―06―
それから、あの子たちは、よくふたりきりで内緒話をするようになった。
「――今は社会科授業の物置だけど、昔、あそこは教員に割り当てられた研究室で、頑固親父風の先生が使ってたんだって。その人、教育熱心だけど怒ると頭叩いたりするもんだから、一部の生徒からは嫌われてたらしいのね。そのうち、先生をおちょくろうと、研究室の戸をノックして逃げるピンポンダッシュ的な遊びが流行って、怒った先生が生徒を追いかけ回す光景がたびたび目撃されてたとか」
「…………どこで、その情報を?」
「昔からいる用務員さんに、『あの社会科資料室にまつわる面白い話ってあります?』って訊いたら教えてくれたんだけど……ひょっとして知ってた?」
「…………さ、さあ。初めて聞きましたし、あの霊体とは関係ないと――」
「――よっし、ビンゴだぁ! でもでも、その先生って定年退職したけどまだ生きてるって聞いたよ? まさか……最近、死んじゃったとか?」
「勝手に殺すと怒られますよ……」
「? やっぱり生きてるの? じゃあ、どういうこと?」
「どうと訊かれても、守秘義務があるので、わたしの口からは――」
「――あ、もしかして生き霊ってやつ?」
「うあ!?」
「へえ、そういうのもあるんだ! ……って、ヤバくない? それってなんとかできるの?」
「……はぁ。あくまで、今回の件とは無関係な世間話ですが……」
「うん、了解。無関係な話」
「むしろ、ふつうの霊より解決の目処は立ちやすいと思います。霊体の方ではなく、生き霊を発生させている人間に直接働きかけて、その人の抱える問題を解消すればいいんじゃないかなと」
「ほお、なるほど! ふだんの先生のお仕事だ。でも、生き霊ってさ……『殺してやるぅー』……とか、強い恨みから生まれるんでしょ? そんな危険な状態の人に関わって大丈夫かな……?」
「そういうケースもありますが、人によってはささいなこと……学校に行きたくないけど行かなきゃいけない……とか、そんな葛藤がポンっと生き霊化して、さまよい歩くこともあるので」
「そんなことで!?」
「なので、今ここにいるわたしも、実は生き霊かもしれませんよ? …………あの、冗談ですから引かないでください。――脱線しましたが、仮にあの霊体がその先生だったとしても、生徒を殺したいほど恨んでいたとは限りません。殴り倒したいくらいは思ってたかもしれませんが」
「そっか……あたしたち、自分にいたずらする生徒と間違われて叱られたのかもね。でも、退職したのに、まだ昔のことを引きずって化けて出るなんて……」
「教師は大変だと思います。わたしなら学校行きたくなかったら平気で休みますけど……まあ、ここでは父さんの立場もあるので、むずかしいですけど……教師はそんな気軽なことできませんし」
「そうだよね……。怪談ちゃんのクラスもさ、一度、担任が辞めてるんだ。あの事件で心に傷、負っちゃったんだろうな……」
「……まあ、無理もないですね」
「うん。――とりあえず、この件はわかった。じゃあ、別のを手伝うからさ、未解決のやつ教えてよ。できたら、あんまり怖くないやつ!」
「いや……ですから、守秘義務ってものがありまして――」
しばらくして、社会科資料室から、おじいさん先生が消えた。
情報処理室の彼も、いつの間にかいなくなった。
……でも、あの子は……まだいるね。
そういえば、友達の子の方は、今どうしてるのかな?
*
その日の放課後、真陽瑠は『ちょっと遅くなる!』というメッセージを真弥と光莉に送って散々待たせた後、ようやく教室にやってきました。
……なにかたくらんでいるような、不吉な笑みを宿して。
「怪談ちゃん! 真弥! 今日はとっておきの話があります!」
「……あの、まだ他に人が残ってるんで、あまり大きな声であだ名を呼ばないでください……」
「そういえば、怪談ちゃんって呼び方も、なんだかんだで定着したよな。光莉さんとしてはもう公認なの?」
「公認ではなく、黙認です。禁止しても、わざとらしく呼び間違えられますし、他のおかしなあだ名が付くよりマシなだけです……」
「ハハ、なるほど。なら、この際だからおれも呼んでもいい?」
すると、光莉は目を細め、軽蔑するような視線を送りながら――
「……どうぞ、ご自由に……」
できるはずありません。
「……あ、いや冗談だよ……。じゃあ、おれは、今までどおり『光莉さん』で……」
「あの……この際、わたしからも言わせてもらうと、名前で呼ばれるのも、わりと――いえ、かなり抵抗あります……」
「え……ええ! 待てよ、『呉ヶ野さん』だと、おれだけ距離が遠のいたみたいじゃん!」
「え? べつに前からさほど近づいてたわけでもないですし……」
真弥は、まるでスロー再生のようにゆっくりと机にうつ伏せました。
「うわ……怪談ちゃん、さらっとキツイね。天然? あ……真弥、死ぬなよ?」
いや、瀕死です。彼はうつ伏せたまま、洞穴の中にいるような籠もった声でぼやきます。
「……わかった。あだ名も名前もやめるよ……。その代わり……せめて、『呉ヶ野』って呼ばせてくんない……?」
「こだわりますね……。いやもう、めんどうなので、好きにしてください」
かなり投げやりな態度でしたが、それでも許可を取り付けた真弥はご満悦でした。
「こほん……。もう、変態――じゃなくて真弥、いつまで浮かれてんの? はじめられないじゃん」
「最近の男子は、呼び方の交渉しただけで変態呼ばわりされるのか? ――で、話ってなにさ?」
すると、真陽瑠はバッグから一枚の用紙を取り出し、机にバシっと置きました。
「……(用紙)裏ですよ?」
光莉につっこまれ、顔を赤らめながら表に返すと――
「「部活動申請書?」」
真弥と光莉が、一緒に表題を読み上げます。
「真陽瑠、また部活入るのか?」
真弥が訊きますが、横で内容に目を通していた光莉が、「うあ……」と声をあげました。
「違う……。これ、部の設立申請書ですよ……」
……真弥も、察しました。
そして、二人が目元に影を落としている前で、真陽瑠は腕組みをし、声高らかに宣言します。
「『怪談部』をつくろう!」
……予想どおりでした。
「部員が五人いれば申請できるらしい。あたしたちだけだと二人足りないけど、幽霊部員のあてはある。……怪談部だけに!」
「…………ふっ……」
真弥が時間差で笑いましたが……それは、失笑でした。
「顧問も必要らしいけど、それは呉ヶ野先生で決まり! さっきカウンセリング室に寄ったんだけど、今日ってお休みの日だったんだよね。また明日、あらためてお願いするから、怪談ちゃんからもチラッと話しておいてね!」
「……父さんまで、巻き込むんですか?」
犯罪の片棒を担がせるのを非難する時の台詞です……。
真陽瑠もさすがに温度差を感じた様子。
「……あれ? ひょっとして、あんまりノリ気じゃない?」
「いえいえ、なにぶん急な話ですから。……ちょっと、今後のことを考える時間をください」
真弥は、淡々とした光莉の言葉の背景に、よもや友達解消の兆しを予感し、戦慄しました。
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