―05―
室内は真弥の強い憎しみで満ちて、その根底にある悲嘆を、三人はつらく受け止めていました。
しかし、沈黙のあと、真弥はいくぶん声をやわらげて言いました。
「でも……それだけじゃない。これ以上、犠牲になるやつを増やしたくない……」
久がうなずきます。
「真弥さん。こんな大変な状況でも他人を思いやれる気持ち……本当に尊いことです。復讐したいという気持ちも……当然だと思います。あなたの中にある悲しみや怒り、憎しみは……真陽瑠さんを愛している分だけ、大きいはずですから……」
言われて――あらためて、それを自覚して――真弥は拳をさらに強く握りました。
「ぼくたちも同じです。霊は時として人を傷つけてしまう。たしかに、それ自体は仕方がないことです。でも、だからといって受け入れられるものではありません。親しい人が傷つけられるのを、許すことはできません」
今度は真弥が、深くうなずきます。
「ですから……ここからは、それを念頭に聞いてください。真弥さんは、除霊という行為と、その方法に関して、どんな印象をお持ちですか?」
「強制的な成仏……要はお払いですよね? テレビとかで霊能者がやってるやつ。うさんくさいと思って見てますけど」
「たしかにフリだけのものもありますが、実際にあれで霊を払っている人もいます。ですが、その中でもやはり追い払うだけで、一時しのぎのものも多いと思います」
「どういう……ことですか?」
「本来、人の手を介した成仏は簡単ではないんです。成仏の多くは……時間経過による自然消滅なんです」
「そんな! なら、先生がやってることは……」
「第一は、被害者を出さないことです。その手段として成仏を試みることもありますが、まずは、霊体がどんな経緯で存在しているのか――彼らの目的がなんなのかを調べることから始まります」
さきほどの話の中で久が行っていた調査が、まさにそれに当たりました。
「霊体にも、自我や意識なるものが残っていると考えられますが……少なくとも、生前と同様に行動するのは、むずかしいようです。彼らによくあるのは、現れる度に同じ行動を延々と繰り返すという傾向です。それを、『行動周期』と呼んでいます」
「行動周期……」
「はい。生前にしていた馴染みのある習慣をくり返すケースでは、料理好きだった人の霊体は、たびたびキッチンにあらわれ料理をすることがあります」
怪談などでも、よくある話です。
「ただ、これは本人が望んで行っているわけではないのだと思います。……殺人や自殺で命が失われた場合は、死の直前までのつらい過程が行動周期となるケースも多いんです」
「自分では、どうにもならないんですか?」
「……夢を見るのと似ているのかもしれません。夢は心理状態に強く影響され、楽しいことがあれば楽しい夢、逆に心配ごとなどがあれば、見たくもない悪夢を見てしまうことがあります」
見たくもない悪夢――今、自分がいるこの場所がそうなのではないかという考えが過りました。
「……いずれにせよ、重要なのは、その行動周期が人に危害をおよぼすかどうかです」
久はよりいっそう鎮痛な面持ちになり、メガネの位置を一度調整しました。
「霊との関わりが人体におよぼす影響を、『霊障』と呼んでいます。広く使われる言葉で、霊を目撃すること自体も霊障と呼べます」
それも、聞いたことがある言葉でした。
「行動周期内で霊が行う活動には、周囲が受ける霊障を把握できるように名前付けされているものがあるのですが……中でも、生命の危険に関わるものの一つに、『道連れ』と呼ばれるものがあります……」
「道連れ……って……」
あまりにも、ありのまますぎる言葉が残酷でした。
「その名のとおり、他人を道連れに自殺を繰り返します。心中で命を落とした人の行動周期に組み込まれることが多く……由香さんも、これに該当しています」
つまり……真陽瑠は、その道連れに巻き込まれたのです。
「今回、依頼を受けた時点でそれは予想していました。なので、まず次の犠牲者が出るのを防ぐために、屋上への入り口の封鎖を行いました」
「! あれは、先生がやらせたんですか?」
「はい……。道連れは、同じ場所で決行されることが多いんです。その場所へのアクセスルートを断つのは、有効な手段の一つでした……」
「でも、それって……襲われた時のための処置じゃ……」
「そう……最悪の事態を防ぐための備えでした……」
それは、真弥が思い描いていた久の仕事と、あまりにかけ離れていました。
「じゃあ、先生の言う解決って……そういうことなんですか? とりあえず被害だけ防げれば良かったんですか? 悪霊が同じ校内で野放しにされているのに……おれたちはそんなことも知らずに、みんなのんきに毎日……!」
そこで、また光莉が声をあげます。
「校長からの依頼なんです。生徒には黙っていてくれって……」
「光莉……」
久が諭すように言います。守秘義務のことは彼女も理解していましたが、それでも黙ってはいられませんでした。
「それに、父さんはそれだけで終わらせるつもりはありませんでした。根本的な原因の解決……由香さんの成仏も試みていたんです……」
「……そうだったのか……」
きっと、そうなんだろうということは、心のどこかでわかっていました。
「……でも、今日まで成功しなかったってことですね……?」
「……はい。ぼくの力がおよばずに――」
「――ちがいます……!」と、次に割って入ったのは、垣原でした。
「先生のせいじゃない……。わたしが……あの時、なにもできなかったから。親友……だったのに……」
垣原はそう言って、顔を手でおおいました。
――そうか……。
真弥はようやく、垣原の立ち位置を理解しました。彼女は発端に関わっていただけではなく、その終結の鍵でもあったのです。
「……未練が解消されれば、霊は成仏するっていう話をよく聞きます……」
真弥の言葉に、久は重く息を吐きました。
「……由香さんとの関係がわかった時、ぼくは垣原さんに協力を申し出たんです。彼女は教職を離れ、また精神的に追い詰められていた状態だったにも関わらず、危険を承知で引き受けてくれました……」
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