第一話 「なんか、あやしくない?」
―01―
廊下にはおだやかな光が差し込み、遅咲きの桜が散らす花弁の影が、ふわりふわふわと映り込んでいた。
教室に忘れ物をした少女が、小走りで廊下を行く。
靴音をリズミカルにこだまさせ、彼女はかけぬける。
窓辺にできた光と影のアーチを、交互にくぐりぬけていく。
光と影――――
光と影――――
光と――――
気配を感じて窓へとふりむいた時、その一瞬は、まるでスローモーションのようにゆっくりと、少女の視界を支配していった。
大きな影が――――落ちた。
*
入学早々にあんなことが起きれば、思春期の繊細なメンタルが傷を負うのは当然のこと。
新生活のウキウキ気分は粉微塵に吹き飛び、しばらくはご飯がまずかったり、勉強が手につかなかったり、人生について考えたり、彼の鎮魂歌でもつくろうかと、ノートに詩を
「――というわけで、完成しました。あたし作、命のポエム。タイトルは――」
「ハイハイ、また今度な……」
そう……。あの出来事は二人の心に暗い影を落としました。
しかし、日々、彼らの元に降り注ぐ青春の光は、いつか、その暗闇をもかき消してしまえるほどに、まばゆいものでした。
部活、バイト、友達、テスト、赤点、補習、えくせとら――
慌ただしくも充実した日々を送りながら、二人はいつからかまたスクールライフを満喫できるようになり、有頂天の波に乗ったまま夏休みへと突入したわけです。
……ただ、発端となったあの事件は、いまだその真相が明るみになってはいません。
誰もいない屋上からの飛び降り――状況からすれば自殺の線が濃厚ですが、動機は不明。
本人の様子からは、当日もふくめて予兆のようなものは感じられず、家族や親しい友人に悩みを相談していたということもなかったようです。
不可解だったのは、それだけではありません。
「前も話したけど、『落ちたのは二人だった』――って言ってる人たちがさ……」
「でも、実際は一人だったからな。見間違え――」
「幽霊!」
「……やめようぜ。さすがに、あれをネタにおもしろがる気にはなれないって……」
「おもしろがるっていうか……気味悪いじゃん……。屋上は鍵かかってたはずだし……それに、初めてじゃないらしいよ。何年か前にも飛び降りがあったって……」
「たしかに、気味悪いけどさ……今はやめようぜ……」
「でもさ……」
「いや、本当にそろそろやめよう! このままじゃマジでやばいから。朝まで、もう時間ないんだからな!」
「え、うそ! もうそんな時間? 真弥、数学あと何ページ……?」
「5ページ……。ギリだな……。そっちの英語は?」
「えーとね……13ページ」
「な!? おまえ、ふざけんな、ぜんぜん進んでないじゃん!」
時の流れは心の傷を癒す傍らで、謎にさらなる謎をはらませ、得体の知れないものへと変貌させつつありました。
ただ、今日の今日まで遊び呆けていた夏休み最終日の二人にとって、間近にさし迫る脅威は、睡眠時間を犠牲にしても終わりの見通しが立たない大量の
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