9.ドミナシオン編
盗賊を放置して森を抜け、平野のど真ん中を伸びる道を少し進んだ所で赤毛さんと紺色マントさんの二人は道端の岩へと腰を落とした。
「オネ、矢を抜くわよ」
「ああ、…っ」
負傷した赤毛さんを優しげな手つきで手当をしている紺色マントさん。を、側でぼんやりと眺める俺。包帯とかあげたほうがいいだろうか、そんなことを考えていると地面に血がついた弓矢がからりと落ちた。射抜かれた赤毛さんの肩から血がジワジワと染み出す。痛そう。
「…傷薬は馬に持たせてしまってたから…消毒と治療をするわね」
「…頼む」
こちらを伺うような何か決心したかのような声色だった。
弓矢に驚いた彼女達の主人を置いて馬は逃げてしまったのだ。 旅の道具がおじゃんとか落ち込み案件だ、損害額はいかほどだろうか。
やはり傷薬と包帯をあげるべきかと鞄に手を伸ばしかけたその時、紺色マントさんの周囲が輝くように見えた。
「浄化の光と、癒しの力を」
紺色マントさんがそう呟いて負傷した赤毛さんの肩に手をかざしす。やわらかな光があふれたとおもったら肩の傷が見る見るうちに塞がっていった。
(…なんだ…いまの…?)
俺が知ってる魔術文字を使った魔術ではない。短縮術式でもない。だとしたら、
(祝福持ちか…!)
地上に干渉できない神々が人々に与える恩恵の証、「祝福」だ。魔術文字とは別枠のチート能力、女神の癒しの力だ。
(…あれ…癒しの祝福持ちって激レアじゃ?)
魔術文字を使った治癒魔術はあるにはあるが、効果はそれほど高いものではない。肉体の治癒能力を活発化させ、治す速度を速めるだけの術式。その効果は何度も使う内に効かなくなるのがデメリットだ。
それと比べ、祝福の治癒能力はデメリットなしに脅威の速さで治すことができる女神の力。それゆえに「聖女」とあがめられ軌跡の力として大事にされる。
暖かな輝く魔力が紺色マントさんを中心に波打つ。その反応でか紺色のフードがふわりと落ちて隠れていた顔が覗いた。柔らかなヘーゼルナッツ色の長い髪に、青い大きな瞳が特徴的な16歳ぐらいの可憐な少女だった。
(この世界の女の子は顔面偏差値が高いのか…?)
怪我をした赤毛クール系美少女を手当てする榛色の髪の美少女、その構図はなんとも神々しさがあって絵になる。画力向上のためにスケッチさせて貰いたい程だった。いや、デッサンとか脳内キャプしたがってる場合ではない。
「…ふう、オネ、痛みは?」
「ん。…大丈夫だ、完全に完治してる。ありがとう、フィー」
確認するかのように赤毛さんは肩をぐるんぐるんと回して微笑んだ。それに安心したのか照れたように微笑む紺色ローブさん。あら~となるのはオタクのサガ。致し方がない。
ローブから零れ落ちた長い榛色の髪を耳へとかける仕草はなんとも儚げな美少女だ。あ、白髪、いや白髪は失礼だな。髪にメッシュでも入れてるのか白い髪の毛が混じる御髪をしてらっしゃった。お洒落かな。
「…すごいですね…祝福の力は。初めて見ました」
「私もよ」
「え?」
「私も短縮術式の魔術は初めて見たわ。小さな魔術士さん」
紺色マントの美少女がこちらを振り向き微笑んだ。短縮術式を
(…そんなに珍しいか?短縮術式を扱うにはそれなりに魔力量が多く無ければ扱えないけど…でも…)
先ほどの「魔術札」といい、何かズレを感じる。なんのズレだ…?
「…とりあえず、街へと道すがら話そうか。あたしはオネット。こっちが…」
「私の名前はフィエル。魔術士さん、あなたの名前は?」
「ぇ、あ、わた私は≪
思わず本名を答えてしまった。案の定、
「シャ、シャキュマ?コォー?」
「…変わった名前だな、どこの生まれだ?」
きょとりと紺色マントさん改め、フィエルさんと赤毛のオネットさんが首をかしげた。
名前!名前について考えてなかった!早久間 功なんて日本語もいいとこじゃん!
