10.ドミナシオン編
オネットさんの懐は温まったらしく道具屋から出る足取りは軽いように見えた。
「盗賊が魔道具の鞄を持っていて儲けたな、荷物が軽くなるのは多いに助かる。次は食料を補充して宿屋だ」
「…オネ、宿屋で休むの?」
「ああ、夜通し馬で飛ばして来たんだ。フィーも疲れているだろ?私もヘトヘトだ。…今後の為にもここらで一晩だけでも休んでおくべきだよ」
「…。…わかったわ。サクマはどうする?」
「へ」
なんか厄介そうなこと話してるなーと、珍しい街並みを眺めていたら名を呼ばれてビクつく俺。
「わ、私も食糧を買いたいです。それから…私も宿屋で泊まろうかと…」
「なら、昼飯と夕食を奢らせてくれ」
「えっ、ですが通行料も代わりに払ってもらいましたし…」
「通行料だけじゃあんまりだろ?盗賊から助けてくれた礼だって思ってくれ、それとも金の方がいいか?」
「…ご、ご馳走になります…」
「素直でよろしい」
むしろ、現金には困らなくなったのでいらないです。なんだかオネットさんにマウントを取られている感じがしなくもない。
圧力といえばいいのか、眼力がなんだかすごいのだ。反論を許さない眼光だった。
「いっそ、宿も一緒にとるか。その方が何かと話せるだろ」
「「えっ」」
「なんだ、二人揃って」
フィエルさんと俺がハモってしまう程度には驚いた。一緒って同室って事か? 年頃の男女が同室は如何なものか。俺、見目少年だけど中身三十五歳だぞ!?
「ぉ、オネットさん、ちょっと待ってください。お気持ちは嬉しいんですが私は…」
「いやだ!おれはいきたくない!」
「!?」
裏通りから表の通りに出た途端、子供の叫び声が響いた。何事だとばかりに行き交う人々がざわついている。辺りを見回すと大通りの一箇所、人だかりができているのが目に飛び込んできた。
魔力持ちだ、魔力持ちの子が出たんだ、ありがたいねぇと周りからひそひそと声が聞こえてくる。
(…魔力持ちの子って…)
通りすぎるふりをして人だかりの隙間を覗き込んだ。
「かあさん!かあさん!」
「ロペス、大人しくしなさい!」
「この魔道具が示す光、なかなかに強い魔力持ちのようだな」
人と人の隙間から見えたのは鎧を装備した憲兵数名と七歳ぐらいの子供と母親らしき姿だった。憲兵の手には輝きを放つ魔道具が見える。似たようなものをクデウさんの物置で見たことがあった。たしか、髪や爪、血液から魔力量の判定をする魔道具だ。
「魔力持ちの子は国の貴重な財産だ。この子は本日をもって神聖皇帝国ドミナシオン預かりとなる。ご夫婦はそれで構わないか?」
「はい、よろしくお願いします」
「かあさん!とうさぁん!帝都なんかに行きたくない!」
親らしき夫婦にしがみつき泣き叫ぶ子供の声。家のドアからは更に小さない幼い子供の顔が二つのぞいている。行きたくないと泣く子供に親は困ったように笑いかけた。
「ロペス、お前はもうここの家の子ではなくなったんだ、兵士さんのいう事を大人しく聞くんだぞ」
「…っ、と、とうさん…!おれ、行きたくない!だって…!」
「憲兵さん、この子を早く連れてってください。ご近所に迷惑なので」
「かあさん…!?」
「ああ、わかった。これは報酬だ、受け取れ」
にこにことしている母親の両手に、兵士が黄金色に輝く小金貨三枚を渡した。
「かあさん…!とおさん…!」
夫婦は儲けたとばかりに小金貨を大事そうに握りしめ、息子には目もくれず家へと入っていき扉が閉ざさた。
その扉を茫然と子供が見つめていたが、憲兵が細い子供の手を引っ張りどこかへと連れて行く。この光景は特別珍しくないのか、すぐにざわついていた人だかりがまばらになった。
「この国での日常だよ」
いつの間にかフードを被っていたオネットさんが耳元で囁く。
あれが、この国の日常?
