―04―
「――それでも……」
再び、久が語り始めました。
「垣原さんは、長い時間をかけ立ち直ることができました。そして、以前の自分たちのように苦しんでいる生徒を支える存在になりたいと……教職の道を志して、一番つらい思い出がある母校へともどってきたんです。それが、今年の春です……」
真弥は、入学初日に緊張しながら教壇に立つ垣原を思い出していました。
新任の初々しさと、ぎこちなさが目立ちました。
でも、とても優しく、ちょっと困った様子の生徒がいたら声をかけたりと、熱意のある女性でした。
――いい先生になるかも……と思いました。でも、その根底にはかつての親友への償いの想いがあったのです。
しかし、その親友は――
「垣原さんは変わることができました……。しかし、由香さんは……変わらず、この学校にとどまり続けていたんです。人を道連れにして、自身が亡くなられた当時の行動――飛び降り自殺をくり返す霊体として……」
真弥は、黙してそれを受け止めました。途中から話の
「……今まで噂になってた、一緒に手をつないで落ちた女子生徒っていうのは、その由香なんですね?」
久は、首を深く落としました。
「今回も、まったく同じ話が出てるみたいだけど……それも……」
「……はい、由香さんです……」
真弥は震えていました。恐怖からではなく、こみ上げる怒りが、身を震わせていました。
「そいつは……その悪霊は……倒せないんですか? 先生は、それをしに来てくれたんですよね……!」
また怒りの矛先が久に向きかねないと感じ、たまらず光莉が口をはさみます。
「解決のために必要なのは、倒すとか……そういうんじゃないんです。今は、父さんの話を聞いてあげてください……」
横目に見た光莉の切実な表情に、真弥は久への言葉をいったんこらえました。
しかし、直面した理不尽な現実への憤りは収まりません。
「ふざけるなよ……なんなんだよそいつは……? 死ぬのが目的だったんなら、もう望みは叶ってるだろ! 心中できなかったのが未練だっていうなら、なんで関係ないやつを襲うんだ……」
「真弥さん……」
久がなにを訴えたかは、すぐにわかりました。
「……すみません。そういうつもりで言ったんじゃないんです……」
垣原は小さく首を振ります。
「間違ってない……。由香がゆるせないのは、わたしなんだから……わたしだけ恨んでくれたら……」
「垣原さん、前もお話しましたが、霊体になると……生前とは違うんです。理論や倫理に従って行動することは難しいんです……」
久がいたわるように声をかけます。
「生前の記憶、感情の断片がそのまま行動へと反映しているんです。恨みからでなくても、結果的に人を傷つけてしまうこともあります……」
子供が遊びで振り回していた棒が、意図せず誰かを傷つけてしまうように。
「そして、その被害を受けるのは、対象の霊体と波長が合う人だけです。波長が合わなければ、どんなに親しかった人間であっても干渉を受けることはないんです……」
「でも……由香がそうなってしまった原因が、わたしにあることに変わりはないです……」
膝の上でにぎった手の甲に涙の雫が落ちました。さきほどから、ことあるごとに自分を責め続けていたのでしょう。
彼女はこんな未来を予想できるはずもなかった。結果論だけで、彼女を恨むのは間違っているのはわかっていました。しかし……。
「……洗面所、借りていいですか? 頭を冷やしてきます……」
そう言って、真弥は席を立ちます。光莉が案内しました。
冷水で顔を洗い終えると、後ろから光莉がハンドタオルを差し出してきました。真弥はそれを受け取り、顔に当てます。
「……わたしに、こんなことをお願いする資格なんてないですが……」
顔を拭いている間に、光莉が言います。
「……結果的には真弥さん以外の全員に責任があります。でも……真陽瑠さんに関しては、わたしがいけないんです……。だから、恨むのは――」
「やったのは由香だ。それ以外に恨むやつなんていないさ……」
「……………………」
「……戻ろうぜ。大丈夫、だいぶ冴えた……」
口ではそう言いましたが、部屋に戻ると、真弥は久が話を再開する前に切り出しました。
「さっきの話……由香の除霊はするんですよね? それ、おれにも手伝わせてください」
周囲の人間を恨まないためにも、これ以上は余計な話を聞かず、由香だけに焦点を当てたかったのです。
しかし、久は声を落として言います。
「……お気持ちはわかります。けれど、難しいことです……」
「たしかにおれには、二人みたいに霊感とかはない。でも――」
「復讐ですか……?」
光莉の言葉に、真弥は膝の上の拳を強く握ります。
「……そうさ。霊だから仕方ないみたいな話があったけど……冗談じゃない! おれには、そんな割り切りはできない。ここまでのことされて、そんな理屈で納得できない……!」
今まで、彼を脅かしていた正体不明の不安、恐怖――そして、怒り。
その報復をすべき相手が、今、明らかになったのだから――
「相手がたとえ死んでいたって……必ず償わせる……」
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