―07―

『道連れ』の犠牲になったのが、この二人であること――それがなぜ今になって、純粋な疑問へと変わったのか、真弥は理解できていませんでした。

 ただ、『なにか』を察した無意識が、それを伝えようと彼に訴えていました。

 ……頭痛の時のように、こめかみ部分に手を添えます。


(なんだ……なにが引っかかってる……?) 


 今日、光莉から多くの情報を得ました。

 考えられるのは、その結果として運命を呪う以前に、辻褄つじつまが合わないと感じる事柄が生じたのです。

 真弥は、今までの経緯を振り返りました。

 

 発端は、四月に由香が最初に引き起こした『道連れ』――

 校長が久に相談し、被害を食い止めるために屋上の封鎖が行われました。

 その一方で、久は垣原に協力を要請し、由香の除霊を試みようとしたものの失敗。

 ……光莉の声が、よみがえります。


――垣原さん側で、由香さんを拒絶しているのかもしれません……。


「……でも、なんとか次の犠牲だけは防げていた。あの日までは……」


 携帯のディスプレイを見て凍りついた光莉。

 そこに映っていた真陽瑠。

 憑依された彼女は扉を開け――その先は、意識が拒絶シャットアウトしました。


 しかし、そこまでの過程でなにかが紐付いたのか、間髪を入れず脳裏に再生されたのは、今朝の出来事でした。

 黄色いテープを越えて踊り場に入った時、血相を変えて駆けつけてきた光莉。

 ……また、彼女の声が聞こえました。


――防犯カメラを設置して監視もしていました。


 瞬間、真弥の心象はふたたび、あの日へと戻りました。

 止める間もなく、扉を開いた真陽瑠――

 しかし、その先には――屋上ではなく、闇が広がっていました。

 真陽瑠の視点が、そのまま真弥のものとなり、彼は扉の向こうに満ちた漆黒の世界を見つめていました。

 そこが、彼の無意識が指し示した場所でした。

 

 ……光莉は続けて、こう言いました。


――あの日までは、なにも起きなかったんです。

 

 少年は、深淵へとたどり着きました。


「……なんで由香は、半年近く手を出さなかったんだ……?」

 光莉の言葉通りなら、彼女は四月以降、真陽瑠以外は誰一人として屋上に連れてこなかったのです。

 しかし、その衝撃は次の瞬間にはさらに増幅され、再び真弥を襲いました。


「……違う。半年どころじゃない……」 

 はじまりは、今年の四月ではなく――由香が自殺したその日でした。 

「それまで……どうして犠牲者が出なかったんだ……? なんで今年になって――」


 今年になってからの、特別な出来事――

 ……考えるまでもありませんでした。

 彼は口を手で抑え、叫ぶのをこらえました。


「垣原が教師になって……戻って来た……」

 結果、引き起こされたこと――その憶測を裏付ける情報を、今日、光莉は迂闊にも提供してしまいました。

「行動周期の上書き……」

 由香の自殺の直後、学校を退学し、それきり姿を消した垣原。

 その彼女が、また目の前にあらわれたことは、由香の行動周期に大きな影響を及ぼしました。


「由香は……垣原の姿を見て、もう一度、自分と心中してほしいと思った……。それで、行動周期に『道連れ』が……」

 

 そして、四月の悲劇が――


「――……いや、違う!」 

 真弥は、当時の光景を想像します。

 垣原が来たことが引き金トリガーとなったのなら、どう考えても、由香が道連れに選ぶのは垣原でした。

 ……しかし、それは叶わなかったのです。

「垣原は……由香を認識できなかった。霊障を受けなかったから……だから――」


『代償行動』――本来の欲求が満たせない時に、代理のもので補おうとする行為。

 例えば、好きな人への想いが実らなかった時、その人の面影を持つ他の誰かで代用しようとする。

 目的の相手に干渉できなかった霊体は、やむなくその対象を――


「……ふざけるな……それじゃあ、二人は本当に身代わりで……」

 そんなことが、

「……まるで、垣原が間接的に…………そんなこと……」 

 そんな残酷なことが、本当に起きたのでしょうか? 

 長い時間をかけて苦しみぬいて、ようやく過去と向き合い、自分と同じ境遇の生徒を救おうと……死なせまいと、彼女は戻ってきたのに……その行為が、結果として生徒を殺したとでもいうのでしょうか?


 真弥は、光莉に知らせるかどうか迷い――その必要はないと、すぐに気づきました。

 光莉も、久も、知らないはずがない。気づいていないはずがないのです。

 あえて、知らせなかったのです。今の自分たちにとって、それがどれだけ危険なことか、カウンセラーはわかっていたから。


 特に、垣原は――次こそきっと、死ぬでしょう。

 償いのためなどではなく、もっと単純に、致死量を超える絶望によって命を断つことでしょう。

「言える……わけがない……」 

 眩暈を起こし……立つことができなくなって、見舞い客用の椅子へと沈みました。そこで呼吸を整えて、なんとか、正気を保ちます。


 しかし、何かがまだ真弥の心に巣食っていました。残酷な真相と引き換えに解消されるはずだった違和感が、いまだに残っているのです。

 ……そのはずです。なぜ、今年の四月から今まで、由香は生徒を襲わなかったのか――という、当初の疑問は、まだ解明されていないのです。

 同じ空白期間ブランクでも、垣原が赴任する前後では問題が別なのです。

 四月の時点で由香の行動周期は上書きされ、生徒は常に危険にさらされていたはずなのだから――


 ……話はふりだしに戻りました。

 本来は麻痺してもいいほど疲弊した脳が、思考を再開します。

「由香を見た――波長が合った生徒は他にもいた……。そいつらを、いつでも襲える状態だったのに、しなかったのは……」

 単純に考えられるのは――

「対象じゃなかった……」 

 つまり――

「もっと厳密に……『道連れ』として選ばれる条件がある……」

 それも、数ヶ月もの空白期間ブランクを生むほどに、敷居の高い条件が。


 波長が合う生徒の中から無差別に、偶然に、不運に選ばれたのが真陽瑠だと……そう思っていました。

 しかし……――

「真陽瑠……おまえ……」

 傍らにいる妹に目をやります。

 押しつぶされそうな恐怖の渦中にいる自分とは対照的に、彼女は安らかな眠りの中にありました。

 理不尽にも……それが腹立たしくさえ感じました。


「おまえ、本当になにしたんだよッ……!」

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