11.ドミナシオン編
「サクマ、どうしたのかしら?」
「さあ?」
血相を変えて飛び出ていったが、
「マントと荷物は置いてあるんだ、そのうち帰ってくるさ。森人は身が固いというか…恥ずかしがり屋なのかもな」
「ふふ、そうなのかもね。可愛いって言ったり、近づいただけでほっぺた赤くするもの。ほんと可愛い」
「だからって無防備に近づきすぎだぞ、フィー」
肌着や下着も脱ぎ捨てて大きな桶の中へと座り込む。
お湯が入っている桶の熱いお湯に布をくぐらせて身体をぬぐうと、暖かいお湯が肌を伝い気持ちよさにため息が漏れた。一日ぶりのお湯の暖かさに疲労感がほぐれるようだった。
そんな私を見てか、オネットが私の背中に柄杓で掬ったお湯をかけてくれた。 本当はもっと足を延ばせる湯船に浸かりたいけれど贅沢は言ってられない。
「無防備って…まだ十歳ぐらいの幼い女の子なのよ? なのにご両親がいないなんて…。可愛がられて当然の年齢なのだから、少しぐらい可愛がってもいいじゃない?」
「フィー、彼女は「妹」じゃないんだぞ」
妹、その単語に息が止まった感覚がした。
オネットがそっと私の肩を抱くように触れる。気遣っているのだろう。彼女はいつだって真っ直ぐで優しくて、とても厳しい。
「…分かってる。妹の代わりにしようなんて考えてなんかいないわ」
「ならいいが…サクマはまだ幼くて見目は可愛いが森人の魔術士だ。それを忘れてはいけないよ、人族とは違う種族だ」
「…オネこそ、何を考えてるの?」
「何って?」
ぱちゃりとお湯の中に布を沈める。さも何のことかわからないといったオネットの声。
「…オネ、貴女が同情で国境門へ一緒に行こうなんて言わないもの」
「助けてもらったお礼だよ、それにサクマだってこんな国に居たらどんな目に合うかわからないだろう?」
「だからって巻き込んでいい理由にならない。…だって、オネはまだサクマを警戒しているでしょ?なのに」
「……」
「オネット、本当は何を考えてるの」
愛称ではなく名を呼んだ。オネットの布を絞る両手がわずかに止まるのが視界に映る。
「約束したはずだよ、フィー」
オネットの瞳が私を真っ直ぐに射抜いていた。
「あたしは何としてでも国境を越え、オルディネ王国へフィーを連れていく」
「…オネ…」
オネットのその言葉に、その肩に触れる手の暖かさに泣きそうになった。彼女はあの日を境に決意してしまっている。だけど、
「…お願いだから、サクマを巻き込まないであげて。まだあんなに小さいのよ」
「フィー」
燃えるような翡翠色の瞳は剣呑とした光を帯びている。この瞳をしているオネットは少し手強い。
「フィエルを守る為ならあたしは何だってするよ」
軽蔑しても構わないとオネットの手が私の頬を撫でた。すこしかさついて暖かい手。戦ってきた者の手だ。私をいつだって守ってくれた手。
高熱で苦しんだ夜も、血反吐を吐いて激痛に泣きわめいた時にも、彼女は黙って私の側にいて手を握りしめてくれた。
「…その言い方はずるいわ、オネ」
「……うん、わかってる」
そんな彼女を、嫌いになれるはずがない。
※※※※※
時間を潰そうと宿屋を出て五歩、外套がないことに気がついた。
(色々入れてるポーチもベッドの上に忘れてきた…)
運良く財布と食糧品が入っている鞄は腰にぶら下げたままだが。忘れてきたポーチには魔術札の束がしこたま入ってる。他にも魔道具やら道具やらひっつめてあった。
(まぁ、いいか。こんな街中で魔術やら道具やらが必要になることはないだろうし。どこで時間潰しとこ…)
二、三時間ぐらい潰せば余裕で終わっているだろう、多分。…だよな?不安だ。女性の身支度は時間がかかるって話だし。なるべく時間をずらしておこう。
この服装が目立つなら変装魔道具の認識阻害と魔力遮断を強めにすべきかと、人目がない物陰で胸元に下げている魔道具を服の上からなぞりって術式の効果をあげた。こうすれば存在感が気薄な旅人Fぐらいにはなった筈だ。
目的もなく大通りの道を進めば積み荷を積んだ馬車が通り過ぎていく。ちらほらと旅人の姿も見えた。彼らは何週間かかけて帝都ドミナシオンへと向かうのだろう。
