20.検査と修理と短期観光編

 

「修理した結界魔道具、見させてもらったわ」


 王都から駆けつけた宮廷技師、フラーウさんが腰のポーチから正方形のキューブを取り出してテーブルの上へと置いた。

 魔道具だ、真四角の側面には認識阻害の術式が施されているようだった。

 そのキューブを中心に俺、フィエルさん、オネットさん、フラーウさんを囲うように効果が発動している。術式の効果は秘匿術式、会話や口の動きを隠すものだ。 食堂にいる他の人に聞かれたく無い話ということか。


「寝ずに疾風馬を走らせて二日で来たのよ? なのに、わたしの仕事が無くなってしまったの」


 彼女はゆったりとした動きで椅子へ座り、テーブルに両ひじをついて笑った。

 両ひじの間、テーブルに乗り上がる程のたわわなバストがたゆんと揺れる。フラーウさんの色白な肌と両腕の影が素晴らしい立体感を作り出していた。


「……。…それは、その…大変申し訳なく…」


 谷間の陰影をじっくり見つめてしまった。しかも会話の内容が頭に入らない。

 取り敢えず謝っとけ精神でしどろもどろに謝罪をしておく。


「うふふっ、なんてね。貴方が謝る事はないわ。寧ろこちらが感謝すべきなのよねぇ」

「あの、おれが修理した結界魔道具…無事に起動してますか」

「ええ、何事もなかったかのように動いてるわよ。まるで作られたばかりの新品のようだったわ」


 うっとりと頬を染めて青紫色の瞳が細まった。


「まだ幼いのに素晴らしい技術力ねぇ」


 末恐ろしい程よ、と厚めな唇が艶かしく囁いた。ああ、これは、


(美人でエッチなお姉さんだ…)


 脳内はスタンディングオベーション拍手喝采。綺麗なお姉さんは大好きです。

 所で今なんの話しをしてるんだっけ?会話が全然頭に残らない。俺は必死に会話ログを巻き返した。


「……結界魔道具は直しましたが、外側の物は壊れたままですよね?フラーウさんは修理にあたらなくていいんですか」

「アレはクゥスとカンテロに任せてあるわ。あれぐらいの修理、二人だけでも出来なきゃ技術は務まらないもの、いい腕試しの機会ね」


 カンテロ君は二週間で直したるわと鼻息荒くしていた気がする。彼らは休まず修理にあたるということになるかもしれない。無事に生き抜いて欲しい。


「だから、わたしの仕事はもう無いの。あなたたちはこれからメルカートルやオルディナ王国へ向かうんでしょう?それまでの道中、わたしもご一緒していいかしら」


 そういえば、亡命することや修理に必死で今後のことをしっかり聞いてなかった。


「…そうなんですか?オネットさん、フィエルさん」


 両隣の二人に視線を向けると、肉に齧りついてるオネットさんがモゴモゴと口を動かした。


「んー、そいや、まだサクマに言ってなかったな」

「そうそう。私達、メルカートルやオルディナに行って色々と説明したり話をしなきゃいけない事があるの」


 ドミナシオンの事でね。と、ぽそりとフィエルさん。


「ほら、国家内部の事とかナダフロスの事とかな。まあ、砦にいた技師にも説明して渡したけど…クゥスとカンテロ?あの二人死にそうな顔して調べてた」


 オネットさんがフォークをカチカチと皿に当てて音を鳴らしている。お行儀悪いですよ。

 やはり砦の技術二人は仕事量が増えたようだ、グッドラック。


(身の安全を保証してもらうお代が隣国の国家機密と内部情報か。 …だけど、その材料をオルディナはどう使うつもりなんだ?)