一連の出来事がまるで夢だったよう大通りをいく人々は平然とし、笑い声すら聞こえてくるほどだった。オネットさんが言うように住人にとっては見慣れた光景なのだろう。
「…そんなに力いっぱい掴まなくても、飛び出したりしませんよ」
「盗賊どもを蹴散らしたサクマだからな、もしかしたらと思って」
骨が痛む程に俺の手首を掴んでいるオネットさん。握力やばい、骨折れそう。
「この国の法律だと言うなら、出来ることはありません」
喧嘩を売る相手が一個人、法律とは真逆に生きる盗賊ならまだしも国に喧嘩を売るとなると別問題だ。国が変われば事情も法律も変わる。大陸外からやってきた俺に口出ししていい訳が無い。それに一時的に助けたとしても、
「ちゃんと考えてはいるんだな」
「なんですかそれ」
「…お前は荒くれどもを一瞬で叩き伏せる事が出来るだろ?でかい力を持ってると後先考えずホイホイ使いたくなるもんだ」
なのに、ちゃんと先を考えて使わずにいたことを褒めてるんだよ。とオネットさんは俺の腕を労わるようにするりと撫でて手を離した。
まるで子供を褒めるかのような仕草になんだか居心地が悪い。俺、中身三十五歳なんですけど…ん?
「…フィエルさん?どうしました?」
「え?」
「顔色が…悪そうなので…」
フードの下に隠れているフィエルさんの顔が血の気が引いているのに気が付いた。背の低い俺からはよく見えるのだ、心なしか外套を握る手も震えている。
「フィー、先に宿屋で部屋を取って先に休んでて。あたし達は買い出しに行ってくるから。もし何かあったら通信魔石で呼んで」
「……。…わかった。気をつけてね、オネ、サクマ」
オネットさんから手渡された大銅貨を数枚握りしめ、フィエルさんは宿屋らしき建物へと歩いていく。
「…大丈夫なんでしょうか、フィエルさん」
「ああ、しっかり寝て食えれば元気になるさ」
それなんて脳筋思考、とは言えず、弾むような会話など出来る雰囲気でもないので黙ったまま市場がある通りへと向かった。
市場は大通りとはまた違った活気が溢れる通りだった。
大きな布を日よけにし、所狭しと大きなカゴや箱、樽に野菜や果物がこれでもかと入れられている。肉も紐に吊るされ見目がとても派手で、魚類は氷と一緒に大量に並べられていた。なんだか見覚えのある食材が沢山ある。
目に飛び込んでくる食材の色合いが鮮やかで、引きこもりにとっては珍しい光景だ。身長が低いと道を行く人に視界がふさがれて何があるのかがしっかり見れない。
「…あんまりキョロキョロしてると鞄ごとスられるぞ」
「ひぇ…」
思わず腰に下げている鞄を押さえ込んだ。そんな慌てた俺を見てオネットさんが可笑しそうに肩をふるりと動かしたのを見逃さなかった。無愛想な顔のまま笑うなんて器用な事を。
「牛の干し肉三十袋、豚の燻製も塊で五つ!」
「まいどー!全部で三万八千オーロね!」
「わ、私にも豚の燻製、塊で三つください」
「あら、お使いかい?偉いわね、オマケしちゃう!一万オーロ!」
「あ、ありがとうございます…」
「おばちゃん!あたしにも負けてくれよ、こっちは大量に買ってんだ!」
「鶏肉も買うんなら考えとくよ!」
「…鳥もも肉五つ追加!」
「まいどありぃ!三千オーロにしとくよ!」
商売たくましいおばちゃんと値切りをするオネットさんの駆け引きである。
盗賊から奪い取った鞄や収納袋には、《空間拡張》と《重量軽減》、《腐敗防止》の術式付与加工されているからか、オネットさんは次々と食糧を買っては鞄へと収めていった。
商人や旅人にとって貴重で重宝されている空間拡張された魔道具の鞄。