ふと、大通りの一角に、小綺麗な淑女とその淑女をエスコートするナイスミドルな紳士がお店から出てきた。
淑女の手には何冊かの本。紳士は店の前にいる馬車の中へと淑女をリードし、紳士も馬車へと乗り込んだ。 石畳の道を馬車は蹄を鳴らして進み始め、その後ろを沢山の荷物を積んだ荷馬車が続いていく。彼らも帝都を目指す商人かもしれない。
淑女と紳士が出てきた店を覗くと、店内には沢山の本が並んで見えた。本屋だ。
(本…時間つぶしには最適だな)
年季の入った扉をそっと開け、店内に入るとインクと羊皮紙の独特な匂いが鼻をくすぐった。
天井近くまである背の高い本棚にこれでもかと様々な厚さの本が詰め込まれている。真新しい本もあれば古そうな本もあった。古書店という感じだろうか。
店の奥には小さなカウンターがあり、店員らしき小柄なおばあさんが本に埋まりながらちょこんと座って居た。 先程の淑女と紳士の他にお客さんは居ないそうだ。ここを通る商人らが旅すがら暇潰しに本を買ったり売ったりするお店なのかもしれない。
(なになに…えーと『仮面舞踏会での甘いひと時を』…恋愛小説か?)
魔道具で存在感が薄いから店主には気付かれないだろう。 堂々と背表紙に指を当てて追っていくと恋愛小説やら果ては官能小説、冒険者、文芸ミステリーっぽい娯楽系の小説から薬学に関する書物、魔物に関する考察と進化論というマイナーといった様々な本が並べてあった。
(…やっぱ、漫画みたいな本はないか)
あるとしたら挿絵が多い動物図鑑や薬草の図鑑が多い感じだ。そして、表紙は羊皮紙で中のページが道具屋でみた浅草紙のような色合いの紙が使われていた。
浮島にあった全部羊皮紙でできている本とは少し違う。本棚の値札を見てみると、文庫サイズの本一冊のお値段、銅貨五枚で五十万オーロ!
地球でも羊皮紙で作られた聖書が百万で売られていた時代もあったらしいし、羊皮紙の材料費、紙へと製法するまでの過程もとんでもなく手間暇かかる故の値段なんだろう。
(ひえ~、銅貨十枚越えの本もある。羊皮紙使ってる奴は高いなぁ…)
一冊あたり安くて四万から十万超えという世界。地球でも羊皮紙で作られた聖書が百万単位で売られていた時代もあると聞く。現代の印刷技術や紙の製法がいかに素晴らしいということか。
(立ち読みするには作者に申し訳ない。何冊か買ってどっかで読もうか)
娯楽小説、魔物の図鑑、薬草の図鑑の三冊を選びんでカウンターへ持って行ってた途端、店主のお婆さんがビックリした顔になった。 阻害認識効果はしっかり働いてるようだ。店主からは俺の顔はぼんやりしたはっきりしない顔に見えているのだろう。
三冊で合計三十三万オーロのお買い上げとなった。高い。
本屋を出ると、大通りからすこし外れた所にビアガーデンのような酒飲み場が見える。屈強な男どもが昼間っから酒を飲んでいる姿も垣間見えた。
堂々と入る勇気もなく、その酒の飲み場を眺められる位置に小道の脇に樽に座って本を読み始めた。酒場からは陽気な歌声が聞こえてくるが、無音よりはマシなBGMで読書に集中できそうだった。
「――ん、あれ、今何時だ」
気づけば、街中から鐘の音が響き太陽は夕暮れに染まっていた。あたりも暗くなり始めている。懐中時計をみると十八時を示していた。
この異世界、言葉や文字は違うが時間の概念は地球と同じなのだ。六十秒で一分、六十分で一時間、二十四時間で一日。こちらとしてはわかりやすくて有りがたい。しかし時間をつぶしすぎた。
「…読書は時間を食うもんだよな…」
休みの日にたまった漫画や小説を呼べば十二時間は余裕ですぎる。眼球疲労と脳疲労もはんぱない。うっかり夢中になって読んだ冒険物の小説は自伝だったようで面白いものだった。
(流石にもう終わってるだろうし、帰っても大丈夫だよな)
本を腰の鞄へと押し込み、樽から腰を上げて歩き出した。
時間の概念も一緒だが、月、曜日も似たような感じだった。違うのは読み方ぐらい。
距離や重さに単位も呼び方は違うが地球と変わらないようだった。
(食べ物も人も地球と違わないし、こういう所で地球と似たようなものも感じる。…けど、圧倒的に人族が弱い種族になるんだな)