 オネットさんとフィエルさん、二人が安全にオルディナ領で暮らすためだが、オルディナ側はドミナシオンをどう考えてるのか、どういう思想で国家間が保たれているのか。そこら辺が不透明だ。

 うーん、スローライフにはまだ遠いかもしれない。というか、


「…おれ、一緒について行ってもいいんですか?」

「いいに決まってるじゃない!サクマも一緒に行くのよ!」

「うん?そーだぞ、お前も呼ばれてるんだと。 まあ、呼ばれてなくてもあたし達と一緒に来てもらうけどな」


 お礼もしてないしな、とフィエルさんとオネットさんに両方から拘束された。ぐえ、オネットさん二の腕の圧力強すぎ。


「あら、聞いてなかった? 勿論、サクマくんも一緒に行かなきゃいけないのよ。 大陸外からの訪問者だもの。メルカートルやオルディナに丁重にお呼ばれされてるってイロアスくんからの話よ」

「…うわあ…」


 それは俺の意思関係なく決定事項ですか、そうですか。


「話は済んだか?食事が終わり次第、三人には移動の準備をしてもらうぞ」


 呼ばれてなんとやら。女騎士揃いのハーレム部隊、イロアス隊長殿のお出ましである。


「わざわざ隊長自ら知らせに?はー、ありがたいねぇ」

「オネ!喧嘩腰はダメって言ったでしょ!」

「だってさ、フィ~」


 俺がぶっ倒れている間に何かあったのか。オネットさんのイロアス隊長へのガン飛ばしが強くなった気がする。しかし、そんな鋭い視線をイロアス隊長はさらり流していた。


「いや、他にも用がある。アルアクル、セルペンス」


 イロアス隊長の後ろから見覚えのある二人の女騎士が顔を出す。


「やっほー!アルルのこと覚えてる?目を覚まさないって聞いてたけど元気そうね!」

「め、目が覚めて…よ、よかったね…」


 なんとなく口調は覚えてるが、名前までは覚えちゃいない。

 茶色の髪でやたら元気な陽キャ属性女騎士と、緑黄色の髪が褐色の肌に眩しい陰キャ属性の女騎士だった。彼女達の両手には見覚えのある物が抱えられている。


「はーい、サクマの所持品持ってきたよ!」

「…そういえば荷物預けたままでしたね、ありがとうございます」

「念入りに調べたけどすっごい物ばっかりでアルルびっくりしちゃった!」


 アルルさんから俺のローブやらポーチ、鞄をごっそりと受け取った。うーん、あとで余計な物が入ってないかしっかり調べよう。


「攻撃性があるかどうか、改めて所持品全て調べた上で問題ないと判断した。どれも規格外な魔道具ではあったがな。…心配しなくとも、持ち物に余計なことは何一つしていないぞ」

