―07―
今日だけでは心の整理がつかないことを、久は重々わかっていました。
今後も説明や報告の場を持つことを約束し、この日は解散となりました。
真弥は病院に戻るというので、来た時と同様に久が車を出そうとしましたが、垣原は自分が送ると言います。
その意図は、誰の目から見てもあきらかでした。
「……ごめんなさい……」
車が走りだしてから、すぐでした。
「許してもらえないのはわかっているけれど……ご家族の方にも、あらためて謝罪にうかがいます……」
真弥は、余韻の後に残ったエアコンの排気音に、わずかばかり耳を傾けてから答えました。
「いえ……。おれ、今日のことは親には伝えないつもりです。霊とか言っても混乱するだけだろうし……」
「でも、本当のことを知らないままじゃ、真陽瑠さんがどうしてあんなことになったのかが……」
「その辺は……いいですよ。原因はわからなくても、みんな知ってますから。あいつが、自分からそんなことする奴じゃないことは」
赤信号で、車は横断歩道手前で停まります。その前を、真陽瑠と同じくらいの年齢の少女とその母親が、レジ袋を手に仲睦まじく通りすぎていきました。
「今は、あいつが目を覚ましてくれることだけを祈ってて……それだけで、頭がいっぱいなんです。……で、起きた時のことも、だいたい想像つくんですよ」
――あれ、あたしなんでこんなとこにいるの? 飛び降り? ……なにそれ?
「――とか、きっとのん気に言うんだろうけど……そうしてくれさえすれば、おれたちは元に戻れるんです……」
信号が青になり、車が再び走り出します。
「あと、みんなにはこれ以上、謝ってほしくないんです。……誰も悪くない。でも、おれもバカだから……謝られると、そんな気になって……恨みたくない人たちのことを恨んでしまいそうだから……」
「倖田くん……でも、わたしは――」
「恨まれるほうがいいなんて、思わないでください。……恨むほうもキツイんです……」
右折で進行方向が変わり、西日が正面から照りつけました。その赤い陽射しを受けながら、真弥は言いました。
「……ただ、由香だけは恨ませてください」
「……わたしに、それを止める資格なんてない……」
「すみません。今のおれは由香を恨むしかない。それ以外、何もできないから……」
何もできない――その点において、垣原と自分は同じ境遇なのだと思いました。
……いや、少し違います。垣原にそのつもりがあるかはわかりませんが、少なくとも、気づいてはいるはずです。
「話は変わりますけど、屋上の封鎖は道連れを防ぐ目的の他に……誰かが、早まったやり方で幕引きしようとするのを防ぐのも兼ねてるんですかね?」
垣原が、言葉を詰まらせました。
「……この件を、おれが望まない形で勝手に終わらせるようなことは、絶対にやめてください。おれには、それを言う資格があると思ってますから……」
病院の駐車場に着いてから、真弥はすぐには車を下りませんでした。
そして、今までとは違う、遠い昔を懐かしむような声でつぶやきました。
「先生は……入学初日にはもう、おれたちの名前をおぼえてましたよね。他のクラスの真陽瑠のことまで知ってた」
「新入生と……在学中の生徒の名簿にも、ひと通り目を通してたの。全員おぼえるのは無理だったけど」
「すごいですね……」
「それくらいの意気込みでやらないと、ダメだと思ったの。……そうしないと、由香は許してくれないだろうって……」
一生、許してもらえないことをした……。
そう自覚していても、垣原はいつか、懸命に生きる自分に微笑んでくれる由香を思い描いていました。
それは、彼女が立ち直る過程で必要なことだったから。
「……そう、心のどこかで許してもらえると思ってた。でも……あれが起きて……」
当時、知らせを聞いた垣原は、職員室で倒れたと聞いています。
「……勝手に許されようだなんて思ったから……だから、罰としてあんなことが起きたんだって思って……わたしは、もう続けることができなかった……」
「……残念です……」
それは、失望の言葉などではありませんでした。
「中西も嫌いじゃないけど……おれは、垣原さんが担任をするクラスで学校生活を送りたかったです。こんなことも起こらずに、ずっと平和なままで……」
それは、叶わなかった日々をただ憂うだけの空虚な言葉でした。
「……ごめんね……わたしも、みんなの先生でいたかった……」
「……送ってくれて、ありがとうございます。……少し、休んでから帰ったほうがいいですよ」
真弥は、ハンドルにもたれる垣原にそう言い残して、車を後にしました。
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