56.儲かるけど派手さはない。

 

 オルディナ王都から南東地方にあるサフィーナ・ナーフ島。


 島と言うには広大な大森林が広がった面積があり、その端っこに目的地の開拓の街イナブがあるそうだ。

 とても暖かく南国に近い気候らしい。 青い海に鮮やかな魚、大自然に囲まれた島には強い魔物が多く生息していて純魔石鉱があるのではないかと言われている。

 そこへ狩人組合所属の医師、ケット大先生様と助手見習いのフィエルさんが薬の材料買いに行くという話が上がった訳で。

 もちろん、秒でオネットさんと俺は勝手についていくことになった。



「合わせて特大の純魔石六千五百七十個と、大粒の水魔石が三千百二十七個です」

「「「……」」」


 誰かが息を飲むような音が微かに聞こえた。


 鳴神月、九大地の日の夕方。オネットさんと俺は東のセグレートの森にある純魔石の回収を無事に終えた。

 箸で黒豆を持ち上げるような作業だったが、たった二日で大きな依頼を終えてしまったのである。

 作業中の様子は完全に栗拾いのソレだったとしても仕事は仕事。 キチンと数も数えて西支部へと持ってきたのだ。

 全ての純魔石を収めた収納袋を並べて見せると、西支部長のレアン・アルドルさんや他の役職の方々が営業スマイルのまま固まった。


「…こんな特大の純魔石が六千個も…? 夢でも見ているかのようだ…」

「数は役員に調べさせたばかりだろう! コレを目の前にしてうたた寝でもしているのか…!」

「まあまあ、そう声を上げなくとも。 稀に見るほどに質の良い純魔石なんです、驚きもするでしょうに。 さて、何年分の量になるんでしょうかね? オルディナ領の年間の魔石消費量はどれぐらいだったか……そこの君、魔石関連の資料を持って来てくれませんか。 王宮との記録から計算してみましょう」

「いやいや、この量なら三十年…いや、五十年以上はもつだろう! 国王陛下もお喜びになる筈だ!」

「いままで制限せざるえない状況だったが、魔石不足で動かなくなった魔道具の再稼働や足りない魔道具作成にも回せるほどの量じゃないか! 魔石不足の現状が一転するぞ!!」


 沈黙は数十秒。 ごくりと誰かが唾と飲み込んだ直後、徐々に大きな声が上がり始めた。

 三十代から四十代のおっさん達が目の色を変えて、ああだこうだと熱量のある話題を広げていく様は熱狂と言わんばかりだった。


「他に署名しなきゃいけない書類はありますか? そろそろお暇したいのですが…」

「あ、…ああ、いや、もう書いてもらう書類はないな。 …すまないね、オネット嬢、サクマ君」

「ほんとだよ、あたしら無視して盛り上がってるんだからさ」


 狩人組合のおっさん達は面を突き合わせて経済の話題で大盛り上がりの最中。 俺とオネットさんは完全に蚊帳の外になっていた。

 経済の話題で盛り上がってるおっさん達とは違い、比較的に冷静そうなレアンさんは申し訳なさそうに眉を下げる。


「長年の悩みの種だった魔石不足が解消されるから興奮してるんだ。 まさか、たった二日で依頼をこなしてしまうなんて…あまりの早さに驚いてしまったよ。 さあ、これを受け取ってほしい」


 レアンさんから差し出されたのは黄金色に輝く丸い金貨十枚、依頼報酬の十億オーロだ。

 名の通った強い狩人がガンガンに稼いでも年収は八千万オーロに届くかどうか。 なのに、狩人になりたての俺達は二日で上級狩人の年収を越える額を稼いだ事になる。

 当初は理解していなかったが、最近ようやく通貨の価値がわかりつつある俺だ。 そんな俺が遊んで暮らせるような金額を稼げた奇跡。 高スペックボディのおかげだが、正直に言うと地球でコレをしたかった…! 無念…!