「…それはどうも」


 イロアス隊長が俺の顔を見て心外そうにしている。すまんて。


「お、オネットちゃんとフィエルちゃんの…に、荷物も返すね…」

「ドーモ。やっと返ってきたか」

「わっ、ありがとう!使いたい物も預けてたから助かるわ」

「なになに? 聖女様の持ち物アルル見てないからわかんなーい!何持ってきたの?」

「あ、アルル…そ、それは聞かない方が…いいかなって…」

「そうよ、アルアクル隊員?詮索好きも程々にね。嫌われてしまうわよ?」

「え~そんなんじゃないですよぉ!セルペンスもフラーウ技術も硬ぁい!こうやって円滑な会話をする事によってアルルは親交を深めようと!」

「大した物じゃないの。下着よ」

「そーそー、替えが少ないから」

「「ああ…大変よねえ…」」


 うーん、この女子率の高さ。遠慮のない会話内容に男二人は沈黙を貫く。

 イロアス隊長をチラリと見上げると彼はどこか遠い目をしていた。この顔はあれだ、なんでこんな無駄な話してんだ?って顔だ。

 女性が数人集まるだけで会話は延々続く。 母と姉と祖母で学んだ。

 ハーレム部隊なんぞ作りやがってと思っていたが、改めて考えるとイロアス隊長は意外と苦労をしているのかもしれない。

 女だらけの職場に男一人、どれほどの心労がたまるだろう。それを考えただけでJポップのように震える。

 ――許す。俺の醜い嫉妬心が鎮火した。


「メルカートルやオルディナまでの旅路って…もしかして、イロアス隊長達も一緒に?」

「…そうだ。我々の部隊は王都勤めだが…。今回、隣国から聖女が亡命するとなって我が部隊が警護に任命された」

「随分と…賑やかになりそうで」


 王国の王宮勤めの特殊部隊、総勢八名による警護。なかなかに派手な歓迎だな。


「あと一時間したら出立する。異論は無いな?」

「はい、わかりました」

「それとサブラージ技師に少し聞きたい事がある。いいか」

「はあい、イロアスくんも隊長らしくなったわね。お母様は元気?」


 近頃は見合いの話を熱心に持ってくるから困っているとイロアス隊長。彼の近況が垣間見えるやりとりである。 はあ~~~!イケメン騎士は大変ですねえ!醜い嫉妬心が再着火。

 こっそり横角度からの豊満な胸を眺めていたら、フラーウさんがテーブルに置いたキューブ型の秘匿魔道具を回収しながらこちらを覗き込んできた。


「それじゃあ後でね、サクマくん」


 またお話しましょと甘さを含んだ香りを残し、フラーウさんはイロアス隊長と女騎士二人とともに食堂の外へと出て行った。うーん、後ろ姿さえエッチなお姉さんだ。


「サクマ。お前さあ、胸見すぎ」

「ぅぇっ?!」


 オネットさんの指摘に飛び上がるほどびっくりした。


「ええと…目が吸い寄せられてですね…」

「このマセガキめ」

「ぐ、頬つつかないでください、うぐぅ」

「サクマのほっぺはつつきがいがあるなー。…フィーもなんだかんだガン見してたな?」

「だ、だって!胸元あんなに開けてたのよ?女でも見ちゃうわよ!」


 あれ、フィエルさんもフラーウさんの胸元見てたのか。


「それに…あんな胸を強調するような服…自信が無いと着れないわ…」


 フィエルさんが野生の熊と遭遇したような険しい顔をしていた。

 胸大きいの気にしてるっていってたものな。エッチで綺麗なお姉さんのデカパイ強調ファッションを目の当たりにして何か思うところがあったのか。


「まー、オルディナ領はドミナシオンより暖かい気候だしな、これから暑くなるだろうからフィーも露出系目指してみるか?」


 オネットさんが茶化すように言うと、フィエルさんが自身の胸を見下ろすような仕草をしてぼそり、


「無理よ…絶対無理…あんなの着てたら胸が飛び出る…」


 ものすごい真剣な顔でポロリを心配してらっしゃった。

 明け透けな胸雑談をBGMに、俺は聞いてませんよ風に黙々と食事をした。 ほんとに君らは男の俺に遠慮がないね?

 それから亡命三人組はぱっぱと食事を済ませ、旅支度をするために宿屋へと舞い戻ったのだった。






「サクマ、ちょっといいか?」

「はい?」


 宿屋で旅人少年スタイルへと着替えた俺に、準備を終えた二人が声をかけてきた。

 二人の両手には見覚えのある道具が握られている。


「今のうちに返しておく、ありがとな」

「サクマ、本当にありがとう」


 ドミナシオンで渡した認識阻害モリモリの魔道具、イヤーカフと指輪、魔石数個と魔術札の束だった。


「ああ、さっき返ってきた荷物の中に?」

「そ。攻撃性の高い魔術札や魔道具の類は処分するのが決まりなんだと。魔術札は減ってないとは思うが…こっちの耳飾りと指輪は借りた時から身につけてはいたけど、オルディナ側には魔道具だって認識されてなかったみたいだ。この魔石も所持してて大丈夫だってさ。すぐに返せなくて悪かったな」

