―05―
真陽瑠を座らせるために、真弥はほぼ立ちこぎ状態です。そんな彼に片手でつかまりながら、真陽瑠はランカでメッセージを送ります。
それは、車の中で憂鬱にひたっていた光莉の元へと届きました。
〈今日のこと、だれにも言わないから安心してね!〉
光莉は、少し戸惑いながら返信します。
〈秘密にしてくれるんですか?〉
〈きっと、人に知られたら困るんだよね?〉
〈困ります。その辺の配慮は助かりますが、それをわかってて、自分では知りたかったんですか?〉
〈うーん……ごめん、そうだね。あたしだけは知っておきたかったんだ〉
〈まあ、あなたがわたしの事情に興味を持ってるのはわかってましたけど〉
〈それもあるけど……それとは別に、必要だと思ったの〉
〈必要? なににですか?〉
〈あたしだけが知る秘密をネタに、怪談ちゃんを思いのままにするのに!〉
冗談で書いたのですが、しばらく光莉からの音信が途絶えました。
真陽瑠はあわてて〈冗談――〉と打ちはじめましたが、それより早く光莉から返信が来ました。
〈やっぱり、そっちの人でしたか〉
「! ち、ちがうって! てか、やっぱりって、なに!」
「うわ、なんだよ、驚かせんな!」
急に声を上げたので、自転車をこぐ真弥が抗議しましたが、真陽瑠は訂正に必死です。
〈ウソウソ! 冗談だよぉ!〉
「……そう願います……」
車内で光莉は、怖々とつぶやきました。それから、またやりとりを再開します。
〈本当は、なにに必要だったんですか?〉
緊張しながら返事を待つと、ほどなくそれは届きました。
〈あたしたちが、もっと仲良くなるために〉
それは、思いもしない回答でした。
〈最初はさ、知られたくない秘密ならそっとしようと思ったんだけど、それを気にして距離を置こうとしてるんじゃないかなって感じだしたの。人に知られたら引かれちゃうとか心配してるなら、あたしは絶対そんな風にならないし、逆にもっと好きになれると思った。だからね……そのこと証明するには、やっぱり知る必要があると思ったんだ。そうすれば、胸を張って、ほら大丈夫だよ!って言える。信じてもらえると思ったから!〉
まさか、そんなふうに考えていたなんて……本当におせっかいな人です。
……でも、誤解しています……。
〈わたしが、他人との間に壁をつくる理由は、あなたが想像するよりずっと卑屈なものです。秘密を知られたくないという以上に、他人に自分たちの苦労がわかってもらえないこと……そのひがみによるところが大きいです〉
逆に……知ってもらえるなら、同じ気持ちを味わってくれるのなら、そうしてほしいくらいでした。
〈苦労って……幽霊と戦うこと?〉
戦ってるわけではないのですが……まあ、今日のを見たらそう思うでしょう。それよりも……。
〈もっと根本的な……霊を認識してしまうこと、それ自体です。あなたの場合は、今日はたまたまでしょうが……わたしたちにとっては、あれが常に見えるのが日常なんです〉
〈……あたし、今日すごく怖かった……。怪談ちゃんも、怖いの?〉
〈怖いのはもちろん、関わってると、それ以外にもつらいことがあります〉
〈じゃあ、なおさらだ……。よかった。あたし、まちがってなかった〉
〈なにがですか?〉
〈やっぱ、あたしは秘密を知って大正解! あたし、きっといろいろと助けてあげられるから!〉
(――助ける? なにを、どうやって……? そもそも、こっちの事情に関しては、ほとんど説明していないんですが……)
でも、その文章から光莉が思い描いたのは、『まかせなさい!』とばかりに、腕まくりのポーズでウインクする頼もしい真陽瑠のイメージでした。
……いやいや、冷静にならなくては!
〈助けるって……なにを考えてるかわかりませんが、無理だと思います〉
〈ううん、無理じゃない。まず、話を聞いてあげられる。怪談ちゃん、こんな大きな悩み、親子だけで抱えてちゃダメだ! つらいことはあたしにも相談して!〉
〈……こちらにも事情があって、話せないことが多いので……〉
〈話せることだけでもいいよ! 足りない分は、また暴いてあげるから!〉
〈そんな無茶な……〉
〈無茶でもやる! それで困らせるかもしれないけど……それ以上に絶対、助けてあげられるから!〉
「……そんな無茶な……」
今度は声に出してぼやきました。……と、横で久がくすくすと笑いました。
「さっきから、困ってますね。真陽瑠さんですか?」
「……はい……」
光莉は伏し目がちに答えました。
「……ごめんなさい。今日のはわたしの失敗です。よりによって、面倒な人に事情を知られてしまいました……」
「でも、内緒にしてくれるみたいじゃないですか?」
「そうは言ってますが……当の本人がこれから首を突っ込んでくる気満々です……」
「そこら辺は、まあ危なくならないように、なんとかしていきましょう」
「だけど……」
「光莉、気づいてますか? 携帯打ってる時、たまにうれしそうな顔してましたよ?」
光莉はハッとして、ミラーで自分の表情を確認しました。
「……わき見運転は危ないです……」
「おっとっと、そうですね。気をつけます」
久は芝居がかった調子でおどけてから、
「……あの子は、あんな怖い場所で、たった一人できみを探していました。本当に大切に思ってるんですね、光莉のこと。……だから、ぼくたちもそうしましょう。守っていきましょう……ぼくたちの友達を」
「……わたしたちの……」
その時、少しの間放置していた携帯がメッセージを受信しました。
〈あれ、怪談ちゃん? 疲れて寝ちゃった?〉
その間の抜けた文章を目にした光莉は――思わず吹き出したのでした。
この夜にそんなことがあったとは、真弥は知る由もなく――ただ、光莉が真陽瑠に対していくぶん寛容な態度をしめすようになったのは、思い返せばあの日が境だったということには薄々気づいていました。
ひょっとすると、自分の知らないなにかがあったのかもしれない。いつの間にか、のけ者にされてしまったのかな……? などと考えたりもしました。
でも、真弥としては、あの二人の仲が深まったのならひとまずは良しです。
それほど心配はしていませんでした。遅かれ早かれ……きっかけはどうであれ、光莉にとっても真陽瑠が友達となる日がくることを信じていたから。
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