「…ありがたく頂戴いたします…」

「声が上ずってるぞ、サクマ」

「!? しっ、仕方がないじゃないですか! 引くぐらいの金額なんですよ…!?」

「ふふっ、仲が良い相棒だね」


 A I BO U !?

 あまり聞きなれない言葉にぎょっとしてレアンさんを見つめると、西支部長殿は目を細めて笑っている。

 言われてみれば、俺やオネットさんにフィエルさんの関係性ってどんな言葉で説明すればいいのだろう?

 お友達?それとも狩人仲間? 相棒?なんだかどれもしっくりこないような気もする。


「相棒ねぇ。驚くぐらい優秀だけど、どっか抜けてる弟分って感じだな。 なあ? サークマ」

「うぐぅ…」


 俺が照れてると思っているのか、オネットさんはニヤニヤと俺の頬を突き始める。 リアル姉はいたが腕っぷしの強い男前な姉ではない。 このイケ女子め…頬っぺたプニプニすんな。

 いかんいかん、わちゃわちゃしてる場合じゃなかった。


「ええと…その、レアンさん。 今日で東のセグレートの森の回収が終わりましたので、次は南東にあるイナブ…サフィーナ・ナーフ島へ行ってみようとおもいます。 そこに純魔石鉱があれば全回収も考えてるんですが…おれ達が自主的に回収して大丈夫でしょうか? 回収した魔石は買い取ってもらえるのかどうか…」

「! サクマ君、本当かい!? 組合側は大歓迎だ! むしろ次の魔石鉱探しをどうやって引き受けてもらおうか考えあぐねていた所でね! 勿論、組合も宮廷側も報酬は出、」

「「「「「なんと! また次の純魔石鉱を見つけてくれるのかね!」」」」」

「ひぇっ…!?」


 ぱあっと顔色が明るくなった支部長のレアンさんを、わいわい白熱トークを繰り広げていた役職おっさんズが押しつぶした。 なんだなんだ、おっさん達の食いつきの良さは。


「それはそれはとてもありがたい! ならば、組合からの依頼という形で受けてもらえるだろうか! 欲を言えば、もう二つほど純魔石鉱を発見してくれたならば向こう百年は安泰…! ああ、もちろん報酬は弾むように上と交渉しよう!」

「それも大事だが、サクマ殿とオネット嬢の功績を狩人組合の上層部に進言すべきでは? 二人の功績は昇段に値するだろう。 中段の竹六段はどうだろうか?」

「いいや、中段より上段の松七段が妥当!」

「何を言ってるんだね君らは! サクマ殿は狩人になったばかりなのだぞ!? こんな早い段階で上段にしてしまったら他の狩人への示しが…」

「だからこそじゃないか! 初段のサクマ殿たちが功績を上げた事により、他の狩人達にも純魔石の確保が重要だと周知されるいい機会ではないか!」

「あ、あっ、あの…ちょっと待ってください…そんな一気に…」


 瞳がギラギラな役職おっさんズが俺達を囲んで色々好き勝手に言っている。


「まあまあ、皆落ち着きなさい。 サクマ君も驚いて…」

「「「「「レアン支部長殿は黙っててくだされ!!」」」」」


 支部長と言えど五体一。 息の合った言葉の圧にレアンさんは固まってしまう。


「そもそもレアン支部長、貴方は少しのほほんとしすぎなのです! 西支部だけではなく狩人全体を見なければ!」

「今回の功績が西支部で起きたのは神のお導き! これを機会に西支部は変わらなくてはなりませぬ! 他の北や南、東の支部になんと言われているかご存じでしょう! 釣り堀支部やら老人会支部なんだ言われ放題!」

「支部長は悔しくはないのですか! 西支部だってやれば出来る、西支部からも強い狩人が出てくるのだと認識を広めなければ! もっとそのふさふさ頭をお使いくだされ!」

「やっとご長男がお生まれになって家は安泰だと緩んでるかもしれませんがね! 私らは老後の心配で髪の毛も薄くなってしまったというのに!」

「「「「そうだそうだ!」」」」

「いやあ…髪の毛の薄さを私のせいにされても…」


 西支部長のレアンさんと部下の役職おっさんズとの力関係が垣間見えるようだった。 レアンさん色々と苦労してそうだけど、熱意のある良い部下なんじゃないかな?