「と、とても遠い場所です。言語も共用語とは違う地域なので呼び辛いかとおもいますが…サクマ、と呼んでください」
嘘は言っていない。こことは違う世界だけど。
「シ、サ、サクマ、サクマね!」
「…サクマか、やはりサクマはゲシェンク大陸の生まれではないんだな、喋り方も少し疎い感じがするし」
「どことなく風貌も違うわね。もしかして、サクマは人族じゃないのかしら?」
「…お察しの通りです。この言葉で会話するのは初めてなので…喋り方、変ですか?」
「ああ、そうだな。舌ったらずな喋り方なのに口調は硬くてお偉いさんみたいな言い回しだ」
「もう、オネったら!サクマの喋り方はとても丁寧で上手よ!」
脳内辞書、もしくはクデウさんのおかげだろうか。砕けた喋り方はインプットされてない。たくさん喋って慣れなければ。
「しかし、そんな遠い所からなんでこんな人族のゲシェンク大陸へ来たんだ?…魔術士なら尚更…危ないだろ。そもそも
「へ?」
「そうね…ここら辺だと厳しいわね」
なんだ?なんの話をしてる?
「…質問なんですが。このゲシュンク大陸の大きな国は旧スコンフィッタから別れたオルディナ王国とエマナスタ王国、ですよね…?」
「「え?」」
「……」
この反応はまさか。
「エマナスタっていうのは四百年以上前の国の名だぞ…。今は神聖皇帝国ドミナシオンだ」
「ここら一帯はその帝国の領地よ。…まさか、知らないで旅をしていたの?」
「…ええと…一身上の都合で…知りませんでした…」
「一体、どんな事情なんだ、それ」
オネットさんがドン引きしている。俺だってドン引きしてる。まさかの、
脳内辞書、アップデート更新が数百年単位で止まってる疑惑。
いや、クデウさんが何百年も前に死んでしまったからか?それとも、クデウさんが研究に没頭し過ぎて世情に疎くなったとか?そもそも今は何年なんだ!?
クデウさんが亡くなった年ってたしか最後の日記に書いてあった年は…星歴二千四百八十八年!
「…今年は何年ですか」
「はあ?」
「え?」
空気を止めるかのような目で見ないでください。まるでタイムリープしてきた人みたいになっている!
「…何年って、お前…星歴二千九百八十八年、夏初月の二十五雫の日だ…」
「…………」
うわあ。思わず思考がフリーズする。
二千九百八十八年??クデウさんが亡くなったのが二千四百八十八年で??? クデウさん亡くなったのは五百年前!?
≪
「ァズィカオ?」
「森人族の言葉か?」
大丈夫?と首をかしげて俺に問いかけるがフィエルさん。優しい。オネットさんの胡散臭いものを見るかのような緑の瞳が刺さる刺さる。
時間がそれほど過ぎているのならば世界事情も俺が知っている物とは違ってくるだろう。これはもはやあの
「…と、特殊な事情があります。私は…人族と森人族の混血児です」
「!あの森人族の…?他種族と交流を断って何百年もたつアルマディナ大陸の鎖国種族の…?!」
「……。…はい、その、珍獣扱いの森人です。小さい頃から人里離れた小さな島で、森人と他種族の混血児である父親と一緒に暮らしていました」
父親も腕のいい魔術士でしたが、複雑な血筋が理由で色々と…種族間や他種族とのトラブルになったようで。それで人里離れた小さな島で二人だけで暮らしていたのです。同じく、私自身も父親の強い魔力を受け継いだのか、魔術の覚えはよかったのです。そんな子の私を父親は心配し過保護になったのでしょう、生まれ育った島からこの歳になるまで出たことがなく、大きな街には行ったことが一度もなかったので。ですが、
「数年前に父親が病で亡くなったのです。それからは細々と父が若い頃に使っていた古い本で言葉や魔術を学び、畑を耕して食べて暮らしていたのですが…独りで暮らすにも心寂しく…。思い切って島からこの大陸へと渡ってきました」
「………」
「……そうだったの…」
「はい、それでその…世情はとても疎くて…今が何年すらも数えてもないような生活だったのです。なので常識を知らないことも沢山あるかと…」
ほとほと恥ずかしいとばかりに顔を伏せる。まぁ、本心だが。
引きこもりの俺が演技など出来る訳でもないので
