―02―
また、わずかばかりの静寂が生まれました。
なにも言葉をかけられずにいる自分に負い目を感じていると、真弥が少しためらいがちに続けました。
「……真陽瑠は話したかな? おれの家さ、小学校に上がってすぐに両親が離婚して、おれはおやじ、真陽瑠はおふくろに引き取られたんだ」
光莉は、おどろいて真弥の方へと向き直ります。
「知りませんでした……。じゃあ、二人は……」
「うん。定期的に会うようなこともなくて……ある時期から、おふくろと真陽瑠とは、もう一生会うことないんだって思ってた。……でも、中学の時におやじが突然事故で死んだ。その葬式で、二人と再会したんだ」
ひさしぶりに見た母は、記憶にあるより少し老いていました。そして、隣には自分と同年の少女の姿がありました。
真弥が一瞬息を飲む、目鼻立ちの整った清純そうなうつくしい少女でしたが、幼い頃に自分のもっとも身近にいた妹の面影をたしかに感じました。
「その時、おふくろから、これから一緒に暮らそうって言われてさ。でも、おれたちその頃には、一緒にいた時間より離れてた時間の方が長くなってたんだ。それって、もう他人だろ? 今さらだろ? ……そう思って断ったんだ」
「……どうする気だったんですか?」
「一人で生きていこうって思ってた。元身内にすら抵抗があったから、他の親戚のやっかいになるのも嫌でさ。……おれ、中学の時までけっこうグレたやつだったんだ。あまり、他人に心を許せなかった……」
周囲との関係を絶ち、孤独を深めていく中学生時代の真弥を、光莉は想像しました。
ほんの少し前まで、真陽瑠とふざけていた彼の姿からはギャップのある話でしたが、不思議とその光景が目に浮かびました。
「これからのことを……葬儀が終わって、ようやくごたごたが片付いてきた家で考えてた。……そしたら、チャイムが鳴って、慰問客かと思って出てみたら……そこに、真陽瑠がいたんだ」
――……今日は、どうしたんですか?
「おふくろに、おれの説得を頼まれたんだと思った。それが……『遊びに来た!』って言うんだよ。『会ったらなつかしくなったから』――なんて」
――もう、なんで敬語なの? 兄妹なのに!
「面食らったよ……。葬儀の時は物静かでろくに話さなかったのに、急に別人みたいになれなれしくなってて。後で聞いたら、自粛してたんだってさ。ふだんを知ってるやつからしたら、おとなしい真陽瑠のほうが、よほどレアだったわけ」
初見でフェイントをかました後、あのキャラで訪ねこられたら、それはおどろくだろうな……と、光莉は苦笑いしました。
「だけど、おれにとっては消費期限切れの家族のよしみをチラつかせてくるあいつを、最初は受け入れられなかった……」
――血はつながってても……もう他人も同然だろ? 一緒にいた時間より離れていた時間のほうが長いんだから。
「さっきも言ったけど、そのことがおれにとって、わだかまりになってた。そしたらさ、真陽瑠は笑いながら言ったんだ」
――なにそれ? 一緒にいた時間なんて、一緒にいればこれからいくらでも増えてくじゃん。そしたら逆転するじゃん!
「本当に、真陽瑠でも気づく当たり前のことだったんだ。でも、そんなこと考えもしなかった。単純だけど……その一言で、意地を張ってた自分がバカらしくなって……真陽瑠を――自分のことを少し許せるようになったんだ」
そう、おバカなはずの彼女は、時々、難しい問題をいとも簡単に紐解いてしまう。
……問題を難しくしていたおバカは、自分自身なのだと気づかせてくれる。
「そうそう、その後に一緒に近所の店に昼飯食べに行ったら、あいつの味の好みがおれそっくりでさ……! 何年も離れてて、育った環境も違うのに、双子って本当に不思議だなって……ああ、やっぱこいつおれの妹なんだなって……」
――やっぱ、兄妹なんだね、あたしたち。
「……おれには、まだ家族がいるんだなって……」
――ね……またさ、家族になろうよ。
「それからは、本当に楽しかった……。味の好みだけじゃなくて、好きなゲームとかテレビとか音楽とかの趣味もやっぱり似てて、おれのオススメをあいつも気に入ったり、あいつが好きなものを、おれも好きになったりして……」
真弥の声は震えていて、
「でも……あいつが、おれと違うのは……バカだけど、本当はおれなんかよりずっと、いろいろわかってて……周りを幸せにできるやつなんだ。……おれだって、あいつに……」
掌で目を覆って、
「あいつがいなかったら……おれ、あんなに笑って過ごせてなかった……」
もう一方の手は、光莉の横で椅子の肘掛けを感情のまま握りしめていました。
光莉は彼の爪の周囲が赤黒く滲んでいるのを見て――でも、それは今日の傷じゃないことに気づいて――無意識にそっと、自分の手を重ねていました。
掌が包み込む、自分より大きな手にこめられたやるせない力が、しだいに和らいでいくのを感じました。
「……もしかすると、時間がかかるかもしれないけど……真陽瑠のこと、待っててやってよ。あいつ、きっと帰ってくるから……」
「はい。わたしの、大切な友達ですから……」
真弥は、自分に重なる光莉の手を握り返しました。
そして、胸の内で彼女に告げました。
――……真陽瑠をよろしくな。おれに、もしものことがあったら。
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