55.儲かるけど派手さはない。

 


「――ふふふっ」

「…うん? 何笑ってるんだい、小娘」

「あっ、ちゃんと作業は終わりましたっ!」


 机に向かっていたケット先生の頭がこちらを振り向いた途端、私は飛び上がるように測り終えた薬瓶を持ち上げてしまった。


「あっ、小娘…フィエル! 通信魔石を弄るなら片付けてからにしておくれ」

「は、はぁい!」


 東支部狩人組合の医療部。 いつものように私はケット・バッリ先生の元で調合や魔術について学んでいる。

 といっても、私は魔術の基礎をドミナシオンで学んでいたおかげで、魔力操作については教える事が殆ど無いとケット先生は言っていた。 どちらかというと、私が大変なのは筆記試験で必須の暗記だと言われている。


 オルディナ王都では年に一回の魔術試験が行われるのだが、試験の内容は実技試験と筆記試験だ。 それで受験者達の魔力の素養、基礎知識を見るのだそうだ。

 大体の受験者が失敗してしまうのが魔力操作を試される実技試験らしい。 もちろん筆記試験も難しいらしく、魔術の仕組みや歴史について幅広い問題が出されるという。

 実技試験と筆記試験の両方に合格しなければ、魔術の使用許可と取得したい魔術の知識を得ることができない。


 私には魔術とは違う女神の祝福の力、「癒しの力」がある。


 何故そんな私が今更魔術試験を受けるのかと言うと――混乱を招くから癒しの力は人前で使うなと言われてしまったのだ。

 私から癒しの力をとってしまえば残るのはいくつかの魔術だけ。

 結界魔術、浄化魔術、解毒魔術のたった三種類しか使えない。 いや、正確にはそれしか覚えることを禁じられていた。


 北の神聖皇帝国ドミナシオン。


 あの帝国で囚われていた時に力を伸ばす為に魔術について学んだけれど、かなり制限されていたのだ。 私が逆らったり逃げ出さないようにするための処置だろうけど。

 一時期は癒しの力や魔術を疎んでいた時がある。 こんな力さえ使えなければ地獄を見なくてすんだのかもしれないのにと。 だけど、最近はこう思うようになった。


 結局のところは次第なのだと、サクマを見て気づいたことだ。


 あの小さな手が作り出す魔道具と奇跡みたいな魔術を側で何度も助けてもらった。


 私もあんな風に使えたらいいのに。いつの間にかそう考えるようになっていた。 サクマと比べれば足元にも及ばないだろうけど、私には魔術を扱える下地がある。 ならばそれを生かせる魔術をもっと学びたいと考えたのだ。


「…これでよしっと」


 仕分けした薬を決められた棚へと収め、乳鉢や乳房といった調合器具を丁寧に消毒してから片付ける。 いつもやってる作業だ。 午後からはまた別の作業をしなければ、合間に魔術の歴史の本も読みこまないと。

 ドミナシオンにいた頃と比べると、オルディナ王国での生活は夢に見た普通の生活だった。


「ケット先生、片付けが終わりました。 お昼休みの前に他に何かありますか?」

「そうだねぇ…。 …紅茶でも淹れてくれるかい」

「はあい!」


 薬品室から診察室へ顔を出すと、ケット先生が空の茶碗をプラプラと振っていた。 その茶碗を受け取り、給湯室にある魔道具の焜炉こんろでお湯を沸かし始める。

 ふと、雨音が微かに聞こえてきて窓へ視線を向けると中庭の木々が雨を受けて微かに揺れていた。

 ここ数日の天候は雨ばかりだ。 あの二人は雨に濡れて体を冷やしてないだろうか。


(…あ、サクマとオネは湖の底で休憩中って言ってたから…天候は関係ない場所か)


 手元をちらりと見つめると笑みが零れた。

 透明な鉱石、通信魔石の表面には光り輝く文字が躍っている。 内容は、≪純魔石の回収、地味すぎてだるい≫というオネットからの便り。 さっきも通信魔石を眺めて笑ってしまったのだけれど。


(オネなら魔物狩りの方が楽しいとか?)