 ともあれ、俺とオネットさんはそそくさとその場を後にしたのだった。






 ※※※※※






「一ヵ月もしない内に昇段になりそうですね…。 上段になるのってすごい事なんでしょうか?」

「年に何千万オーロ稼いでる狩人ぐらい凄いんじゃねぇの?」


 商談室から逃げ出したオネットさんと俺は東支部へ向かう道を傘を差して歩いていた。

 小雨が降り注ぐ畑のあちこちでは育った野菜達が収穫され、次の苗が植えられているようだ。 こんなに雨が降っているのに作物は腐らないのだろうかとよくよく見ると、ビニールハウスのように雨を防ぐ魔道具が覗いていた。 簡易魔道具だろう。 庶民や農夫の間にも生活を支える道具として溶け込んでいるようだ。


「…昇段したら何の利点があるんでしょうか」


 ぽつりと疑問に思った事が口から出る。

 騒がしい役職のおっさん共の口ぶりからして十中八九、俺達は二人そろって昇段する事になりそうなのだ。

 隣を歩くオネットさんは傘越しに空を見上げながら唸る。


「純粋に名誉。 他の狩人達から一目置かれるとか、下段の狩人に威張れるとか、お貴族様からご指名依頼がくるとか…かな」

「なるほど…無くても問題なさそうですね」

「……お前そういう所あるよな」

「何がですか。 お貴族様のご指名依頼って厄介ごとの匂いがしてどうにも…というか今の現状、宮廷から間接的にご指名依頼受けてるじゃないですか…もうお腹一杯ですよ」

「くっくっく…国の未来がかかってるとか言われた日にゃあな…」


 オネットさんは堪えるように笑う。 おいおい俺だけの話じゃないんだぞ。


「昇段するしないは置いといて。 国の未来を担ってる共犯者のオネットさんには報酬半分をお渡しします」

「…うわっ、おいサクマ、今ここで渡すとか正気かっ!?」


 ぱっと丸い大きな金貨を五枚差し出すと、オネットさんが慌てて俺の手を覆い隠すように握って来た。 今いる場所は畑のど真ん中で人の気配は無い。

 渡した金貨を慌てて懐に入れるオネットさんの姿はなんともイケメン女子らしくないが、彼女のそんな慎重な所は素晴らしい所だと思う。


「はあ~~心臓に悪いなコレ。 こんな大金持ち歩くのも気が引けるっつーか…」

「…そうですよね…≪銀行≫に預ければいいんでしょうけど…」

「ぎんこー?」


 オネットさんは緑色の瞳をきょとりとさせて首を傾げた。 聞きなれない単語のようだ。 そもそもお金を預けられる金融機関ってあるのだろうか?


「ええと…お金を預けるお店といいますか…」

「金を? …ああ、貸金庫屋のことか」

「え、あるんですか!?」

「結構前から商業国メルカートルが始めたって話だな。 オルディナ王都にもあるんじゃねぇの? 貴族の端くれとか商人御用達の店だってさ。 狩人の中にも使ってる奴らはいるって聞いたけど…」