地球は文明の利器で発展し、こちらの異世界では魔術や魔道具の存在が強く種族上位が最下位という人族。
(他の種族の特徴や長所を比べると人族が圧倒的に弱いもんな。仕方がないのかもしれない)
いつでもどこでも強者と弱者というのはできてしまう。
「さあ、大人しく乗れ」
「……」
「……ぐすっ」
「おかあさん…おとおさん…」
大通りから外れた道の向こうに荷馬車が見えた。憲兵数名と小さな子供の姿が六名程。
昼間、魔力持ちの子だと憲兵に連れていかれた子もいた。おもわず、ふらふらと近づいて近場の物陰に隠れて覗き見る。
夕暮れ照らされた子供たちの表情は硬い。その手足には黒く重そうな枷がはめられていた。
(…奴隷そのものじゃないか)
あの子供たちの両親は引き留めることもせず、むしろ当たり前のようにお金を受け取って子を扉一枚で隔てて突き放した。
(俺も、我が身かわいさで見捨ててるけどさ)
帰る家も両親も、魔力持ちだと知られた途端にすべて失った子供たち。
考えてはいるんだなとオネットさんは言っていたが。俺は浅ましい考えしかしていない。
(仮に、考え無しに助けたとして)
あの子供たちを助けたとして、それから彼らをどうすればいい?
子供らはこの街に暮らすことはできないだろうし、あの夫婦たちは金を受け取った。子供たちはそんな家でも帰りたがるかもしれないが、両親や家族は拒絶する筈だ。
運よく彼らを別の街や村へ逃したとして…それから? 食べるものは?住む場所はどうすればいい?この国のどこに安全な所があるんだろうか。
この国にいる以上、彼らは法律から逃げることは出来ない。追われる身となり、立場を悪くさせてしまうだけ。
(あまりにも、今の俺には不相応だ)
彼らを助けられるのは、この国の狂った法律を曲げる程の権力を持ち、守れる環境を作れるほどの財力があるような国の中枢にいる人物だ。
そんな人物がいればこんな光景を見ずに済んだのかもしれないが。今後、法律や体制を革命できるような人物が現れるのかどうか。
(胸糞悪い)
そもそも魔力持ちだからってなんなのだ。この街にいる人々や植物、物、動物だって大なり小なり魔力を宿しているのだというのにそれを知らないのだろうか?
金持ちしか使えない魔道具だって高額な魔術札だって、使用者に魔力を必要とされるものだ。「魔力持ち」だと判断される値はどこある?
あの子だけじゃない、俺にもああなってしまう可能性があるということ。 無意識に結論を先のばすようにしていたが…。俺自身も身の振り方を考えなければならない。
フィエルさん達と一緒に南のオルディナ王国へ行くか、それとも単独で移動するか。
(魔道具で身を隠すことはできるけど、それもいつまで有効なのかもわからない。なら、南のオルディナ王国へ行く方が安全だ)
この国はあまり気分がいい国ではない。
オネットさんやフィエルさんと一緒に南へ行ってもいいと思う。フィエルさんは随分と俺の事を気遣ってくれていたが、その優しさには答えたい気持ちも多少ある。
「女二名、男四名か。魔力値が高いのはどいつだ?」
「こちらです、ズぺイ様」
「…ふん、まあまあ使えそうだな。頭数がいればいるほど多いに結構、連れていけ」
「はっ」
気づけば子供たちが乗ってる馬車の近くに長身の男とひょろりとした男が立っていた。 身に着けている衣服は品が良さそうな物で、良い所の執事とかそんな雰囲気だった。だが、男の両手には高価そうなアクセサリーをつけていてチグハグとした印象だ。
そのズぺイと呼ばれた男は馬車の子供たちを睨みつけては顔をしかめてエラそうにしている。と、ズペイの後ろに立っていた長身の男がのそりと動いた。
「…その他には魔力持ちの子はいないのだな?」
「はい、ドミニス様。定期的に魔道具で調べております」
長身の男は白い鎧に紺青色のマントが映える三十代半ばぐらいの男性だ。
白髪交じりの黒髪は灰色に見え、グレーの目はどんよりとして顔色が病的に悪い。健康的な色合いならイケおじの部類に入るだろうに、その顔色が悪い男はげほりと咳き込むような仕草をした。 なに病気? 体調悪いなら家帰れよ?
