―02―

 その頃、暗闇の校舎の一室――情報処理室では、誰もいない室内で、ある変化が起きようとしていました。

 キューン――……という電子音とともに、長机に数台ずつ配置されているパソコンの一台が、突然起動を始めたのです。ディスプレイにもぼんやりと映像が灯りはじめました。

 そのうち、画面のマウスカーソルまでもが勝手に移動をはじめ――それは、あたかも誰かが操作しているかのようでした。


 この不気味な光景を、入り口のドアの影で監視する者がいました。

 一人はオペラグラスを目に当てたグレイのスーツ姿の男。傍らに一人の少女がいました。

「……うん。見えるには見えます。ただ、影法師以前――輪郭がぼんやり視認できる程度ですね。年齢、性別などは把握できません」

 男が言うと、裸眼で同様に室内をのぞいていた少女がつぶやきました。

「わたしの方はクリアです。報告したとおり、十代後半くらいの男の人です」

「そうですか。ぼくとは若干、波長が合わないようですね」

「『可視性』はさておき、『物理干渉』は3or moreですね。パソコンも間違いなく彼が操作しています」

「ええ。それはこちらでもわかります。それに、逆にぼくからは透過した身体ごしにディスプレイの様子も見えてますよ」


 それを聞くと、少女は息を飲み心配そうな顔を向けます。しかし、男は「大丈夫」と、彼女をなだめました。

「噂にある、寿命診断サイトではないようです」

「で、ですよね……。とすると、なんなんですか?」

「うーん……これはプライバシーに関わるので、現状では伏せさせてください。……あ、念のため、いかがわしいものではないですよ」

「!? ……べ、別にその辺はどうでも……」


 彼は、画面に表示されたメールソフトに、ひとりでに打ち込まれていく文字――おそらく、誰か意中の相手に向けられた文章をしばらく見つめていました。

 しかし、そのうちメーラーが閉じられ、代わりにネットの検索画面が立ち上がります。

 そこに、検索ワードが入力されていきました。


 ――『余命 診断 生存率』――。


 男は察したようにひとつ息を吐いて、オペラグラスを外しました。

 その様子に、また心配そうな視線が送られますが、彼は微笑み返します。

「……大丈夫。危険性はないと思います。追って調査はしますがね」

「そうですか。まあ、無害であることがわかれば……」

「はい。――やはり、ぼくだけだとが出てしまいますね。助かりました」

「ついてきた甲斐があります」

「そろそろ次に行きますが、体調は平気ですか?」

 少女がうなずきます。

「今のところは。せっかくだし、一通りまわりましょう」

「無理はいけませんよ。具合が悪くなったら切り上げるので、必ず言ってくださいね。……あと、例の案件と出会ったら、その時点でも即時撤収します。いいですね?」

 少女はまた相槌しましたが――直後、後方からの気配に気づいて振り返り、表情をこわばらせました。


「あの……それって、ひょっとして……」

 言われて、男も少女の向いた方を注視します。

 一瞬、緊張した面持ちでしたが――すぐに、警戒をゆるめました。

「ああ……大丈夫。彼女は違います。ほら、前に話した親切な方ですよ。――どうも、花子さん」

 男がにこりと笑って、「こんばんわ」とあいさつすると、対象の姿は、まるで幻のように闇の中へと消えていきました。

 

 ――今日は、めずらしい人が来てるね。

 

 そんな声が聞こえた気がしました。

「さて……」と、男は情報処理室のドアをコンコン――とノックします。すると、それに反応してパソコンの電源が落ちました。

「ごめんなさいね。万が一だれかが来たら、びっくりしてしまいますから」

 男はドア越しで申し訳なさそうに言うと、少女とともに立ち去っていきました。


 ほどなく、入れ違うように真陽瑠が同じ場所へとやってきました。

 あの怪談話を意識して、鳥肌をたてながら室内をのぞきましたが――。

「……ふぅ、やっぱ何もないかぁ……」

 あやうくニアミスだったとも知らず、のんきなことです。

「怪談ちゃんのことだから、きっと怪談スポット巡りしてると思うんだけどな……」

 自分の直感が的を射ていたかどうかなど知る由もありません。自信が揺らぎますが、どのみち他に手がかりはないのです。

 真陽瑠も、次の怪談話の舞台へと向かうことにしました。


「さて、次はどこに行こうか。夜な夜な開かれる、空襲で死んだ教師と生徒たちとの授業……黒い雨に打たれながらピアノを弾く演奏家……女子体操着姿であらわれる落ち武者……うん? なんか違ったか? ま、いいや」

 それにしても、さきほどから絶えず独り言が続いています。 

「おーい……怪談ちゃんやーい……」

 時々、こんな呼びかけもしますが、ほとんどささやきに近いものです。要は怖いから気をまぎらわせているのです。

「どこですかぁ……怪談ちゃーん……」


 ――三階に行ったよ。


「……………………」

 少女の声が聞こえた気がして、真陽瑠の顔が引きつりました。

「……な、なに今の……ひょっとして記念すべき心霊現象初体験……?」

 しかも、自分に光莉の居場所を教えてくれたかのようでした。

 半信半疑ながら、それに従ってみることにしました。


 歩いた先、たどり着いたのは西校舎の階段。ここから上の階に行く予定でしたが、直前で真陽瑠は気がつきます。

「ここ、初日に怪談ちゃんが暴れた階段ちゃん……じゃなくて、階段じゃん……」

 あの時、光莉は本当はなにを見ていたのでしょうか? 

 当時を思い返し――真陽瑠は階を上がるのをやめ、踊り場付近のとある一室の前にたたずみました。

「怪談ちゃんが直前に確認してたのは、この社会科資料室。なにかがあったのだとしたら、ここ。……なんか、ヤバイ気がするけど……でも……」

 もしかしたら、光莉のことを知る手がかりが得られるかもしれません。


 引き戸には、中の様子を確認できる窓が一つ。

 ……意を決して、のぞきこみました。

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