―04―
昼休み、廊下に真陽瑠を呼び出しました。
会うなり、「あたし、お酒っぽくない?」などと意味不明なことを訊かれましたが、適当に流して質疑を行います。
「どうしたんだよ、あの写真は……」
「それがね、やっぱ徹夜の疲れかな? 体育館で校長の話聞いてたら気分わるくなってきて――」
そこからかよ……と突っ込んだりすると、よけいに長くなります。
「――で、保健室まで連れてってもらってベッドで寝ようとした時、隣のベッドに誰かが寝てたんだよね」
カーテンが引いてあって、姿を見ることはできませんでした。けれど、カーテンと床の隙間から見えた上履きで女子生徒だということはわかりました。
その時、真陽瑠は靴の他にも、床に置かれている妙なものを見つけたのです。それが写真にあった白い粉でした。
「あの粉、なんだったと思う……? なんと、塩!」
「塩……? なんでまた……っていうか、どうしてわかった?」
「舐めてみた」
「……置き型の殺虫剤とかじゃなくて良かったな」
真陽瑠は、一瞬静止してゴクリと喉をならしましたが、気を取り直して、
「保険の先生、始業式に戻っちゃって、部屋にはあたし一人。これ、絶好のチャンスでしょ? ……そっとね、カーテンの中をのぞいてみたの。そしたら、あの子がすやすや寝ててさ……。なんか、超かわいい子だったから、その子と床の塩も記念に撮ったわけ」
それが、一枚目と二枚目の写真のようです。
「そしたら、シャッター音で起きちゃった」
「……おまえは、ほんとにバカだなぁ……」
ついつい言ってしまい、怒りだす真陽瑠をなだめて話を再開。
「とにかくね、その子、寝起きのせいかすっごい、びっくりしてたから、まずは自己紹介からって思ったんだけど――」
『うあ! な、なんで入ってこれるの!?』
『あはは……ごめんなさい! あたし、一年の真陽瑠って――』
言い終える前に、光莉は血相を変えて枕元に置かれた除菌スプレー(?)を手にし、ノズルを真陽瑠へと向けました。
『え……?』
危険を察した真陽瑠でしたが、自分でもよくわかりませんが、その光景を三枚目の写真として収めました。
……直後、スプレーが真陽瑠の顔めがけて噴射されました。
『うぎゃああ!』
顔をそむけてもだえる真陽瑠。かなりきつめのアルコール臭でした。
すると、それを見た光莉は拍子抜けした顔で一言……。
『あれ……人間……?』
「すごいでしょ! 意味わかんないでしょ! あたしその瞬間、この子に恋した! で、まずはツーショットお願いしたのね」
「それが、この写真か……。相手、すっごく迷惑そうだぞ……」
真弥は自分の携帯に画像を表示し、真陽瑠に突きつけます。
「あはは……たしかに、ちょっと強引だったかも。このあとすぐ、塩を片付けて出てっちゃたし……」
「え……塩って、本当にそいつのだったんだ……」
「ね、気になるでしょ! この子、何者なんだろ?」
「そっか……名前聞かなかったか。これが、呉ヶ野光莉――。校長が紹介してたスクールカウンセラーの娘で、今日、おれのクラスに来た転校生だよ」
放課後――。
曲者とはいえ転校生を初日からぼっちにしてはいけないだろうと、クラスの女子の何人かが気を利かせ、遠巻きで声をかけるタイミングをうかがっていたところ、
「呉ヶ野さーん!」
教室の入り口から、バカ――じゃなくて真陽瑠が、脳天気な声とともに顔をのぞかせました。
「うあ……!」
真弥の耳は、光莉の動揺の声をしかと拾っていました。そんなリアクションをされたとも知らず、真陽瑠は光莉の机に両手をつき、ノンストップでまくし立てます。
「保健室ではテンション上がってたから、なんか引かせちゃったみたいで、ごめんね! せっかく友達になったんだし、一緒に帰ろうかなって思って!」
『え、友達……?』
奇しくも、光莉と真弥は息ぴったりに真陽瑠にツッコミます。
「あ……あれぇ……? あたし、なんか先走っちゃってる……?」
さすがにショックで、一瞬テンションダウンした真陽瑠でしたが、気を取り直して再アタックです。
「そうだね、ごめん! ちょっと気が早かったみたい。あらためまして、あたしは真陽瑠! 呉ヶ野さんとは、ぜひとも友達になりたいって思ってます! そんなわけでさ、良かったら一緒に帰らない?」
相変わらずテンション高めですが、今度は正規の手順を踏みました。
さて、その熱烈なアプローチを受けた光莉はというと、「ふぅ……」と小さく息を吐き、真陽瑠のギラギラ輝く瞳から視線を反らし気味に答えます。
「わたしも帰りたいのは山々なんですが……今日は、残ってやらないといけないことがあるんです。ごめんなさい」
「あ、そうなんだ? どんなこと?」
「まあ……転校初日なので、その……いろいろと……」
あ、これは……とくに用事はないけどやんわり断られてるのでは……?
真弥はそんな空気を感じとりました。
しかし、真陽瑠は鈍感にも、まだ深追いします。
「それなら、終わるまで待ってるよ!」
「え? いや……あの、いつまでかかるかわかりませんから……」
「大丈夫! どうせ暇だし気にしないで!」
「い、いや……本当に申し訳ないんで、先に帰ってもらえますか?」
「ええ……」
そこまで言われると、真陽瑠はなよなよと光莉の席の前で座りこんでしまいました。そして、捨てられた子犬のように、うるんだ瞳で光莉を見上げます。
「呉ヶ野さん……ひょっとして、あたしみたいな子って嫌い? うざいとか思ってる? ――――――――あたっ!」
その真陽瑠の後頭部を、真弥がバッグで軽く小突きます。
「おまえはー、そうやって困らすんじゃないよ」
「ちょっとぉ、もう少しで落とせそうなんだから邪魔しないでよ! ――ってか、痛ったいしぃ!」
怒って、真弥をバッグで倍返しどころか、ド突きまくる真陽瑠。
その様子を見ながら、光莉は肩にかかる髪をくるくると指に巻き付け、面倒そうに息を吐きます。
「あのぉ……別にうざいとも、なれなれしいとも、差出がましいとも、ありがた迷惑とも、でしゃばりで、いらぬお世話とも思ってませんから……」
……今のは、フォローだったのでしょうか?
思案する真弥でしたが、真陽瑠はホッと胸をなでおろします。しかし、その隙に光莉はバッグを肩にかけ、
「そういうわけなんで、ごめんなさい。わたしはそろそろ行くんで……さようなら……」
そう言って、教室を出て行きました。残された二人は、しばらくその場にとどまっていましたが……。
「うーん……あたしたちも行こうか……」
やがて、光莉に続いて教室を後にしました。
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