「いえ、役立ったのならよかったです」


 魔術札の束だけを彼女達の手のひらから拾い上げ、ポーチの中へと押し込んだ。きょとんとするオネットさんとフィエルさんに思わず笑いが漏れてしまう。


「耳飾りと指輪、あと魔石も。そのまま二人が持っていてください」

「けど、サクマ…これはとっても貴重な…亡くなったお父さんが作ってくれた道具なんでしょう?」

「それはそうなんですが…俺も形が違う物を持っているので。それは予備の予備みたいなものなんです」


 壊れた時の予備の予備の予備。 予備の数を気にしていたら切りがないのも事実。


「オルディナ領へ無事に亡命はできましたが今後何が起こるかはわかりません。ですから、お二人の身を守るためにも持っていてください。おれの心配事が減って助かります」

「…サクマ…」


 お、なんだなんだ、その顔は。不安にさせちゃったか?とフィエルさんとオネットさんの顔を交互に見上げると、二人は吹き出すように笑った。


「お前、ほんと心配症っていうかなんていうか…時々中年みたいなこというな?」

「そりゃ…中身は成人してますから」

「またその冗談? ふふっ、わかったわ。…ありがとう、サクマ」

「んじゃ、遠慮なくいざって使わせてもらうよ」

「はい、その方が父も喜びます」


 いや、むしろ何勝手に持ち出してんだと怒るかもしれないが。

 道具は使われてこその道具だ。鞄の肥やしにしてはもったいない。なにより、彼女達はオルディナ領でどういう立ち位置になるのかがまだわからないのだ。何かあった時の為に使える切り札は多い方がいい。


 出立の準備が終わって宿屋から出ると、目の前には見明らかに身分高い人向けの馬車が待っていた。黒と真紅の色合いがなんとも高級感が出ている見目だ。

 これに乗って移動すんの?マジで?とばかりにイロアス隊長の方を見ると、戦場で駆け抜けても大丈夫そうな骨太な馬に跨っていた。これまた真紅と黒の装飾品やら装備がやたらとかっこいい。

 イロアス隊長を筆頭に、七人目の女騎士達もそれぞれの馬にまたがりその光景は映画のワンシーンかのように派手だった。

 遠巻きにプエンテの住人達や兵達が見物をしようと人垣すらできている。凱旋かよ。


(は、派手ぇ…目立つぅ…もっと地味なやつなかったのか?)


 イロアス隊長並びに女騎士達は、鎧を着てようが着てなかろうがいるだけで派手だから仕方がないとして。

 ドミナシオン領から亡命してきた聖女様一行を歓迎しますよっていう意思表示なのか、それとも、


(わざと目立たせようとしてる…とか?)


 フィエルさんとオネットさんも予想外だったのか、あまりのVIP待遇にちょっと固まっている。


(なあ、アレに乗ってくのか?キッツい…派手…)

(右に同意です…)

(お姫様にでもなった気分ね…)


 フィエルさんの感想がなんとも微笑ましい。


(フィーには似合う)

(右に同意です)

(なんで二人とも笑顔なの)


 オネットさんと俺が同タイミングで右手をぐっとしてた。


「サクマくん達はこっちこっち」


 立派な馬車からフラーウさんが身を乗り出して手を振っていた。やはり俺ら亡命三人組はこの馬車で旅をすることが決定しているらしい。


「メルカートルまでは二日、メルカートルからオルディナ王国までは順調に進んで十二、十三日ぐらいの旅路になるわね。その間宜しくね、サクマくん」


 桃色の長い髪をふわりとゆらしフラーウさんがにっこりと笑う。立派な馬車と相まってなんともお美しい。


「…宜しくお願いします」


 アルカイックスマイルで答えといた。挨拶は大事だからな。

 そんな社交辞令スマイルを浮かべている俺を冷ややかな目で見ている人物がいた事には気付けなかった訳で。


 イロアス隊長と愉快な女騎士達、エッチで美人なお姉さん、亡命三人組のオルディナ領土横断の旅路が始まったのだった。








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