「体調がやはり優れないご様子で…ドミニス様はご自身の領地にお戻りに?」
「…、私は…」
「ドミニス様はこれから国境門へ向かわれるのです」
「……ああ、警護のために」
「それはそれは…お勤めご苦労様です」
では今日はこちらでお泊りに?と、何やら街の憲兵たちは接待モードだ。
ドミニスと呼ばれた男は地位が高いのかもしれない。 格好も貴族っぽいというか騎士っぽいし。ドミニスの従者らしきズペイという男が、あれやこれやと憲兵に指を飛ばしていた。ドミニスその側でぼんやりと佇んでいる、何か様子が明らかに変だった。
(体調が悪いだけじゃなさそうだけど、なんだか…)
ドミニスという彼からは、術式が放つ魔力の気配を感じた。
「そういえばズぺイ様、ドミニス様、このエーベネの東にある森の道で盗賊が転がっていたそうですよ。ケントルムダソスで暴れていた一味なのですが、何者かに魔術を使われたとか…」
心臓が跳ね上がった。俺のことですやん。
(あ、そっか。盗賊を捕まえて話を聞いたのか)
この街の憲兵さんにオネットさんがさり気なく盗賊の話もしていたし、颯爽と森へと偵察に行って転がっている盗賊を見つけたのかもしれない。 お仕事が早い。
「魔術だと…?魔術札を持っている輩が盗賊を一網打尽にしたのか?」
「いえ…それが小さな少女が魔術札も使わずに魔術を使ってみせたと…盗賊の世迷言かもしれませんが、一応お耳にいれておこうと思いまして」
「寝言もほどほどにしておけ、馬鹿馬鹿しい」
そのまま世迷言として終了してほしい。そもそも俺は少女じゃねぇぞ!盗賊どもの目は節穴か!
近場に盗賊を一網打尽にした犯人がいるなど思わないだろうし、気配も消してる。が、しかして俺の心臓は早鐘のようにバクバクし始めていた。とても嫌な流れではなかろうか。
「…ズぺイ、帝都から連絡があっただろう」
「ああ…もしかしたら…「
「…外壁門の憲兵と宿屋を」
「ドミニス様の命だ、外壁門の憲兵を呼べ!そして、街中の宿を見て回る、準備せよ!」
「「はっ!」」
ズペイの一声で憲兵たちがそれぞれの方向に走り出した。ドミニスとズぺイが小声で歩みながら何やらを話しているが、距離的に聞こえづらくなった。が、
(「彼女ら」って…フィエルさんとオネットさんが帝都から逃げ出してるってこと、知られてるんじゃないか…?)
――やばい、このままではフィエルさんとオネットさんが見つかってしまう。
俺は慌てて魔道具の術式を全開にして宿屋に向かって駆けだした。
{たっ、大変です!オネットさん、フィエルさん!憲兵が探してます!}
「!?な、なんだ?」
「え?どうしたの…?サクマ帰って来た?」
{オネットさん、フィエルさん!?}
「…いや、勝手に扉が開いたんだ。しっかし、あいつ遅いな。晩飯時だっていうのに」
宿屋まで全速力で走って部屋まで一直線、扉をノックせず入ったら二人に無視された。何やら先に飯を食おうとオネットさんが言っている。
あ、新た手のイジメではない。魔道具のせいか!