 そっと手元の通信魔石の表面を指でなぞって一文を送る。

 この通信魔石は遠く離れた相手に一瞬で文字を送ることができるよう、サクマが改良してくれたものだ。

 最初は緊急時にだけ連絡を取っていたのだが、オネットと私は手持無沙汰の時に何気ないやり取りを交わすようになった。

 更に昨日には、ゲシェンク大陸内ならどこでも届くように受信距離が延び、送れる文字数も多くなる改良をしてくれたのだ。 他にも声と声で会話ができる機能も追加されたらしいが、私達は慣れ親しんだ文字会話を中心に使っている。

 サクマが作る魔道具は便利で本当にすごい。

 どれだけ凄い道具を作っているか本人はあまり自覚してない顔をしているけれど。


 お湯を沸かしている間に茶碗を洗い、茶菓子や小皿を用意し終えた所で通信魔石がまた数度輝いた。 輝く文字にまた笑いが漏れる。


≪魔物狩りは緊張感があっていいけど。 あれだよアレ、牛型の魔物がいればなぁ…。 最近じゃ見かけなくなっちまってさ、アイツらの肉ウマいのに≫

≪オネットさんにしたら牛型の魔物は食用肉ですもんね≫

≪サクマだってよく、あの魔物の肉は食べれるのかどうかとか言うじゃん!≫


(ふふふっ、二人とも同じ場所にいるのに通信魔石で会話しちゃってる…)


 離れているのに、通信魔石のおかげで一緒にいるかのようだった。


「…あ、いけない。 茶葉はどれがいいかしら」


 お湯が沸きそうになる直前、並んでる茶葉の袋を見て悩む。 ええっと、ケット先生がお気に入りなのってたしか…。


大吉玲茶だいきちれいちゃ!」


 以前、サクマがケット先生に差し入れしていたものだ。 今だにサクマをこの医務室に入れたがらないが、ケット先生はサクマを毛嫌いしている訳じゃない。


「ケット先生、どうぞ」

「んー、ありがとうフィエル。 ――ところで、何をそんなにニコニコしてたんだい。 あの小娘共、何か大きな依頼やってんだろう?」


 机に琥珀色の紅茶が入った茶碗を置くと、ケット先生は一口飲んで片目をこちらに向けた。 薄萌葱色の瞳は鋭いが、よく見れば優しい色合いだと気づく。

 以前ケット先生は宮廷に勤めるほどの剣の立つ騎士だったらしい。 けど、魔物相手に片目を潰され第一線から身を引いた。 その後に元から趣味で知識や調合の技術を高めていた腕を生かす為、狩人組合に転職をしたのだという。

 潰れた片目を黒い眼帯と黒い前髪で隠しているのだが、幼い近所の子供はケット先生を遭遇する度によく泣くそうで困っているらしい。 それで先生の中で「子供は苦手」という意識が出来てしまったのだろうと私は考えている。


「すごい勢いで稼いでますよ、オネとサクマ」

「ふうん。 …他の狩人達にやっかまれないといいんだけどね」

「今のところそういう話は聞いてませんけど…。 オネもサクマも強いから、喧嘩売られちゃったらドカン!と返り討ちにしちゃうんじゃないかしら?」

「阿呆、逆にそれが心配なんだよ…」


 やれやれとばかりにケット先生がため息を吐いた。 先生はなんだかんだオネットやサクマを気にかけてくれている。 言葉使いがちょっと荒いだけで性根は優しい人なのだ。


「…最近は随分とご機嫌だな? その通信魔石のおかげかね」

「え、ええっ?」

「自覚してなかったのかい? 置いてけぼりを食らったガキみたいな顔していたぞ」

「ええぇ…やだ、恥ずかしい…」


 どきりと私の心臓が跳ね上がった。 言われてみれば身に覚えがある。


 夢にまで見た普通の生活だが、この普通の生活の為にはお金が必要で仕事をしなきゃいけない。 サクマもオネも自分の得意な所を生かして稼いでいる。 私も負けてはいられないと頑張ってはいるが、今のところ私が一番稼ぎが低いのだ。 これでもいい稼ぎだって言われてる医療系なのに!