事実と嘘を混ぜ込んだ話。当たらず共遠からず、多少は筋が通っている話だろう。詳細は省きに省いて曖昧にしているが。
昔取った杵柄というべきか、漫画を作るならば嘘を上手く誤魔化したり曖昧にしたりするテクが必要になる。頑張れ俺、世情に疎いレア種族森人混血児のなりきりになるのだ。
「…わかったわ、私たちが知ってる事ぐらいなら教えてあげられるわね」
「フィー、待って。サクマの事情はわかったけど、あたし達は…」
「急いでるのはわかってるけど!オネ、こんなに小さい子が一人で旅をしているのよ?助言ぐらいしてあげなきゃ!」
「ああ…フィー…また悪い癖が…」
フィエルさんはどうやらお人好しらしい。オネットさんは困り顔だ。なんだか二人の関係性が少し垣間見えた気がした。
平野に続く街道を歩く事数十分。畑や小さな古屋が見えてきた。エーベネの街だ。街を取り囲むように長い外壁が続き、道の先に煉瓦作りの門が見える。
「サクマ、わかってるな?」
「…はい。人目があるところでは魔術を使わない、魔術士だと名乗らない、ですね」
「そうだ、憲兵に捕まりたくなければな。街に入ったら盗賊から奪った金目の物を売り飛ばして懐を温めるか」
「私たちの方が盗賊紛いなことしてるわね」
「フィー、これも生きるためだよ」
異世界事情も大変らしい。
この中央大陸、ゲシェンク大陸は人族の人口密度の高い大陸だ。五つある大陸の中で面積は一番小さい。
クデウさんが元凶とも言われた人族VS獣人族&竜人族との戦争で、人族は魔道具兵器で派手に暴れまわった末にぼろ負けし、人族は追いやられるようにクティノス大陸からゲシェンク大陸へと移り渡った。
その復興した国が旧スコンフィッタ王国。のちに獣人族に従う人族の集団と、獣人に恨みつらみを抱える集団が別れて南にオルディネ王国、北に旧エマナスタ王国となった。
その後が問題となる。
クデウさん力作の魔導兵器があったとはいえ、人族の所業に獣人族と竜人族は殺戮兵器に繋がるような魔術や魔道具の知識、技術を封じるよう人族に制裁を与えたのだ。その甲斐あって他種族と比べて短命な人族は、魔術に関する技術をゆっくりと退化させていったという。
他の大陸への侵害を禁じ、獣人族や竜人族、森人族達は人族と距離を置いた。静かに監視の目は人族に向けながらも。
それが表向きの話。その実、人族の間で色々と動きがあったらしい。
獣人に恨みつらみを持った集団、旧エマナスタ王国改め、神聖皇帝国ドミナシオンは獣人族や竜人族に従順になるのを嫌い、魔術や魔道具に関する情報を秘密裏にかき集めていたのだ。
「魔力が高い者、魔術が扱える者はこの国では捕縛対処なの。見つかり次第捕まえて囲んでしまうのよ」
フィエルさんが悲痛そうな顔でそう呟く。そんなフィエルさんを気遣うように言葉を繋いだのはオネットさん。
「神聖皇帝国はそうやって魔術の力を伸ばそうとし続けてきた。高い魔力持ちなら生活は保証されるし大事にされるが…その実、王族、貴族供のいい奴隷だよ。魔力が尽きるまで魔石への魔力補充、魔石付与効果、魔術札の製作を陽の当たらない地下王宮で朝から晩までやらされるんだから」
ブラック企業並みに働かされるのか。
「魔術札って…その捕まってる人たちが作ってるものなんですか?魔道具とかも?」
「ああ、この国じゃ魔道具なんて魔術札より高価なものだから、持っているのは王族、王宮関係者か貴族あたりが妥当だな。いくつかの生活必需品の魔道具や、一部の魔術札は市井に出回っているものもあるが…やはり高いから庶民は手が出せれない代物だな」
「それはまた…なんとも…」
「森人族からしたらなんてこともない魔石や魔道具もこの国では一級品になるかもね」
苦笑するフィエルさんに、俺はひくりと口の端しをあげるしかなかった。
売れるかと思って魔石を持って来ているのだ。その上、俺が身につけてる魔道具一式は高級な部類になってしまうのではなかろうか。
ヤバイ、変装魔道具以外の、見目からして魔道具っぽい物は隠しとこう。
「…早い話、魔術士、又は魔力が高い者は国力強化の駒としてかき集められ、強制的に奴隷生活になると」