効果全開にしてるから俺、今二人には姿も声も届いてないんだ! 慌てて胸元にある魔道具に触れて術式の効果を弱めた。途端、二人がビクリと跳ね上がった。
「さ、サクマ?!どっから現れた?!」
「わっ、ビックリした…!」
「す、すみません!脅かしちゃって…と、ともかく、直ぐ荷物まとめてください…!」
「…どうした、随分長い間外に居たが…出てる時に何かあったか?」
宿屋の入り口へと耳を澄まして扉をそっと閉じ、声を小さめにして話す。大通りで騎士らしき人を見かけたこと、話していた内容のことを。
「その騎士の言い方だと…お二人…フィエルさんとオネットさん、城から抜け出していることを知ってるような口ぶりでした。暫くしたら宿屋にくると思います。その前にお二人は…」
「どんな騎士だった!?」
「いっ、ド、ドミニスって呼ばれてまし、た」
ギリギリとオネットさんの腕に食い込んで痛い。最大な舌打ちも飛んでくる。
「くそっ、あいつ…病気で動けない筈じゃ…」
「知ってる人ですか?」
「帝都一番の剣の使い手で魔力量も高い騎士
「…オネ…」
苛立ちげにオネットさんは自身の外套を握りしめた。フィエルさんが動揺を隠しながらも旅支度を始めている。
俺も慌ててベッドに置きっ放しだったポーチを二個を両足のベルトへと取り付けて白い外套を羽織った。他は忘れ物無し、よし問題ない。
「…サクマ」
「は、はい?!」
「一緒に国境門へついて来てほしい」
「オネ!?」
はっと振り向くと、オネットさんがすでに準備万端で短剣を腰のベルトへと下げていた。
「ドミニスが帰って来ているのなら、尚更…あたし達が国境門を越えられる為にもサクマに協力してもらいたい」
「オネ、待って…!サクマは」
「フィエルは黙ってて」
「…オネット…っ!」
彼女達の間で意見の食い違いが生じているのか、何やら気不味い空気が流れている。こういう雰囲気苦手だ、胃が痛くなる。
「朝まで答えを待つといったが非常事態だ。サクマはどうしたい。あたし達と一緒に国境門へ行くか、それとも、どうやってこの大陸に渡ってきた方法を吐くか」
「…
オネットさんの緑色の瞳はなんだか怖い色合いを飛び越え、必死さが全面に出てしまっていた。反論は許さないとばかりに腰の短剣へ手を伸ばしている。
「…正直、私もこの国には長く滞在したくはありません」
「なら、一緒に国境門へ?」
「…たしかに、私には瞬時にこのゲシュンク大陸を脱出できる移動手段があります」
「瞬時にって…転移術式ってこと…?」
フィエルさんが青い瞳をまん丸にして驚いた。森人族の魔道具ですよと付け加える。
「内側へ直接転移したので結界についてはわかりませんでしたが…その転移魔道具は私専用に作られています」
俺を脅したって魔道具は使えない。何しろ、クデウさんの魔力を持った
強引に短縮術式で転移魔術を発動することはできるだろうが、生命にかかわる問題がいくつが出てくる。
浮島には他者を受け入れない術式が常に起動しているのだ。もしセキュリティの術式が起動してしまったら、彼女達の身がどうなるのかわからない。
「貴女方二人を連れて大陸外へ連れて行くことは不可能なんです。だから、私を刃物で脅そうとは考えないでください。後ろからその短剣で刺されるならご一緒は出来ません」
オネットさんは、未だ俺を警戒しているのはなんとなくわかる。
彼女達は命を掛けて亡命しようとしてるのだ。そんな時、世情に疎い魔術札生産機みたいな子供を見つけたら利用してやろうと考えるだろう。溺れる人が藁を掴むような必死さで。
だが、俺は脅されながら彼女達を手助け助け出来るほどお人好しでもない。国境門へ同行するというのならせめて、互いの生命は侵害致しませんよという前提が無ければ無理な話だ。
「…わかった、今のは私が悪かった。今後、剣のを向けることは一切しないと誓う」
ぱっと短剣から両手を離した。切り替えが早いというかなんというか、彼女の緑色の瞳から剣呑な光はなりを潜めたようだった。まだ警戒はしているのだろうが、脅しは無しというなら妥協点だ。
「わかって頂けて幸いです」
「お前、子供然としてるくせに変なところで大人じみた事を言うな」
「…見目は子供ですが、中身は成人してるので」
「は?」
「え?」
三十五歳ですとは言えないが。フィエルさんがポカンとした顔になり、ふにゃりと笑いを漏らした。
「ふふ、背伸びするのは少し早いわよ」
「それ森人族の冗談か何かか?」
「…………」
冗談だと思われた。真実!なのに!