南のオルディナ王国から流れてくるらしく、それなりの稼ぎをしないと手に入れられない物だとか。小さな鞄で空間拡張しか付いていない物でも小銀貨一枚の値段になるらしい。
生活に欠かせない魔道具の一部は、獣人族や竜人族から没収や禁止にされてなかったということなのだろう。
その元盗賊の道具袋に食糧が吸い込まれていくのを眺めながら、俺も浮島では在庫の少ないバターや牛乳を買っては腰の鞄へと収めていった。
俺が腰に下げている鞄には《空間拡張》や《重量軽減》の他、《腐敗防止》、《時間経過防止》の厳重な付与加工が付いているので日持ちしない食品を入れても問題ない。クデウさんの魔道具様々である。
重量にも困らない買い出しをし続けて気付けば街のどこからか鐘の音が鳴っていことに気が付いた。
「もう昼か、丁度いい時間だな。飯も買ったし宿屋に行くか」
「はい、…フィエルさんは大丈夫ですかね」
「ああ、今はベッドの上で横になってるってさ」
「さっき言っていた…通信代わりの物を使ってやり取りを?」
「あれば便利だぞ。まぁ、人目がある所じゃほいほい使えないがな」
大通りを宿屋へと向かう途中、オネットさんが片手に昼飯用の大きな包みを抱え、もう片方の手を鞄の中へと忍ばせる仕草を何度かしていた。魔石で通信か、あれば便利だろうな。
「そうそう、サクマ、お前に提案があるんだ」
「…提案?」
何やら背筋がぞわりとした。
「そう構えるなよ。そう悪い話じゃない」
「…はぁ…」
にっこりとオネットさんらしくない笑顔で微笑まれた。…やっかいな提案されそうだ。
憲兵のおっちゃんお勧めの宿、馬の蹄亭は小綺麗な宿屋だった。煉瓦作りの外観に、屋内は明るく木材の床が目に暖かい。一階には食堂も設備されてあるようで、一人一晩が二万五千オーロ。食事は別途料金。
オネットさんが宿屋のおっちゃんに名前を告げると二階へと目線を向けた。
「「フィー」さんのお連れね、宿代は受け取ってるよ。あんたらの部屋は二階の左側の一番奥の部屋だ」
「ああ、世話になるよ」
「よろしくお願いします」
宿屋のおっちゃんに頭を下げるとキョトンとしていた。あ、つい日本人の癖が。そういえば、日本特有のお辞儀って海外の人から見ると奇妙な動作に見えるんだっけ。気をつけよう。
オネットさんが木造の階段をするすると上がって行き、慌てて俺もせこせこと短い足で追いかけた。コンパスの長さが少し短くなった弊害だ。
左の通路の一番奥、ドア越しにノックをしてオネットさんが部屋へと入って行く。断るのを忘れていたが俺も一緒の部屋になってるんだよな? いいのか、同室で。
「フィー、補給終わったよ、昼食も買ってきた。食べれそう?」
「ええ、大丈夫、お腹ぺこぺこ。あれ、サクマは?」
「ん?おいサクマ、何つったんてんだ。早く入れ」
「は、はい…お邪魔します…」
入り口手前で入るべきか迷っていたらオネットさんの変な目が飛んできたので思い切って部屋に踏み込んだ。
三人部屋はゆとりのある部屋だった。シングルサイズのベッドが等間隔に壁際に三つ並んである。フィエルさんはその真ん中のベッドにゆったりと座っていた。紺色のマントとブーツを脱いでリラックスモードだ。外套をすっぽりと羽織っていたからよくわからなかったが、これはまた、
(フィエルさん、胸が、大きい)
うっかり目が吸い寄せられた。凝視してはいけない、見たことが速攻にバレる。
そんな俺の視線には気づかなかったのか、オネットさんはフィエルさんの横に当然とばかりに座り込んだ。仲良しか!
