―07―

「なんだ、真弥、どこ行ってたのー?」

 真陽瑠が、ふてくされ気味に言います。

 用事があると言いながら、校内をぶらついていたようにしか見えないのは、真弥も自覚がありました。

「あー……いや、ちょっとな……」

 そして、どこに行ってたのかについても、濁すしかありません。


 気まずさで、真陽瑠から目をそらすと、その横には輪をかけて険悪な表情の光莉がいました。


(……え、なにこの仇でも見るような眼は……?)


「……なんですか……?」

 目が合うと、実際にすこぶる不機嫌な声で威圧してきました。

 真陽瑠にしたように、適当にはぐらかせば良かったものを、逆に気をまぎらわせようとしたのが失敗でした。


「どう? 幽霊は見――」「見てません」


「おわ、即答!?」

「リアクションのテンプレでもあるんですか? あなたたち兄妹は」

「「え? なんか一緒くたにされた……」」

「シンクロしないでください。双子コントですか?」


 真弥は青くなって、光莉と少し距離を置いた場所へと真陽瑠を引っ張っりました。

「おい、怪談ちゃん、機嫌悪いぞ! なにやったんだよ……!?」

「よくわからないけど、さっきから急に……やっぱ、あたしのせいかな?」

「とりあえず、理由聞いて、謝っとけよ……」

 すると、真陽瑠はその場で光莉に呼びかけます。


「ねえ、怪談ちゃん――じゃなかった、光莉ちゃん。あたし、なんか怒らせるようなこと――」

「原因それだろ! さっそく、呼び方バラしてんじゃん!」


 ……が、光莉が矛先を向けたのは真弥に対してでした。


「真弥さん。この呼び方、あなたが発端だそうですね……? せっかくですが、『中二病』のお子様は、このセンスでは、到底、ときめきませんよ……」


 この時……彼は、ようやく事態を把握しました。

「あ、いやその……ごめん。気に入らなかったら、他の――」

「考えなくていいです」

「!? い、いや、ほら……あだ名で呼んだほうがさ――」

「本人不在のところで、奇天烈な呼び方で親しみ育まなくていいですから……!」

「うあ!?」

「人の口癖、真似しないでください!」

「え!? 今のはわざとじゃ……」

 不運にして、このタイミングで真弥の口から出た言葉は、ことごとく火に油を注ぐ結果となりました。

「あーあ。真弥……これ帰ったら、反省会だぁ……」

「おまえが言うなよ!」


 ……実際、家に帰ってから反省会をしました。

 光莉の自分たちに対する印象悪化は、切実に堪える二人なのでした。

 さておき、今日のことでわかったのは、呉ヶ野久がただのスクールカウンセラーではないこと。

 その任務(?)に、光莉も関与しているであろうこと。

 そして、彼らの解決すべき問題――いまだ多くの謎に満ちたあの事件――は、なんらかの形で継続しているのだということ。


 ただ、真弥はそれらを真陽瑠にはだまっておくことにしました。

 真陽瑠が光莉に興味をもったのは、彼女の謎めいた行動に惹かれたのがきっかけですが、それがあの事件に関係しているのであれば、興味本位で追求する範疇を超えているように思えたのです。

 だから、真陽瑠と共有した情報はただ一点のみ。


「怪談ちゃんのこと、中二病扱いだけはしないように、気をつけような……」 

「うん、そだねー……」 


 たとえ秘密解明を抜きにしたって、真陽瑠ならこれからも、光莉との友情を育んでいくはずです。


 さっそく、翌日には――。


「今日からさ、お昼はここで一緒に食べよ!」

「……はぁ」

「そこ、おれの席なんだけど……ま、いいけど」


 昼休みには真陽瑠が教室にやってきて、一緒に食事をするようになりました。

 そのうち、段階を追って慣れさせるなんて名目で、真陽瑠の友達を日替わりで一人ずつゲストで同席させたりと、不思議な企画も始まりました。

 その他にも、


「ごめーん、英語の教科書忘れちゃったんだ。貸してもらってもいい?」

「……いいですけど……真弥さんに借りれば――」

「ごめん。おれも忘れた」


 たびたび、そんなお願いをしにきたり、


「……さっきの体育の時間、真陽瑠さんが保健室に先回りしてたんですが……妹さん、マジでストーカー癖とかあるんですか……?」

「いやいや……さすがに偶然。あいつも見た目によらず、か弱いんだよ……」


 うざがられたり、変な誤解をもたれながらも、二人は(無理やり)少しずつ距離を縮めているように見えました。


 しかし、そんな順風満帆な毎日で、胸にわだかまりを抱えていたのは……他ならぬ、真陽瑠でした。



 ある日の夜、バイトを終えた真陽瑠は、帰る前に真弥と光莉にランカでメッセージを送信しました。

 すると、間髪入れずに真弥からの通話着信がありました。

『真陽瑠、おつかれー。あのさ、帰りに牛乳買ってきて』

「えー、疲れたから早く帰りたいんだけどー。自分で買いに行きなよー」

『おれ、風呂あがりなんだよ。また汗かくの嫌だし』

 そんなやりとりをしていると、今度はランカがインスタントメッセージを受信します。

 相手は光莉でした。真陽瑠は真弥との会話を継続したまま、その内容を確認しました。


〈おつかれさまです〉


 ……いつもどおり、字数制限でもあるかのような、味気のない一言。

 まあ、返してくれるだけ、真陽瑠にはうれしいことでした。

 さっそく返信しようと画面に触れた時、誤って指が意図しない場所をタップしてしまいました。

「あ、まちがった――って、お……?」

 遷移した画面を見て、真陽瑠が声を上げます。

『どうした?』


「……え、学校……?」


 ディスプレイには地図が表示され、自分たちが通っている高校の場所を、矢印型のアイコンがフォーカスしていました。

「……あのさ、怪談ちゃん、学校にいるみたいなんだけど……」

 ランカには、メッセージ送信時に位置情報を添付する機能がありました。

 設定で解除することもできますが、光莉はそれを知らなかったのでしょう。彼女の居場所は相手に筒抜けの状態になっていたのです。


 そして、彼女が今いるのは――。

『学校……? こんな時間に、なんで?』

「わかんない……ちょっと、聞いてみる!」

 真陽瑠は返信で、『今、学校にいるの?』と打ち――しかし、いったん入力したそれを消して『今、なにしてるの?』と変えて送信しました。

 しばらくして、返事がきました。


〈寝るところです。また明日〉


 ……真陽瑠の胸が、ざわめきだちました。

 それは、ウソをついている光莉への不審感からではなく、以前から彼女が露骨にひた隠していた謎めいた部分――自分が彼女に惹かれるきっかけとなった大いなる魅力の確信に触れるチャンスを得たからでした。

「真弥、ごめん。あたしも学校行く! 牛乳は自分で買ってきて!」

『え……いや、牛乳はともかく、今から?』

「うん、おかあさんには、えーと……――とにかく、適当に言い訳しておいて!」

『待て待て。なんか勘違いかも――』


 真陽瑠は、まだしゃべっている真弥との通話を強引に終えると、自転車にまたがり全力でペダルを踏みつけました。

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