 ふと、オネットさんの顔が何とも言えない微妙な表情になる。


「五年間契約者と連絡が取れない場合は全額没収とか、預けた人間が死ぬと全額没収ってやつがなんともなあ…」

「ごっ、五年…!? しかも没収って…まるごとお金取られちゃうんですか!?」

「そ。えぐいよな」


 恐ろしい話である。

 そういう仕組みだからか、庶民は貸金庫屋銀行としての利用より、お金を借りる所という認識が強いそうだ。 そんな話を聞いてしまっては怖くてお金を預けられそうにない。


「いっそ、おれが絶対に第三者に開けられない金庫を作った方が安全かもしれませんね」

「たしかにサクマが作った方が早いかも」

「まあ、作ったとしても置く場所が寄宿舎の部屋ぐらいしかありませんが…」

「あー…寄宿舎の部屋は置く場所がなぁ…」


 寄宿舎の部屋はベット二つと小さい棚があるだけでパンパンなのである。


「サクマのおかげで懐もあったかいし、そろそろ貸し家でも借りるか家を買った方がいいかもな」

「家…一軒家、ですか」

「悪くはないだろ? フィーの受験はまだ当分先なんだ、広い家の方が何かと便利じゃないか」


 言われてみれば、長く暮らせば暮らすほど私物は増えるし、オネットさんもフィエルさんも年頃の女の子だ。いつまで経っても俺と同室ではあんまりだろう。


「…そうですね、暇を見て探してみましょうか。フィエルさんも喜びそうで…」


 その時、遠くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「オネ!サクマ~!」


 畑の間を通る道の先、東支部を背にフィエルさんが傘を片手に走ってきていた。 まるでスキップするかのように道をピョンピョン掛けてくる。


「ケット先生、一緒に船に乗っていいってー! 一緒に船旅できるよっ!やったー!!」

「フィー!? そんな走り方じゃ転んじ…まった待った!そこで跳ねるな! 溝がある!危ないって!」

「フィエルさん、なんだかすごくはしゃいで……わーっ!傘!傘が飛んでっちゃいますよ!?」


 三人で船旅が出来るのが嬉しかったのか、フィエルさんは道のど真ん中で飛び上がって喜びを全身で表していた。 元気があるのは良い事だなぁなんて眺めていたら、フィエルさんの手から傘がふわりと飛んで行き、俺とオネットさんは慌てて駆け寄って行ったのだった。






「へえ、南に下る定期船があるんですね」

「そう! オルディナ王都からイナブまでの川沿いの村に何度か停泊する船なんだって」


 頬を桃色に染めながら、フィエルさんはケット先生から聞いた話をしてくれた。

 俺が魔術でパッと移動できるとは伝えていたのだが、ケット先生曰く、その川沿いの村で買ったり売ったりする物があるから却下!とのことだった。


「大きな船らしいの。 船で移動なんてしたことが無いから楽しみ!」

「…そうだな、あたしも船旅はじめてだ」

「おれもです」


 寄宿舎で美味しいミテラさんの夕食を腹に収め、女湯に強制連行後のベッドの上でまったりトーク中だ。 おれは若干死んだ顔で髪の毛をフィエルさんに梳かされているのだが。

 頭っから足まで丁寧に洗われるのは毎度の事だけど、やはり気疲れしてしまう所はある。 ならば抵抗すればいいのではと思われるだろうが、フィエルさんが「お肌がつるつるのもちもち~♪」と鼻歌を心底楽しそうにしながら俺を洗う訳で――とうの昔に抗う心を排水溝に流している。

 おかげで俺の髪と全身はフィエルさんのケアのおかげでサラッサラのツルッツルだ。


「でね、これが船の乗船切符! オネとサクマの分!」


 フィエルさんから手渡された長方形の二枚の切符には『赤鮭号乗船切符の子供用一枚、大人用一枚。鳴神月の十三雫の日、午前十時出向』と記されてあった。 ちなみに、オネットさん俺の切符代は事前にケット先生に支払っている。


「あと、南東のイナブに行くなら買っておいた方がいいって物をケット先生に教えてもらったから、明日にでも一緒に買い物に行きましょ! 狩りはお休みで! ね?」

「…そういえば、前から買い物しに行きたいって言ってたもんな。 わかったわかった、狩りは休んで買い物に付き合うよ」

「やった! 何時から行く!? 明日は晴れるかしら!」


 フィエルさんのテンションが爆上がりだ。 なんでか知らんけど女の子って買い物好きだよな~。


「一体どんな物が必要なんですか?」

「えっとね~、ケット先生が書いてくれた覚書には…」


 予想外に綺麗な文字が綴られている紙切れには、収納系の鞄、着替えの服装、下着、刷子歯ブラシ、石鹸…生活する上で必要な日用品の数々の名が並んでいる。

 そして、リストの最後に筆跡が違う文字があることに気が付いた。 そこには水着、帽子、突っ掛けサンダル必須と力強く書かれてある。 ……水着に帽子に突っ掛け??