俺も羽織っていた外套を脱ぎ、両足につけているポーチも剥ぎ取って端のベッドへと座り込んだ。途端、後ろから声がかかる。
「ほら、サクマの分」
「わっ、あ、ありがとうございます、…いただきます」
オネットさんが紙袋から包み紙に包まれた昼飯を投げてくるのを俺は慌ててキャッチ。両手より多きな包み紙を広げると、野菜や肉と豆を炒めたものを薄いパンで包んだような料理が出てきた。ふわりと甘そうなタレの匂いが鼻をくすぐる。
それをがぶりと頬張ると、ぱりっとした表面のパンに新鮮な野菜と柔らかで弾力がある肉、味の濃いタレが合わさっておいしかった。にんにくのような味もパンチがきいている。出来立てだったのか、熱々で口の中が野菜と濃厚な肉汁があふれた。
「…おいしいです。これ、なんて料理ですか?」
「エーベネのパケプよ、具沢山で美味しいの。食べるのは何年ぶりかしら」
「あたしも初めて食うが…んまい。三個は余裕で食えそうだ」
「ふふ、サクマ、オネット、ベッドのシーツ汚しちゃ駄目よ」
「「ふぁい」」
ベッドの上で食べるのはマナー違反だが、もぐもぐと三人でパケプを頬張る。
そいや、誰かと一緒に食べるのなんて久々だ。 最後に一緒に食べたのって誰だったっけ?それすらも忘れる程に久々だった。
フィエルさんから飲み水を分けてもらうと身に覚えのある味がした。 果実水、リンゴジュースのような味で、食べ物も飲み物もどこか地球と似たような食べ物が多い気がする。なんだか馴染み深い。
オネットさんがまるっと三つ食べ終わりフィエルさんも俺も食べ終わった頃、オネットさんが詰め寄るように小声で話し始めた。
「…さて、サクマ。提案なんだが」
「んぐっ、は、い」
不意打ち提案にごくりと果実水を飲み込んだ。フィエルさんもきょとんとしてオネットさんを見つめている。
「サクマはこの大陸…北側の現状が良くわからない状態で大陸に来た、そうだな?」
「は、はい。名前すら正確に知らなかった程です。多分、私が知っていることは古い情報だけだと思います」
「だろうな。…さっきも見ただろう、小金貨三枚程度で魔力持ちの子供が連れて行かれるのが日常になってる国だ。サクマにとってこの国は安全じゃない」
「そう、ですね」
ごもっとも。大自然に恵まれた大地で食べ物もおいしいが、国の法律が物騒なのだ。俺の状況を考えるにのんびりと観光や情報集めをするにはかなり危ない国だろう。だが、
「私にとって危険でしょうが、同じことをフィエルさんにも言えますよね?」
「…その通りだ」
「!オネ、ちょっと待って、サクマに話すの…?」
「フィー、サクマにとってもこれは悪い話じゃないんだ」
でも、と言いよどむフィエルさんを宥めるオネットさん。オネットさんのその緑色の瞳はすでに決心している色をしていた。
「あたし達と一緒に、国境を越えないか?」
国境、それってつまり、
「オネットさんとフィエルさんは南のオルディナ領土へ向かってるんですか?」
「ああ、オルディナへ亡命するために、な」
まさかの亡命。国境付近で親子が壁やフェンスを駆けあがるニュース映像が脳内再生された。
「フィーの治癒の力を見ただろう? あの力のせいでフィーは…ドミナシオンに使い潰されてしまう所だったんだ」
「…使い、潰される…」
この街へたどり着く前にオネットさんが発した言葉、貴族供の奴隷だとそう言っていたはずだ。フィエルさんを見つめると不安そうに両手を握りしめていた。彼女にとってあまり思い出したくない話なのかもしれない。
「…フィエルさん達はドミナシオン…帝都から逃げ出してきたんですか」
「そうだ、普通の馬で四日と半一はかかる距離を疾風馬で一日で南下した。 だが、疾風馬が途中で魔物に襲われて使い物にならなくなった、フィエルの治癒も間に合わなくて…。ケントルムダソスの街の近場の村で馬を一頭買ってオースへ向かう途中、盗賊に追われてエーベネ側に逃げ込む形になったんだ」
オネットさんはそういいながら大きな地図を広げて見せてくれた。羊皮紙に描かれた地図にはゲシュンク大陸が描かれている。
大陸の北部、ドミナシオンと書かれた箇所を刺し、ブロスタ、北カタルシルア大森林、ケントルムダソスとオネットさんの指が進みある一点で止まった。 中央から少し左に寄った湖の近くエーベネの街、俺たちが今いる街だ。
ゲシュンク大陸の正確な広さはわからないが割りと大きいのだろうか。馬で四、五日もかかる距離を一日で。疾風馬っていうどれぐらいの速度で走るのかは知らないが。
