―08―

 空と地上の境界を焦がすように滲み出た旭光きょっこうが、カーテン越しに室内へと入り込みました。

 椅子に座る真弥の姿は、逆光で影法師のように黒く染まっていました。

 ……選べる手段は限られていました。


 登校後、休み時間に後ろの席の光莉に尋ねました。

「ちょっと、訊きたいことがあるんだけど」

「あー……ごめんなさい。ワイシャツなら、昨日、クリーニングに出したばかりで……」

「そうじゃなくて」

 警戒されないように、軽い調子で――


「由香が生徒を襲う時って、なんか条件とかあるのかな?」


「……条件……ですか。条件というか、由香さんと波長が合う人は誰でも被害にあう可能性はあります。彼女を視認できてしまう人はもちろん、見えてなくてもなんらか霊症を受ける人も油断はできませんし……」

 歯切れの悪い受け答えでしたが、光莉は嘘は言いませんでした。

 ただ一点、どうあっても真弥に知らせたくない真実を語ることを避けました。

 不意打ちで訊かれたことに心を揺らしながらも、動揺を悟られまいと平静を装い、なんら違和感なく振る舞うことに成功したはずでした。


 しかし、真弥は最初から唐突に質問を投げかけられた直後の、彼女の反応だけに注視するつもりでいたのです。

 光莉が刹那に、小さな唇をわずかにひらき、はっと息を飲んだ、その一瞬を――真弥は見ていました。


――隠している。欺いている。


 単に言えないことなら、彼女たちは『守秘義務』を盾に明言を避けるはずでした。

「……何か気になることでも……?」

 光莉が不安げに――おそらく自覚はないのでしょうが――尋ねます。

 今度は、真弥が欺く番でした。

「たんなる思いつきさ。もし、そういうのがあるなら、他にも何か対策できないかなと思って」

「そうでしたか……。ありがとうございます。一緒に考えてくれて……」

 光莉は、いくぶん安堵して言いました。


 真弥にはわかっていました。彼女がどんな思いで秘密を守っているか……。

 胸の内にあるのは、いたわり――ではなく、恐怖です。

 傷ついたり、苦しんだりしてほしくないなどという生易しい話ではなく、人が生死の境界を踏み越えるのを死守しなければならないことへの恐怖でした。

 そんな思いでいる少女を、無理やり問い詰めることはできませんでした。

 だから、ここが限界でした。彼女から得たかったのは確証です。目的は果たしました。

 あとは、適当にお茶を濁して切り上げたいところ。


「そうだ、屋上に侵入者がいた時の通知……おれにも届くようにしてもらえないかな?」

 話をそらすために言ったのですが、光莉はまた表情を曇らせました。あらためて意識すると、意外に感情が表情かおに出やすいんだな……と気づきます。

「大丈夫。もしもの時に、真っ先に行って無茶しようなんて思ってないからさ」

「……父さんに相談してみます」



 昼休み――真弥は一人で屋上の階まで行きました。

 踊り場の入り口には、昨日と変わらず黄色いテープが貼られており、これを乗りこえて監視カメラの視界に入れば、また光莉と久が血相を変えて駆けつけてくることでしょう。さすがにそれはせず、中間地点の段を椅子代わりに腰をおろしました。  

 本来は、居たくもない場所でした。しかし、手がかりをつかめるとすれば、この場所以外にはないように思えたのです。

 昨日までは、自分にもできることを探すため。

 そして、今日は光莉たちがひた隠す、真実を探すため。

 真弥には、『知らないままでいる』という選択はできませんでした。

 自分の大切な人だけが犠牲になる仕組みがあると知った時点で、彼は――


「……とはいえ、どうしたものかな。あの二人から聞けないとなると……」

 真陽瑠が目覚めるのを待つか……あるいは、当事者ということなら、もう一人だけ存在しました。

 真弥は振り返って、屋上の扉をにらみます。

「……犯人に頼んで教えてもらうとかは、さすがにないよな……!」

 滑稽なことです。口を割らせるというのなら、まだしも。

 まあ、もとより思いつきでした。気を取り直して別案を考えた時――霊に訊いてみるという発想から、閃くものがありました。


「そうだ……花子さん!」

 白ワンピースの謎の霊体少女なら、何か知っているかもしれません。そもそも、久が由香のことを知ったのは彼女の情報提供によるものです。

 ただ問題は、由香にしろ花子さんにしろ、真弥が彼女らと波長が合わなければ、コミュニケーションがとれないということでした。

「霊も携帯とか持ってればな……」

 真陽瑠に負けず劣らず、バカげた発想だと思いました。

(……待てよ……)

「できるんじゃないか? 実体化すれば携帯の操作も……――いや、そんな複雑なことじゃなくても……」


 真弥は急いで一旦教室へと向かいます。戻ってきた時には、シャープペンと、破ったノートを一枚手にしていました。

 階段を机代わりに、彼はノートにペンを走らせ――その後の処理に迷っていると、予鈴のチャイムが鳴ってしまいました。

 ダメで元々――。二つ折りにしてシャープペンと一緒に、階段の隅に置いておくことにしました。


「……花子さん。もし見てたら、ここに書いてあることに答えてくれ……」

 そう伝えて、真弥は足早にその場を去りました。

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