「…ともかく、今は一刻も早くこの街を出るのが得策です」
「ああ、そうだな」
「食料の補充が済ましていて助かったわね」
たしかに。事前準備は大事だもんな。
それから三人で宿屋の窓から隣の家の屋根へとそっと抜け出した。もう外は日が沈み真っ暗になっている。街は家々の明かりがポツポツと灯り幻想的な光景だった。異世界の夜景を眺めて浸っている場合ではないが。
屋根の上から表通りを伺うと、武装した憲兵が数人松明を持って辺りを警戒していた。大通りに面した宿屋は他にも何軒かあった筈だ、先にあちらを調べているのだろう。
「う、馬は…どうしますか、国境門、への、道のりはっ、まだ遠いんでしょう?」
「馬があれば三、四日、徒歩なら三週間はかかるな」
「なかなか、に、遠い、ですねっ…わっ」
「サクマ、足元気をつけて」
「ひぇ…」
「おいおい、森人族は高い木々の上で暮らしてるんだろ?これぐらいの高さでビビるなよ」
「森人族だからって決めつけないでくださいっ」
屋根の上をよたよたと歩くがなんとも足場が不安定で落ちそう、足震える。
俺、高い所がダメなんだ。よく階段から落ちるし、赤ん坊の時は母さんの不注意で階段から落ちたこともあれば、一つ上の姉からは遊び半分で突き落とされたこともあった。
魔術で飛ぶのならいい、きちんと操作すれば安全なのだから。 だけど、この不安定で斜めってる屋根は駄目だ、人が歩く場所ではない。
「しょうがないな…ほら」
「は、ぇう?」
「フィーも」
「わっ」
オネットさんが俺を抱き抱えてフィエルさんを背負い込んだ。どんな腕力だ?!
「ちょ、お、おろしてくださいっ」
「口塞がないと舌噛むぞ」
「?!」
思わず口を両手で抑えた途端、ふわりと重力が消えた。いや、屋根から地面へと落下したのだ。
二人分の体重もあるのにもかかわらず、オネットさんの両足は音もなく衝撃を耐えて地面へと着地した。
「っ、…っ!」
「サクマは軽いな」
ストンと片腕から地面へと降ろしてもらった。さっきのやり取りの詫びなのか、ぐしゃりと頭を撫でられる。
オネットさんすげぇ男前!男前なのに抱っこされた時に石鹸のいい匂いした!胸はささやかな大きさですね!抱っこして頭撫でるとか!おめぇは乙女ゲーの攻略対象キャラか!俺の泣け無しの男のプライドが傷ついた! 恥ずかしいからやめてほしい。
「フィーも胸以外に少し肉つけないとな」
「オネ、一言余計よ」
「はいはい、このまま裏道を抜けて馬を二頭掻っ攫って街を出よう、静かにな」
三人こそこそと裏道へと進もうとした瞬間、がちゃりと金属音が耳に届いた。
「おやおや、ここにいらっしゃったのですね、フィエル様」
「ズペイ…!」
「わたくしめの名を覚えて頂けて嬉しい限りです。オネット、でしたっけ?暗部に飼われている野良犬の名は」
行く手を阻むように憲兵を連れ立ってひょろっとした男、ズペイが松明を掲げて立っていた。
即座にオネットさんがフィエルさんを庇うように前へ出る。すらりと短剣を向ける姿は聖女を守る騎士のようだった。だが、
「帝都へ戻るぞ、フィエル嬢」
「…っ、ドミニス・ドゥクス・ファーナー…!」
ズペイの後ろからスルリと白い鎧と紺青色のマントのドミニスが歩み出てきた。本場の騎士様のご登場だ。
表通りの宿屋を憲兵に当たらせながら、裏通りを張っていたのかもしれない。彼らも一筋縄ではいかないということか。
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