「急いでいる理由を聞いてもいいですか?」
「国境門の警戒が上がる前に押し通りたかったからだ」
「それって…フィエルさんを連れ戻しに追手が?」
「当たり前だろう、…治癒の祝福持ちの「聖女」様だ。その価値は金にはできないほどだよ。アイツら血相変えて追いかけてきているはずだ」
皇帝国と呼ばれるほどの国家が全力で追いかけるってどんだけなんだ。どういう人らが追いかけて、どれほどの武装しているのかがわからない。
「そんな顔するな、追手が追いかけてこないように帝都の疾風馬全部に特殊な薬を盛ったんだ。発情して全部の馬がまるまる何週間は使い物にならなくなるやつだ。 普通の馬でどんなに急いでもここまで来るのに四日か五日はかかる。あいつらの連絡手段に使ってる魔道具も全部ぶっ壊してきたからな、国境門はまだ警戒態勢になって無いはずだ」
「…用意周到ですね」
「命がけの亡命だからな。準備も手間もかなりかけたよ、なのに、
いつだって予想外な事は起きるもんだとオネットさんが苦笑する。なんとも男前…逞しいクール系美少女である。
「一日は宿屋で休める程度には余裕があると」
「流石に馬の上で寝るのも限度がある。フィーの力で誤魔化して移動してきたが疲労が限界だったしな、お互いにね」
オネットさんがフィエルさんの頭をぽふぽふと撫でる。仲良しか。オネットさんに撫でられながらも、フィエルさんは両手を握りしめたままうつむいていた。
「…フィーをオルディナ領土まで逃がす、なんとしてでも。だから、」
「協力しろと?」
オネットさんの緑色の瞳が真っ直ぐに俺を射貫いてくる。嫌でも気迫がこっちに伝わってきた。
「森人族の魔術士が一緒に同行してくれるなら心強い。それに、サクマも呑気にドミナシオンの領土には滞在はできないだろ」
「それもそうですが…」
「正直、フードで顔を隠していてもサクマは目立つぞ」
「………」
痛いところを突かれた。やっぱ浮いてるのか、この格好。それっぽい服チョイスしたんだけど。
「あたし達は一泊して早朝にはこの街を出る。サクマもそうした方がいい。近場の街道で盗賊だって転がってるんだ。サクマの話も流れる可能性が高い」
「う」
そういえばそうですね、言われてみればごもっとも。 だが果たしてこの話に乗っていいのか。
「サクマにも今後の予定や目的があるんだろうがこの国は駄目だ。早々に脱出した方がいい。サクマの魔術の腕ならば、国境門もどうにか突破できるだろうし。何より、南のオルディナ王国の方が魔術や魔道具に関して知識、技術が残っていると聞く。この国のように魔力が高い者は捕縛対象ではないんだ」
「え、そ、そうなんですか」
南のオルディナ王国の方が魔術に対して規制が緩いのか!ところ変わればなんとやらなのか。それに、とオネットさんが更に続ける。
「数は多くはないが、獣人族や竜人族の血を引いている混血児もいると聞く。サクマと同じく森人族の血を引いてる者、オルディナ王国の王族がそれにあたるな。そういう人らが住んでいる国だ。…国境を越えてオルディナ王国へ行くのはサクマにとって悪い話ではない」
「……、…そう、ですね…」
これは腹を括るべきか。と、わかりましたと言おうとした寸前、
「オネ…私…オネに無茶はしてほしくないの」
フィエルさんの震える声が耳に届いた。
「今までたくさん、私を何度も守って支えてくれたわ。…今度の国境越えは…もっと危険な目に合う」
「…フィー、そうならないよう考えて対策を練っただろう? まだ、間に合う。国境の警備が固まる前に門を潜ればいいんだ」
「でも、オネ…。いえ、私達にはもう、国境を越えるしかないのは知ってる。もう、覚悟もしてる。けど、サクマは違う」
フィエルさんが俯いていた顔をあげ、俺の方を真っ直ぐと見つめてきた。
「サクマ、よく考えてほしいの。不可侵の結界を越えて大陸に渡って来れるだけの移動手段はあるんでしょう?」
「…はい、結界のことはわかりませんが。ただ、それには条件付きというか…限定的な方法なので…」
「なら尚更、無理に私達と同行しなくてもいい。…サクマが一緒に亡命をしてくれるのならとても心強いのは本当よ。けど、私達と同行したらサクマも帝都の兵や騎士に追われる事になる」
「フィー…」
重い沈黙が部屋を包む。 彼女たちの事情は予想通り厄介事であった。 どうすべきか、彼女たちと一緒に行く方がいいのか、それとも、ああもう、時間がほしい。
