんだか郷愁を感じさせる花だった。

 と言っても、割とあちこちで妙に既視感を感じる時はある訳だが。


「――まあまあ、サクマ様、お召し物がいつもと雰囲気が違いますわね?」

「!? あ、アリェーニ様…!」


 鈴が鳴るような声に名を呼ばれて振り向くと、蜂蜜色の髪をしたお姫様が微笑んでいた。

 ふわふわの長い髪の毛はハーフアップでまとめられ、赤と黒を基調とした裾の長い服――漢服にイメージが近い。 金と赤色の華やかな刺繍の服に身を包み、騎士と従者を従えて歩いている姿は王族の風格があった。


「アリェーニ様、き、今日は王宮に呼んでいただけて光栄です」


 しょっぱなから噛んだ! しかし、ここで気にして心くじけたら負けである。 至って大真面目な顔で椅子から立ち上がってお辞儀をすると、アリェーニ殿下が静々と側に歩いてくる気配を感じた。


「ふふふっ、そんなに畏まらないでくださいませ。 今日はお茶を飲んでお話するだけなのですから。 …でも、そのお姿のサクマ様を見れて得をした気分です。 とても素敵ですわ」

「アリェーニ様、そんな滅相もない…」

「まあまあ! 社交辞令の言葉だと思いまして?」

「えっ!? いえっあのっ…」


 ころころと愛らしい声で笑う殿下。 ロイヤルスマイルが眩しくてしゅごい。

 ついでに言うと、俺らの会話を聞いてるんだか聞いてないんだか、数メートル先には二人の騎士と侍女が存在感を消しながら控えていた。 しかも騎士の内の一人はお姉ちゃん大好きっ子のミーティさんだ。 仕事中の彼女は割と大真面にやってるんだなあなんて視線を向けていると、一瞬だけ嫌そうな顔をされた。 すみませんて、もう見ないから許して。


「わたくし、今日のお茶会とても楽しみにしていたのですよ」

「う、あ、ありがとうございます…」


 落ち着かなく視線をうろうろしていると、姫様が椅子に腰をかけた。 俺も続くように椅子に腰を掛けて殿下へ視線を向け――


「アリェーニ殿下も、…その、お、よ――…小雨が降っていましたが、晴れてよかったですね」

「ええ、そうですわね。 ずっと雨ばかりでしたから」


 アリェーニ殿下のお召し物について褒めるべきかと思ったが、普段着の可能性もあるのではと考え直して咄嗟に天気の話題に替えた。 …いや、やはり褒めるべきだったか…!? ううっ、今から褒めるには話題が逸れてしまった…! ああっ、地味に混乱してるな!? 落ち着け!俺の小心ハートよ落ち着きたまえ!

 静かなる大混乱の中、ふと気づくとメイドさん達がティーワゴンを押してやってきた。 元音ひとつも立てずにティーカップに紅茶が淹れられ、俺とアリェーニ殿下の前へと置かれる。

 更にテーブル中央の皿には小さな焼き菓子クッキーが数種類、テーブルの脇には砂糖やミルクが入った小さな陶器のポットがセッティングされた。 その無駄のない動きはまさしく給仕のプロ。

 瞬きしている間に立派なお茶会テーブルになったのを見つめていると、アリェーニ殿下がくすりと笑った。


「ふふっ、サクマ様が到着する寸前に雨が晴れたと聞いて、お茶は庭園でと考えたのです。 こちらの方が解放感があって涼やかでしょう?」


 アリェーニ殿下は楽しげに、そしてどこか悪戯っぽく微笑む。 王族と言えど、その笑顔に年相応の女の子らしい一面が見えた気がして少しほっとした。


「…お気遣いありがとうございます、アリェーニ殿下」

「堅苦しいだけのお茶会だなんて楽しくありませんもの。 さあ、サクマ様、紅茶が冷めてしまわない内にどうぞ。 茶葉はわたくしが選んだものなのですよ」


 アリェーニ殿下に勧められるまま紅茶を一口。 淡い橙色の紅茶は程よく熱く、鼻から抜ける香味は強い感じがした。 これ、ダージリンと似たような味だな、多分ファーストフラッシュ、一番摘みの茶葉かも。


「…香りがとてもいいですね、美味しいです」

「ふふふっ、春摘みの茶葉なのです、お気に召したのなら嬉しい限りですわ」


 なんて、ゆるりとした会話が続いた。 どこの茶葉が好きかだとか、魔道具の勉強が難しいとか、アリェーニ殿下の会話は途切れることはなかった。

 これは多分、俺が会話下手だと気づいてくれているパターンだろうか? うう、優しい…そして話題性のない男で申し訳ない…コミュ障はこういう優しさに弱いんだ。

 まったりトークが暫く続いた後、ふと、殿下が頬を染めて恥ずかしそうに口元を抑えた。


「――いやだわ、わたくしばかり喋って…申し訳ありません、サクマ様」

「えっ、あ、いえ! お話を聞いてるだけでも楽しいので」


 俺としてはむしろ喋ってくれてありがたい訳でして。 そこで会話が途切れた所で俺はハッと気づいた。


(――アレを渡すなら今しかないのでは? い、今だ、よし、今渡そう!)