 だからって、オネットやサクマの稼ぎに頼りっきりに嫌だった。 と、意気込んでいるけれど、仕事が忙しくなればなるほど一緒にいられる時間が減った訳でもあって…。


 本音を言えば、私も一緒に戦えればいいのにと思う事はある。


 けれど、私には戦う力は微々たるもの。 無理やりついていけば二人の足を引っ張ってしまうだけだ。 そのことでちょーっと拗ねた事もあるけど、通信魔石のおかげで寂しさを感じることは少なくなった気がする。


「まあ、それも良い人生経験さ。 良い経験ついでに――フィエル、旅でもどうだい」

「え? 旅、ですか?」

「薬の材料を買い出しに、南東のイナブまで同行してほしいんだ」


 ケット先生がどこか楽し気に目を細めて笑った。






 ※※※※※






「は~、食った食った。 さて、岩拾いでも再開すっか」

「せめて魔石拾いって言ってくださいよ、オネットさん。 一つ五百万オーロするんですよ」

「わかってるって。 あんま見かけないだけど、生えてる所には生えるもんなんだな」


 そう言って、オネットさんは辺りにニョッキニョッキ生えている純魔石を眺めて苦笑した。


 オルディナ王都の東にあるセグレートの森。 その森の湖の底にある洞窟でオネットさんと俺は訪来ている。

 そこは純魔石鉱と呼ばれる場所で、上下左右の岩の隙間から透明度の高い大きな純魔石が無数に生え伸びているのだ。 俺達の依頼は洞窟に生えてる純魔石の全回収な訳で。


「九時ごろから作業し始めて…三時間は経ってるか。 サクマ、そっちどれぐらいの数集まった?」

「ええと…千八百個です」

「ん。 こっちは千個五百個ぐらい」

「これなら夕方にはかなりの数になりそうですね」


 手元の魔石回収道具を眺めなら俺は満足気に頷いた。

 一メートルと数十センチある木製の棒状の形に、先端にハンドのようなものと袋がぶら下がっている道具。 これは俺が作った魔道具の六つの内の一つ、魔石回収魔道具だ。


「サクマが作った道具のおかげだな。 普通は鶴嘴つるはしつちで魔石を傷つけないようにチマチマ削らなきゃいけないのに。 けど、この魔道具を使えば――」


 オネットさんは手に持っている魔道具を魔石に取り付け、くいっと斜め上に引き上げた途端、次の瞬間には岩が崩れて棒の先端にはつるりとした純魔石が引っかかっていた。 その動作だけで数秒程。


「ぱっと引っこ抜けるんだもんな、便利なもんだよ」


 便利と言われて、俺はホッと胸を撫でおろした。


 魔術で一斉に引っこ抜く方法はあるにはある。 だけど数が多ければ多いほど、魔力操作が極度に難しくなる上、下手をしたら魔石を傷つけてしまう可能性があった。

 一つ一つ丁寧にやれば無傷で回収はできるが、それでは時間がかかって仕方がない。 ならばと、回収専用の道具を作れば効率がいいと考えた訳だ。

 腰を悪くしない為に長めの棒状にし、魔石の周りに付着している岩を砕くための術式、重い魔石を引き上げる為の強化術式も盛り込んだ。 更に魔石をカウントしつつ重さを感じない収納袋も付属してある。