「ああ、人目がある中で魔術を使ってみろ。村人全員が狂気じみた面で逃げるか追いかけまわされるぞ」
「ひぇ…」
「怖がらせてごめんね。…でも、ほんとうよ。魔術士や魔力が高い者を見つけた人には金一封が貰えるんだけど、隠し黙っていた者には重い処罰をかせられることもあるから…」
堂々と魔術や魔道具は使えないのは厳しい。俺唯一の防御で武器だというのに。しかし進言どおりにすべきだろう、郷に入っては郷に従え。
彼女たちの近場から街の様子を伺い、それとなくこの国の情報を聞くのが今のところ安全そうだ。小物の考えだと思うだろうが、小物で貧弱耐久だから仕方がない。安全第一である。
だが、では
「…こう言ってはなんですが…貴女も危険なのでは…?祝福持ちな上に、魔力量も高いように見えました」
「……わかる?」
「それなりには」
「やっぱり森人族ね」
微笑むフィエルさんの横顔はなんだか悲しげな感情が見えた。祝福持ちのフィエルさんと戦い慣れてそうなオネットさん。女二人だけの旅路、なんだか厄介事のような気配を感じる。
「……それの件に関しては今は話すべきではないだろ。気を引き締めとけ、街には憲兵もいるはずだ」
街への入り口が近づくと、その煉瓦造りの簡素な門には中年憲兵らしき二人が立っていた。そんな彼らにオネットさんが何枚かの通行料の通貨を握らせて気さくに話しかける。
「門番お疲れ様、憲兵さん。いやぁ、久々にこっちにきたんだけど作物の育ちはどうだい?北中央のバラーリは去年より収穫量が少ないって話だぜ」
「おお、あんたらバラーリから来たのかい?そうか、今年の冬は厳しくなるんかね。こっちの作物は不作って程じゃねぇが、心もとない量かもな」
「はぁ~、神聖皇帝国のお膝元で出稼ぎに行けばまともに食えるかね」
「さあな、田舎とは違ってあっちは都会だ。いい思いする奴もいりゃボロ雑巾みてぇにこき使われるって話だ。まだ俺らの方が余裕あるのかもな!」
「自由気ままな田舎暮らしも悪くないだろうさ。…ああ、そいや東のケントルムダソス周辺で暴れてた盗賊どもの姿を森側の街道沿いで見かけたっていう旅人がいたんだ、注意した方がいい。村人が狙われるもしれないよ」
「なんだって!そりゃあ一大事だ、教えてくれてありがとよ!」
「礼なら飯が美味い宿と、良い値で買い取ってくれる店教えてくれよ」
「ああ、宿屋なら中央広場の方にある「馬の蹄亭」って所がおすすめだぞ。店は裏通りじいさんがやってる所ぐらいかな」
ものの数十秒で友人のようにおっちゃん憲兵と会話をするオネットさん。コミュ障にはまぶしいやり取りである。
見習って軽やかな会話の候補を脳内を並べたが、下手なことがしか言えなさそうだから黙っておっさん憲兵さんらにアルカイックスマイルで頭を下げた。そんな俺にきょとんとして目元を赤くするおっさんら。美少年フェイスの効果だろうか、こっち見て照れんな嬉しくない。
「…サクマ、フィーみたいにフードかぶっとけ。その顔はちょっと悪目立ちする」
「は、はい…わかりました…」
「ふふっ、サクマは綺麗だもの!私もサクマの顔を見たらドキっとしたわ」
「?!」
なんだって。それは気持ちが悪いっていう意味ではなく?!ギョッとしてフィエルさんを見上げるとフードの下で彼女は照れるようにして微笑んでいた。
三十五年間、年若い可憐な女の子に微笑まれることなんてされた事が一度もなかった俺だ。寧ろ、こちらが社交辞令で頭を下げたりするだけでキモいだのキショいだの言われ不審者にされてしまう。そんな俺に、
「あ、サクマ、顔が赤くなったわ、かわいい」
「………」
「じゃれるなじゃれるな、サクマも困ってるだろ」
人工人外ガワより、フィエルさんこそがナチュラル美少女でかわいいですよ!なんていう気の利いた言葉も言えず、誤魔化すようにフードを深くかぶりなおした。これもこのボディの恩恵だろうか、なんとも複雑である。
街へと続く門を三人で潜るとレンガ作りの家々が連なっていた。街中は石畳のような道が続き、その小脇を闊歩する鶏や羊、家畜を誘導する少年の姿も見える。
行き交う人々の髪は赤茶や黒、たまに黄色味が強い茶だったりと馴染みがある髪の色が多かった。緑とかどピンクのような色の髪は今のところ見えない。