 離れた所にいる侍女さんに視線を向けると、俺の意図にすぐに気づいたのだろう、音もなく傍に寄ってトレーを差し出してきた。 銀のトレーの上には俺の荷物が乗っている。


「アリェーニ様、こうやってお茶会に呼んでもらえて光栄というか…お礼と言っては難ですが、これを受け取って頂けますか?」

「…サクマ様、これは…?」

「気に入って頂けたら…その、幸いです」


 鞄からそっと取り出してアリェーニ殿下に差し出したのは淡い色の包装紙に包まれた木箱。 カボさんのお店で買った筆記用具だ。


「…今この場で開けても構いませんか?」

「へ、あ、ど、どうぞ…!」


 この中身も関係者にチェック済みな訳だし、大丈夫だろう。 殿下が箱を受け取ると、侍女がススッとやってきて手早く包装しを剥がして箱の蓋を開けた。 …箱を開けるのも侍女がやるらしい、よくわからんけど凄いな王族…。 なんて感心していると、アリェーニ殿下の柳色の瞳が見開かれてキラキラと輝いた。


「…まあまあ! 素敵な羽筆(羽ペン)ですわ!」


 ちなみにこの羽筆、万年筆のようにペン軸の中にインクを仕込める仕組みになっている優れものだ。 故に高かったんだけどな!


「アリェーニ殿下は魔道具の勉強をなさってると以前おっしゃってたので…筆記用具はお使いになるだろうかと」

「…! まあまあ! わたくし、殿方から贈り物を頂くのはお父様とお兄様達以外で初めてです…! とても嬉しい…! ありがとうございます、サクマ様! 大切に使いますわ!」


 頬をピンクに染めながら羽筆を握りしめるアリェーニ殿下。 …初めてとはこれいかに。 王族のお姫様な訳だし、色々と貰ってそうなイメージがあるが…。

 そーなの? と、侍女や騎士達に視線を向けても、無表情で待機しているだけで何も言ってはくれないし胸の内もわからない。 俺、余計なことしてないよな…?


「なんだかわたくし一人だけ贅沢な想いを…。 …ぜひ、サクマ様に何か贈らせてくださいませ! サクマ様のお誕生日はいつでいらっしゃいます?」

「うえっ!? あ、いえ、先ほども言いましたが、これはお茶のお礼というかなんというか…!なので、お気にせず…!?」


 唐突なお礼返しに俺の声がひっくり返った。 やめて、それお礼のお礼ループの始まりだぞ!


「まあまあ! それではわたくしが気に病んでしまいますわ!」

「で、ですが…!? 本当に気にしないでください! お礼にお礼というのも可笑しな話ですし…!?」

「なら、わたくしはこの感謝の気持ちをどうすればいいのですか…? わたくしからサクマ様に何かしてあげられることはないのですか…?」


 大きな柳色の瞳がうるりと揺れる。 …あ、後ろのミーティさんが睨んでる! 気づけば侍女や従者が一斉にこちらを見ていた。 これは、何か、無難な事を言わなきゃいけないのか…!? ま、待ってくれ、そんな睨むな、俺は悪くねぇからなっ!?


「…で、でしたら、アリェーニ殿下…に、お願い、が…」

「まあまあ! なんでしょう! わたくしで良ければなんなりと!」


 サラにギャラリーから鋭い視線が飛んできた。 やめてそんなに睨まないでぇ! 無茶な要求なんてしないからぁ!


「…庭園に咲いてる花のこと、おれに教えてくれませんか」


 とっさに思いついた精一杯のお願いである。

 オネットさんが言うように、優遇してくれな~なんてお願いをしようものなら、後ろの近衛騎士と侍女一同に視線で串刺しにされてしまいそうだ。


「まあまあ! 庭園の花の事でしたらよく知っておりますの! まだ晴れてますし、ご一緒に散策いたしましょう!」


 明るくなった殿下の表情と、後ろの騎士と従者さん達の厳しい視線が和らいだのでほっとした。 ゆ、ゆるされた…!






「この白い花が梔子、甘い香りが特徴ですわ」

「綺麗な花ですね、…こちらの青紫色の花は?」

「ツユクサです、その隣の白い花はタイサンボクで、どちらも今時期になると咲く花々ですのよ」


 東屋から歩いて数十メートルぐらいだろうか、花々が多い場所へと案内された。 勿論、近衛騎士と侍女付きでだが。 アリェーニ殿下は花々が好きなのだろう、楽しそうに嬉々とした声色で説明してくれた。

 俺は花についてはあまり詳しくは無いが、今時期は白や青、紫色、寒色系の花が咲いているのが多い気がする。


「そして、この見事な青紫の花が≪紫陽花≫です」

「――…、…へ? …≪≫、ですか?」


 殿下の横で俺は固まった。


「はい、紫陽花です。 サクマ様はこの花を見るのは初めてでは? このゲシェンク大陸のオルディナ王国にしかない花なのですよ。 初代国王陛下が品種改良なさったもので、わたくし、この花が大好きなのです」


 アリェーニ殿下のうきうきとした声が遠くなる。 あまりにも驚きすぎて絶句してしまった。


≪紫陽花≫、その言葉がだったからだ。

 イントネーションが多少は違うものの、言葉は確実に日本語で紫陽花アジサイと言った。 偶然にしてあまりにも…もしかして、いや、もしかしなくとも――


 初代国王陛下って同郷の人にほんじん…!?





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