―07―

 結局、部活の話は少し寝かせることになり、今日のところは波乱が大きくならないうちに引き上げることにしました。

 いつもと同じように、真陽瑠を真ん中に三人並んで――校門を出ようという時でした。


「あ、ごめん! 教室に忘れ物しちゃった!」

 真陽瑠が、いつかの放課後みたいなことを言い出しました。

「はぁ、またかよ……。教科書とかなら置いてけば? どうせ家に帰っても勉強しないんだし」

「いやぁ……それが、怪談ちゃんから借りたノートで……」

「そういえば、返してもらってませんね……」

「……ったく、さっさと取り行ってこーい」

 真弥から頭部に軽くチョップをもらうと、真陽瑠は「てへっ」と舌を出してから、バッグを置いて校舎へと走っていきました。

 その背中に向かい、

「五分以内に戻ってこなかったら、二人で先に帰って――」

「――っていうのは気まずいんで、早く戻って来てください」

 ぼそっと光莉に拒絶され、真弥は苦笑いしました。


「今日はあいつに待たされてばっかりだ。……しかし、『怪談部』ねぇ。多分、呉ヶ野と部活やりたいんだろうけど、自分でつくるとかって発想ないわ……」

「行動力ありますよね……。人様ひとさまに有益な方向にベクトルが向けば、将来、大成するかもですよ?」

「なんかと紙一重ってやつ? ちなみに、今回の話は有益だと思う?」

「怪談部とかド直球なのは、ほんと勘弁してください。……っていうか、この状況で絶対に認可されませんから」

「だよなぁ」

「……ただですね、実は部室みたいな、くつろげる場所ができるのは便利かな……なんて思ったりもするんです。新設だと先輩とのしがらみが無いのもいいな……などとも……」

 ……これは、意外な反応。しかし、言われてみれば一理あります。

「なるほど。うまく利用するのも手か……。部長とか面倒なことは、あいつにまかせて……」

「う~ん……真陽瑠さんに部長役は……あと、部のネーミングですが……」

 そんな話をしながら、二人は校門の日陰でしばらく時間をつぶしました。

 蝉が鳴いていました。

 時とともに空は赤みを帯び、やがて校舎も同じ色に染まっていきました。


「――しかし、おっそいな……あいつ……」

 一方的に約束した制限時間の五分は、とうに過ぎていました。真弥が業を煮やしランカで呼びますが、一向に繋がる気配なし。

「ほんと、なにやってんだよ……おれ、ちょっと見てくる」

 埒が明きません。真弥もバッグを置いて校舎へと向かいました。

「……下駄箱辺りで二人はすれ違い、今度は真弥さんが戻ってこない。そして、真陽瑠さんが迎えに行き、以降、無限ループ……」

 そんな想像をしながら、光莉はめずらしく、くすりと笑いました。


 その時、光莉の携帯が鳴りました。メールの着信です。

 真陽瑠や真弥とはランカで連絡を取るので、そうなると久か――

「あ…………」

 ある場所に設置された監視カメラからの警報メールでした。

 人が立ち入るはずのないその場所に侵入者がいた場合、動体検知により撮影されたサムネイル画像と、ライブ映像で確認できる専用ウェブサイトへのリンクが送られてくる仕組みでした。

 ……今までも、何度かこのメールを受信しました。

 しかし、その全てが侵入者の興味本位のいたずらから発生したもので、いまだ彼女たちが危惧する事態が起きたことはありませんでした。

 今回も例に漏れずそのケースだろうと思いました。それでも画像を確認する時は、毎回嫌な緊張感があります。

 光莉は深呼吸を一つしてからメールを開きました。



「…………あれ?」

 真陽瑠の教室に着いた真弥は――


『あ、真弥! ご……ごっめーん! 友達としゃべりだしたら、ついつい話が弾んじゃって……』


 ――などと、あわてる彼女の頭を小突いてやるような展開を想像していました。

 実際は、教室に彼女の姿はありませんでした。



「――……うそ……」

 光莉はディスプレイに表示された画像を見て呆然とつぶやいた後、バッグを置いて校舎へと走りました。

 校門には彼女たちのバッグだけが三つ並んで取り残されました。

 そのうちの一つが――静かにかたむき、倒れました。



 光莉が下駄箱まで戻った時、教室の方から携帯を耳に当てた真弥が歩いてきました。

「あ、呉ヶ野! 真陽瑠、教室にいなかったんだよ……。相変わらず連絡もとれないし……廊下走って、生活指導にでも連れてかれたかな?」

 息を切らしながら――光莉は、真弥に話すべきかどうか迷いました。

 できれば、内密に解決したい……。扉は封鎖してあるから、最悪の事態にはならないはず……。

 ひとまず現状を確認するために再びメールを開き、今度は監視カメラのライブ映像へのリンクをタップしました。

 思ったとおり。そこには、封鎖された扉の前で立ち尽くす、一人の少女が映っていました。

 ……しかし、そのあと、光莉の予想を超える出来事が起こりました。

 少女の口元が、なにかをささやくように動きました。

 ……それは、こう言っているように見えました。


 ――――まかせて。


「なっ……!」

 少女は、自分の髪を止めているヘアピンを外して針金状に伸ばしてから、扉を施錠している南京錠の鍵穴へと差し込んだのです。


「……なに……やってるんですか………………真陽瑠さん……」


「え? 真陽瑠……?」

 真弥は光莉の背後に回って画面をのぞき込みました。そこに映っていたのは、たしかに真陽瑠でした。

「本当に真陽瑠じゃん! え、これ生? こいつらなにやって――」

 真弥への返答を思慮する余裕はありませんでした。映像の中で真陽瑠がしている一見馬鹿げた行為が、やがてもたらすかもしれない事態を予感し、光莉は恐怖にとらわれていました。

 ……やがて、それは現実となりました。


「そんな!」

 真陽瑠は今回もあっけなく解錠に成功したのです。

 光莉の悲痛な声に、真弥は事態の重さを悟りました。

「呉ヶ野、この場所どこなんだ!? 真陽瑠は今――」


「――――屋上ッ!」


 真弥をさえぎって、ふだんはおとなしい少女が叫びました。

 ……一瞬、その言葉の意味を理解できませんでした。

 この子、必死な時は、こんな声になるのか……――などと、どうでもいい考えが過りました。

 ようやく、焦燥が恐怖をともなってこみ上げてきた時――光莉がもう一度、声を張りました。


「真陽瑠ちゃん、屋上にいるの! 急いでッ!」

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