―06―

「でもさ、情報処理室の怪談と関係なくても、悪霊が原因っていうのは間違ってないと思うんだよね」

「目撃証言があるからですか? 謎の女子生徒の」

「それもだけど、まず、どう考えてもおかしいもの。理由もなく死んじゃうなんて」

「……理由もなく、ですか……」

 光莉の声には、あざけるような抑揚がありました。


「理由がなかったなんて、他人なんかがわかるものなんでしょうか?」

「? やっぱ、自殺だったってこと?」

「いえ……今回がどうって話ではなく。ただ、話したくても、人に話せない悩みだったのかもしれない。親しい人に心配かけまいと無理して笑ってたのかもしれない。そんな事情があったかもしれないのに、『兆候はなかった』なんて、かんたんに決めつけるのは、おこがましいように思うんです」

「おこ……がましい?」

「大なり小なり、悩みのない人なんていないってことです……」

「うーん……まあ、あたしも無くはないけど、最近ちょっと体重増えちゃった……とかで、死のうとか思わないけどね」

『まあ、あなたみたいな人は――』と言いたくなるも、それこそが、まさに今自分が非難しているおこがましさでした。ぐっと、こらえます。


 ただ、真陽瑠は逆になにかを感じ取ったのでしょうか。

「光莉ちゃんや、呉ヶ野先生にも、悩みってあるの?」

「……それは、まあ……人並みに」

「カウンセラーと、その娘なのに?」

 本当に、いちいち無神経です。

「医者だって病気になるんですから、それと同じです」

「それもそっか。ちなみに光莉ちゃんは、どんなことで悩んでるの?」

 どうしてこうも、ズカズカと踏み込んでくるのか……。

「……べつに、だれかに教えるようなことじゃありません……」

 むしろ、一つはあなたに付きまとわれてることなんですが……――と、さすがに当人を前に言えません。


 もう一つ。今後も彼女が抱え続けるであろう恒久的な悩みに関しても、言えるはずはありませんでした。


 ともあれ、真陽瑠も予想に反して深追いしてこないので、もうこの話題は終わったな……などと安心した矢先――。

「ねえ、光莉ちゃん」

「なんでしょう」


「もしかして、幽霊が見えたり――」「しません」


「おわ、即答!?」

「あの件でしたら、虫がいたって言ったじゃないですか」

「でも、あの反応は虫っていうより――」

「真陽瑠さんと真弥さんって、どっちが先に生まれたんですか?」

「え? あー、あたしが妹。真弥が夜中に生まれたのに、あたしがもたついて朝方までかかっちゃってさ。そんで名前も……――って、おお……意外と力ずくで話題変えてくるね……」

「……まあ、なんにせよ、わたしはそういうのじゃありませんから……」

「そうなんだ……」

「はい。わかってもらえましたか?」


「なら、真弥が言ってた、中二の時とかにかかる病気?」


 ピキピキっ…………。



 カウンセリング室を後にした真弥は、廊下を歩きながら、さきほどの久との会話を思い返していました。


『詳しくは言えませんが、ぼくが依頼されたのは、あなたが言ったような事例の解明と……解決なんです』

『解明と解決って……どうやって?』

『そうですね、ぼくはカウンセラーが本職ですから、基本はそれなんですが……あとは探偵の真似ごとというか……まあ、そんなところだと思ってください』 

 探偵の真似ごと……。

 その言葉フレーズは、一人で校舎を探索していたあの少女を連想させました。

『それって、光莉さんもなにか関わってるんですか……?』

 久は、すこし困ったように笑いました。

『時々、手伝ってもらうことがあります。調べ物を頼んだりとか。……あまり負担をかけたくないのですが、いそがしくなると、いつもつい。いけませんね……』


 最後の方は意図してかどうか、微妙にはぐらかされた気もします。

 だとしても……おそらく自分を安心させるために、本来は話せない情報をギリギリのラインで明かしてくれたのでしょう。感謝すべきだと、真弥は思いました。


『……あの、役に立てるかわからないけど、おれになにか手伝えることができたら、声をかけてください』

 久はその言葉に驚いた様子でしたが、やがて、うれしそうに微笑みました。

『……はい、ありがとうございます』


 そう。まだ半信半疑だけれど、きっと感謝すべきなのです。久がこの学校に来てくれたことを。

 そんなことを考えながら、二階へと階段を降りたところで――。

 

「「「あ……」」」


 意図せず、三人は合流しました。

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