「朝まで…待っていただけますか? …すこし、考えたいです」
「……わかった。あたし達は早朝に馬を買ってオース、更に南にある国境門へ向かう。それまで答えを聞きたい」
「わかりました」
オネットさんが真剣なまなざしでこちらを見つめてきた。こくりと頷くと、フィエルさんが一呼吸挟むように両手をぽんと叩く。
「はい、この話はここまで! ねぇ、サクマは何を買ってきたの?」
「へ、あ、えーと…食糧をいくつか…」
「おいおい、さっき食ったばっかりなのにもう食べ物の話か?」
「いいじゃない!森人族のサクマが何を買ったのか気になるんだもの」
生粋の森人族じゃないんですけどね! ガワはよくわかんない人外だし中身は日本人だしとはいえず、おずおずと市場で買った食べ物の名前を上げていった。
あんなに真剣なまなざしで話していたオネットさんは、旅装束をぽいぽいと床に投げ捨てベッドへとぼふりと寝転がって表情が見えなくなる。話が本当なら相当疲れているはずだ、フィエルさん自身も。
「…フィエルさんは寝なくていいんですか?疲労しているのでは…」
「え?私は二人が買い出しに行ってる間に少し寝れたもの。私よりオネットが一番疲れてるはずだわ」
「……たしかに、フィーの方が馬の上でよだれをたらして寝てたものな」
「オ、オネ!」
「ふはっ、事実だろ? 大森林に入る前に寝ぼけて落ちそうになったじゃないか、フィー」
「もう!オネったら!」
寝っころがるオネットさんに、フィエルさんがぽこぽこ道具で反撃している。 うっ、クール系美少女と聖女系美少女が戯れる構図。素晴らしい。疎外感を感じようともこの光景は尊いものである。
≪
「「え?」」
「あ、いえ、仲がいいですねと…」
思わず二人のやり取りにホッコリして呟いてしまった。
「もうずっと長い間一緒にいるみたいな気分だけど、まだ五年もたってないのね」
「そりゃこれからも…、…!」
と、オネットさんがふと扉の方を睨みつけた途端、ノックの音が三人部屋に響いた。
「どぉも~、お湯持ってきましたけども~!」
と、扉の向こうから中年男性の声。フィエルさんが「あっ!」と嬉しそうに立ち上がった。
「言うの忘れてたわ!私が宿屋の主人にお願いしてたの、お湯分けてもらえるって!」
「本当か? 有りがたいな、久々に暖かいお湯だ」
オネットさんが扉を開けると、宿屋の従業員らしき男性が二人が大きな桶と小さなバケツのような桶を数個持って立っていた。
大きなタライのような桶とバケツサイズの桶を四つを部屋に運び入れはじめと思ったら、チップを受けとって男二人はさっさと部屋を出て行ってしまった。部屋に運び込まれた木製の桶からは湯気が出る程の熱いお湯が入っているようだった。何故か柄杓もついている。
フィエルさんとオネットさんはそれを確認すると鞄から何かを出し始めた。その二人の顔は若干輝いて見える。
(桶と…お湯? 洗濯でもするのか? てか、洗濯…洗濯機とか無いのか、この宿屋)
浮島にあったような便利な魔道具洗濯機は無いかもしれない。 てか、ここベッドがある室内だけど、こんな所で洗濯したらあっちこっち濡れない? ええと、洗濯機なかったらどこですんだろ、井戸か川の側でジャバジャバ洗うのか?
「サクマ、先に使わせてもらっていい?私達、丸一日身体を洗えてなかったの」
「っ!?」
目の前でフィエルさんが服を脱ぎ出した。
厚手の紺色の上着がベッドへと落ちて白いワイシャツが視界に飛び込んでくる。 豊満な胸を包むワイシャツのボタンを白い指がするすると外し、白い柔肌が――
≪
そう言い放ち慌てて部屋を出た。 瞬間、オネットさんとフィエルさんのぽかんとした顔が見えたが構ってられなかった。
(びっくりした!びっくりした!!)
心臓が口から飛び出るかと思った。不意打ちで年頃の女性の生肌を見た暁には心臓麻痺で死んでしまう。心臓に悪い!
なんというお嬢さん方だ!無防備にも程があるんじゃないか? 仮にも見目少年だがこちとら男だぞ?!もう少しそこら辺気遣ってほしい!それとも何か、俺は男だと思われてないのか!?
「…ああ…何しろ見目が子供だもんな…」
見目は少年だけど、三十五年は生きてる男ですよとも言うべきだろうか。 言った瞬間オネットさんに斬りつけられそう。
部屋を出た階段先で俺は頭を抱えた。
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