 魔石回収道具の見目は扛重機こうじゅうき、いわゆる車の修理で見かけるジャッキに近い。

 取付、固定、引っこ抜く、収納するという四動作。 最初はもたついて一分かかったが、慣れれば数十秒で終わる。


「ははっ、それこそ一個が五百万オーロもするんだ、丁寧に扱わないとな。 …そうだな。 早くて明日には全回収できるんじゃないか?」

「そうですね、順調にいけば早く終わりそうです」


 そう言いながら、俺は天井から飛び出ている大きな純魔石を一個引っこ抜いて袋へ納めた。


 何故、俺のようなチビが天井から突き抜けてる魔石を採れたかだって? それは今なうで装備中の重力反転魔道具のおかげだ。

 靴裏に滑り止めカバーのように取り付けて使う魔道具で、装備対象者の重力のみ、靴の側面に重力が反転するように術式を込めて作った。

 これで装備している間は天井を重力無視で歩けるし、高斜面を登ろうが落ちないし頭に血も上らない。 ただ、魔石を引き抜く時に崩れた石や岩は落下するので扱いには要注意。


「それよりも、オネットさんの方は大丈夫ですか。 気持ちが悪いとか、目が回るとかありませんか?」

「ん。 その質問何度目だ? さっきも言ったけど、今のところ変な感じはないよ。 体も動くし感覚も通常通り。 これもサクマが作ってくれた魔道具のおかげだな」


 そう言いながら、オネットさんは自分の首元を触った。 彼女の首にはチョーカー型の布がまかれてある。


「…そうですか、それはよかった」


 しっかり機能しているようでホッと胸を撫でおろした。


 俺達が作業している洞窟には魔素濃度が異常に高い場所だ。 本来ならあっさり昏倒してるレベルだろう。 そんな環境下にオネットさんを連れて行くには危険が伴うので、高濃度の魔素から体や意識を守る為に作ったのがチョーカーだ。

 なんでチョーカー型なのかっていうと、脳と心臓の中間だからとしか説明できない。 魔素は脳と心臓に一番影響が出やすいので、効率よく術式を動かす為に丁度いい位置なのだ。

 その他にも所持者を転移させる魔道具、通信魔石の拡張パック、収納系の袋を作ったけど、それなりに評判は良い。


「なあ、サクマ。 あれこれ使わせてもらってるけどさ、この魔道具、宮廷側とか狩人組合側になんか言われなかったか?」

「へ? 言われたこと…ですか?」

「作った魔道具を売ってくれとかそういう話」


 オネットさんが心配気な声で聞いてくる。


「ああ…宮廷側には術式の情報開示してほしいとか、狩人組合は量産してくれとか買いたいとかなんとか」

「……やっぱりか。 で? なんて返した?」

「契約違反にならなければ複製するなり改良するなり好きにしてくださいと」

「なっ…、サクマァ…普通は金をもぎとる所だろうが!」


 地上側からオネットさんのため息のような声が聞こえてくる。

 たしかに彼女の言う通り交渉する場面なんだろうけど俺はしなかった。 理由は簡単。


「いやあ…色々と面倒だったんで宮廷側に押し付けてしまいました」

「め、面倒って…お前なあ…」


 呆れた声を出されても仕方が無かろう。 魔道具には魔術文字の情報が詰まっているのだ。

 今回作った魔道具では殺傷能力のあるNGワードが使用されてないから作っていいよと許可を貰えた訳だが。

 俺自身はメルカートルに滞在している時に交わした血の契約により、魔道具に関してもアレやコレや面倒な約束事を結んでいる。

 生活魔道具に該当する物だから、作り方を教える事、魔道具の複製、売り買いは違反にならないと宮廷側は言っていた。 のだが、また魔道具の売り買いで新たに契約しなきゃいけなくなるし、少数なら作れるだろうけど何十個、何百個も!となったら流石にシンドイ。


「それに、おれにしか作れないという訳じゃありませんし…特にフラーウさんならすぐに同じ物を作れると思うんですよね」


 フラーウさんは祝福の力「鑑定眼」の持ち主だ。 魔道具の情報はすぐに見れるだろう。


「お前…それでいいのか? せっかくサクマが作った魔道具なのに」

「おれは魔道具職人…宮廷技師になるつもりはありませんから。 それに、技術を宮廷に渡して自力で魔道具を作れるようになったり、狩人達が純魔石回収できるようになった方が効率いいでしょう?」

「…効率なぁ…。 サクマがいいってーなら、あたしは何も言わないけど…」


 欲がねぇなーと、オネットさんの呟きが聞こえてくる。 欲じゃないんだよなぁ、これは他力本願とか怠惰枠の感情だ。

 そんな私語とを交えつつ、時には黙々と俺達は純魔石を引っこ抜いては袋へと納めて行った。





「――ええと…二人合わせて五千個も回収したのか」

「今日はこれぐらいで十分かと」


 初日一日の作業時間は七時間! 回収した純魔石の数、二人合わせて五千と十個! なかなかの収穫数だろう。 しかし、引っこ抜くだけの作業だが足腰がお疲れ気味。 やはり棒状にしてよかった。 いちいち屈んでたら足腰が死ぬ。