その街並みは日本とは打って変わって文化圏が違う雰囲気で物珍しい。スマホが手元にあったら写真を収めて資料にしたい。映画のセットの中のようでワクワクしてしまうが、よくよく観察してみれば裕福では無い雰囲気も肌で感じもした。
行きかう住人の半数以上が着ている服や道具が年季が入っていてボロボロなのだ。しかし住人らはガリガリってほどでは無い。食べるものには困っていないが周辺環境を整える資金はないって感じだろうか。無駄のないスリムマッチョな農夫さんも見かける。
ああ、そういえば当初の目的を達成しなければ。
「…あの、ちょっと聞きたい事が」
「なあに?サクマ」
「売れそうなちょっとした物を持ってるのですが、一緒にお店に行ってもいいですか?できればお店に持っていく前に売れるかどうか確認してもらえると助かります」
「…お前、その身なりで金に困ってるのか?」
「いえ…人族の硬貨は持っているのですが、…その…使えるかどうかわからなくて。ならばといくつか売れそうなものを持って来たんです」
「サクマ、何をもってきたの?」
三人こそこそと大通りから逸れ、横道に続く所に身を寄せ合った。他から見えないよう、鞄からいくつか道具を引っ張り出して二人に見せた。
「傷薬をいくつか…、ああと、その前に…この通貨は使えますか?」
倉庫で見つけた通貨は、金貨、銀貨、銅貨から作られた七種類の通過だった。丸い金貨、長方形の金貨、長方形の銀貨、真ん中に穴がある小さめな銀貨。そして、楕円形で真ん中にある物、正方形型で穴が開いている物と穴が空いていない銅貨が三種類。金貨二種類を除き、銀貨と銅貨の五種類を見せた。
「なんだ、サクマの懐はあたしらより暖かいな。安心しろ、ゲシュンク大陸で使われてる通貨だ。銅貨でできてる一番小さくて丸い銅貨一枚で十オーロ。百オーロで小銅貨一枚分。その小銅貨百枚で、天秤とルドベキア花が描かれてるのが楕円の銅貨一枚分で一万オーロだな」
さらに十万オーロになると穴が空いた小銀貨一枚分、その小銀貨百枚で長方形の銀貨一枚分となるらしい。三種類の銅貨がよく庶民が使う通貨だという話だった。
「ふふ、古代のバシャル通貨が出てきたらどうしようかと思ったわ。長寿種の森人族なら、もしかしたら持ってるかもね。あの時代の通貨はとても価値があるのよ」
「ええっと…バシャルって最古の人族の王国ですよね」
たしか倉庫にはバシャルと名が刻まれた金貨もあった気がする。通貨はどうにか使えるらしい。安心して買い出しができそうだ。次に、傷薬を見せたら需要がある傷薬らしく売ってもOKとのことだった。と、最後に小さな魔石を一粒だけ慎重に取り出す。
「これは売れますか…?」
「「!」」
フィエルさんとオネットさんがぎょっとその身を硬直させるのが目に見えた。やっぱアカン奴か。
「この小粒の魔石…!小さくても魔力純度がとても高い…!人口魔石でも魔物の赤魔石でもない、天然物の純魔石じゃない!こんな貴重な代物、メルカートル商業国かオルディネ王国しか買い取ってくれないわよ…!」
「この街で売ったらダメな物ですか?」
「「この魔石はダメ」」
ひそひそと頭が引っ付くぐらいに二人が詰め寄ってきて焦った。価値の高い天然の純魔石が見つかった途端、帝国の憲兵に通報されて逆にサクマ自身が小金貨に早変わりしてしまうらしい。この国こわい。
「…全部で小銀貨四枚分、四十万オーロじゃな」
「ケチケチすんじゃねぇよ、じいさん!八十万オーロが妥当だろ!これなんてまだ新品だぞ!見てみろ、山人族の文様入りだ!他の短剣も良く手入れされてるじゃないか!」
「うう、六十万オーロまでが限度じゃ!ええい、もってけ泥棒!」
齢六十代の店主が泣きそうに震えている。
大通りから少し外れた売れ通りの古びた店、なんとも怪しげな佇まいだったが、店内には沢山の道具で溢れていた。その道具の間に埋もれているように座っている店主の前には盗賊からはぎ取った短剣十個。小汚い盗賊らは武器だけはいい品を使っていたらしい、怒涛の勢いで値段交渉をするオネットさんの姿はなんとも逞しさを感じる。
