学校の怪談ちゃん
黒音こなみ
序章
最高な日々の中で
最初は肩がこった制服も、一週間も経つと徐々に体に馴染んでくるものです。
とはいえ、まだ首周りの窮屈さには慣れないから、放課後になったら、さっそくタイを緩めます。
なんだか気持ちも一緒に緩んでしまって、
こうすると、校舎の外から聞こえる運動部の規律正しい掛け声や、まだ居残っているクラスメイトたちの会話が心地よく耳に染み入ってきます。
――部活の見学行かない?
――あの店でバイトしてみようかな。
今は、みんな、新生活を充実させるための幸せな悩みにひたる毎日。
「……いやぁ、青春だねぇ……」
他人事のようにつぶやく彼も、なんだかんだでご多分に漏れず、『これから』への期待に胸おどらせる一人でした。
少し強めの春風が、びゅう――と、音を立てて吹きました。
廊下側の窓の外で、粉雪のように舞う桜に、真弥はしばし見とれました。
「
呆けていると、帰り際の男子生徒が一人、声をかけてきました。
「うん、ちょっと、人を待っててさぁ」
答えた後、春の陽気に当てられ、ついつい、あくびが出ます。
その油断しきった反応に親しみを感じたのか、相手はからかうような口調で、さらに踏み込んできました。
「ひょっとして女の子?」
「うーん……まあ、一応ね」
「お、やるねぇ! もう彼女ができたの?」
「はは、そんなんじゃないって」
この彼とは、入学当初から何度か話したことがありました。
気さくな少年です。まだ友達と呼べるほど親睦を深めてもいませんが、もう少しすれば他の仲間も交えて和気あいあいとやっているのだろうな――と、遠くない未来の絵を思い浮かべました。
二人は『また明日』と、笑って別れました。
ほどなくして、教室の入り口から少しウェーブのかかったロングヘアーの少女が顔をのぞかせました。
真弥の姿を確認すると、顔をほころばせ「お、いたいた!」と歩み寄ってきます。
「おそーい」
「ごめんごめん、友達としゃべり始めたら話が弾んじゃって」
真弥は椅子に腰をおろしたまま、少女――
見れば見るほど見飽きた顔。けれど、整った顔立ちと、ぱっちり開いた二重の瞳、桜色の唇――これが、やたら頭の悪い科白を暴発するのですが――を持つこの少女が、そこそこ、かわいい部類であることは認めていました。
そして、悔しい話、一緒にいると周囲に対してちょっとした優越感にひたれるのも事実。
「……おしかったなぁ。もう少し来るのが早ければ、あいつ、驚いたのに」
「うん? なんの話?」
「いや、なんでもない。帰ろうぜ」
「うん、帰ろっか。で、だれが驚くの?」
「気にすんな。ちなみに、『驚く』って英語でなんて言うか知ってるか?」
「へ? 『WAO!』でしょ? そんなことよりさ――」
二人はコントのような掛け合いをしながら教室を出ました。
廊下にはおだやかな光が差し込み、桜の花弁の影が、ふわりふわふわと映り込みます。
「平和だなぁ」
「そうだねぇ」
そんな陽気さのもたらす弊害か、下駄箱まで来て、真陽瑠が「はっ!」と足を止めました。……教室に忘れ物だそうです。
「三十秒以内に戻ってこなかったら、おいてくぞ」
冗談で言ったのですが、タイムに現実味があったせいか、真陽瑠は「なんだそれぇ!」と怒りながらも小走りで教室に引き返していきました。
「はぁ……バカだなぁ」
真弥はそんな真陽瑠の姿がおかしくて、まあ当人には気づかれまいと思いながらも、顔を背けて笑いました。
その矢先です。真陽瑠の走っていった方向から、ドスンという、重たく大きな音がひびきました。まるで、なにかが地面にたたきつけられたかのような――。
(――真陽瑠、コケたか!)
すっ転んだ程度の音じゃないことはあきらかでしたが、とっさにそんな考えがよぎります。
かくして、真弥の心配は当然杞憂となりました。
廊下の先――足を止め、窓から外を眺めて呆然とする真陽瑠の姿がありました。
今まで聞こえていた部活動の声もシン……と止み、真陽瑠の空間はまるで静寂の美術館に飾られた、一枚絵のようでした。
なにが起きたのかは――次の瞬間、校舎の外で響いた多数の悲鳴で察しがつきました。
「真陽瑠!」
急いで真陽瑠へとかけよります。遠目にはショーウインドウのマネキンのように静止していた彼女は、実際は小刻みに身体を震わせていました。
視線は相変わらず窓の外に釘付けで――見たくないのに、文字通り釘付けにされてしまっていて、真弥はそれを遮断するため彼女の前へと回り込むと、肩をつかんでもう一度名前を呼びます。
「真弥…………今、人が…………」
真弥はおそるおそる背後の窓を見ます。外ではいまだ混乱のさなかにいる生徒たちが、遠巻きに真弥たちの方へ――正確には、真弥たちがいる校舎の前の地べたへと視線を注いでいました。
どうやら……この窓のすぐ真下のようです。
「……なんで……?」
震える声で、真陽瑠が言います。
「なんで……さっき、そこですれ違ったばっかなの……に……」
「え……」
真弥の脳裏で、自分が待つ教室へと向かう真陽瑠の
一組に在籍する彼女は、下駄箱へと向かう生徒の流れに逆行して廊下を進みます。
途中、目的の室名札が取り付けられた部屋のドアから、一人の男子生徒が出てきて、彼女とすれちがいました。
教室に着いた真陽瑠は、入り口付近の席で待ちぼうけしている自分を見つけ、歩み寄ります。
そして、そんな彼女の顔を見て、自分は言うのです。
――おしかったなぁ。もう少し来るのが早ければ、あいつ――
「――真弥!?」
真弥は引き寄せられるように、窓へと近づき……近づいて……窓の真下へと、視線を落としました。
「……それって……どうなの?」
冷静……というよりは、間の抜けた科白でした。
あまりに現実味に欠けていたのです。
ついさっき、『また明日』と、笑って別れた人間が、しばらくして空から降ってきたりするものでしょうか?
高校に入学してから、ちょうど一週間目。
希望に満ちた、こんな最高な日々の中で、『それ』は始まりました。
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