―03―

 そうしてホームルームも終わり、生徒たちは始業式のために体育館へと移動をはじめました。

 真弥は後ろの席の光莉が気になって、わざと彼女が動くまで席を離れずにいましたが、しばらくすると光莉は、まだ教壇にいる中西のところへ向かいました。

 なんだろう? と、真弥も素知らぬ顔で近づきます。

「うん? どうした光莉さん。体育館の場所か?」

「いえ……。気分が悪いんで、始業式を欠席して保健室で休みたいのですが……」


(うわ、いきなりサボりかよ……!)


 あの自己紹介からの流れでは、そう思うのも無理はありません。真弥は内心であきれましたが、

(いやいや、実は本当に具合が悪いから、こんな気だるい雰囲気なのかも)

 ……などと、善意で解釈することにしました。

 中西を見ると、自分と同じような思考の巡回があったのか、少し間をおいてから、

「そうだな。初日だし無理はするな」と、了承してくれました。


「さて、そうなると――」

 中西の目は付き添いの生徒を探しはじめました。が、みんなやりとりに気づかず、次々と教室から出ていきます。真弥もその流れに乗ろうか迷いましたが、話を聞いてしまった以上、しらんぷりは薄情というものでしょう。

 いいきっかけです。真弥は心を決め、光莉に声をかけ――ようとした矢先、急に彼女が振り返りました。

 タイミングを潰され絶句する真弥。逆に光莉が、ミディアムの後ろ髪の毛先を指に巻きつつ言いました。

「一人で大丈夫です……」

「え?」

「保健室なら……場所、なんとなくわかるんで」

 呆ける真弥を尻目に、今度は中西へと向き直って言います。

「朝に寄った職員室の隣ですよね? ちらっと見たので……」

 真弥と中西はあっけにとられましたが、先にフリーズが解けた中西が「ああ……」と、うなづきます。

「それでは、失礼します……」

 そう言って、さっさと教室を後にする光莉。

 ぽつんと取り残された真弥に中西は、「初日からがっつきすぎだ」などと、追い討ちを浴びせます。ひどい教師です。



 もやもやしながら出席した始業式では、事前に聞いていたとおり、光莉の父親でスクールカウンセラーの、呉ヶ野 ひさの紹介がありました。

 印象は、なんというか『この父にして、あの娘あり』です。

 カウンセラーというのは、こと外見や人当たりに関しては話しかけやすい、あかるく気さくな雰囲気をまとっているものだという偏見がありましたが、話す声のトーンは低く、やせ気味で少しこけた頬が陰気さを感じさせました。


 それでも校長先生は、悩みがあったら呉ヶ野先生に相談するようにと、何度となく繰り返していました。それは、あのような事件がまた起きるのではないかという、恐怖心にかられてのことなのかもしれません。


(気持ちはわからないでもないけど、話が長いって。そのうち、誰か貧血で倒れるぞ……)


 真弥がそんなことを考えていると、案の定です。体育館内にドテッという音がこだまし、その周辺がざわめきました。


(……言わんこっちゃない……)



 長かった式も終わり教室に向かう途中、真弥は携帯の無料通話アプリがメッセージを受信しているのに気づきました。相手は真陽瑠です。


〈さっき、体育館で気分わるくなって倒れちゃったんだけど、保健室に行ったら、おもしろい子がいた!〉


「倒れたの、おまえかよ!」 

 まず、そこがツッコミどころですが、さておき保健室にいた『おもしろい子』というフレーズが、ろくでもない展開を予見させます。

 真陽瑠のメッセージには、彼女が撮影した写真が添付されていました。


 一枚目――カメラに背を向け保健室内のベッドで眠る少女の画像です。

 二枚目――ベッドの下の床です。


 なんだこれ……という感想は、床が被写体となっていることに対してではなく、床に広げられた紙と、その上に盛られた白い粉末に対してでした。


 三枚目――寝ていた少女が起き上がって、除菌スプレ―(?)のノズルを、こちらへと向けていました。それが邪魔で、顔はよく見えませんでしたが……。


「あー……やっぱり……」


 そして四枚目――笑顔の真陽瑠が迷惑そうな表情の光莉の肩に腕をまわし、自撮りしている画像でした。


「なにやってんだ、あいつは……」

 返信しようとした時、廊下の向こう側から当の光莉が歩いてきました。

 彼女は写真に写っていたままの憮然とした顔のままで、教室へと入っていきます。

 ……保健室にいる方が疲れると判断したのでしょう。

 真弥はなにかフォローしようか迷いましたが、藪蛇になりそうなので、あえて触れないでおくことにしました。


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