 辺りを見渡すと、夜空の星のように輝いていた純魔石の八割は回収されて洞窟内部が真っ暗になってしまっている。 あ~、あんだけの純魔石を引っこ抜いたんだなぁ。

 後は細々と残ってる純魔石と湖の底に沈んでる水魔石の回収だけだ。


「じゃ、そろそろ切り上げて帰るか」

「はい。 今日はお疲れ様でした、オネットさん」

「ん、サクマもお疲れさん」


 サービス残業はしないと心に誓っているので、俺達は清く帰ることにした。

 俺が一足先にオルディナ王都の西地区の寄宿舎へ飛び、後からオネットさんを転移させて今日のお仕事は終わり! 移動に馬も馬車要らず!


「は~、パッと移動できるってすごいな…。 …お、こっちはまだ雨か」


 オネットさんが荷物を降ろしながら窓辺を見つめて呟く。

 洞窟内部にいたから天候はわからなかったが、オルディナ王都の空は雨雲で覆われたままだった。


「ずっと雨なのは気が重いですね」

「そうだな、魔物狩りも思うようにできないし…」


 先日リベンジしに狩りに飛び出していったオネットさんだが、狩ってきたのはそれなりに良い値段の魔物二匹。だけど、その魔物は食べれるタイプではなかったそうでガッカリしていた。


「…サクマは今回の純魔石回収が終わったらどうする? もうこれっきりで終わりか? 明日には綺麗に回収できるだろ」


 ふと、オネットさんがこちらを振り返って聞いてくる。 たしかに予想より早く終わりそうなんだよなぁ。


「うーん…あと一、二か所ぐらい純魔石鉱を見つけて回収しようかなと…。 一応、狩人組合から魔素溜まり…純魔石鉱がありそうな場所をいくつか教えてもらってるんです」

「へぇ、どの辺にあるんだ? その魔石鉱ってやつは」


 回収した純魔石をまとめて袋に入れ、腰の鞄から地図を引っ張り出してベッドの上に広げた。 狩人組合から無償でもらった地図だ。 この地図にはオルディナ王都の位置や、各領地の小さな村まで詳細に書かれている。

 比較対象が無いからなんとも言えないが、ゲシェンク大陸はかなり大きい。 日本がまるっと縦に三個は余裕で入りそうな面積がありそうなのだ。

 細かい数字は覚えてないが、日本の面積が三十七万平方キロメートルぐらいだとして。 それに対してゲシェンク大陸の面積は三千六百万平方キロメートルぐらいはありそうだ。 これで他の大陸と比べたら一番小さいというのだから驚きである。

 そのゲシェンク大陸の北の部分と南部分に人差し指を当てていく。


「中央の山脈のふもとに広がる南カタルシルア森林と、南東地方のサフィーナ・ナーフ島が有力候補らしいです。 あとは…西北西のプエンテ近場にあるパウルム小山脈のふもとの森林や、ザリーフとアグリコラの間にある森林…。 バオムとヘラフィの間の山々や、海底にもあるのではという話も聞きました」

「…結構あるな?」


 何故わかるのかと言えば魔物の数が多いからだそうだ。 森の奥に進めば進むほど魔物も強く、上級の狩人達でも魔素溜まりにまで辿り着けないらしい。


「純魔石回収が終われば有力候補の北か南、どちらかに行ってみようとは考えてます」

「南カタルシルア森林っていったらモンテボスケの街がある所だろ? 狩人の稼ぎ場…周りは広くて深い森で、強い魔物も多い場所だって聞くな。 南東地方のサフィーナ・ナーフ島は…イナブ開拓地あたりで、町には狩人の数は少ないけど魔物が多くて良い狩り場って話だ。 たしか混血児も多いとかって話も聞いたな」

