―05―

「――でね、、この廊下の突き当たりが情報処理室…………で……」


 オリエンテーションの最中、真陽瑠がうっかり口をすべらせたのは、ちょうどその頃でした。

 ……光莉が足を止めます。


「……はい?」


「…………えっと、光莉ちゃん!」

「いやいや、今のなんですか? 『怪談ちゃん』って聞こえましたが……」

 往生際悪く、見えない猫じゃらし相手にじゃれる真陽瑠を見て、光莉は大方察しました。

「……ひょっとして、わたしって真陽瑠さんの中で、なんか、さむいあだ名とか付いてたりします? ――いや、唐突に口笛とか吹かないでください。しかも、どうして『運命』を選曲チョイスしたんです?」


 こうなっては、観念するしかありません。

「ご、ごめーん……! 真弥がさ、学校の怪談に興味がある子だから『怪談ちゃん』って呼びだして、かわいかったから、あたしもつい……」

「まったく……発生源はあの人ですか。それにしても、そのまんますぎでは?」

 そこで、ふと気づきました。


「――は! まさか階段・・でパニクってたことも、地味にかけてたりとかですか!?」

「え? え!? おおっと、それは気づかなかった!」

「……深読みしすぎました。そんなに感心しないでください。そして、ぜんぜんかわいくありません……」

「うーん……そっか。あたしは気に入ってたんだけどぁ。……じゃあ、次、どんなあだ名にする?」


「なんで、代替案の話になるんですか!?」


「へへ、その方が親しみわくでしょ? ちなみに、あたしは友達から『ひーさん』とか、『ひる』とか呼ばれてる!」

「……血を吸う虫と同じですが……」

 指摘され、脳裏にデフォルメ化された巨大ヒルの絵が浮かびました。

 ぶるぶると首を振りそれを霧散させ、気をとりなおしてまた歩きはじめます。


「まあ、あだ名の話は置いといて……そう! この先の情報処理室にまつわる怪談ちゃん……じゃなくて怪談! 夜になると一台だけパソコンが点いてるって話、覚えてる? あの話の舞台だよ!」

「はぁ……」

「不思議に思って画面を見ると『寿命』って単語で検索してあって、検索結果に自分の残りの寿命と、死因が見れるサイトが表示されてるらしい」

「はぁ……」

「そして、興味本位でのぞいてみると、死因は『自殺』。そして、寿命はなんと、残りたったの数時間……!」

 ちゃんと覚えているので、おさらいしてくれなくても良いのですが、それを言うのも面倒。

 光莉は、ひたすら生返事を返しました。


「その衝撃の事実を目の当たりにした人は、めっちゃ怖がるか、反対に『バカみたい』って笑い飛ばして死んじゃうんだけど――」

「はぁ…………………………え?」


「!? あ、ごめん言い間違えた。ま、どうせ帰ってから本当に自殺しちゃうってオチだから、間違ってないけどね」

「いや……元ネタより怖いです。さらっと唐突に死ぬあたり……」

 光莉が突っ込むと、真陽瑠は「そうだね」と笑っていましたが、そのうちに神妙な面持ちになりました。


「……ひょっとして、原因ってこれじゃ……」

 独り言のようにつぶやいた真陽瑠でしたが、

「……転落事故ですか?」

 予想だにしない言葉が返ってきました。


「知ってますよ。全国ニュースですし。初日も、帰り道で話そうとしてましたよね?」

 気づいていたようです。

 あれきり、真弥がいないところでも語るのを控えていましたが……。

「……うん。まずさ、飛び降りた理由が、ぜんぜんわからないの。当日も、そんなことするように見えなかったって……」

 警察も、動機にむすびつく証言や手がかりを、いまだつかめてはいません。

「そんな中、その瞬間を目撃した生徒の中に、一緒に手をつないで落ちる女子生徒を見たって人がいたの。屋上にもう一人、白い服の女の子がいたなんて言う人も……」

「……でも、実際はそんな人たち、いなかったわけですよね?」

「うん。だから逆に、悪霊だったんじゃないかって、さわがれた」

 真陽瑠は、歩きながら廊下の窓へと一瞬視線を動かし――。

「……あたしは、見えてたのかな……?」

「え……?」

 ――すぐに、目を逸らしました。


「でね、真弥が……好きじゃないんだ、この話。飛び降りた生徒、あいつのクラスメイトだったの。最後に会話したのも、たぶん自分だろうって……」

「そう……だったんですか……」

「今までも、『不謹慎』とか言いつつ、何度かこの話してたんだけど、あの時は本気で嫌がってたから話すのやめたんだ。でもさ……――」 

 きっと、そうではなくて。


「――……不謹慎とかより、こわいんだと思う」


 そこでちょうど、情報処理室にたどりつきました。

 曜日によっては生徒に開放されているのですが、今日は該当日ではありません。

 真陽瑠は施錠されたドアのガラス越しに無人の室内を見渡し、今しがたの怪談に出てきた現象の類がないことを確認すると、ほっ……と、肩の力を抜きました。


「……真弥のことばかり言ったけど……飛び降りね、実はあたしも間近で、ばっちり見ちゃったんだ。廊下で通りすがりに、窓の外見たら落ってきた感じで」

 なんだろう、この不幸な兄妹は……と、思いました。

「でも、その時の記憶って言うか、目で見た映像が頭に残ってないんだよね。だから、本当ならあたし、けっこうなトラに――」

「トラウマですか?」

「うん、トラウマになっていいはずなんだけど、そのおかげで、全然……とは言わないけど、意外と平気で……」

「そうですか……良かったですよ。その手の記憶は、残っててもいいことありません。下手すると、PTSDです」

 ぴーてぃーえす……事件当時、周囲でちらほら飛び交っていた単語です。

 意味も教えてもらった気がしますが、残念ながらこちらの記憶に関してもあやふやな真陽瑠でした。


「――……そうそう、それで思ったの。飛び降りた彼って、今の怪談に出てくるサイトを見て呪われたんじゃないかな?」

「唐突な自殺っていうのは共通していますが、この手の『なにか見たら死んじゃう系』の話はありふれてます。女子生徒も出てきてませんし」

「そこはほら、話の中では語られていない部分でさ……」

「仮にそうなら、わざわざお手製の寿命診断サイトを作り、夜中にこっそり情報処理室のパソコンに表示させ、どういう経緯でか、そんな時間に通りかかってサイトを見てくれる人をひたすら待って襲ってるわけですが……ご苦労なことですね……」

「うー……そんな風に総叩きでツッコまれると、さすがに現実味が失せるぅ……」

「否定はしてませんよ。ただ、面倒だなぁ……と、思っただけです」

 そんなことを言いながら、光莉は真陽瑠が目を離した隙に、自分もこっそり室内をのぞいてみました。


(――うあ!?) 


 真陽瑠が振り向くと、光莉はすでにドアから離れて視線を泳がせていました。

「? どうかした?」

「いえ……なんでも……」 

 真陽瑠はなんとなく、もう一度、情報処理室の中を見てみましたが、やはり変わったところはありませんでした。

「……? ま、いっか。じゃ、次行こうか」

 

 ここは廊下の突き当り。

 二人は、来た道を引き返していきました。


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