―04―
「……あなたが、思い悩む必要はありません」
真弥の心が揺れたのを見越した上で、光莉は言いました。
「わかってます……復讐だけじゃないって。わたしたちが頼りないから、なんとかしなきゃって思わせてしまってることは……」
「それは違う。二人のことは信頼してるよ。さっきの話も本当にすごくて、これなら解決できるかもって思った」
本心からの言葉でした。
「……ありがとう。それなら……どうか、あとは任せてください」
「おれじゃ、なにもできないから?」
光莉は、少し言葉を詰まらせてから言いました。
「……はい。残念ですが」
ショックはありませんでした。彼女の気持ちはわかっているつもりでした。
「あとは、関わるとつらいからか」
今度は、返事はありませんでした。
「おれのことは気にしなくていい。逆に見えないから都合がいいことだってあるだろうし」
「……わかってませんね……」
「そうだな。おれには想像しかできない。呉ヶ野がいつもどんなに大変かも。今になってみれば、転入初日から怖い思いしてたんだな……ってくらいしか」
真剣な面持ちのまま、光莉の頬がわずかに赤らみました。
「……その件ですか。わたし……日頃、そんなに挙動不審でしたか……?」
「突然、誰もいない空間を見つめて青ざめたり、後ろから肩叩いた友達に反射でスプレー吹き付ける子って、どう?」
「だって……慣れるものでもないんです。むしろ、トラウマになってしまって……。清酒入りのスプレーは常時携帯必須。夜も盛り塩でつくった結界内じゃないと心配で眠れません……」
はたから見たら愉快な光景ですが、本人にとっては切実な悩みです。
「ごめんな、時々からかったりして。そりゃ、中二病扱いされたら頭にもくるよな」
「いいえ。イタい子で済んでる分には、それに越したことありませんでした。心外でしたけど……」
「悪かったよ……ちなみに、今この辺にも霊っていたりする?」
真弥は自分の目では見つけられないものを探して、ゆっくりと教室を見渡しました。
すると、光莉はかすかな笑みと、さびしげな表情とを混在させて言いました。
「今は……いません」
真弥はその言葉の裏を読み取って、固まりました。
「……どんなやつだ?」
「守秘義務があるので言えません。でも……心配はないですよ」
「そういう思わせぶりなこと言われると、逆に気になるだろ……」
「自分が訊いたんじゃないですか……」
光莉は少しむくれたように、真弥からそっぽを向いて――
「うあああああッ!」
次の瞬間、悲鳴を上げながらほどよく空いていた二人の空間を一気に詰め、真弥へと飛びついてきました。
「な、な、なに? どうした!」
「い、言ってるそばから……!」
状況を理解した真弥は、『それ』から光莉をかばうべく、体を反転させますが――
「大丈夫……真弥さんが知ってる方ですから……」
……ある、少年の顔がよぎりました。
入学初日から何度か話していたものの、まだ友達と言っていいのか微妙な距離感でした。
でも、近い内にそう呼ぶ日が来ることを、あの頃は疑いもしなかった。
「……おまえ……なのか……?」
光莉が驚いて、真弥の瞳に映る像を見つめます。
「いや……見えてないんだ。ただ、なんとなく……」
その理屈で、彼女は十分理解できました。
「でも、そうなの……か。おまえ、まだ……いたんだな……!」
真弥の声に、みるみる活気が宿っていきました。
光莉は小さくため息を吐きます。
違う――などと嘘を言うのも、また違うなと思いました。
……と、また唐突に、今度は真弥から跳ね退き、
「ち、違いますから! あなたが急におどかしたせいですから!」
立ち上がって、先ほど以上に顔を紅潮させて叫びました。
ぽかんと、彼女を眺めていた真弥でしたが、すぐにあらかたの事情を察しました。
そこで、顔をにやつかせながら――そこに居るのであろう、彼に自慢げに言います。
「いや~……決定的瞬間を見られちゃったなぁ!」
「なんで、誤解煽るの!? ――いや、ちょっと、あなたも信じないでください! ああ、もう、口笛うざっ!」
グッジョブ! ――と親指を立てる真弥。
同じように、親指を立てて冷やかす少年。
そんな、彼らに真っ赤になって抗議する光莉。
真弥はあの日以来、初めて心から笑いました。
そんな、お祭りみたいな時がひとしきりあって――
「――はぁ。帰りましたよ! なんか、『邪魔したら悪いから』とか余計なこと言って!」
「はは、そっか! ……あいさつしそびれちゃったな」
祭りの後のさびしさが訪れました。
「……そっか。あいつ、まだいたんだな」
「はい……。彼の学校生活は今も続いています。授業を一緒に聞いたり、教室で他の生徒の会話に混ざったり……」
「呉ヶ野も、話したことあるのか?」
さきほどのやりとり――人見知りの光莉は、きっと初対面に対してあんなに弾けることはありません。
「……転入生だからって、気を使って何度も話しかけてくれたんです。初日に具合が悪くなった時も、『保健室に行こうか?』って声をかけてくれたし」
「……あの時か」
真弥からそらしていた光莉の目が見ていたもの、語りかけていた相手を、彼は今初めて知りました。
「でも……他に人がいる時は無視する以外にないから、ちょっと、いたたまれない気分でした」
「もしかして、最初の頃、始業ギリギリに教室に入ってきてたのは……」
「あなたの言うとおり、一人オリエンテーションも兼ねてましたけどね。そう……わたしの対応は基本逃げです。そんな不誠実な人間だけど……それでも、親切に接してくれました。ええ……いい人です」
真弥は少し複雑な感情を抱きました。
「そっか……。呉ヶ野は、ああいうやつがタイプか……」
「今、空気的に全然そういう流れじゃなかったですよね……」
「そうなんだけど……その辺、おれら兄妹にとって、けっこー重要――」
「知りませんよ! まったく、どうしてお互いで同じこと言いますかね!」
「え?」
「……い、いえ……なんでも……」
「まあいいや。……今度また現れたらさ、そっと教えてくれよ」
そう、それは嫉妬でした。光莉と彼の関係に対しての。
自分が築くことできなかった、友情に対しての……。
光莉は、また悩みました。その先にあるものを知っているから。
でも、結局うなづきました。
「……ええ。わかりました」
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