―02―

「霊体との接触で被る霊症の一つに、トランス――『憑依ひょうい』というものがあります。聞いたことありますよね?」

「取り憑いて、体を乗っ取るやつか……」

「そのイメージが強いかもしれませんが、催眠術のように意のままに操られるケースもあります。あの時の真陽瑠さんが、その影響下にあったのは間違いありません」

 言われるまでもありません。本人の意志でないことは明らかでした。


「霊はみんな使えるの? その厄介な力……」

「一概には言えません。なので、それも含めて調査しています。その際、霊体の特性を数値化します。移動範囲に関して、亡くなった場所のみに限定して現れるなら『移動力』は1。同施設、敷地内を動き回れるなら2――といった感じで」

「ゲームのステータスみたいだな」

「まさにそうですね。……その中に、『危険性』という項目があって、『憑依』が確認された時点で5段階レベルの3以上が割り振られます」

 また、ありのまますぎる名前です。

「由香の『危険性』は?」

「行動周期に『道連れ』があるため、命の危険に伴う4を振っています……」

「4……か」

 真弥にとっては、由香は最悪の危険性を持つ悪霊でしたが、まだその上があるようです。考えたくもありませんでした。


「この際なので他も言いますが、『移動力』は2で校内のみ。多くの目撃談があることから、人の目に見えやすいかどうかを表す『可視性』は3。『物理干渉』も3で――『実体化』が可能と判断されています」

「実体化?」

「霊は肉体を失っているはずなんですけど……実体化すると、物や人への物理的接触が可能なんです」

「触れられる……ってことか」


――本来、そこに存在するはずのないものに。


「ラップ音や勝手に物が動くといった事例に代表されるポルターガイスト現象は、これにより引き起こされます。お皿を割るくらいならまだしも、人間への実害の可能性も格段に上がりますので厄介です」

「殴られたりとか?」

「そういう直接的なものに限らず、今回のケースで言えば……屋上の扉に追加で設置した南京錠は真陽瑠さんが外しましたが、元からある扉自体の鍵を解錠したのは由香さんなんです」

 言われてみれば、真陽瑠が外していたのは南京錠だけでした。 


 あの扉は、外からなら鍵がなくても解錠できるタイプとのこと。

 四月の事故では、施錠済みだったはずの屋上に侵入できたことが謎の一つでした。


「物や人に触れる――おれたちと同じことができる。たしかに厄介だ。しかも、突然現れたり、憑依したり……やつらだけにできることもある……」

 厄介どころか、人間にとっての脅威と呼ばずしてなんなのか……。

「それでも、なんでもできるわけではありません。むしろ、行動周期によって縛られた存在なんです」

「憑依されても、屋上にさえ出さなければ、道連れは防げる……か」

「……はい。今朝の一件でもわかるように、防犯カメラを設置して監視もしていました……」

「真陽瑠以外は……それで防げてたの?」 

「……あの日までは、なにも起きなかったんです。でも……父さん、自分を使って試しましたから……」

「! 試したって、どうやって!?」

「『憑依防衛アンチ・トランス』――父さんは、憑依トランスされても意識を保ち、任意のタイミングで脱出エスケープできるよう訓練してるんです……」

 光莉が続きを言うより前に、真弥の背は体温を失いました。


「父さん、わざと由香さんを自分に取り憑かせて、道連れが実行されないまま行動周期が終結するのを見届けたんです」

「それって、危険じゃないのか……?」

「危険です……。気がゆるめば即失敗します。わたしも使えるけれど、あくまで緊急時に身を守るためで……調査の時は、絶対にわたしにやらせようとはしません……」

 対策として行ったのは、たかだか、カメラと鍵一つを追加で備え付けただけ――正直、そんな不満もありました。

 しかし、その裏で久は命の危険まで冒していたのです。

 ひょっとしたら、今だってなにか無茶をしているかもしれません。


「……除霊の方の進展は?」

「まだ目に見える成果は……。このところ警察の現場検証で屋上への出入りが制限されて、接触も思うようにいかないみたいで……」

 警察が調べたところで、本当のことなんてわからないのに……と、真弥ははがゆく思いましたが、同時に安堵感もありました。

 特に、彼女については。

「垣原には、今後も協力を?」

「本人はそう言っているようですが、由香さんを認識できないことがわかりましたし……それに今連れて行くのは……」

 光莉はそこで押し黙りました。真弥と同じ懸念を抱いていたようです。

「……この前、早まったことはしないでくれって言っといたけどさ……」

 上辺の表現とはいえ、その言葉に生々しさを感じた光莉は、若干息を飲んでから静かにうなづきました。


「それにしても……なんで、垣原には由香が見えないんだろうな? ……花子さんだっけ? そいつのことは見えたんだろ? 波長が合うとか合わないってやつ?」

「そうですね。『可視性』という項目を定めていることからも、霊によって、見やすい、見にくいはあるんですが……父さんはよく、花粉症に例えます。スギ花粉がアレルギーの人もいれば、イネ科がアレルギーの人もいる。父さんやわたしは、その多くに反応してしまう感じですね」

 わかりやすい例えでした。これが本当に花粉症なら、気の毒なことこの上ないと思いました。

「でも、おれの勝手な印象だと、そういう相性みたいなのって、親しい間柄なら本来は一番マッチするものだと思うけどな」

「その仕組みは、いまだはっきりしてません。ただ……傾向として、真弥さんの言うことも一理あるんです。生前、縁が深かった人とは波長が合うことが多いです」


 魅入られる――という言葉があるように。


「霊体の方からも、そういった人に特化して自分の存在を明示しようとすることもあるようです。垣原さんと由香さんのように、生と死の瞬間を共有したケースなら、なおさらに……」

「なら、今回はどうして?」

「あくまで、憶測ですが……」

 光莉は、そう前置きして言いました。


「垣原さんが、由香さんを拒絶しているのかもしれません……」

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