―02―

 翌日は休校となり、校長を含めた学校責任者は、関係各所への対応に忙殺されました。

 四月から相次いでの出来事に対しては、報道関係者の注目も大きく、センセーショナルな見出しで発信される記事も少なくはありませんでした。


『生徒の心のケアのために、スクールカウンセラーを採用したばかりだそうですが、その上で、どうしてまた今回のようなことが起きたのでしょうか?』


 会見の席でフラッシュを浴びる校長は、曇った顔で『調査中でございます……』と回答するにとどまりました。


 真弥から久に連絡があったのは、その二日後でした。週末で学校は休みでしたが、久も聴取や、今後の生徒への対応に関する緊急会議などで休日を返上していました。それらを半ば強引に抜けて、待ち合わせの病院へと向かいました。

 病院の入り口で、真弥は待っていました。

「……真弥さん、連絡ありがとうございます」

 そこから車で久の家へと向かいました。車内での真弥は口数少なく、久からの話題にいくつか答えたのみでした。

「真陽瑠さんは……なんとか危険な状態は、脱したと聞いています」

「……ええ。でも、まだ目を覚ましません。それがいつになるかは……わからないみたいです……」

「……そうですか……」

 会話はそれきり途切れました。


 家は三階建てアパートのニ階の一室でした。ふつうの一般世帯向けで、家賃もそれほど高くはないでしょう。

 久は学校が非番の日は、車で以前に住んでいた町まで戻り、クリニックの仕事を続けているそうです。住居は移したものの、もしかすると、このアパートはいずれ元居た場所に戻るまでの、仮の住まいなのかもしれません。

 玄関を上がると、来客用の部屋に通されました。そこは、学校のカウンセリング室に似た間取りで、やはりテーブルを囲んで四方にソファーが配置されていました。

 そのうち二つの席は、すでに埋まっていました。

 ――光莉と、垣原です。どうしても同席したいという、二人の申し出によるものでした。

 真弥と久も、お互いが正対する位置にそれぞれ腰をおろしたところで――


「――ぼくと光莉には、ふつうの人には見えないものが見えます」

 久は、最初にそう告げました。

「霊だとか……そういうふうに呼ばれているものです」

 荒唐無稽でしたが、この期に及んで、質の悪い冗談のはずもありませんでした。


 呉ヶ野久には――カウンセラーと兼任し俗に言う霊能者としての顔がありました。

 今年の春、彼のもとに知り合いの住職をとおして、真弥の学校の校長から相談がありました。内容は、同校で起きた男子生徒の転落死が、悪霊のしわざではないかと、一部でささやかれている件について――

 なぜ校長ともあろう人間が、そんな噂話を真に受け相談してきたのか――理由はいたって単純でした。たまたま校舎の外に出ていた彼自身が、少年と手をつないで落ちる女子生徒を目撃してしまっていたのです。

 しかし、立場上、彼はその事実を黙殺するほかありませんでした。

 件の少年が、学校生活でなにか問題を抱えていたのではと周囲から猜疑さいぎの目を向けられている中、そんな主張は学校と彼自身を窮地に追いやる行為でしかありませんでした。


 一月ほど経ち、事態がだいぶ落ち着いた頃合いを見計って、校長はようやくこの件を外部に相談することができました。 

 こうして、依頼を受け学校を訪問した久ですが、主訴として相談を受けた案件の他にも、学校にはいくつか霊にまつわる問題が潜在していると分析しました。

 久はその理由について、最初『土地柄とちがら』と言う表現を使いましたが、詳しい説明を求めた校長は『霊道れいどう』という単語を聞いた瞬間に血の気を失いました。

 こうして、臆した校長からの強い要望を受け、久は一つの決心をすることになります。それが、スクールカウンセラーという表書きで学校に赴任し、裏では校内の霊的現象の解決に努めるという現在の立場でした。


「クリニックの患者さんへの対応も検討しなければならなかったので、着任は二学期からということで相談させてもらいました。それまでは、休日などに何度か学校を訪問し調査を行っていました」

 その折に、久は現場となった屋上で、白いワンピースを着た十代半ばの少女の霊体と遭遇しました。

 高みで、正午の町を物静かに見つめている様子からは、危険な印象は感じませんでした。ただ、その特徴は一部の生徒が主張している、事件当時に屋上で目撃された少女と一致していました。

 もし彼女が元凶なら、自分にも危害がおよぶ可能性がありましたが――

 どこからか、白い羽をした小さな蝶が飛んできて、彼女の髪に――留まりました。

(有機体が接触可能……。『物理干渉』――3or more)

 その様子を目の当たりにしてから、慎重を期して、久は少女に話しかけました。

『こんにちわ』

 少女がゆっくりと振り返ります。彼女に止まっていた蝶が、またどこかへと飛び去っていきました。

『見晴らしがいいところですよね。この場所、好きなんですか?』

 少女がうなずきます。意思疎通は可能なようです。

『ぼくは、通りすがりのカウンセラーで、呉ヶ野と言います。あなたは、ここの生徒さんですか?』


――ううん、違う。


 少女は感情の起伏もなく、久の質問に答えました。耳にした直後に、本当に聞こえていたのかどうかあいまいに陥る、そんな声でした。


『別の場所からいらしたんですね。以前はどちらに?』

――この姿になってからは、学校を転々としてるわ。ここは……そこそこ長いかな。


『そうでしたか……。学校がお好きなんですね』

(『意思疎通』――3or more。そして、『現状把握』は――4or more……)

 久は内心で驚いていました。少女はどうやら、自身が霊体として存在していることと、その間の時間経過を理解しているようです。めずらしい事例でした。


『お名前を、訊いてもいいですか?』

――好きに呼べばいいよ。『花子さん』――なんて呼ばれることもあるし。それより、何か用事があるんじゃないの?


『……今年の春に、ここから男子生徒が転落したのはご存知ですか?』

――うん。知ってるけど。


『……彼に、何があったのでしょう?』

――ここから、一緒に落ちた。


『……誰と?』

――昔、ここから飛んで、死んだ子。


『その方の名前……ご存知ですか?』

――ユカ……。


『……ユカ……さん……』

――あの子たちは……。


『え……二人いるんですか?』

――……ううん、違う。チグサは飛ばなかったの。


 本校では、以前にも屋上から投身自殺をした女子生徒がいました。

 倉癸くらき 由香ゆか――それが、ユカの本名でした。

 資料によると由香は深夜に学校へと忍び込み自殺を決行したとありました。

 しかし、チグサという名前の少女に関しては、何も書かれてはいませんでした。

 表沙汰にはなっていないようです。久は当時の学生名簿で、由香のクラス生徒を洗いました。

 そこに、彼女の名前はありました。


 垣原かきはら 千種ちぐさ

 今年の四月に飛び降りた少年のクラスの、かつての担任教師と同じ名前でした。

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