更に盗賊から奪った《空間拡張》と《重量軽減》効果がついてる鞄から、赤魔石のゴロゴロと取り出して店主の目の前に並べ始めた。店主が白目向きそう。
「新品の短剣が小銀貨二枚と銅貨五枚の値段か…」
刃物は高いイメージがある。現代地球なら値段はピンからキリまで幅広いが、名刀となると値段は跳ね上がった。
この世界の物価がいまだ良くわからないが、小さな木製のコップが小銅貨三枚と五十オーロで三百五十オーロ、金属製のフォークが小銅貨四十枚分の四千オーロ。
(貴金属やガラス製品は全体的に高いんだな…)
魔術式でよく使う羊皮紙やインク関連も高い。羊皮紙が一枚一万オーロ。 浮島で羊皮紙をかなり消費したことを思い出してぞっとする。
羊皮紙のほかに安い紙も置いてあった。浅草紙と呼ばれる薄茶色の紙で植物からできている紙で一枚、小銅貨一枚で百オーロ。今度から大量に消費する時はこの浅草紙を使った方がいいだろうか。
ふと、狭い店内に所せましと置いてある道具の値段を確認していくと地図らしきものが目に入った。
「…この地図…雑把じゃないか…?」
羊皮紙に描かれた地図は精巧な絵が描かれているが、山脈や森、街の位置がかなり大雑把に記されている気がした。しかも大陸全体ではない、大陸上半分の更に半分、四分の一サイズの地図で値段が小銀貨三枚で十万オーロ!むしろ、明らかにクデウさん家で見つけた地図の方が詳細に記されている。
「サクマ、何か捜してるの?」
「あ、新しい地図があればなと…」
「そうね、他の所にもあるからそっちも調べてみたら?(ここらにある地図はぼったくりだから買わない方がいいわよ)」
「わかりました、そうしてみます…(助かります)」
フィエルさんがぐっと身体を寄せて耳元で囁いてくる。心臓ばくばくするから勘弁してほしい。フィエルさんからそっと離れ、誤魔化すように大きな鏡を指を指す。
「こ、この大きな鏡とかいいですね…!」
「鏡?鏡が欲しいの?」
「あ、その、…実家に大きな鏡がなかったもので」
「…鏡が?珍しいわね…身だしなみとか確認する時に不便じゃない?」
「はい、とても…。父が神経質になるぐらい鏡を嫌ってたので困ってました」
「「えっ」」
一体、どんな顔を…と、フィエルさんとオネットさんが困惑気味。俺もクデウさんの御尊顔は気になるんだけどね。と、フィエルさんの真後ろにある額縁に収められている物が目に入った。
木の板っぺらに見覚えのある記号が描かれている。
「あの…これが一般的に売られてる「魔術札」でしょうか」
「ええ、そうよ。この術式は…」
「目暗ましの術式、ですね」
額縁に入っているのは手のひらサイズの長方形の板だった。俺が自作した魔術ストック改め、自作魔術札と比べると持ち歩くには少し嵩張りそうな作りだ。
厚さ一センチ程の板の表面には魔術式がつづられ、術式の効果は《視界阻害》。対象者の視界を一時的に奪うもの。だが、良く見ると板は二枚で重なってできているようだった。妙な違和感を感じる。
「…店主さん、この魔術札はいくらですか?」
「なんじゃ、子供が買えるようなもんでもないぞ」
「いくら、ですか?」
「…銀貨一枚分の百万オーロじゃ、何も買わないんなら早く出てっとくれ」
「はい、銀貨一枚」
ことりと店主の目の前の机へと置いた。店主がぎょっと驚き、まるで天使をみるかのように目を潤ませた。
「ま、まいどあり!良く見りゃ、このくるくる赤毛の男女より品がいい服装しとるなぁ、どこぞのお貴族様かの、や~ありがたいのぉ!」
「ああ?喧嘩売ってんのか、じじい!」
「うるさいわい!赤魔石二十四個で百九十二万オーロじゃ!これ以上出せん!なあんも買わんならさっさと出てけ!」
店主とオネットさんが言い合いしてる横で魔術札を受け取った。あとでゆっくり調べてみよう。
その後、フィエルさんが店主とオネットさんの間に入り穏便にすませ、俺は海石榴の傷薬十個を十万オーロで買い取ってもらえた。
地図は諦めたが、人里で換金任務、クリアーだ。
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