「この水着と帽子って…海水浴でもするんですか? 材料の買い付けとか色々することがあるんじゃ…」

「海を楽しむ時間は作るから大丈夫!」


 ドヤァ!とばかりにフィエルさんがガッツポーズをした。

 この子…南の海を満喫する気満々だ…!

 話によれば、東南のイナブ方面は泳げるぐらいの気候らしく、白い砂浜に綺麗なエメラルドグリーンの海が広がっているらしい。


「勿論、向こうに着いたら忙しいかもしれないけど。 頑張れば泳ぐ余裕は出来るってケット先生が言ってたの! 私、農村生まれだから海を見るのも海水浴も初めてで…! ね、サクマもオネも一緒に泳ごう! 美味しい魚を獲って焼いて食べましょ!」


 それはもはや、海水浴と言うより素潜り漁なのでは。 なかなかにワイルドな事をおっしゃられている。


「南東のイナブに行くのにあと四日だ、その間に準備済ませておかないとな。 …ついでに明日は大通りで美味い飯屋を探してみるか」

「大通りでゆっくり買い物だなんてオルディナに来てから初めてじゃない? わくわくしちゃう!」

「言われてみればそうだな…あ、でもフィーは勉強山盛りなんだろ? 明日は勉強しなくて大丈夫なのか?」

「あ、オネ!それ今言っちゃダメだってば!」

「はしゃぎすぎて覚えたこと忘れないようにな」

「もー!オネ~!」


 ぽこぽことフィエルさんがオネットさんを怒る様子はなんとも微笑ましい。


 と、その直後、コンコンと扉からノックの音が聞こえてきた。


「――サクマちゃん、起きてる? お客さんが来てるの!」

「…ペトルちゃん?」


 扉越しに聞こえて来たのはミテラさんの娘さん、ペトルちゃんの声だった。


「一体誰ですか? こんな時間にお客さんなんて…」

「お城のかっこいい騎士様!」

「へっ!?」


 宮廷の騎士だって!?

 俺が慌てて扉を開けると、ペトルちゃんの後ろに見覚えのある鎧を着こんだ女性が立っていた。

 小柄な身長にすらりとした華奢な体、黒茶のパッツンヘアーに若草色の瞳は――


「――うわっ、ほんとに女子寮に寝泊まりしてたの? 一人で寝れないとかほんとお子様ねっ!」

「み、ミーティさん…!?」


 ミーティ・プルポ。 イロアス部隊の女騎士達の一人だ。

 国境門からオルディナにくる間の旅路で、難癖を付けられてはネチネチ嫌味を言っていたキエトお姉ちゃん大好きっ子の妹ちゃんである。


「一般庶民のお子様に呼び捨てにされる謂れはないわよ! ミーティ様とお呼びなさい!」

「それはそれは失礼しました、ミーティ様。 一般庶民の男児にこんな時間に一体なんの御用がおありで?」

「っ……は~っ! 言われてすぐに頭下げるとか自尊心の欠片もないの!? アンタのそういう癪に障るわ!」


 俺が深々と頭を下げるとミーティさんは苦虫を潰したかのような顔になった。

 敬語対応がいいのか普通でいいのかどっちなんだよ。 つか、相変わらず嫌がらせしようとして自爆する子だなぁ~。

 しかし、そんな彼女も騎士は騎士。 ミーティさんをキラッキラした眼差しで見上げていたペトルちゃんは、お母さんの手伝いがあるからと名残惜しそうに階段を駆け下りて行ってしまった。 騎士職は子供に人気あるんだなぁ。


