―02―
久しぶりの登校日は、降水確率40パーセントの曇り空。
傘を持って出かけましたが、学校に着いてもまだ天気は持ちこたえていました。
「いっそ、台風が来て休みになれば良かったのにな……」
校門をくぐる際、目の下にくまをつくった真弥が、そんなことをつぶやきます。
「なんで? 久しぶりにみんなに会うの、楽しみじゃん!」
対して、数時間前とは打って変わって元気いっぱいの真陽瑠です。
宿題という悩みの種が消えさえすれば、彼女にとって学校は楽しい社交の場でした。
もっとも、この娘が済ませたのは、土壇場になってヤケクソな文字列で解答欄を埋めつくすという、課題に対する冒涜行為でした。たしか、文章解答欄にまで記号の答えが書いてありました。
結果、手分けして担当した教科の答えを写しあうプランだったにもかかわらず、真弥は真陽瑠の成果を参考にすることを断念したのです。
(提出までに、誰かに見せてもらわないとな……)
やってないよりマシなどという理屈も、あの出来栄えの前ではかすみます。
真弥も気楽なほうですが、真陽瑠ほどの幸福回路は搭載していませんでした。
かくして、徹夜の疲れを癒す間もなく、あわただしく始まった二学期初日。
その朝のホームルームで、意外な発表がありました。
(え……だれ?)
教壇に立つのは、三十代独身の男性教員、中西先生。
国語が担当ですが、体育教師ばりに横に張ったいかついガタイの男です。
実は彼は元副担任。入学当初は垣原という新任の女性教師が担任だったのですが、あの事故の日を境に精神的に不安定になり、休職――やがては退職となってしまいました。優しそうな先生だったのに残念です。
こうして、垣原が休職した時から担任を代行していた中西が、そのまま後任でクラスを受け持つことになりました。
そんなわけで、いまさらこの男に対し『だれ?』などと疑問を持つ者はいません。
問題はその中西の隣にいる、見たことのない少女でした。
これはもしや……。
「新しい仲間を紹介します。――
――やっぱり!
教室がどよめきます。少なくとも休み前には、そんな話はありませんでした。
中西は生徒たちの疑問を汲むように説明を続けます。
「急な話ですが、以前から本校ではスクールカウンセリングの導入を検討していました。どなたか来ていただける先生を探していたところ、二学期から非常勤で着任してもらえる方が見つかり、それが心療内科を経営している呉ヶ野先生――つまり、光莉さんのお父さんでした。その辺は始業式で、校長先生からも説明があります」
(スクールカウンセリング……?)
そんな話も今はじめて聞きましたが、おそらくあの一件絡みで急募したのでしょう。
「そして、この度のことで呉ヶ野先生には転居をおねがいする形になってしまい、ご家族で話し合っていただいた結果、光莉さんも本校に転入していただくことになったわけです」
なるほど。この娘はとばっちりを受けたのだと、真弥は理解しました。
気の毒に。せっかく、友達もできて楽しくやっていた頃だったろうに――と、彼は前の学校でみんなと仲睦まじくしている光莉の姿を想像するわけですが……。
はて、どうにもしっくりくる絵が浮かびません。
というのも、カウンセラーというのは人の心の安定を手助けする仕事なわけで、そんな職業の親なら子供だって明るく元気に育ちそうなものを……彼女に関しては、ちょっと雰囲気が暗めというか――
「……はじめまして。呉ヶ野です。雰囲気通り、暗くて人付き合いが苦手な生き物です。わたしのことはお構いなく、父をよろしくお願いします……」
(あぁ……中身も半端なく暗いよ。名前が光莉なのに。なんで、ダウナーの化身みたいなキャラしてんだよ……)
先制パンチで、またクラスがざわめきます。中西も若干ひいてるはずですが、
「はは……今のはな、『みんなかまってね!』ってフリだぞぉ!」などと、苦し紛れのフォローでその場をとりつくろいます。
同時に、この娘は早々に引っこませるのが無難と判断したのか、
「じゃあ、光莉さんの席はそこの――」と指差し……。
(あれ……?)
真弥は、中西が指差した方向を目で追います。当然、そこには彼女が座るべき席が用意されていました。
教室の出口付近――――――――真弥の真後ろ。
(あー……朝、来た時に気にはなったんだよな、この空席……)
背後を向いて固まっていた真弥ですが、テクテクとこちらに近づいてくる足音で、再び前に向き直りました。
視界に入ったのは、さっきまで壇上にいた転校生――。
身長は150前半くらいでしょうか。
長袖のワイシャツが覆う体の線は細く華奢で、肩から下げたバッグが大きく感じられます。うなだれ気味の首の先には、やはり気だるい表情の顔がありました。
でも……あれ、近くで見ると意外にかわいいではありませんか!
肩に軽くかかる長さの後ろ髪は、黒くてきれいでつやつやで、ジトーッと細めて、自身の足元を見つめる瞳も、それによって長いまつげと二重のまぶたが強調され惹きつけられます。
そして、色白の素肌に乗った、ちいさな唇――それが、真弥が見つめる前で「ふぅ……」と物憂げな吐息をはきました。
(こいつ、磨けば光るんじゃないか? 光莉だけに……)
その時、真弥の視線に気づいた光莉が、彼の方を向きました。二人の目が合います。
やば、ガン見しすぎた――と、気まずい真弥でしたが、ひとまず笑顔で「よろしくー」と、小さく手をふりました。
光莉はそれに対して無表情のまま、軽く会釈を返して後ろの席につきます。
……うーん、やっぱり暗いです。
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