―04―

「……やったの?」

 後ろから、真陽瑠がおそるおそる尋ねます。

「ひとまず散らした感じですが……というか、見えてたんですか、今の……?」

「うん、ばっちり見えた! 真っ黒いやつ! なにあれ、悪霊!?」

「さ、さあ……わたしにはさっぱり。きっと集団幻覚かなにか――」

「ないない! 燃えてたし、燃やしてたし! あれ、魔法? 超能力? イリュージョン?」

「イリュージョンだと幻覚ですよ……」

 安全と悟るや、真陽瑠のテンションはみるみる回復していきます。

 腰が抜けていたのも嘘のようにすくっと立ち上がると、今しがたの影法師よろしく、今度は自分が光莉に迫り、じりじりとその距離をつめていきます。


「やっぱり、あたしが思ってたとおり! 怪談ちゃんは、この学校の悪霊を退治するためにやってきた『エゴイスト』だったんだね!」

「唐突に自己中呼ばわりされましたが、『エクソシスト』のことですか……?」

「ほんとすごいよ! あたしの命の恩人! 運命の人、デ○ズニー!」

「夢の国がどうしました? 『デスティニー』のつもりなんでしょうけど、ともかく落ち着いてください……」

「全世界のわたしに、感動をありがとう!」

「頭大丈夫ですか!? ――あの、ちょっと、ち、近い、近い、近いぃ!」

 危険を感じ、塩と引き換えにポーチにしまったスプレーを取り出そうとした光莉でしたが……。


「怪談ちゃん! あいらびゅー!」

 

一手遅く……鼻先まで詰め寄った真陽瑠は光莉に飛びつくようにハグし、頬ずりまで敢行……。

「うわわわわわわわわわわわわわわ!」

 光莉の手からは塩の小瓶がこぼれ、足元は塩まみれとなりました。


「おやおや」

 のんきな声をあげながら階を降りてきたのは、当然のこと久でした。

「あ、先生も!」

「こんばんわ、真陽瑠さん。怪我はありませんか? ……光莉も大丈夫ですか?」

「と、父さん、助け――」

「うん、平気なようですね。それにしても……」

 久は苦笑いで真陽瑠を見つめました。真陽瑠は逆に、今後を思案する親子の複雑な心境も知らず、ウキウキが表情ににじんでいます。

「助けてくれて、ありがとうございます! よかったら、詳しく話を聞かせてください!」

 今しがたの恐怖体験もどこ吹く風です。光莉はすがるような目で、久に判断をゆだねます。

 ……とはいえ、わかっていました。

「そうですね。いずれにせよ、ここではなんですし――」

 久の提案で、三人は校舎を出ることになりました。

 そう……こうなっては、口止めをお願いするしかありません。

 しかし、転入以来、いつもしつこく絡んできた真陽瑠が、事情を知った上でおとなしく引き下がってくれるものでしょうか……。


 勝手口から外に出て、久による施錠を待っている時、一人の少年が彼女たちの元へかけよってきました。

 その正体がわかると、光莉は軽く目眩を起こしました。

「……あれ? 真弥ぁ?」

「真陽瑠!」

 心配になって様子を見に来たのです。そんな兄の心中をよそに、真陽瑠はVサインを掲げます。

「イエイ、怪談ちゃん発見!」

「イエイって、おまえなぁ。……それにしても、呉ヶ野さん、本当に来てたのか。……先生も――」


 ――なにをしていたんですか? 


 そう訊いたとして、呉ヶ野久は、正直に答えてくれるでしょうか?

 真弥が言葉尻をあいまいにしていると、

「なんかね、怪談ちゃん、学校に忘れ物しちゃったらしくて。それで、先生につきそってもらって取りに来たんだってさ」

 真陽瑠が口にしたのは、真弥にとってはもっとも合点のいく説明――と、思われる嘘でした。

 久と光莉は、顔を見合わせるだとか、露骨なリアクションこそとりませんでしたが、彼女の意外なふるまいに驚いていました。

 一方の真弥は、

「……そんなことだろうと思ったよ」

 久たちに別の目的があったことは察していましたが、真陽瑠はいまだ事情を知らずにいるのだと思いました。

 ……それなら、なおさらこの場で追求することはできません。

 結果として、兄妹の思惑は交錯しながらも、事態を無難な落とし所へと導いたのでした。


 ひとまず、真弥としては、光莉に一言。

「呉ヶ野さん」

「――! え、はい!」

「ランカってさ、初期状態だとメッセージ送った相手に、自分の現在地がわかるようになってるんだよ」

「え、そうなんですか……!?」

 光莉は、真陽瑠がどうしてここにいたのかを、ようやく理解します。……迂闊でした。

「そのままだと、なにかあるたびに真陽瑠が飛んでくるから、設定変えといたほうがいいよ?」

「そうします……!」

「ああ、バカ真弥! 余計なことをぉ!」

 抗議の声を上げる真陽瑠を尻目に、光莉はすでに設定画面を操作していました。


 そんな一同を見渡し、

「今日はお二人には、いろいろとご心配をかけてしまったようですね。申し訳ないです。埋め合わせはしますので、またカウンセリング室に遊びにきてくださいね」

 久がその場を締めました。


 それぞれが秘めた想いを抱え――光莉は久の車で、真陽瑠は自分が乗ってきた自転車を真弥にこがせ、その後ろに乗って家路へと向かいました。

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