「へぇ…そうなんですね」

「けど…北のモンテボスケか、南のイナブに行くってなったら…やっぱパッと魔術で移動するのか?」

「そうするつもりです。遠出になるのは準備も大変ですし」

「そうだよなぁ…フィーも置いていけないしな」



 通常なら馬か馬車での移動になる。 オルディナ王都から南か北に下るだけでも数日はかかるだろう。 けど、俺には転移魔術があるか、先にパッと移動して、後からオネットさんを魔道具で引き寄せればいいだけである。

 一度この方法を覚えてしまったら、馬や馬車での移動が億劫になってしまうのが罠だな。


「あ…けど、フィーはうらやましがるな…」

「へっ?」


 オネットさんが少し声を低くして呻く。


「南方面って珍しい植物とか果物とかあるらしいじゃないか、気候もあったかくて海も綺麗だって言うし…、フィーはそういう所憧れてるんだよ。 連れてけたらなぁ…」

「ですが…フィエルさんには仕事が…」

「そうなんだよ、午前から夕方までフィーは医務室にこもりっきりだしなあ…。ちょっとは珍しいモン見せてやれたら…」


 フィエルさんは国境を越える前と後で色々あった訳で。 苦労した分、人生の謳歌することをしてほしい。 そんなオネットさんのフィエルさんへの気持ちが垣間見える。 もちろん、フィエルさんもだが、オネットさんも苦労してるのだろうけど。


「うーん…フィエルさんが数日休みを貰えれば一緒に観光できそうですけど…こればかりは聞いてみないことには話が進みませんね」

「だよなぁ…。 あの女医先生、フィーに休みくれるかなぁ…。 ダメだったら土産で機嫌を直してもらうしか…。あとは…お前が生贄になるしかないな」

「なんで生贄前提なんです!?」

「フィーの癒し要素だからだよ!」

「癒されてるなら本望…じゃなくて、抱き枕的な癒しですかそれ!?」


 小さい部屋でギャンギャン喚いている間に、東支部の狩人組合の医務室にいるフィエルさんを迎えに行くことになった。

 しかし、フィエルさんと合流した直後の開口一番の言葉に驚く羽目になる。


「私、五日後に先生と一緒に旅に出るから!」

「「!?!?」」


 ぴしゃーんゴロゴロ! とオネットさんの背に稲妻フラッシュ効果が見えた。


「は、え? フィー…? どっかいくのか? どこに…? あの女医…ケット先生と…? なんで…!?」

「お仕事!!」


 ドヤ!とばかりにフィエルさんが胸を張る。 一方、オネットさんが見たことが無いぐらいに狼狽えていた。 そんな彼女の顔を見るのは初めてだ。

 だが、オネットさんの様子は目に入ってないのか、フィエルさんは得意げに地図を広げる。


「ケット先生ね、半年に一度、南東地方のサフィーナ・ナーフ島って近くのイナブの街へ薬の材料を買いに行くんだって! ケット先生の親戚の方がいるって話なんだけど…私も一緒に同行しないかって言われたの。 五日後に船で移動して、一週間向こうで買い付けや仕事をするみたい。 特別手当も出るらしいから行っちゃおうかなって!」


 にこーと地図を指さしてフィエルさんが笑う。 その笑顔は輝かしいばかりの笑顔だった。 私もやる時はやるのよ!と言わんばかりである。


「南東地方…サフィーナ・ナーフ島…?」

「そう! 私だってちゃんとお仕事できるんだからね! 二人みたいにすっごい稼げる訳じゃないけど…」

「開拓地のイナブ……」

「あ、開拓地って言ってるけど賑わってる街らしいの。 女二人旅になっちゃうけど大丈夫! 心配しないでね! 私だって護身術もオネットから教わったし、ケット先生も元騎士だったから剣の腕は健在らしくって……」

「…サクマ。 次は南に決まったな」

「はい、そうですね」

「え?」


 フィエルさんは大きな青い瞳をきょとりとさせて首を傾げていた。


 そんな流れで、俺達は純魔石鉱を見つけに南東地方のサフィーナ・ナーフ島のイナブへ、フィエルさんとケット先生は薬の買い付けにと一緒に行くことに決定となった瞬間であった。

 経緯の説明をするとフィエルさんはぽかんとしていたが、一緒に行ける事になって一番うれしそうにしていたのは彼女だった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る