「サクマ、不用心だぞ。 確認する前にほいほい扉開けるなんて――…なんだ、イロアス部隊の…キエトって騎士の妹か」

「え? あ、サクマに意地悪してた子だ! お久しぶり、元気にしてた?」

「アンタら二人も相変わらずねっ! だから嫌だったのよ、もー! コウ・サクマ! アンタにアリェーニ殿下からお手紙よ!」

「うえっ、アリェーニ殿下から…ですかっ!?」


 ミーティさんがキィキィ喚きながら突き出してきたのは質の良さそうな封筒だった。 深紅色の封蝋には見覚えのある紋章、王家の紋章が刻まれてある。

 なんだって手紙なんぞ――あ。


「え、えっ!? アリェーニ殿下って…第二王子の治療の時に合った、あの王女様よね?」

「なんで王族からサクマに手紙が届くんだ?」


 オネットさんとフィエルさんが興味津々で俺の手元にある手紙を覗き込んでいる。

 ――思い当たる節は一つあった。 だが、しかし…俺は何も連絡していないぞ…!?


「ほら、さっさと中身読んで返事を書いて。 制限時間は五分よ、それ以上は待たないわ」

「――は、ご、五分!? この場で書かなきゃいけないんですか!?」

「そうよ! アリェーニ殿下はお返事を待ってらっしゃるの! 早くしなさいよっ!」


 ミーティさん無茶ぶり言うな!?

 俺はベッドの脇に放り投げていた鞄を手繰り寄せ、小さなナイフを取り出して封蝋を切った。 封筒の中には微かに甘い香りがする便せんが一枚入っていた。




『コウ・サクマ様へ


 突然手紙を送ってしまってごめんね!

 サクマ様がお仕事を終えて、次の仕事の為に南東へ旅立つと話を聞いて慌てて書いたの。

 先日お話したお茶会は、南東へ旅立つ前にした方がいいわよね?

 私側はいつでも調整できるから何日でも大丈夫なの。

 サクマ様が何日の何時が空いてるか、使えにやったミーティ騎士に伝えてね。

 とっておきの茶葉とお菓子を用意して、楽しみに待ってるわね。


 アリェー二・エヴィエニス・オルディナより 』




「…ものすごく文面が軽いっていうか……庶民っぽい文章だな?」

「ほんと! なんだか無理して言葉崩してるみたい」

「!? あ、ちょっと、何勝手に盗み読みしてるんですかっ!?」

「いつの間にアリェーニ殿下と仲良くなったんだ? サークマ~?」

「お姫様のお茶会に呼ばれるなんてすごいわね…! 一体どんなお菓子が出るのかしら?」


 両サイドから、ニヤニヤ、キラキラした表情のオネットさんとフィエルさんにサンドイッチにされた。 おい、そんな表情をするんじゃあない! 期待するようなボーイミーツガールな話はこれっぽちもないぞ!


「ちょっと! じゃれてないで早く返事を書きなさいよ!」

「ええっ、まま、ま、待ってください、お返しできるような便せん持ってなくって…!」

「羊皮紙の切れ端でいいんじゃねぇの?」

「やだ、オネったら! 殿下に失礼じゃない!もっとかわいい紙じゃないと!」

「可愛い便せんなんて持ってないんですけどっ!? そもそも、おれは仕事が終わってからしましょうって言って…その…次の仕事もあるんですってば!」

「は? アンタたち船に乗るまでの四日間は暇なんでしょ」

「!?なんでおれ達の予定知ってるんですかっ!?」

「知ってるも何もカダム様から聞いたのよ!」


 なんで人の予定話すかな~~~~!!? カダム宰相~~~~!!?


「……まさかとは思うけど、アリェーニ殿下のお誘いを無碍に断る気…?」

「えっ! お茶会断っちゃうの!? サクマ!」

「そうなのか、サクマ?」

「…う…うぐ…」


 女性陣の瞳は顕著に、女の子からのお誘いを断るなんて酷い!という感情が見て取れた。


 圧倒的なアウェー感に負け、明後日の午後なら空いていますと手持ちの羊皮紙に書いてミーティさんに渡したのだった。


 コミュ障気味の俺にどうしろと…お茶会って何を話せばいいんだよ…!?







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